いきなりの飛び級 前編
学園都市前の駅は帝都中央駅を幾分か小ぶりにしたような印象で、規模の割に列車も人通りも少なく、むしろ閑散としているようにも感じられた。
「うーん、やっぱりこの時期は空いてて快適だなぁ。普段は湖畔の町や村から通学してくる子でいっぱいだからさ」
「こっちの世界だと、まだ新学期が始まってないんでしたね。確か今日はあっちだと九月十四日で、こっちだと……ええと……」
「十月四日。新学期は八日からだけど、まだ帰省から帰ってきてない子が多いのよね」
魔導世界の暦は一ヶ月が二十八日の十三ヶ月に、どの月にも入らない『収穫祭』の一日を九月と十月の間に置いて合計三百六十五日。
両方の世界で一年の長さが同じ理由は未だ解明されておらず、様々な仮説が立てられている状態だ。
朔也は遥とそんなやり取りを交わしながら、駅舎の階段を下りて学園の敷地を踏みしめた。
島全体が学園の敷地というだけあり、駅の周りは緑豊かなキャンパスといった雰囲気に満たされている。
しかし遥が言ったように、多くの学生は学園に戻ってきていないらしく、辺りを見渡しても数人が遠目に見える程度であった。
「四日後の入学式は日本だと九月十八日で、こっちの暦でいうと十月八日ね。閏年は追加の一日のタイミングが違うから、またちょっとややこしくなるんだけど」
「なるほど……そういえば入学式で思い出したんですけど、俺って魔導学園には新一年生として入学する扱いなんですよね。そういうのも『転校』っていうんですか?」
「うーん、一応これも転校でいいんじゃない? 前の学校からはもう籍を抜いてるから、少なくとも留学じゃないんだし。他に呼びようもないでしょ」
朔也が『そういうものかな』と納得したそのとき、不意に咆哮のような良く響く声が投げかけられた。
「おお、来ていたか! 待ちわびたぞ!」
声の主は大柄なライオンの獣人であった。
豊かな鬣を蓄えたライオンそのものな頭に、人間同様の四肢を持つ胴体。
礼服に近いきちんとした身なりの服は、分厚い筋肉でパツパツに膨らみ、袖から覗いた手には太い五本の指と密集した毛皮と鋭い爪が備わっている。
「こちら、副学園長で軍事教練担当のイリオス教官よ。見た目は怖いけど、授業以外では優しいから安心してね」
「話は聞いている。異世界からの転入生、サクヤ・イワナガ君だな。学園を代表して歓迎しよう」
朔也は『授業だと優しくないんだな』という率直な感想を飲み込んで、求められるままにイリオスと握手をした。
ただでさえ大きく分厚い手が、毛皮の存在によって一層力強く感じられてしまう。
もしも本気で力を入れられたら、一瞬で手の骨が粉砕されてしまうのではと思えるほどだった。
「それでは、ついてきたまえ。学生生活に必要となるものを渡すとしよう」
イリオス教官は堂々とした態度で笑いながら、後についてくるように促して歩き出した。
朔也は遥と顔を見合わせ、とりあえず促されるままに案内されることにした。
学園の校舎はちょっとした城か宮殿かと思わせるほどに壮麗だ。
もしも現代の地球に存在していたら、島ごと世界遺産に登録されていてもおかしくない雰囲気を湛えている。
「既に把握している内容だとは思うが、一応この学園の制度について説明しておこう。在学期間は四年制で、各学年の人数はおおよそ百人程度。こちらの世界の学校は入学年齢が不定なので、在学生の年齢もまちまちだ」
目的地までの道中、イリオスは絶えず朔也に話しかけてきた。
魔導世界の教育機関は、初等学校とアカデミーに大別されるという。
前者はいわゆる読み書き算盤を学ぶ庶民向けの学校で、後者はより高度な知識や技術を学ぶ学校である。
「入学資格は初等学校を卒業していること。ただし君の場合はそちらの世界で充分な学力を身につけているので、特例として条件を満たした扱いにさせてもらっているよ」
「ありがとうございます。でも、こっちの世界の地理とか歴史とかは全然分からないんですけど……」
「気にする必要はない。入学試験で要求されるのは論理的思考力だけだ。そもそもこの連合帝国では、他の加盟国の地理や歴史など知らないのが当然なのだ。よって、その辺りは試験問題にしようがないのだよ」
イリオスは獅子の顔を歪めて笑みらしき表情を作った。
ライオンの獣人が笑うとこうなる、というよりは、イリオスという特定個人の笑い方がこうなのだろう。
「さて、当然ながら教育内容は学年ごとに変わってくるのだが、一年生だけは少々特別だ。座学……いわゆる『勉強』は殆ど行わず、魔法使いとしての基礎的な修行に専念することになる」
「魔力をコントロールする技術の習得、ですよね」
「その通り。最低限、肉体に蓄積した魔力程度は自在に制御できなければ、魔法を教える以前の問題だからな。成績によっては容赦なく留年もさせている」
イリオスは豪華な廊下の途中で足を止めて、その場で朔也の方に振り返った。
「当然ながら、異世界からの転校生にも同じ基準を適用させてもらう。しかしまずは現時点での実力を測らせてもらいたい。一年生の修行は習熟度別に行っているのでね」
「実力……ええと、つまりここで戦う、とか」
「ははは! 血気盛んで実に結構! だが、もっと手っ取り早く確実な手段がある。これを使ってみたまえ」
いきなり喧嘩でもさせられるのかと身構えた朔也に、イリオスは笑いながら掌サイズの道具を手渡した。
水晶の板が金属製の枠に嵌め込まれ、更にそれが手帳のような革製のケースに収められている――現代日本人に分かりやすく端的に表現するなら、手帳型ケースに収められたスマートフォンにそっくりな代物であった。