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5.

それなりに忙しい毎日はあっという間に過ぎていく。主は相変わらず幸せそうな顔をして、この家に嫁いできてからもう数ヶ月が経っていた。


「本当に、随分幸せそうねぇ」

「ええ、サティアもね」

「私は…まあ、うん…そうね」


なんとも歯切れの悪い返事をしながら、本日の客人は紅茶を啜る。聞くところによると、婚約期間中の不仲さは、結婚して数ヶ月経つ今は不仲さの「ふ」の字も感じられなくなったらしい。まだ少々ぎこちなく見えるところもあるようだが、初々しいカップルのような姿は社交界でもよく見られている。


「何だか少しふっくらしたようで安心したわ。セレスは痩せすぎているから心配よ」

「あら、サティアだってほっそりしてるじゃない」

「私は気を付けてるのよ。気を抜くとすぐに肉が付くんだもの」


忌々しそうにじっとりセレスを睨むが、睨まれた本人は困ったように笑うだけだ。結婚してからというもの、精神状態も安定しているし、アランが「もう少し太っていいよ」と言いながら甘い菓子を喜んで与えるものだから、セレスは嫁いで来た頃よりも少々ふっくらとした。健康的になって良いとティナは日々アランの間食攻撃に心の中で拍手を送っている。


「義理のお母さまは…避暑地の別荘に住まわれているんだったかしら」

「ええ、とっても退屈だって愚痴を言う手紙がギルバート様宛に来たようだけれど、絶対に王都の屋敷には迎え入れてなんてやらないわ」


少々問題のある義理の母と揉め、少し前に追い出したと話題になったサティアだが、何があったのか詳しくは話そうとしない。ただ一つ聞いたのは「人としてどうかと思う」という言葉のみ。ティナは自分の主に暴言を吐かれた事を未だに根に持っており、サティアの義母が窮屈な思いをしているのは気分が良かった。勿論そんな事を言えばセレスに幻滅されかねないので、絶対に言う気は無い。


「そういえば、何だか騎士団で噂になってるわよ」

「噂?」

「デイル・アドニスって騎士様をご存じ?」


紅茶の替えを用意していたティナの動きが一瞬止まる。セレスはちらりと視線をティナに滑らせたが、知っているとだけ返事をして言葉を促した。


「その騎士様が、どこぞの侍女を連れていたって言うのよ」

「…それが、どうしたのかしら」

「それ、ティナの事じゃないかと思って」


失敗した。

もしかしたらそうなるかもしれないと思っていたのだ。それでも無理に断らず休日を共にしたのはティナ自身だ。


「やるじゃないティナ。デイル・アドニスなら私も知っているわ。彼、貴族出身ではないのに、剣の腕だけで騎士団入りをした本物の兵よ」

「…どうしてサティアはそういう情報に詳しいのかしら」

「私の夫が誰だかお忘れかしら」


にっこりと微笑むサティアは、恐ろしく美しかった。

だらだらと嫌な汗が背中に伝う気がする。どうせどこぞの侍女を連れていたという話で終わるわけがない。


「で、彼とは恋人同士なの?」


ほら、やっぱりそうきた。サティアは昔馴染みであるが、相手は次期侯爵夫人。そしてティナはただの使用人。答えないわけにもいかないのだが、今ここで会話を成立させてあれこれ追及されるのも嫌だ。


「ただの、友人です」

「あらそう」


友人と呼べるのかすら怪しい関係だが、デイルは宣言通りティナを脅すことも、捕らえることもしなかった。だが、時折ゴールドスタイン家に訪れてはにっこりとティナに微笑み、親し気に話しかけてくるようになった。煩わしく思うが、適当にあしらって逃げている。


「そういえば、妹さんへのお祝いはどうしたの?」

「既に送ってあります。奥様からもお送りいただいたようで感謝いたします」

「何だか周りが結婚話ばかりで幸せなことね」


セレスもサティアも、呑気にお茶を啜りながら話している。新妻たちは夫と仲良く生活しているし、ティナはそれを眺めながら穏やかな日常を過ごしているが、もう自身の結婚なんて考えずにこのままでいたい。

先日デイルに言われた「あわよくば」は忘れる事にした。


「今度は誰か妊娠するんじゃないかしら」

「そうね。まずはシシーの式を無事終えて…そこからかしら」

「あら、アラン様はまだ二人きりが宜しいのでは?」

「どうかしら…家督をお継ぎになるのは義兄様だけれど、血筋は多いに越したことはないもの。それよりサティアでしょう?」

「そうねえ…ギルバート様は跡継ぎが必要な方だけれど…まだ子供は良いわ」


まだ数ヶ月の結婚生活。まだまだ子供の事を考えるタイミングではないのだろう。だが、もしもこの二人が母親になったら、どれだけ幸せなことだろうと、ティナは小さく微笑んだ。

もしも、セレスが母親になったなら。きっとこの屋敷は穏やかな幸せに包まれる。その時、自分の居場所はあるのだろうか。

環境が変わるということは何度かあったが、いつだって一緒にいられるとは限らない。今だってそうなのだ。一番近くにいたのは自分なのに、その場所はアランに取られてしまった。寂しい。ほんの少しだけ。

もしも子供が生まれたら。二番目に傍にいる今のポジションは、その子供に取って代わられてしまうのか。それともアランが二番目になるのか。

そんな、どうにもならない事をぼんやりと考えながら、どこかぽっかりと穴が開いた気のする胸に知らぬふりをした。


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