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21.

未だに熱を帯びる頬をぱたぱたと叩いてみる。唇を落とされた右手をそっと撫でるのは、もう何度目だか分からない。見送りを終えた事をセレスに報告し、逃げるように使用人エリアまで引っ込んだは良いが、何度も何度も思い出しては顔どころか耳まで熱くなる。

意味もなく銀食器を磨いてみたりするものの、無心で出来る作業は却ってデイルの事を思い出してしまう。


恭しく手を取る動きも、遠慮がちに落とされた唇の温かさも、慣れていないティナの心臓に早鐘を打たせるには充分すぎた。


「何ニヤニヤしてるんだ?」

「してません!」


からかう様にニヤニヤと寄ってくるチャーリーに、柄にもなく大きな声が出た。気まずそうに周囲を見るが、またチャーリーがティナを怒らせでもしたのだろうと思われているのか、誰も此方の様子を気にする事も無かった。有難いと思うには思うのだが、気にもされない程、仲が良いと思われているのだろうか。


「何かさっきからぼーっとしたり、突然顔真っ赤にしたり…楽しそうだね?」

「…人の様子を窺っていないで、ご自分の仕事をされては如何です?」

「粗方終わってるんでご心配なく。…そういえば、さっき例の騎士様が来てたな。何かあった?」


何か。ありました。

言えるわけがないのだが、真っ赤になった顔では隠すことも出来ない。何かあったと確信したチャーリーは更に口元を緩ませ、しつこくティナを問い詰める。騎士と恋仲にでもなったか、違う?まだうだうだやっているのか…等々。

うだうだと言われても、好きだと自覚してからそう時間は経っていないし、そもそも恋仲になるとして、今更自分から「好きになったので恋人になってください」と言えと?

いや、仮に恋仲になったとして、故郷にはまだまだ手と金のかかる家族が大勢いる。そんな女に好意を向けられたところで迷惑でしかないのでは?いやしかしそれを知っていて、好意を向けてくれている筈…。


ぐるぐるとあれこれ考えてみたところで、色事に疎いティナには考えても無駄でしかなかった。


「どうせ面倒くさい事あれこれ考えてるんだろうけど、好きなら好きってそれだけで良くない?貴族じゃないんだから」

「それはそうですが…私は侍女ですので、奥様や若旦那様からの許可が必要ですよ」

「きっと大賛成されると思うんだけど…」


チャーリーの言う通り、セレスもアランもきっと大喜びで賛成してくれるだろう。なんなら式場はどこにするか、衣裳は、新居は…等々、本人たちよりも盛り上がるに違い無い。身分差も気にしなくて良い。主はきっと祝福してくれる。相手は仕事を続ける事に何も文句は無いと言ってくれるだろう。

何も心配しなくて良い相手だ。思い描いていた「理想の相手」そのものの筈だ。


ただ一つ問題なのは、養わなくてはいけない家族がいる事だけ。


それはデイルも同じ事なのだが、二つの家族を養いながら自分たちも生活をするなど可能なのだろうか。

そもそもの話、いつまで故郷の、顔も思い出せない家族を養わねばならないのだろう。

十五年。今迄生きてきた人生の半分以上、家族を養う為に働いて来たのだ。いつまで続く?いつまで続ければ良い?私自身の幸せはいつ考えれば良い?

よく考えてみれば、娘を奉公に出しておいてその後も数人子供が増えているのはどういう事か。家を出された時には、妹とこれから生まれてくる弟の三人だけだった筈だ。ところが現在八人とはどういう事か。


「何でしょう。考えていたら腹が立ってきました」

「何を考えていたのかは知らないけど…目が怖いよ」

「それは失礼を。ですが、チャーリーさんのおかげで少々すっきり致しました」


うだうだするだけ無駄なのだ。考えてみれば、セレスの傍で働き続けたいという望みに反対するような男ではないし、もう十五年も支えたのだから、そろそろ自分の幸せを望んでも許される筈だし、そうでなくては困る。


「そういう訳ですので、後は頼みましたよ」


棚から引っ張り出した銀食器をチャーリーに押し付けると、ティナは足早にセレスの部屋へと向かう。

両親が王都に来るのなら、もう好きにさせてもらうときちんと話そう。デイルにも、好意を持っていると伝えなくては。騎士とは巷の女性に人気の存在なのだから。


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