貴族と取り巻きと転校生 後編
「凄いな! 今のが本場の魔法か! 魔力の弾丸を飛ばすようなのとは大違いだ!」
興奮に目を輝かせる朔也。
驚愕に目を見開くアッシュ。
どちらも表情の方向性は似たようなものだが、それに込められた感情は全くの正反対であった。
「嘘だろ……防御魔法で防いだ……いや、そんな様子はなかったぞ……まさか素の防御力で耐えたのか? だとすると、ステータスのアベレージが100を越えていたっていう噂は、馬鹿みたいなデタラメじゃなくて……!」
「ア、アッシュさん! さっきのは手加減してたんですよね? ねっ!」
取り巻きにすがり付かれたアッシュは、空元気を絞り出して傲岸不遜な態度を取り繕い、朔也に対して上から目線の言い訳を投げつけた。
「もちろんさ! この僕がこんなことで本気を出すわけないだろう? 実力を測ってやるための挨拶代わりに決まってるじゃないか!」
冷静かつ客観的に眺めれば、アッシュの発言は完全に強がりの嘘であったが、幸か不幸かこの場には誰一人として冷静な者はいなかった。
アッシュと取り巻きはもちろん、朔也もまた魔法を正面から受け止めた興奮に気を取られ、アッシュの声が震えていることにも気付いていないのだ。
「今のはなかなかだ。とりあえず合格点をあげてもいい。飛び級を認められるだけはあるようだね。教官達の目が節穴じゃなくて安心したよ」
「本当か? そいつはよかった。じゃあ次はこっちから……!」
朔也は片手をアッシュに振り向けて、腕の先に野球ボールサイズの魔力の塊を生成する。
胸の高鳴りが止められない。
今までずっと忌まわしい力でしかなかった魔法を、同じ立場の者同士でぶつけ合い競い合う――その楽しさについ我を忘れそうになってしまう。
「く、くそっ! 調子に乗るんじゃない! この僕と渡り合えるつもりか! 初歩もいいところの魔力弾で!」
アッシュが内心の怯みを押し隠し、両手に炎を纏わせて朔也と向かい合う。
正直なところ、朔也はアッシュに対して好感のようなものを覚えつつあった。
元の世界でよく遭遇した、相手が弱いと思って喧嘩を売っておきながら、想定外の力を持っていると分かるや否や一目散に逃げ出す――そんな連中とは明らかに違う。
「ところで、アッシュだっけ。一つ聞きたいんだけど、ステータスが100超えしてるっていうのは、そんなに凄いことなのか?」
「ふん。自慢したいなら、もっと上手くやったらどうだ。いくら何でも露骨すぎるぞ?」
「煽ってるわけじゃないって。本当にピンとこないんだよ」
「……どうだかな。数字だけで評価するなら、プロの世界でも一線級だ。しかしいくらステータスが高くても、ろくな魔法も使えないようじゃ話にならないな!」
アッシュが感情を露わに声を張り上げる。
そして両者が魔力をぶつけ合おうとした直前、唐突に遠くから遥の声が響き渡った。
「こらーっ! あんた達、何してるの!」
「わっ……!」
「まずい、教官だ!」
驚いて魔法のチャージを解除する朔也。
アッシュの取り巻き達もここぞとばかりに、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
しかしアッシュ本人は最後までこの場に踏み留まり、朔也に負け惜しみの言葉を投げつけてから、遥が走ってくるのとは逆の方向に駆け出した。
「決着はまだついていないからな! 首を洗って待っているがいいさ!」
「まったくもう……! 大丈夫だった? 怪我はしてない?」
急いで駆け寄ってきた遥は、売られた喧嘩に魔法でやり返そうとしたことを責める様子もなく、純粋に朔也のことを心配し始めた。
前の学校の教師達とはあらゆる面で大違いの対応である。
「何ともないです。それより、いつもの癖でつい喧嘩を買っちゃったんですけど……ひょっとしてマズかったりします? 貴族とか何とか言ってましたし」
「……癖になるくらい売られ慣れてるんだ……」
「ええ、まぁ。皆して何が気に入らなかったんでしょうね」
「私に聞かれても困るなぁ」
遥は困り顔を浮かべながら、話題を無理やり切り替えるかのように、朔也の最初の質問に返答した。
「こっちの世界は決闘の文化が健在だから、お互いに同意していれば暴力沙汰も甘く見られがちなの。それが原因のトラブルも絶えないんだけど……戦える魔法使いが歓迎されるご時世っていうのもあってね」
「ご時世ですか?」
「戦争よ。東西の大国との。今はお互いに手を引いて落ち着いてるんだけど、いつまた衝突するか分かったもんじゃないから、戦える人材が持て囃されがちなのよ」
「ああ……そういえば、予習に使った資料にも書いてありましたね。こっちに来るならその辺のリスクも織り込んでおけって」
アッシュとの喧嘩の前に復習した通り、連合帝国は三つの王国と三つの公国が手を結ぶことで成立している。
これらの国が一つに纏まった理由は、東西に栄える二つの大国に対抗するため、つまりは戦争に勝つためだったのだという。
民間人の異世界転移の許可が下りにくい理由の一端もこれだ。
旅行気分で気軽に転移されて、戦争の再開に巻き込まれてはたまらない。
もちろん、そういう情勢は事前に何度も説明を受けたし、朔也も同意書にサインをした上でこちらに来ている。
「それと、貴族云々っていうのは気にしなくていいよ。魔導学園は実力主義だから家柄なんて考慮しないし、学園都市は帝国直轄領だから貴族も干渉できないし。何より彼、貴族の家柄といっても三男坊だから」
遥は腰に両手をやって溜息を吐いた。
「貴族の地位と権力は長男だけが次ぐもので、次男以降は悪く言えば予備なの。だから自力で身を立てられるように、うちみたいな学校で勉強させるものなんだけど……ああやって家柄を笠に着る子、結構いるのよね」
「あいつも長男のスペアですか。何というか……昔ながらって感じがしますね。江戸時代とか、それより昔みたいな」
どうやら、貴族の家に生まれても安楽な人生とはいかないらしい。
そんなことを思いながら、朔也はアッシュ達が逃げていった方をぼんやりと見やったのだった。
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