22.
自分の中でどうしたいのかが決まると、随分と気分が楽になるものだ。
王都に両親が来たら、きちんと「もう自分の好きにさせてほしい」と話す。
デイルには、いつまでも焦らさずに自分の気持ちを伝える。受け入れてもらえたら、その時は二人でセレスとアランに報告をして許しを貰おう。
そこまで決めてしまえば、セレスに暇が欲しいと頭を下げるまで時間はかからなかった。チャーリーに雑用を押し付け、そのまますぐにセレスに頼みに行ったのだ。多少驚いてはいたが、久しぶりの再会になるのだからと快く了承してくれた。
「良かった、本当は無理にでも会わせた方が良いのではと心配していたのよ」
「お心遣い感謝いたします。少々両親に話したい事が出来ましたので、丁度良い機会かと思いまして」
話の内容まで聞く気は無さそうなセレスは、にこにこと嬉しそうに微笑んでいた。どうせ故郷を出るときに手紙を寄越してくるはずだ。その時にもう一度、いつ頃暇が欲しいと相談することになった。
主に心配をかけていた事を詫び、晴れ晴れとした気分でセレスの部屋を出ると、ティナは自室へと戻ってきた。
両親に会って話す事よりも、デイルに会う日の服装の事を考えていたかった。好きな相手に、好きだと伝えようとしているのだから、せめて少しでもお洒落をしよう。
うきうきと弾んだ気持ちで、手持ちの服をベッドの上に放り投げてみる。どれもこれも地味な色合いばかり。更に時代遅れというか、暫く前に流行したものや、定番すぎるようなものばかり。つまるところ、お洒落という言葉からほど遠い。
デートに行くための服すら無いのかと頭を抱えたくなるが、今まで恋愛というものに興味が無かったのだから致し方ない。きっとデイルならば、どんな格好をしていても気にはしないだろう。だが乙女心としては、デイルに会う前に服を新調したい。
しかし何度確認をしても、デイルと会う日までに服を買いに行くような余裕は無かった。
「年頃の女として如何な物でしょう…」
服など着られれば良い。そう思っていたつい最近までの自分を呪いながら、ティナは簡素なブラウスを手に取る。ほんの気持ち程度にあしらわれたレース。確かダルトン邸にいた頃シーナと一緒に買いに行ったものだ。あまりにも無頓着なティナを見かねたシーナに引きずられて行ったというのが正しいような気もするが、今はシーナが恋しかった。あの喧しくも気の合う友人とも呼べる同僚は、元気にしているだろうか。
ブラウスを手にしながら懐かしい同僚を思い出していると、部屋の扉が控えめにノックされる。ぼうっとしていたせいで何も考えずに「どうぞ」と返事をしてしまったが、すぐにそれを後悔した。
「…泥棒でも入ったのかしら?」
「いえ…申し訳ありません、すぐに片付けます」
呆れた顔のマーサがちらりとベッドの上を見る。僅かに眉を潜めているが、気まずそうにしているティナの顔を見るとほんの少しだけ楽しそうな顔をした。
「まるでデートに着て行く服を探している乙女のようね」
正にその通りだ。何も言い返せず言葉に詰まると、マーサは一層楽しそうに口元を緩ませた。業務時間中はあんなにも気難しそうな顔をしているくせに、終業時間を過ぎるとこうだ。だからこそ、この屋敷の使用人たちはマーサによく従い、懐いているのだが。
「私が言うのもなんだけれど…もう少しお洒落に気を使っても良いと思うわよ」
「はい、存じております。先程から己を呪っておりますので」
「奥様から貴方が外出をする予定があるから、勤務時間の調整をするよう言い付かっているのだけれど…そういう事だったの」
にやにやと楽しそうにしているが、恐らくセレスに言われたのは両親と会う日の事だろう。少々間が悪く誤解されているようだが、悩んでいるのは間違いではない。どう訂正すべきか迷うところだが、マーサは非常にうきうきと楽し気だ。
「あの…恐らく奥様からのお話は、私が両親に会う用事が出来ましたので…その日の事ではないかと。まだ詳しい日取りも決まっておりませんが」
「あら、そうだったの。では、私の勘違いだったかしら」
口元を上品に手で隠したところで、既ににやにやと笑っているのはバレている。
「良いじゃないの。嫁入り前の娘が殿方と必要以上に仲良くすることはどうかと思うけれど、あの騎士様は誠実な努力家だと思うわ。お似合いよ」
好いた男と似合いだと言われるのは嬉しいのだが、面と向かって言われるとどう反応するのが正しいのか分からない。
礼を述べる場面でない事は確かなのだろうが、うろうろと視線をさ迷わせてみても、楽しそうなマーサと、酷い有様の自室が広がるだけだった。
「そうそう、ご両親がいらっしゃる日取りが分かり次第、私に報告してちょうだい。奥様は任せると仰ってくださっているわ」
「はい、畏まりました」
「私の要件はそれだけよ。…寝る前に、きちんと片付けるように」
言われずとも分かっている。それよりも、片付ける前に服をどうにか決めなければ。どうせ前日になっても、当日の朝になっても悩むのが目に見えているのだから。
「私が若い頃の話だけれど…服を選びに街へ出かける…というのも楽しかったわ」
それでは、おやすみなさい。そう言い残すと、マーサはにっこり微笑んでから部屋を出て行く。成程その手があったかと感心したが、すぐに口から深い溜息が漏れる。
確かに侍女の給金ならば、服を買うくらいなんてことは無いだろう。普通ならば。
だが、長年故郷に仕送りを続けていたティナに服を買う程の余裕はない。生活出来るギリギリまで故郷に送っていたのだ。服をあまり買わないのは、資金面の都合もあった。
仕送りをやめたら、まずはいくつか服を買おう。最近の流行は、屋敷の若いメイドにでも聞けば良い。
先の楽しみを見つけ、再び浮ついた気分で、ティナは手持ちの服を漁り直すのだった。