いきなりの飛び級 後編
いきなり喧嘩でもさせられるのかと身構えた朔也に、イリオスは笑いながら掌サイズの道具を手渡した。
水晶の板が金属製の枠に嵌め込まれ、更にそれが手帳のような革製のケースに収められている――現代日本人に分かりやすく端的に表現するなら、手帳型ケースに収められたスマートフォンにそっくりな代物であった。
朔也は驚きと呆れが混ざった視線を遥に投げ、手元の道具についての説明を無言で求めた。
「言いたいことは凄く分かるけど、スマホじゃないから安心して? 日本の技術協力を受けて開発された魔導器で、見た目や使い方がスマホと似てるだけ。中身はいわゆる『魔法の水晶玉』の一種って言えばいいのかな」
「水晶玉……言われてみたら納得……かな……?」
「そうそう。玉じゃなくて板にしただけだと思えば、普通にマジックアイテムでしょ」
遥が肩を寄せて画面を覗き込んできたので、朔也は思わず身を引いてしまったが、遥はその分だけ更に遠慮なく距離を詰めてきた。
「操作方法はスマホと同じ。画面を指で触るだけ」
「うわ、アイコンもスマホっぽい。何か急に異世界っぽさが薄れたんですけど」
「これくらいで驚いてたら身が持たないよ。ほら、そこをタップ」
「もっとファンタジーっぽいデザインにはできなかったんですかね……」
言われるままに魔導器を操作すると、水晶ディスプレイに幾つかの項目が表示された。
――――――
レベル:未測定
HP:未測定
MP:未測定
筋力:未測定
耐久:未測定
感覚:未測定
敏捷:未測定
抵抗:未測定
直感:未測定
経験値:未測定
――――――
「どうだね。最新の能力分析法だ。大したものだろう?」
「各パラメータの意味はね……わーっ! ストップストップ!」
衝動的に魔導器をぶん投げようとしてしまった朔也を、遥とイリオスが慌てて制止する。
「何ですかこれは!? 完っ全にゲームのアレでしょ! ステータスでしょ! ゲームの世界に迷い込んだ覚えはないんですがね!」
「大丈夫! ゲームっぽいのはインターフェース作った奴の趣味だから! ちゃんとした意味がある項目だから!」
遥は荒ぶる朔也を落ち着かせて、軽い咳払いの真似をしてから、改めてステータスについての説明に取り掛かった。
「こほん……ひょっとしたら朔也君も、独学か無意識でやっていたかもしれないけど、魔法使いは魔力で体を強化したり頑丈にしたりできるの」
「うむ。ステータス表の各項目は、強化内容とその性能評価の一覧と思ってくれたまえ。魔法使いにとっては基本中の基本。むしろ魔法使いでない者達でも、この段階までは習得しておくことが珍しくないくらいだ」
朔也はスマートフォン型の魔導器を手に持ったまま、腕組みをして二人の教官の話に耳を傾けている。
先程の喧嘩でも、朔也は魔力を全身に漲らせることで、打撃の威力や動体視力を瞬間的に上昇させていた。
パラメータの筋力や感覚はそういう強化を意味しているのだろう。
「一年生は進級までの間に、各パラメータを一定水準まで鍛えることが要求されるの。最低限の魔力コントロールを体得した証明としてね」
「HPがどういう意味だとか、そういうのは授業で教わるんですか?」
「もちろん。一年生が受ける数少ない座学の授業よ。とりあえず現時点での数値を測ってみましょうか」
朔也が遥の指示通りに魔導器を操作すると、魔導器の水晶板に浮かび上がっていた文字列に変化が生じた。
――――――
レベル:1
HP:1025
MP:1019
筋力:112
耐久:103
感覚:110
敏捷:108
抵抗:101
直感:121
経験値:73
――――――
それを見た朔也の反応は「まぁまぁかな?」という程度であった。
このステータスを事前知識もなしに見せられた場合、多くの人はHPとMPは1000が標準で、それ以外は100が標準だと考えて、朔也のステータスごく普通の数値だという印象を受けることだろう。
実際、朔也本人もそういう認識だったのだが、二人の教官が見せた反応は全く別のものであった。
「……えっ、これ……バグじゃなくて?」
「カミシロ教官、少々二人で話したいことがあるのだが……」
「奇遇ですね。朔也君、ごめんね。ちょっとそこで待っててもらえる?」
遥とイリオスは不思議がる朔也から距離を取り、ヒソヒソと会話を始めた。
「いやいやいやいや……! 一年生が進級できる合格点ってオール10ですよね? 経験値はもちろん別として、HPとMPが100くらいで! ゼロから丸一年鍛えて10まで上げるのが普通なのに……」
「見事に十倍を超えているな……ベテランの職業魔法使いにすら匹敵する数値だ。しかもレベルは1……つまり『成長の壁』を一度も超えていない段階でこの才能とは……卒業する頃には1000を超えるのではないか……?」
朔也は何の訓練も受けていない初期状態でありながら、一流の魔力コントロール技術を無自覚に備えていた――それが遥とイリオスの見解であった。
「入学時点で合格点を越えている『特待生』なら、毎年数人程度は存在するものだが……」
「普通、そういう子は貴族や神官の子供で、幼い頃から訓練を積んでレベルを上げていたんですよね」
「うむ……ましてや初期ステータスが全て100を超えるなど、他の二つのアカデミーでも前例がない出来事だろう。帝国始まって以来かもしれん」
イリオス教官は獅子の顔に真剣な表情を浮かべて考え込み、そして高らかに宣言した。
「決めたぞ! 副学園長としての権限で、彼にはすぐさま二年生に『飛び級』をしてもらう! これほどの才能を一年も無駄に過ごさせるのは惜しい!」
「ええっ! 入学式は四日後なんですよ! 手続き間に合うんですか!?」
「間に合わせるのだとも! そもそも異世界からの転校生なのだから、全てにおいて前例がないのは当然! これくらいの無理は覚悟の上だ! この類稀な原石、我々の手で磨き抜いてみせようではないか!」
教育意欲を刺激されて激しく猛るイリオスに、困惑した表情を隠しもしない遥。
朔也は断片的に聞こえた『飛び級』などの単語に不安を募らせ、何とも言えない視線を二人に向けていたのだった。
ステータスがドラクエ数値な世界にFF数値の奴が紛れ込んだようです。