学生 お人よし
「では、本日のニュースです。おとといの朝、〇〇県〇〇駅のコンビニで25歳無職の男性が、会計前の「にこやかグミ」の封を開け、中身を全て食べてしまいました」
「幸い男性は空の袋をレジに出してきちんと会計したそうです。しかし、このような常識のない人の存在はとても恐ろしいですね」
テレビのニュースかぁ。何でこんなどうでもいい事件を放送するのかねぇ……
「はい! 私もそう思います。ああいう人たちは学校で何を学んできたんでしょうね? 難関大学である〇〇大学を現役で卒業し、エリート街道を30年間歩き続けた立派な黒いおひげが素敵な山本さん」
「ええ、全くです。高校卒業後大学には進まず、持ち前の美しさから雑誌のモデルにスカウトされ人気になったにもかかわらず、モデルなんかつまらないという素敵な理由でアナウンサーへの道に進んだ艶やかな茶色の髪が素敵で小悪魔のような表情が素敵な篠崎アナウンサー」
ニュースを発表する場において、どうしてお互いの紹介をしているのっ!
ていうか山本さん「素敵」という言葉使い過ぎっ。語彙力どうした! 学校で何を学んできたの。エリート街道を30年間歩き続けた成果はっ!
……この二人、首にした方がいいんじゃないかな。
「私、山本の考えでは彼はおそらく逮捕されるでしょう。ですが彼の将来については分かりません。……スタジオの皆さん、解説をお願いします」
……うん。やっぱりこの人首にした方がいいね。
「あなたの気分をスッキリ爽快に☆ 毒舌家の安藤です。彼の将来ですか……うん、全然だめだね。彼みたいな低能な人間が、我々日本人の足を引っ張りこの国をダメにしていくんだろうねっ。プハハ」
「アハハハハハハ!」
「海の神秘をあなたの心に届けます♪ お魚とお話しすることの出来る少女、田中です。……あの無職の将来? 多分ないと思います。だって、彼の髪の毛は薄く、目も少し細いですし、ほくろだって2つついてるじゃないですか。海で遭難しそうな顔してますもん。オナガザメにでも食べられちゃうんじゃない?」
「ギャハハハハハハ!」
……キャッチフレーズがやかましいよっ。アイドルじゃないんだから。ってか明らかに解説を頼む相手を間違えているよね。毒舌家はともかく、なんでお魚少女に無職男性の将来についての解説を頼んだの? 無職の男性はお魚なの?
「頭のおかしい人がいると知っていると、安心して暮らせないわね」
「くだらないことで人生を台無しにするなんて、あほくさ」
「どうして国はああいう人間を隔離してくれないんだろう?」
「あいつみたいな人間は……」
「それにしても鮮度が落ちていますね、あの愚かな男性は。プハハ」
「無職は生臭いわね」
「ギャハハハハハハっ」
魚扱いはもういいよっ! ……スタジオの空気が、完全に死んじゃってるよ。全然にこやかじゃないし……
…………やっぱり皆しょうもないな。
危害を加えられるかもしれないからという理由で恐怖を感じるのはしょうがない。でも、このスタジオにいる連中の大半は無職男性のアホさを笑いものにし、軽蔑して気持ちよさを感じている。
確かに無職男性の行いは余りにも愚かで私にも弁護することはできない。ある程度は痛い目を見たほうがいいと思う。けど、これはやりすぎだ。
この番組は全国に放送されている。たくさんの人たちにこの陰湿な映像が届く。みんなが嫌な顔一つせず一人の男性を笑っているのだ。スタジオにいる大御所芸能人が笑っているから、みんないやな顔が出来ないのであろう。
……くだらない。
私の名前は大塚千景。すべての人間を下に見ている高校一年生の少女。
「…………え~ 次のニュースに入ります。〇〇県〇〇区の〇〇山にて、……が目撃されました…………」
あ~今日から学校か。夏休みは楽しかったな。今の時刻は七時半、そろそろ家を出なきゃ。
「行ってきまーす」
ドアを開けると、まぶしい太陽の光が私を襲い、制服に隠れていない前腕と膝の下と顔に熱さを感じる。あと5分もすれば汗をかいてしまうだろう。幸いなのは制服が防熱性の高い素材で作られていること。制服に包まれている部分は快適である。
……うわっ、最悪な奴が私の家の前にある道路を歩いてるし。
「おっ、チカピーじゃん。今日も相変わらず赤くてかわいらしいリボンを頭の上に付けているね。白い生地に青いラインが素敵なうちの制服をワンピースみたいな形に改造していてとってもオシャレ~」
「きめ細かな黒髪が腰まで伸びていて、きりっとした表情と頭の上の赤いリボンを合わせてなんとも言えない魅力を感じるし。ねえチカピー、私と一緒に学校いこうよぉ~」
わざわざ解説をありがとう。私の姿がみんなに伝わるね♪……この世界の人達は人の外見的特徴を口に出さないと気が済まないのかっ!
