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8.

穏やかな日常は毎日続く。それがどれだけ有難い事か分かっている。今日もセレスは幸せそうに微笑んでいるし、アランも嬉しそうにセレスの腰を抱いて微笑んでいる。

だが、いつもと違う事が一つだけ。何故傍らにデイルが居るのか。


「どうも侍女殿。ご機嫌は如何かな」


にっこり微笑まれても困る。仕事中だからと顔面を真顔のまま固めているが、少しでも表情を崩させようと、デイルはしつこく話しかけては構い倒してきた。

何か用事があってアランを訪ねてきたのではないのかと内心毒づくが、デイルはベラベラとどうでも良い事を話し続けていた。


「…何かご用件がおありなのではないのですか」

「やっと喋った。大丈夫、隊長の忘れ物を届けに来ただけで、用事はもう終わったんで」

「さようで」


用事が終わったのならさっさと帰れば良いのに、何故こんなにしつこく自分に絡んでくるのか分からない。騎士というのは暇なのだろうか。


「ああ、俺は非番なだけで別にいつも暇してるわけじゃないですよ」


ティナの心を読んだかのように、デイルは口元を緩ませながら言う。だからいつもの制服ではなく、ラフな私服なのだなと納得した。


「でしたらお早くお帰りになり、休日をお楽しみになられた方が宜しいのでは」

「休日で隊長の家に来れば、侍女殿と話せるかと思って」

「私は勤務中ですので」


少し離れた場所で仲睦まじく寛ぐ主夫妻を見据えながら言う。デイルも同じように見つめているが、羨ましいと小さくぼやいていた。


「アドニス様はご結婚されたいのですか?」

「それはまあ…縁があれば。美人の嫁さんと可愛い子供に囲まれる生活に憧れくらいありますよ」

「さようで」

「国と市民を守るだけじゃなくて、もっと特別な誰かを守りたいと思うのは、騎士なら誰でも思う事ですよ」


多分ね。そう付け足して、デイルは照れ臭そうに笑った。

守りたいもの。ティナにとってそれは、セレスだけであって、まだ見ぬ夫や子供という存在ではない。


「まあこの間も話した通り、貧乏農家出身ってだけで良い顔してくれる女の子はいなくなるんですけどね」

「生まれがどうであれ、評価すべきはご本人なのでは?」

「そうは言っても、結婚すれば実家の事はある程度付いて回る。まして俺は実家の稼ぎ頭だから。そういう事情も全部ひっくるめて受け入れてくれる人じゃないと」


女ならば、実家が貧乏でも大した話ではない。嫁ぎ先で働ければそれで良いのだから。だが男は別だ。いくらデイルが稼いできても、そのうちのどれだけが実家に送られるか分からない。夫が騎士であるということは一種のステータスになるのだろうが、贅沢な暮らしは出来ない分魅力は大幅に減るだろう。世の女性陣は随分と現金だ。


「子供は一人二人で良いし、慎ましい生活でも良ければいくらでも頑張るんですけどねぇ」

「頑張ってください」

「はい、頑張ります」


そうしてまた、羨ましそうな顔で上司夫妻を見る。

周囲の人間が結婚しだすと、一気にその数が増えるのは何故なのか。そうして焦り出す人間や、羨む人間が増える事も、ティナには理解出来なかった。


「侍女殿がもし結婚するとしたら、どういう人がお望みなんです?」

「あり得ないお話ですが…私がセレスティア様の侍女として働き続ける事を良しとするお方です」

「そりゃ…難しいお話で」


女は結婚したら家に入る。それがティナにとってはどうしても耐え難い。もしも何処かに、仕事を続けても良いと言う男が現れたのなら、その時は「もしも」の話を考える気になるのだろうか。


◆◆◆


暫しの会話を楽しむと、デイルは漸くゴールドスタイン邸を後にした。まだ楽しそうに寛いでいる夫妻を放って、ティナは屋敷の中に戻るのだが、今度はチャーリーに絡まれている。

頼むから放っておいてほしい。少し休みたいだけなのに、どうしてこうも構いに来るのだろう。


「さっき話してたのって騎士団員の人だろ?仲良いのか?」

「アドニス様は…友人のようなものです」


だから何だと言いたげな目を向けるが、チャーリーはまだ言葉を続ける。友人にしてはやけに距離が近いだの、何を話していただの、そんな事を聞いてどうなるんだと言いたくなるようなことばかり。苛々とつい眉間に皺を寄せた。


「話していたのは結婚についてです。それが貴方に何の関係があるのですか?」

「結婚?!ティナは誰かと結婚するのか!」

「違います。私は結婚する気も予定もございません。大体ただの仕事仲間である貴方が私の私的な部分に軽々しく踏み込まないでくださいませんか。不愉快です」


そう言い放ち、睨みつけながら休憩場所の使用人食堂を出る。折角温かい紅茶でも飲もうと思っていたのに台無しだ。慌ててチャーリーが追いかけてくるが、もう一度睨みつけると流石に気まずいのか、もう追いかけてくることは無かった。


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