魔導世界の魔導学園
「さっそくだけど、転校先の世界について簡単に説明するね」
遥は持参した資料をテーブルに広げ、朔也から見やすいように上下をひっくり返した。
「最初の異世界が発見されてから三十年。これまでに多種多様な世界が発見されているんだけど……実は地球上の地域ごとに、転移可能な『繋がっている世界』のタイプはある程度決まってるの」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんですよね。日本の場合は、一言でいうなら『中世から近世にかけてのヨーロッパによく似ていて、魔力をエネルギー源とするファンタジーな能力が発達してる異世界』がメインかな」
だから日本人が偶発的に異世界転移する場合、ほとんどのケースで『ヨーロッパ風ファンタジー』の異世界に流れ着いてしまうのだという。
地球側の文化と異世界側の文化が類似しているかどうかは、完全にケースバイケースで法則性は皆無。
例えばアメリカは多種多様でまとまりがなく、西洋風もあれば南米風もあり、果ては欧米人がイメージする勘違いジャパニーズ異世界にも繋がっているそうだ。
逆に中国大陸周辺はおおよそ一致している事例らしい。
西遊記や封神演義のような世界、三国志演義や水滸伝のような世界、そして武侠小説のような世界――これらが接続先の七割を占めていて、ヨーロッパ風の世界は一割あるかないかだと発表されている。
ただ後者については、異世界転移装置の完成を焦ってなんやかんやした結果、あちら側からの『逆流現象』を引き起こしてしまい、局所的にとてつもなくエキサイティングな状況になっているようだ。
「もちろん例外もあって、バグみたいに変なところに繋がったりも……あっ! 中国が逆流でヤバいことになってるっていうの、外に漏らしちゃいけない情報だから! こっちで言いふらしたりしないでね?」
「最初に言ってくれません? 何でヤバいことだけ事後承諾なんですか」
それはそうと――朔也は内心でふと考え込む。
逆流現象。もしかしたら自分が魔法を使えてしまうのも、これが原因だったりするのかもしれない。
「ごめんごめん。とりあえず話を元に戻すね」
遥は朔也の前に広げた資料のページをめくりながら、魔導世界について簡潔な説明を始めた。
「当然だけど、魔導世界にも色々な国があってね。魔導学園の所在地は『連合帝国』っていう国なの。数ある異世界国家の中でも、こっちの政府との繋がりが一番強くってね。異世界転校の許可が下りたのもその縁ってわけ」
連合帝国――三つの人間の王国と、三つの獣人の公国が手を組んで生まれた連邦制国家。
総人口は約五千万。総面積は日本の二倍ほど。
国民の四割、つまり二千万人が獣人で、そのうち千五百万人が獣人の公国側の領土で暮らし、残り五百万人が人間の王国側に混ざって暮らしている。
「噂には聞いてましたけど……本当に獣人なんているんですね……」
「もちろんよ。ほら、写真も載せてあるでしょ。魔導学園は獣人の領地からも広く生徒を募ってるから、生徒の半分が獣人になってるの」
資料に添付された写真には、服を着た二足歩行のライオンと、人間の男のような体に犬か狼の耳を生やした人物を、どちらも魔導世界の獣人として記載している。
どうやら一口に獣人といっても、獣らしさがどれくらい外見に表れるかについては、かなり大きな個人差があるようだ。
「文明レベルは他の異世界と比べたら発展している部類で、中世というよりも近世。日本が手を貸した分野に限っては、一足早く近代化してるとも言えるかな」
「近代化って、具体的にどれくらいですか?」
「自動車や鉄道があるくらい」
そんなに、と朔也は率直な驚きの言葉を漏らした。
「地球基準だと凄くレトロな性能だし、どれも動力システムは魔法がベースで、エネルギー源は魔力なんだけどね」
「充分凄いと思いますけど」
「ま、一部の技術がショートカットして発展しただけで、全体的には近世ファンタジーってところかな。初歩的な魔法式の銃と、昔ながらの剣がどっちも一緒に使われてたりもするし」
詳しい話を聞けば聞くほど、朔也は魔導世界に心を惹かれていった。
当たり前に存在する魔法。当たり前に存在する異種族。
魔法による自動車や鉄道が走る中、銃器と並んで現役の兵器として使われる刀剣類。
どれもこれも関心を掻き立てて止まない情報ばかりである。
「俺の勝手な印象なんですけど、何だか日本製のRPGみたいな感じに聞こえますね。ほら、主人公が大きな剣振り回してるけど、ザコ敵が普通に銃使ってきたりするみたいな」
「うん、結構近いかも。あっちの魔法使いも、現地の銃なら十発くらい普通に耐えれたりするしね」
そんなに、とさっき口にしたリアクションを繰り返してしまう朔也。
「あとね……そうそう! 管理局の技術者にゲーム好きがいるみたいでさ。色んな道具のインターフェースをゲーム風に設定しちゃってるのよね。朔也君もゲームやるタイプなら、かなり取っつきやすいかも」
「へぇ、楽しみです。割とよくやるんですよ、そういうゲーム。顔見知りからはいつも避けられてるんで、ネット対戦とかじゃないと遊ぶ相手がいなくって」
朔也が少しずつ遥に心を開きつつある一方で、遥の微笑みには哀しそうな色が混じり始めていた。
原因は、こちらの世界に生まれてしまった魔法使いの孤独感を目の当たりにしたこと――そしてもう一つ、教えておかなければならない現実的な問題の存在だ。
「……ごめんね、朔也君。さっきから好奇心を煽ることばかり言ってきたけど、やっぱり異世界の危険性も伝えておかないといけないんだ」
「危険……ですか?」
「街で普通に暮らす分には良い世界よ。翻訳魔法のおかげで会話には苦労しないし、食べ物もまぁまぁ美味しいし。テレビやネットがないのは耐えられないって人もいるけどね。問題はそこじゃなくて……命のリスクなの」
遥は真剣な表情で、異世界転校につきまとう危険を列挙した。
まず一つ目は戦争のリスク。
連合帝国は東の『連邦』と西の『連盟』の二つの大国に隣接し、数年前まで防衛戦争を繰り広げていた。
そもそも、六つの国々が手を結んで連合を組んだのも、東西からの軍事的圧力に対抗するためなのである。
「今の平和がどこまで続くかは誰にも分からない。もちろん朔也君が卒業するまで平穏無事かもしれないけどね」
二つ目のリスクは、モンスターの存在だ。
単なる猛獣を怪物と呼んでいるのではなく、通常の野生動物とは全く異なる危険生物。
街を離れた野山のみならず、時には街の中にも現れて被害を出すこともある、一種の動き回る自然災害である。
「敵対国家にモンスター。他の異世界もだいたいそうなんだけど、魔導世界も血生臭さからは逃れられない。魔導学園でも最低限の戦闘技術は必須科目だしね」
だからこそ、一般人の異世界転移の許可は極めて下りにくくなっている。
転移技術自体は完全に確立しているが、転移した後の安全は保証されないからだ。
「提案を受けるかどうかは、リスクを含めた上でご両親としっかり話し合って、それから決めてください。一生のことだからね」
教師らしい言葉で説明を締めくくる遥。
しかし朔也の心はとっくに決まっており、頭の中は異世界に転移した後のことでいっぱいになっていたのだった。