銀髪紫眼の美少女
「わぁ……!」
異世界転移が終わった直後、車窓の外に広がる異世界の光景を前に、朔也は思わず驚きの声を漏らした。
ガラス製のアーチ型天井に覆われた、巨大で壮麗な鉄道駅。
もちろん出発地点の地下プラットフォームとは違い、地下ではなく太陽の光が燦々と降り注ぐ地上の駅である。
右を見ても左を見ても、転移列車と同様のレトロな外観の列車が並び、それらに大勢の人々が乗降している。
あまりの広さのため、ホームから別のホームへ移動するための歩道橋が、線路をまたいで何本も架けられているほどだ。
「帝都中央駅。東京から転移する場合は、基本的にここを経由することになってるの。首都の駅だからもちろん帝国最大規模。列車の数も利用者の数もね」
朔也は遥の説明に相槌を打つ余裕もなく、窓の外の光景に目を奪われていた。
駅構内を歩く人々は、その半分がカラフルな髪色をした人間で、もう半分はこれまた様々な外見をした獣人だ。
獣の耳と尻尾を生やしただけの者もいれば、二足歩行の獣としか言いようのない姿をしている者もいる。
犬や猫の特徴を備えた者もいれば、服を着たトカゲの姿で普通に歩き回っている者もいる。
そして道行く誰もがこの光景に違和感を覚えておらず、ごく当たり前の日常風景として受け止めているようであった。
「ひとまずここで一旦休憩。帝都で下ろす分の荷物と、帝都で拾ってく荷物の積み下ろしで、だいたい二十分くらい停車するからね。私はその間に、細々した手続きでも……」
列車が一番隅のプラットフォームに停車するなり、遥は手荷物のバッグを抱えて席から立ち上がった。
「休憩っていうほど疲れてないですけどね。発車してすぐでしたし」
「じゃあ、駅の中でも見てきたらどうかな」
「いいんですか?」
「興味津々って感じだったしね。ただし遠くまで行っちゃ駄目よ。文字の翻訳器はまだ持ってないんだから、迷ったら帰ってこれないかもしれないでしょ」
それでも『列車から降りるな』と言わないのは、きっと故郷を捨てたばかりの少年に対する、遥なりの気遣いだろう。
朔也はありがたく気遣いを受け取って、しばらく列車の周りを見て回ることにした。
芸術的な駅舎のあちらこちらに掲げられた掲示には、内容がさっぱり分からない文章が並んでいる。
しかし拡声器越しのアナウンスや、駅を行き来する人々の話し声は、翻訳魔法のお陰でごく自然な日本語として聞き取ることができた。
「凄いな……思ったより翻訳がしっかりしてるぞ……」
これくらいの翻訳精度なら、日常会話に困ることはなさそうだ。
朔也が壮麗な駅舎を上機嫌に歩いていると、プラットフォームの人気が少なくなった最端部に、何やら不穏な人影が見えた気がした。
異世界人の男女と大柄なトカゲ型の獣人――ただし人間の少女一人を、男とリザードマンがプラットフォームの隅に追い詰めて、逃げ場を塞いでいる格好だ。
あまりにもあからさまなその光景に、朔也は短く溜息を吐きながら、三人がいる方向へと近付いていった。
しかし、実際に会話が聞こえる距離にまで近付いてみると、想像していたような状況とは違うやり取りが耳に届いた。
「何故あちらを選んだ。お前ほどの卓越した才能の持ち主なら、迷うことなく我々と共に来るべきだろう」
「あんな場所では貴様の力を引き出しきれん。まさしく才能の無駄遣いだ。今からでも考えを改めろ。これは親切心からの忠告だぞ」
どうやら人間の男とリザードマンの男は、少女をどこかにスカウトしようと説得を重ねているところだったらしい。
二人共、黒一色のきっちりした制服に身を包んでいて、そこらのチンピラが少女に目をつけたのとは全く様子が異なる。
