10.5
デイル視点番外編です。読まなくても本編に支障はありません。
毎日毎日退屈だ。騎士が暇をしているのは、国が平和な証拠だとアランは言うが、正直毎日訓練と王都の警備や見回りばかりで張り合いがない。平和なこと自体は良いことだと思う。大した戦闘は無かったが、つい最近隣国と戦争をしたばかりだし、あっさり終戦となったのも良かったとは思う。
だが、暴れるだけ暴れられると思っていた軍人生活は、思ったより退屈だった。
子供の頃は、所謂餓鬼大将のようなもので、近所の男連中とやんちゃをしては父親にしこたま絞られたものだ。無駄に多い兄弟たちも、血の気が多い自分の事を恐れていたし、デイル自身、びくびくしている兄弟たちに嫌気が差していた。だから、あっさりと家を出て、軍人になったのだ。
「隊長、今日の報告ですけどー」
間延びした声。それを咎める気が無いのか、アランはちらりと視線を寄越す。やけに豪華な執務室だが、隊長クラスは皆貴族や、代々軍人家系のエリートたちで固められている。というよりは、騎士団員の殆どはそういう人間で固められた集団だ。
そもそも、平民が騎士団に入ることは滅多にない。軍人として生きる平民はそれなりにいても、それより上に行くには運と実力、両方が伴わなければならない。
「怪我人が一人出ました。模擬剣をまともに受けて右腕骨折です」
「なんだ、随分と軟弱なやつがいたな」
「どうします?」
「回復次第、一時的に隊から外せ」
「了解でーす」
訓練で骨を折るなど以ての外。有事の際使い物にならなければ、存在する意味などないのだ。訓練で怪我をしたので、実戦に出られませんなんて人間は、この隊には必要ない。
金獅子と呼ばれる隊長アランと、それに付き従うデイル。狼のようだなんて言われているようだが、獅子と狼とは何とも強そうな絵面だ。
「他には」
「えーっと…ああ、そういやミゲルが結婚するとか言ってましたかね」
「ほう。それは祝ってやらんとな」
「どいつもこいつも良いっすよねー。幸せそうで」
「羨ましいのなら、お前も相手を探せば良いだろう」
「隊長みたいにお貴族様なら選び放題なんですけどねー」
貧乏農家出身だと知ると、離れていく女ばかり。稀にそれでもすり寄ってくる女もいたが、守られたいだの、優しくされたいだの、紳士的に接してほしいだの、「騎士様に守られる私」を演出したいのだろうなという女ばかり。そんなつまらない女なんてまっぴらごめんだ。
「最近うちの侍女によく構っているようだが」
「ああ…侍女殿良いですよねぇ。なんかヤバイ女って感じで」
「…否定はしないが、趣味が悪いなお前」
「だって普通主の為に元令嬢探し出して殺します?バレたら自分だって死ぬのに」
つい最近入ってきた情報。元子爵家令嬢マリア・マクベスの事件。修道院に入っていたのだが、ある日突然高熱を出し、徐々に体に発疹が現れ、みるみるうちに腐っていったらしい。幸い死ぬことは無く生き延びたらしいが、死んでもおかしくなかったらしい。
「残念ながら生き延びたみたいですけど、全身至る所が腐ってるとか…どうせなら死にたかったんじゃないですかね」
「俺はセレス以外はどうでも良い」
「はいはい、ご馳走様です」
アランは深くは言わないが、マリアが死のうが生きていようがどうでも良い。二度と自分たちに関わってこなければそれで良いのだ。ただ、ティナはそうではなかった。
あれだけ主が苦しんでいる姿を近くで見ていたのだ。忠誠心の強いティナが、貴族籍剥奪の上修道院行きになっただけで許すはずもなかった。
「分かっているだろうが、あの女の話はセレスに聞かせるなよ」
「分かってますよ。奥方が知ったらぶっ倒れそうですもんね」
「分かっているのなら良い。…それで?ティナが気に入りなのかお前は」
「そうですねぇ。ああいう美人なのにちょっとヤバイ女って惹かれます」
「そんなに気に入りなら恋人にするなり、妻にするなりすれば良いだろう」
「だって侍女殿結婚する気全く無いらしいんですもん。ガード固すぎて無理無理」
ひらひらと顔の前で手を横に動かすが、アランは信じられないような顔をする。窓から入る光が、金の髪にキラキラと反射して眩しい。深緑の瞳がまじまじとデイルを見るのだが、哀れに思っているのか僅かに眉尻を下げた。
「誰か紹介するか?」
「隊長のお下がりとか絶対勘弁なんですが」
「馬鹿言うな。ただの知り合いで何も無い」
「大丈夫っすよ。それより、侍女殿に絡みたいんで隊長の家行っても良いっすか」
上司の家に行きたがる部下はそう多くないだろう。まして、侍女目当てに行くなんて。
「お前は…程々にしろよ。セレスが気を遣うから」
「はあい」
にんまりと口元を歪め、デイルは楽しそうに笑う。アランはまだ呆れたような顔をしているが、口元は少しだけ緩んでいた。
同期で上司と部下。元喧嘩仲間。アランにとって数少ない気を許せる友人。それがデイル・アドニスという平民出身の騎士だった。
「さて、女の落とし方ってどうすれば良いのか教えてくれません?」
「知らん。俺とセレスは結ばれる運命だった。それだけの話だ」
「うーわ自信満々…何も参考にならないし」
「屋敷への出入りを禁じるか?」
二人揃って小さく笑いながら、午後の穏やかな時間は過ぎていく。簡単な報告はさっさと終わらされ、男たちの無駄話はもう暫しの間続くのだった。