9.
本当に、結婚というのは重なるものだ。
セレスとアランが結婚してから約半年。今度はセシリアが嫁いでいく。ふわふわとした金のくせ毛を真っ白な花で飾りつけ、ゆったりと編み込まれた髪が風にそよそよと揺れている。
真っ白なドレスはふっくらとした可愛らしいもので、セシリアによく似合ったものだった。
ティナは式に参加しないし、屋敷でセレスの帰りを待つことになった。つまるところ、夜まで暇だ。
既にセシリアの部屋からは荷物が運び出され、残されている家具も数日中に片付けられるだろう。
「ティナ、貴女夜まで暇なのでしょう?少し好きに過ごしていらっしゃい」
「ですが…まだ忙しいのでは?」
「良いのよ。貴女はよく働いてくれるから」
マーサが穏やかに笑いながらそう言うので、ティナは少しだけ申し訳なくなりながらも出かける事にした。
そういえばセレスに刺繍糸が残り少ないと言われていたと思い出し、糸を探しに行くことにしたのだ。ショッピング街の辺りを探せば何かしら良いものがあるだろう。
帰りに寄り道をして、何か甘い菓子でも買ってみようか。思わぬ休日に、少しだけ心が躍った。
◆◆◆
相変わらず人が多い。上等な服を着た貴族や金持ち、制服を着た騎士たちが歩き回り、時折使用人が買い物に来ている姿も見受けられた。
セレスの言っていた糸は何色だったか。確か青い糸が欲しいと言っていた。主の言う青がどんな青なのかを想像するが、最近刺していた刺繍を思い出し、淡い水色に近い青だろうと思いつく。
コツコツとヒールを鳴らしながら、石畳の道を歩く。あの店のアクセサリーはセレスに似合いそうだとか、あの店の茶葉は物が良かったなだとか、周囲を見回しながらゆっくりと歩くのは楽しかった。
「おや侍女殿。お一人かな?」
背後から掛けられた声に反応し振り向くと、いつものように笑顔のデイルが立っている。今日は見回り担当の日なのだろう。
「こんにちはアドニス様。お勤めご苦労様です」
「どーも。今日は妹君の結婚式だったか。主夫妻が不在で暇と見た」
にんまり笑いながら、デイルは私服のティナをじろじろと観察する。普段の侍女姿とは多少雰囲気が違うので面白いのだろう。だからといって、じろじろと観察されるのはあまり気分が良くなかった。
お返しとばかりにティナもデイルの姿をじろじろと眺めてみる。相変わらず真っ黒な騎士制服。何物にも染まらないという意味があるそうだが、堅苦しそうだなという印象の方が強かった。
「何ですか侍女殿。じろじろ見て」
「貴方が私をじろじろと観察するからです。見られていたのでお返しに私も観察してみただけです」
「観察してみた感想は?」
「いつも通りです」
荷物持ちをさせた時は私服だったが、基本デイルを見る時は制服姿ばかりだ。いつも見ているのだから、改まった感想なんてある筈がない。
「侍女殿は私服だと女の子らしくなりますね」
「元から女ですが」
「そうじゃなくて。普段はきっちりしてる強気な女性って感じなのに、私服になると少し雰囲気が柔らかくなるっていうか…」
人を殺そうとする女には見えないな。そう付け足すと、デイルはにんまりと口元を歪ませた。こんな往来で、しかも貴族も歩いている道でなんて事を言うのだろう。慌てて周囲を見回すが、やっぱり周囲を歩く人間は此方の事など気にすることは無い。各々が楽しそうに歩いている中、騎士に絡まれている若い女など、それなりに目を引く筈なのに。
「…お仕事中気にかけていただき感謝いたします。お邪魔になりますので、私はこれにて失礼いたします」
「まあまあ。俺そろそろ休憩なんで、昼飯でもどうですか?」
「お断りいたします」
「おごりますから。秘密を守ってるんですし、一度くらい。ね?」
脅す気は無いと言っていたのは何だったのか。じろりと睨みつけても、切れ長の目を楽しそうに細めて笑うだけ。きっとここで断っても、彼は秘密をバラすなんて事はしないだろう。少しだけ黙っていると、お願いと小さく胸の前で手を合わせてもう一度誘われた。
「騎士様が私のような女にそのようになさらないでくださいまし…」
「でもお願いしてるのは俺ですし」
「分かりましたから…私は少々買い物がありますので、アドニス様の休憩時間までその辺りをうろついておきます」
「やった。じゃあすぐ戻りますんで帰らないでくださいよ!」
主がいつか言っていた、「アラン様が時々大きな犬のように見えるのよね」という言葉をぼんやりと思い出しながら、小走りで去って行くデイルの背中を見送った。