14.
暇だ。暇で仕方がない。やることはそれなりにあるのだが、主がまだ臥せっている以上、身の回りの世話などは殆どやる事が無い。毎日ベッドから起き上がることも出来ず、ぐらぐらと揺れる視界が辛いからと寝ているセレスに、あれこれと話し掛けることも出来ない。
毎朝一度起こしに行くが、体調はどうか聞き、食事を運び、それを下げ、時折様子を見に行きながら水分を摂らせる。それを夕方アランが戻るまで繰り返していた。
「で、その仕事も若旦那様が戻られたから取られたのか」
「ええ。暇で仕方ありませんので、貴方の雑用を手伝ってやるようにとハロルドさんから仰せつかっております」
チャーリーと二人でアランのシャツの皺を伸ばす。染みや汚れが残っていないか、解れているところが無いか等を確認しながらの作業だが、慣れているティナにとっては簡単な仕事だった。むしろドレスのように細々した細工が無い分楽なものだ。
「悪阻っていつ終わるんだろうな?」
「人によるとの事でしたので何とも。お医者様が仰るには、あと二週間もすれば落ち着く方が多いとか」
「あと二週間も船酔い…女の人って大変なんだな」
げえと舌を出しながら、チャーリーはシャツのチェックをしていく。緩んでいるボタンがあったのか、さっさと裁縫道具を手にした辺り、きちんと練習していたらしい。
手早くボタンを外し、針に糸を通す。あんなにもたもたとしていたのに、随分上達したものだ。
「そういや、いつ生まれるんだろうな」
「年が明ける前にはお生まれになるかと」
「それじゃ、年明けのお祝いは賑やかになるな」
「そうですね」
寒い時期に生まれるのなら、温かい物を贈ろう。おくるみや、昼寝をする時のブランケット。小さな靴下でも帽子でも良い。きっとセレスが用意するだろうが、ティナも何か贈り物をしたかった。まだまだ気が早い話だが、新しい命が産まれる事を、屋敷の誰もが心待ちにしていた。
「そういや明日休日だろ?良かったら買い出しにでも行かないか」
「申し訳ありませんが、既に先約がおりますので」
「…もしかして、良く来る騎士?」
手を止めてじとりと見られても困る。以前ボタンの付け方を教えてやってから少しは仲良くやっているが、私生活に口を出される筋合いは無い。
「そうですが、何か?」
「いや?ティナもやっぱり使用人とか平民より、騎士とか選ぶんだなって」
とげとげしい物言いが気に食わない。それに、デイルは騎士だが平民出身だ。そもそも誰とどんな付き合いをしていても、チャーリーに文句を言われるのは面白くなかった。
「アドニス様は騎士ですが、元は私と同じく貧乏農家出身の方です。それに、休日に友人と出かけて何が悪いのですか」
「未婚の女性が男と出かけるって世間的にはあまり良しとされないだろ」
「確かにそうかもしれませんが、貴方だって今私を誘ったではありませんか」
「そうだけど…」
もごもごとまだ何か言いたそうにしているが、じろりと睨むと、大きく息を吸う。
「騎士と出かけるなら、俺とも一緒に出掛けてくれたって良いだろ」
「意味が分かりません」
「言い方が悪かったのは謝るよ。でも俺はティナの事がもっと知りたいんだ」
思わず目をぱちくりと瞬かせる。真っ赤な顔をしながらまた手を動かしているが、気が散っているのか、すぐに指を突いたようで、痛そうな顔をしながら指を口元に持って行く。
「騎士にチャンスがあるのなら、俺にもそのチャンスをくれないか」
「そう言われましても…」
ハンカチを手渡すくらいの優しさは持ち合わせているが、正直チャーリーと休日を過ごす気は起きない。何故デイルなら良いと思えて、チャーリーは嫌かと問われると答えられないが、何となく、頭の中でデイルの笑顔を思い出してしまった。
「…少し、考えさせてください」
「前向きにお願いします」
受け取ったハンカチを指に中てながら、チャーリーは真っ赤な顔を少し逸らした。