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12.

主の看病は、アランに取られた。他に仕事をしようにも、やる気にならない。給金を貰っている以上何かしなければと庭の掃除をしてみるのだが、庭師が整えたばかりの庭は掃除をするところなどありはしない。

結局、美しく咲き誇る薔薇の花を眺めている。アランが毎朝贈っていた真っ赤な薔薇。セレスのお気に入りになったこの庭は、毎日丁寧に整えられ、暖かい日は庭でお茶をすることもあった。


「あれ、侍女殿何してるんです?」

「いらっしゃいませ、アドニス様」

「はいどうも。奥方は大丈夫ですか?なんか隊長仕事にならないから帰らせたんですけど」

「奥様は…まだ臥せっていらっしゃいます。若旦那様が付いておられますので、何も心配は無いかと」


背後から掛けられた声にびくりと肩が揺れた。普段なら気付く筈の気配に気付けない程、ぼんやりとしていたようだ。平静を装って返事をするが、デイルは気にしていないのかセレスを心配するような言葉をかけた。


「お仕事の報告にいらしたのですね。ご案内いたします」

「まあそうなんですけど…何だか元気無さそうな侍女殿がいたから」


大丈夫ですか。

そんな言葉をかけられるとは思わなかった。噛み締めたせいで切れた唇を気遣うように、デイルはティナの頬にそっと触れる。痛そうだと顔を歪めているが、騎士ならもっと痛む傷なんて慣れたものだろう。


「噛んだんですか」

「お見苦しい姿を見せ、申し訳ございません」

「見苦しくはないけど痛そうだなあって。何かありました?」

「特に何もございません」


触れるなと手を押しのければ、その手は大人しく下げられた。それでもまだ心配そうな顔をして、デイルはその場にしゃがみ込んだ。


「まあまあ。同じ貧乏農家出身のよしみで聞きますよ」

「お客様にお話することではございませんので」

「友人相手なら話しても良いんじゃないですかね」

「友人になった覚えはございません」

「飯行った仲じゃないですか」


たった一度きり。それだけで友人だと言うのか。眉間に少しばかり皺が寄った気がするが、デイルはいつも通りにこにこと微笑んでいるだけ。早く立って応接間に案内させてほしいのに、デイルにその気は無さそうで、つんつんと薔薇を突いていた。


「奥方のこと?」

「…奥様は何も悪くないのです。私が子供のように拗ねているだけですので」

「もしかして、隊長に取られちゃって寂しいとか?」


思わずデイルの顔を凝視するが、図星だとにやにや笑われる。確かにその通りなのだが、デイルに言われると何だか面白くなかった。だが、不思議と話しても良いと思えた。ティナもデイルの隣にしゃがみ込み、視線を目の前の薔薇に向けながらぽつぽつと喋り出す。


「私は使用人ですが、奥様にとって頼れる一番の存在であったと自負しておりました。…その場所は、今は若旦那様になったようですが」

「まあ結婚すればそんなもんですって。親離れした子供みたいな?」

「看病だって、本当は私の役目だったのですよ。それを若旦那様はお勤めを放棄されてまで奪い取られるなんて」

「まあそれは…心配でどうにかなりそうだーって大騒ぎする隊長がうざくなって帰らせた俺のせいでもあるんですけどね…」

「余計な事をしてくださいましたね」


恨みがましい目を向けるが、デイルはまた笑うだけ。親離れと言われればその通りかもしれない。主の幸せは、侍女の幸せ。受け入れているつもりでも、寂しいと思ってしまうのは仕方のない事なのだ。


「関係ってのは、生きてればそれなりに変わるもんでしょ。俺と隊長だって、元は喧嘩相手だったのに今じゃこんなだし」


デイルの言うことはごもっともだ。関係が変わっても、それでも共に居られればそれで良いのかもしれない。子供の様に「一番でなければ嫌だ」と駄々を捏ねるなんてことは、使用人にあるまじき事態だ。


「いつかあの二人に子供が出来れば、隊長も奥方も子供が一番になるかもしれない。でも侍女殿は侍女殿じゃないですか。奥方はきっと、侍女はティナさんだけだって思ってますよ」


それで満足しましょうよ。そう言われても、分かっている。そんな事は自分でも分かっているのだ。分かっていても、心が追い付かない。一人だけ取り残されてしまったような気がして、寂しい。


「幼い頃、ダルトン家に奉公に出されてからの私には、ダルトン家の方々と奥様しかいないのです。友人はいても、一等大切なのは奥様です。大切な方を取られてしまって、ぽっかり空いた部分をどうすれば良いのでしょうか」

「別の何かで埋めれば良いんじゃないですか?結婚する気が無いなら、何か趣味を見つけたって良い。まあでも侍女殿美人だからもったいない気もするけど」


けらけらと笑いながら、デイルは漸く立ち上がる。ぐいと大きく伸びをして、そろそろ行かないととまた笑う。

それをぼんやり見上げてみると、不思議と気分が落ち着いている事に気が付いた。


「気晴らしならいくらでも付き合いますから、唇噛み千切るのはもうやめてくださいよ」

「…では、今度気晴らしにお付き合い願えますか」

「侍女殿からのお誘いなら喜んで」


嬉しそうに微笑むデイルに差し出された手を取って、ティナもゆっくりと立ち上がる。不思議と心を許してしまうこの男に、ティナは少しずつ心を開いていた。


「ご案内いたします、アドニス様」

「そこはデイルって呼ぶとこじゃないですか?」


不満そうな声は聞こえなかった事にしよう。

ほんの少しだけ軽くなった足取りで、二人はゆっくりと屋敷へ歩き出した。


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