10.
さわさわと楽しそうに会話をする人たちの声。ちらちらと騎士制服を着たデイルを見る女性客の視線。やはり最近はやりのカフェなんてところに来るのではなかった。デイルの支払いだからと提案されるがまま来たは良いが、先程から値踏みするような視線がうざったくて堪らない。さっさと注文した食事を胃袋に納めて出て行きたかった。
遠くで鐘の音が響く。きっとセシリアの結婚式で鳴らされているのだろう。耳の奥で何度も響く低音が心地よい。
「きっと今頃盛大にお祝いしてるんでしょうね」
「そうでしょうね」
「最近俺の同僚も結婚するとか言い出してて…なんか独り身って肩身狭くなりません?」
「私は特に気にしません」
生き方は人それぞれでしょうと返しても、デイルはまだ窓の外へぼんやりと視線を向けている。どれだけ結婚したいんだと少々呆れるが、それも一つの生き方なのだと納得した。
「一応騎士ってそれなりにモテる職業の筈なんですけどねぇ」
「ご実家が貧乏農家ですから諦めてください」
「もう少しゆとりのある実家だったらなあ…」
がっくりと肩を落としながら笑っているが、デイルの見た目は悪くない。アランのような華やかさは無いが、筋肉質で日に焼けた健康な男性という印象。切れ長の目は、見方によってはクールでかっこいいと評価されそうだ。
きっと実家で畑を耕していても女性人気は高かっただろうに、何故王都で騎士として働いているのだろう。
「アドニス様は何故騎士になられたのですか」
「え?ああ…餓鬼の頃喧嘩っ早くて、そんなに血の気が多いなら軍人にでもなって稼いで来いって親父に言われたのがきっかけです。暴れるだけ暴れて金が貰えるなんて、そんないい話があるんだ!っていう」
なんとも安直な考えだ。
成人を前にして軍へ入り、小生意気な子供をボコボコにする教官に鍛え上げられ、剣の腕を磨き、もっと上を目指したくなったんだと、デイルは笑う。
「そういや俺、本当は隊長のこと大嫌いだったんですよね。生まれが違うだけで、何であんなに扱いが違うのか納得いかなくて」
「平民と貴族ですから。仕方ありません」
「同じ人間なのに、剣の腕は絶対に俺の方が上なのにって…まあ騎士団所属になってすぐ勝負挑んでボコボコにされたんですけど」
けらけらと笑っているが、よく貴族相手に勝負を挑んだなと驚いた。いくら同僚でも、社会的地位が違うのだ。何かあれば、平民はすぐに首を切られかねない。
「悔しいですけど、隊長は貴族だからってふんぞり返ったりしないし、剣の腕だって誰もが認めてる。そんでもってあの容姿。俺が欲しいもの全部持ってて、しかも可愛い奥方までいると来た」
「…話だけ聞いていますと、なかなか腹立たしいですわね」
「でしょ。まあ色々ありましたし貴族は好きになれないけど、隊長のことは気に入ってるんですよね」
「さようで」
聞いておいてなんだが、何故自分は騎士団に入った理由なんて聞いたのだろうと不思議に思う。あまり関わりたくないと思っていた筈なのに、向かい合って座って食事を待っているなんて。人の懐に入り込むのが上手いのだろう。
「侍女殿は、何で侍女になったんです?」
「食い扶持減らしの奉公に出されただけです」
「でもそれなら、大人になったらもっと別の仕事したって良かったんじゃないんですか?」
「…使用人に怪我をさせたからと、目覚めるまで食事も睡眠も取らずお傍に居てくださる方が主だからです」
ふむ、とデイルは納得したような顔をする。要は、貴族とは嫌な人間ばかりだという意識でいたのに、自分を人間として扱ってくれる、大切にしてくれる、認めてくれる人間に出会ったから、その人の為に働こうと思えただけ。デイルの場合、貴族よりも上に、負けたくないという気持ちの方が強いようだが、二人とも一番近くにいる貴族に恵まれていた。
「ま、お互い苦労してるんですね」
「そのようで」
何となく、ティナの中でデイル・アドニスという男への印象が変わった気がする。
へらへらと軽薄そうで苦手だったが、実際は真面目な努力家なのだと思った。それを感じさせないのは、いつも穏やかに微笑んでいるせいなのだろう。
「さて、飯も来ましたし、食ったら午後も頑張りましょうか」
厨房から料理を持ってくる店員を指しながら、デイルはまたにこやかに微笑んだ。