朔也は想像が外れたことに拍子抜けしながら、人間同様の制服をぴっちり着込んだリザードマンの後ろ姿を興味深そうに眺め、それから少女の方に視線を移した。
「何度も言っているだろう。ボクはそちらに加わる気などないんだ。いい加減に諦めてもらいたいね」
光沢のある白髪――むしろ銀髪と呼ぶべき色彩の髪を長く伸ばした少女。
不思議な輝きを帯びた紫色の瞳は、どこか冷めた雰囲気を湛えていて、目の前の男達に関心を抱いていないことがひしひしと伝わってくる。
しかしそれが却って、少女をより一層神秘的に、美しく見せていた。
喋り方が妙に中性的なのは翻訳魔法の影響だろうか。
普通なら奇妙にしか聞こえない口調だが、この少女の場合はむしろ超然とした美点にすら感じられる。
朔也は不覚にも少女の美しさに見惚れてしまい、黒服の男とリザードマンが自分の接近を悟ったことに気が付かなかった。
「待て。誰だ、そこの貴様」
「……えっ? あ、いや、ただの通りすがりで……」
黒服の男は鋭い視線を朔也に向け、それから自分の襟元に付けたエンブレムを親指で示してみせた。
「我々が何者かは分かるだろう。首を突っ込もうとせずに引き返せ」
「ええと、すみません。どなた様です?」
まるで空気の凍る音が聞こえるかのようだった。
男とリザードマンが揃って硬直し、その向こうで銀髪の少女が紫色の目を丸くして、それから澄んだ声で笑い出した。
「あははははっ! 残念だったね! キミ達の知名度も今ひとつみたいだ!」
「……貴様!」
黒服のリザードマンは大声で笑った少女ではなく、自分達を知らなかった朔也の方を睨みつけ、大股で詰め寄りながら硬く握った拳を振り上げた。
「おいおい……異世界にも正当防衛ってあるんだよな?」
鱗に覆われた拳が振り抜かれる。
その直前、朔也は全身に素早く魔力を巡らせた。
動体視力も身体機能も瞬時に底上げされ、リザードマンの振るう拳がゆっくり減速したように感じられる。
朔也は頬を掠めるような紙一重で拳を回避し、代わりにえぐり込むような打撃をリザードマンの脇腹に叩き込んだ。
「ぐはあっ!?」
よろめき後退するリザードマン。
「痛ってぇ!?」
脇腹の想定外の硬さに、打撃を繰り出した手を振って痛みを誤魔化す朔也。
「ば……馬鹿な! この俺の魔力装甲越しにダメージを!? 魔法すら使わず、ただ魔力を込めた拳だけで……ぐはっ……」
「何なんだ、こいつ! 鉄板でも仕込んでんのかよ! まさか……」
防御魔法でも使って身を守ったのか。
そんな考えに至った途端、朔也は口元に笑みが浮かぶのを止められなくなった。
元の世界でたまに喧嘩を売ってきたチンピラ風情とは全く違う。
魔法が当たり前の存在に過ぎないこの世界では、自分を異物扱いしてくるようなことはないのだろう。
朔也はそれがとてつもなく嬉しく、とてつもなく楽しかった。
「信じられん。まさかこの男を一撃で打ち倒すとは……只者ではないな」
リザードマンが脇腹を押さえて崩れ落ち、黒服の男が入れ替わるように前へ進み出る。
対する朔也も拳を握り直して男たちに振り返った瞬間、甲高い笛の音がプラットフォームに響き渡った。
「お前達! そこで何をしている!」
見るからに駅の警察と思しき二人組が、腰のサーベルに手をかけながら駆けつけてくる。
「やべっ……!」
異世界の法律には詳しくないが、このままだと面倒なことになるのは明らかだ。
慌てる朔也の手を、銀髪紫眼の美少女が不意に握りしめたかと思うと、不敵な笑顔を浮かべて力強く引っ張った。
「こっちだ! 鉄道警察はあいつらに任せよう! ちょうどいい足止めさ!」
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