表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

17.

休日というものは相変わらず退屈だ。やることは殆ど無いし、一緒に過ごすような相手もいない。一人二人はいるかもしれないが、残念ながらなかなか会う機会が無い。無い筈なのだが…。


「俺とも出かけてくれって言っただろ?」

「お断りしたと思っていたのですが…」


先日真っ向からアプローチされて以来、チャーリーは事ある毎にティナを口説こうと躍起になっていた。デイルが仕事の用事で来訪すれば、ティナが対応するより先にデイルの相手をしに行く。勿論デイルは不満そうな目をティナに向けるのだが、応接間に案内し、茶を用意するだけの簡単な仕事をする程度なら、誰がやろうと同じ事。ティナは口元だけを緩め、視線を向けるだけ。


「あの騎士が恋人なら大人しく引き下がる。でもそうじゃないのなら、俺にもチャンスをくれないか?」

「恋人ではありません。ただの友人です」


そう、ただの友人。胸の中で何度も「友人」という言葉を繰り返す。まるで、友人という関係を自分に言い聞かせるように。

先日一緒に出掛けた時の「好きだ」という言葉が忘れられない。チャーリーに案内されるデイルの背中を見る度に、話をしたいと思うのは何故なのだろう。


「貴方たち、休日なのですから何処かに出掛けては如何です?折角天気も良いのですから」


呆れた顔のマーサにそんな事を言われても、ただチャーリーに助け舟を出されただけだ。にこにこと嬉しそうな顔をして、さも当然のような顔で腰に手を回すのは何なのか。


「そのつもりなんです!夕食までには戻ります!」


反論する暇も与えてはくれない。さっさとマーサに手を振りながら、チャーリーはティナを連れて裏口へと向かう。


「あの、私は貴方と過ごすつもりは…」

「強引なのは認めるよ。すみません。でも一度だけで良いから、俺と過ごしてみてくれないかな」


此方を伺うような顔をされても、なんと答えるのが正解か分からない。ただ一つ分かるのは、頭の中に浮かぶのは、デイルの顔ということだけだった。


◆◆◆


普段ならばはっきり断っている。そのはずなのだが、何故今チャーリーと共に過ごしているのだろう。それも、先日デイルと過ごしたばかりのパティスリーで。


「女の子に人気って聞いたんだ。…もしかして、来た事ある?」

「ええ、先日」

「先越されたか…」


悔しそうな顔をしながら小さく舌打ちをしているが、美味しいスイーツにまんまと釣られてしまった自分にも舌打ちしてしまいたい。


「そんなにあの騎士に見られるのが嫌?」

「そういう訳では…」


窓の外を何度も見ていたのが気になるのだろう。面白くなさそうな顔をしながらティナを見ているが、正直居心地は良くない。

デイルと一緒だった時とは違う、「早く帰りたい」という感情。デイルの時は、帰りたいなんて思わなかったのに。


「…そんなに、俺はそういう目で見てもらえない?」

「そういう…ああ、恋人とかそういう類のお話ですか」


注文品を運んできた店員と一瞬目が合ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。かちゃかちゃと食器が触れ合う音が控えめに響き、ティナとチャーリーの間にほんの少しの沈黙が訪れる。店員が去って行けば、その沈黙はただ気まずいだけなのだが、チャーリーは言葉を発さない。


「申し訳ありませんが、私にとってチャーリーさんは仕事仲間、友人止まりのようです」

「そうかあ…やっぱりそうかあ」


がっくりと肩を落とし、力なく笑う。恨み言を言うような男でないことは最初から分かっているが、はっきりと振られても笑っていられる精神の持ち主とは思わなかった。もう少し、落ち込むくらいのことはすると思ったのだ。


「まあそんな気はしていたし、あの騎士と話しているティナの顔はとても穏やかだから。きっと上手くいくと思うよ」

「上手くいくも何も、私とアドニス様はただの友人です」

「こんな明らかなデートスポットに二人で来るくせに?」


運ばれてきたケーキを突きながら、チャーリーはじとりとティナを睨む。確かにデイルと二人で来た。だがそれは、単にティナの気晴らしに付き合わせただけの話で、デートをしていたわけでは無い。


「それで?騎士様からは何か言われてないの?恋人にしたいとか、妻にしたいとか」

「それは…個人的な事ですのでお答え出来かねます」

「成程、好意を伝えられてはいると」


変に鋭いのか、それともティナが分かりやすいのか。どちらにせよ、これ以上デイルを意識してしまうのは困る。あんなに「結婚に興味はありません」などと言っていたのに、「好きな男が出来ました」は流石に如何なものか。きっと、色恋話が好きな新妻達の茶菓子変わりにされてしまう。勿論本気で嫌がればやめてくれるだろうが、絶対に顔はにやにやと緩まされることだろう。


「少しでも可能性があるのなら、早いうちにそう言ってやった方が良いよ。俺はそれで失敗したことがあるから」

「失敗、ですか」

「好きだって言えないまま、一番仲良しの男友達から抜け出させずに、俺じゃない男に嫁いでいったから」


悲しそうな、懐かしむような顔をしながら、チャーリーはまた一口ケーキを頬張る。ほろ苦いチョコレート仕立てのケーキに目を細め、口元は僅かに微笑んでいた。


「一瞬両想いだったみたいだけど、それなら言わなくても良いと思って。そうしたら、いつの間にか俺じゃない男に嫁ぐんだもんなあ…やっぱり言葉にするのって大事だわ」

「そうですわね。それは…よく存じております」


主の元婚約者の顔がちらつくが、あれもそもそもは言葉が足りなかったことから始まったのだ。言葉にする事の大切さはティナ自身もよく分かっているが、デイルが好きだとか、そういう話はまた別な気がする。


「ところで、窓の向こうから殺気たっぷりで俺を睨みつけてる騎士に手を振るくらいしてやってくれないかな」


チャーリーが指さす方向を見ると、確かに此方を見ているデイルが、微笑みながら手を振っていた。


「おやまあ、なんという…」

「面白いのでこのまま見せつけときますか」

「なかなか良い性格をしていらっしゃいますね」


ひらひらと小さく手を振りながら、ティナは口元を綻ばせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