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3.

今回ちょっとだけ物騒です。苦手な方はご注意ください

慣れない屋敷での生活は、かつてダルトン邸へ下働きに出たばかりのあの頃を思い出させる。基本はセレスの身の回りの世話をする事に変わりは無いのだが、周囲にいるのは見慣れない使用人ばかり。誰もが優しく接してくれるのだが、どことなく余所余所しさを感じる時もあった。

それは当然だろう。今迄居なかった異分子だというのはティナもよく知っているし、それはティナだけでなくセレスも同じである。王都の屋敷に住むこの家の次男の妻。名門ゴールドスタイン家の妻になった女がどのような人間で、相応しい女性なのかじっと観察しているような、そんな雰囲気。


「何だかまだ慣れないわね」

「ええ、仕方ありません」


結婚してからまだ一月も経っていない。精神的に不安定になるのではと心配していたのだが、アランが一緒にいるというだけでセレスは元気でいられるようだ。それ程、夫の存在は大きいらしく、ティナは少しだけ寂しくなった。


「確か今日は用事があるのよね。気を付けて行ってらっしゃい」

「はい。申し訳ございません。奥様のお傍を離れるなんて…」

「大丈夫よ。アラン様と一緒に出掛けるつもりだったから、貴女も羽を伸ばしてらっしゃいな」


本当に、優しい主だ。機嫌が良いのか、にこにこと嬉しそうに口元を緩ませながら髪を梳かす姿は、本当に幸せそうだ。

外出用のドレスを着せ、髪を整え、丁寧に化粧を施せば、あっという間にアランに連れられ屋敷を出て行ってしまった。

何だか遠くに行ってしまったような気がするのだが、主の幸せは侍女の幸せだと自分に言い聞かせ、ティナも自分の支度をし始める。

地味なドレスに着替え、普段はきっちりと纏められた髪を解く。癖が付いてしまっているが、丁寧に何度も梳かし、ゆったりと結んで誤魔化した。化粧も最低限、何処にでも居る町娘のような恰好をして、何度も鏡で己の姿を確認する。右手の人差し指に指輪を嵌めれば支度は完了だ。

どこから見ても、ティナがどこぞの屋敷で侍女をしているとは思われないだろう。なかなかの出来に満足し、ティナはさっさと屋敷の裏口から出て行った。


◆◆◆


「遅いわよ」

「そんなに遅れていないわ」


待ち合わせは時間通り。先に来て待っていたシーナに文句を言われるが、別に遅刻をしたわけでは無いので詫びる事はしない。二人とも下町の若い娘のような恰好をしているのだが、それには理由がある。

かつて誓った復讐を果たしに行くのだ。目立ってしまっては困る。


「よくもまあ王都に近寄れたものだわ」

「あら、わざわざ遠出しなくて良いんだから助かるじゃない」


クスクスと二人小声で話している姿は、遠目に見れば仲の良い友人たちが話しているだけに見えるだろう。

会話の内容は凡そ若い娘が話すような内容では無いのだが、周りを歩く人々はそんな会話を気にすることは無い。


「私もなかなかいい仕事したと思うのよねえ」

「まずは目的を果たしてから威張りなさいな」


言葉を選びながら、のんびりと二人は歩き出す。会話を楽しみながら町をぶらつくように見えるだろうが、二人の行き先は決まっている。王都から少し離れた土地から出稼ぎに来た修道院の者たち。運営費が足りずに出稼ぎに来る貧しい修道院はそれなりにあるし、簡単な焼き菓子やレースの小物を購入してやる者も少なくない。中には食べ物や酒を差し入れる者もいる。

神に仕える者は、皆平等に助け、慈しむもの。それがこの国での共通認識である。だが、ティナとシーナは違う。神に仕える者であろうとも、主に良くない者は排除すべし。よくも愛しいお嬢様を傷付けてくれたな。その恨みだけで、ティナとシーナはここまで動けるのだ。


「ああ…いたわね」

「本当、図太い神経だこと」


広場から離れれば、小さな露店を開いている修道服に身を包んだ集団。集団とは言っても精々五人程度なのだが、その中に目当ての人間がいる。

元子爵令嬢、マリア・マクベス。今はマクベスの名は取り上げられ、ただのマリアになっているのだが、にこやかに微笑みながら町行く人々に笑顔を振りまいていた。


「こんにちは、焼き菓子はまだ残っているかしら」

「ええ、まだありますよ」


シーナがにこやかに修道女たちに話しかける。残っていた焼き菓子を幾つか見繕い、手にしていた籠の中に放り込む。


「そうだ、これ母が作っていたものなんだけど…売れるようなら品物にどうぞって」

「まあ!素敵な刺繍!」


修道女たちがわらわらと籠の中を覗き込む。いくつかの布を開くと、きめ細かな刺繍を施されたハンカチや、テーブルを飾るレースの敷物。それを一つ一つ観察しては感嘆の声を上げていたが、そっとティナが近寄ると、マリアがそれに気が付いた。

きっとこの中で一番下っ端なのだろう。新たな客の相手をしようと思ったのだろうが、ティナはそれも気に食わない。

お前が傷付けた女性の侍女なんて、どうせ顔も覚えていないのだろう。どうせ、貴族籍を剥奪され、修道院で質素な生活をすることで許されたとでも思っているのだ。気に入らない。許すわけがないのに。なんて能天気なのだろう。


「こんにちは、焼き菓子は如何ですか?」

「ええ、一つ頂くわ」

「ありがとうございます」


にっこりと微笑む顔は、かつてセレスに嫌がらせをしていたマクベスの令嬢だとは思えない程柔らかい。

ああ、腹立たしい。お前のせいで、私の主は。


「貴方様に神の祝福を」

「…ええ、貴方にも」


焼き菓子を差し出すマリアの手をそっと包み込む。ぎゅっと握り込めば、僅かに痛みに顔をしかめるような顔をした。

にっこりと微笑んで、ティナはその場を後にする。まだ後ろからは修道女たちの声がする。シーナが気を引いてくれるから、自分はこうしてゆっくりとマリアを睨みつけられるのだ。


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