出会いの予感
銀髪紫眼の少女に腕を引かれ、朔也はしばらくの間、駅舎内の狭い通路を走り続けた。
やがて少女は人気のない一画で足を止め、朔也の手を握ったままくるりと軽やかに振り返った。
「助かったよ、ありがとう。お陰で穏健に事を収めることができた」
「穏便か? 思いっきり警察沙汰になってた気がするんだが……」
「それについては安心していいよ。彼らのプライドの高さは人一倍だから、どこの誰とも知らない相手に倒されたなんて訴えられないし、警察もこの程度は軽い注意で済ませるさ」
こちらの世界の警察の対応はそういうものなのだろうか。
朔也は文化の違いに困惑する一方で、それ以上に戸惑いながら、少女に握られたままの自分の手を見下ろした。
細く柔らかで、しなやかな指だ。
もしも強く握り返したら潰れてしまうんじゃないだろうか――そんなことを本気で考えてしまうくらいだった。
長い銀髪の少女は紫色の瞳をきょとんとさせ、そして朔也が何に戸惑っているのかを理解した様子で、ゆっくり手を離した。
「おっと、すまない。不快にさせてしまったかな」
「不快だなんてそんな……そんなことより、さっきの奴らは何だったんだ」
朔也は露骨に話題を逸らし、意識を少女の手の質感から引き離そうとする。
「強引でしつこいスカウトさ。もう一年も諦めていないんだ。これ以上なく明確に断ったつもりなんだけどね」
「スカウト? 何でまたそんな……」
「もちろんこれだよ」
少女が片手を目線の高さに上げると、親指と人差し指の間に一筋の紫電が走った。
眩い光。乾いた炸裂音。紛れもない電撃だった。
「うおっ! ひょっとしてそれ、魔法か?」
「……驚いた。本当に知らなかったんだね。ボクのことも、彼らのことも」
朔也だけでなく、少女も驚いた様子で目を丸くする。
そして少女は朔也のことを顔から服装までまじまじと眺め、納得した様子で何度か頷いた。
「ひょっとして、キミは異世界人なのかな」
「やっぱり分かるか? ついさっき到着したばかりで、こっちのことはよく分かってないんだ」
「なるほど。だったら納得だ。それにしても……」
少女の口元に柔らかい微笑が浮かぶ。
「どうかしたのか?」
「……普通の態度で接してもらえるのは、随分と久し振りな気がしてね。ありがとう、重ねて感謝するよ」
「そいつはどうも。事情は全く分からないけど」
こんな当たり前の態度が珍しいだなんて、この少女は一体どんな立場の人間なのだろうか――朔也が頭の中でそんなことを思った直後、甲高いベルの音が周囲一体に鳴り響いた。
何のために鳴らされた音なのかは、直感的に理解できる。
十中八九、列車の発射を告げる合図である。
「げっ、まずい!」
朔也は反射的に来た道を引き返そうとしたが、さっきの二人組と出くわす可能性に気がついた。
しかし、遠回りしようにも道が分からない。
あの二人組が立ち去っていると信じて引き返して、もしものときは全力疾走で列車に飛び込むしかなさそうだ。
そう考えて走り出そうとした朔也の手を、少女の細い手が再びぎゅっと握りしめた。
「学園行きならこっちだよ」
「本当か!? 助かる!」
朔也は少女に手を引かれて通路を走り、さっきとは別の経路からプラットフォームへと戻っていく。
すると、ちょうど目の前に目的の学園行き電車が鎮座していた。
プラットフォームの途中で手を離され、そのまま列車に駆け込む朔也。
それを見て、先に列車へ戻っていた遥が驚いて声を上げた。
「わっ! 早かったね!」
「間に合った……え、早かった?」
朔也が呼吸を整えていると、出発のベルが鳴り止んで、反対側の線路に停まっていた列車がゆっくりと加速し始めた。
「……そっちかぁー」
冷静になって考えれば、ベルが鳴ったからといって自分の列車だとは限らない。
時計もスマホも手元になかったのと、間違っても乗り遅れたくないという焦りが重なって、こんな勘違いをしてしまったようだ。
朔也は恥ずかしいところを見られたのではと思い、振り返って車両の外を見やったが、幸いにも少女は既にプラットフォームから姿を消していた。
例の二人組みに見つからないよう、さっさと引き上げてしまったのだろう。
ほっと胸を撫で下ろす朔也。
しかし同時に、ちょっとした疑問が頭に浮かんできた。
「あれ……? どうしてあの子……俺が学園行きの列車に乗るって分かったんだ?」
――やがて魔導学園行きの列車が出発し、帝都中央駅から旅立った頃。
銀髪紫眼の少女がふらりとプラットフォームに姿を表して、走り去っていく列車の後ろ姿を見送った。
「こっちに来る異世界人といえば、学者や役人ばっかりだったけど……やっぱりあの子が、噂の異世界からの転校生なのかな」
朔也を乗せた列車は点のように小さくなり、車輪がレールを踏む音も聞こえなくなっていく。
少女は最後までそれを見届けてから、微笑みを浮かべて踵を返した。
「もしもそうなら嬉しいかな。何となく……彼とは仲良くなれそうな気がするよ」