ようこそ魔導学園へ
駅舎でのちょっとしたトラブルはあったものの、朔也は無事に列車の出発時刻を迎え、いよいよ魔導学園への移動を再開した。
その間にも、遥はこの世界と魔導学園についての説明を、楽しそうに朔也に語って聞かせている。
「魔導学園を始めとする三つの魔法アカデミーは、どれも帝都じゃなくて別の土地にあるの。ここから先は乗り換えも停車もなしの特急便だから、距離の割にはあっという間だからね」
「どれくらいで着くんですか」
「んー……だいたい二時間ってところかな。帝都からの鉄道通勤もできなくはない感じ。まぁ、してる人がいるって聞いたことないんだけど」
二時間の列車の旅は、日本の新幹線なら東京から京都への移動に相当する。
この列車は新幹線ほど速くないので、帝都から魔導学園までの距離はもう少し近いのだろう。
やがて駅の外に車輌が走り出ると、ゴシック調の見事な街並みが車窓いっぱいに映し出される。
日本人が想像しやすい例を挙げるなら、ロンドンのウェストミンスター宮殿――イギリスの国会議事堂と大時計塔、テムズ川に架かるタワーブリッジのような建築様式。
壁に囲まれた都市圏の七割ほどがそうした建物に埋め尽くされ、残りは未だに精力的な建築と開発が進められているといった雰囲気だ。
「建設ラッシュ真っ只中って感じですね」
「まぁね。この帝都は『連合帝国を作るぞ!』って決まった後で、新しい首都として作られ始めた計画都市なの」
「地球でいうと……オーストラリアのキャンベラみたいな」
「そうそう。だけど、まだ全部は仕上がってなくってね。この調子じゃ、あと五年は掛かるんじゃないかなぁ」
成長途中の街の上を高架鉄道が通過して、朔也を乗せた列車を都市の外へと導いていく。
都市を囲む城壁を越えた先には、収穫を終えたばかりの畑と、のどかでなだらかな丘陵地帯が広がっている。
日本国内ではまず見られないような光景に、朔也は自分が異世界に来たのだという思いを一層強くしたのだった。
「ちなみに、これが連合帝国の地図で、帝都はここ。魔導学園は南のここね」
遥は膝の上に地図を広げてみせた。
連合帝国は上半分に人間の三つの王国が、下半分に一回り以上小さな三つの獣人の公国が纏まっていた。
三つの王国は、三つ巴の模様か漢字の『品』に似た形で隣り合い、その形を円グラフに喩えるなら、帝都は円の中心点に位置している。
そして魔導学園の所在地は、下側に二つ並んだ国の境界線上である。
「最初、連合帝国を作るっていう構想はね、人間側の三つの王国が進めてたの。それで三つの王国の国境が交わる一点に首都を作って、三本の国境線にアカデミーを一つずつ建てることになって……獣人の公国が加わったのはその後だったってわけ」
遥は地図上に指を這わせ、一言ごとに指先を動かしながら、それぞれの国について簡単に説明した。
「北のカレドニア王国、西のカンブリア王国、そして帝国一の勢力を誇る東のアルビオン王国。魔導学園はアルビオンとカンブリアの国境上ね」
「なるほど、元々は他の国との国境沿いだったから、周りにほとんど町や村がないんですか」
「そういうこと。固有名詞は一気に覚えなくていいから、だいたいこんな位置関係なんだって思ってくれたらいいよ」
朔也は列車の窓越しに、高架の周りに広がる丘陵と草原を眺めた。
「せっかく何にもないんだから、地上に線路を敷いちゃってもよさそうなのに。どうしてわざわざ高架なんでしょうね」
「試験中の路線に興奮したモンスターが突っ込んできて、実験車両がひっくり返るなんて事故が起きちゃったからねぇ。怖くて地上は走れないでしょ」
「……それは確かに」
異世界ならではの交通事情に、朔也は納得することしかできなかった。
地球でも、動物と鉄道の衝突事故はとても重大な問題だ。
単なる牛や鹿ですら頭を悩ませる事件なのに、普通の動物よりもずっと強いモンスターがぶつかってくることを考えたら、地球と同じような車体やレールでは使い物にならないはずだ。
列車本体に衝突しなくても、レールを踏み荒らされるだけでも大打撃に違いない。
それを考えると、頑丈に作ることができる高架でレールを通し、地上を行き来する動物やモンスターをやり過ごすのは、この世界の実情に合わせた選択だといえるのだろう。
――それから二時間近くの鉄道の旅を経て、遂に朔也は魔導学園がある学園都市を視界に収めた。
そこは湖に浮かぶ大きな島。
帝都を縮小したような建物が密集し、緑豊かな木々がそれらを取り囲んだ美しい風景。
鉄道の高架は通常の橋と隣り合う形で湖峡部を縦断しており、その過程で島の駅を経由する形になっている。
あまりの光景に言葉を失う朔也に、遥は改めて歓迎の言葉を贈った。
「王の湖のアヴァル島。ここが君達の学び舎。ようこそ、朔也君。魔導学園は君を心から歓迎します」