私に話しかけてきたこの少女の名前は岸渚。濃い化粧にカラフルなマニキュア。青く染めた髪の毛。……私の嫌いな人種だ。一緒に登校するなんて御免である。
「チカピーってさぁ、何か拗らせてるよね。独自の世界に生きているっていうか~」
「……でもチカピーの良い所はさぁ、なんかすごいオーラが出ていてクラスでの地位が高いことだよね~。私なんて地道に努力して今の地位を得ているっていうのに……」
「私はさぁ、地味な見た目を補うために頑張ってメイクを覚えてクラスのトップ的な地位についたんだよ。最初は地味だったからこそ私はクラスのどんな人だって見下さずに対等に会話できるんだ~」
……拗らせているのはお前だよっ! 学校内での地位にこだわりすぎだよ。唐突に頑張ったアピールされても困るだけだよ。もういいや、無視して先に進も。
「あ、待ってよ。……いつもみたいにスカしてるね、チカピーは。かっこいいよ」
何でそこで褒めるんだ。これだからチャラいやつは……
「おーいお前らみたか? 今朝のニュース」
「見た見た。チョー面白かったよな」
「俺なんてテレビの前でずっと大笑いしていたよ」
クラスの男子たちがうるさい。というかお前らまさかあのクソニュース見て笑っていたんじゃないよね。ニュースは笑うための番組じゃないんだよ。この人たちも最低な奴なのか……
「ああ、あれだろ。パンダの赤ちゃんが生まれたやつ」
「そう。犬下動物園で日本通算5匹目の赤ちゃんパンダがこの世に生を受けたとか何とか言ってたな」
「お父さんパンダのだらけた姿がうちの高校の校長にそっくりだったんだよな」
「くっ、ぷっ、あの姿を思い出させないでくれよっ。吹いちゃうじゃねーか」
……誤解して、ごめんなさい。パンダの顔が校長に似ていたならしょうがないね。良かった。あのニュースを見て笑うような人間はうちのクラスにはいなかったんだね。……それにしても紛らわしい話題の出し方だよ。
「……え? 面白いニュースってパンダのこと言っていたの?」
「そうだけど?」
「宇宙人の隕石が降ってきた話じゃないの?」
「は? 宇宙人?」
「お前は何を言っているんだ?」
「お前変な奴だな~」
ほら。男の子が一人誤解しちゃったじゃん。宇宙人の隕石のどこが面白いのかは分からないけど、あの男の子かわいそう。そうだよね、誤解しちゃうよね。勘違いしちゃうよね。
……あ、やばい。彼らと顔が合っちゃった。
「おっ、カゲカゲがこっち見てるじゃん。お~いカゲカゲ! ハンカチ落とし一緒にしようぜ」
「山川は大胆な奴だな~ カゲカゲを俺たちの遊びに誘うだなんて」
「カゲカゲちゃんと一緒に遊ぶのかぁ……ちょっとドキドキしてきた」
「俺たちとカゲカゲの青春の一ページがこれから始まるのか」
……ハンカチ落としってなんだよっ! それが親しくない女子を呼んでやる遊びなの? お前たちの間ではそれが普通なの?
そもそも何でカゲカゲ呼び? 私のあだ名はチカピーじゃなかったの? クラスのトップ的な地位の人がつけたあだ名を上書きしちゃうの?
彼らは何で私を誘ったんだろう? 椅子取りゲームなんて、私が一緒にやるわけないじゃん。
「え~ カゲカゲ一緒に遊んでくれないの?」
「すんっごく残念だな……」
「仕方ないよ。桜木でも誘おうぜ」
「そうだな、そうするか」
桜木かぁ。前に一回だけ一緒に話したことあるな。30分くらいずっと話してたっけ。話題は確か……
そう! 魔法少女が変身している間にどうして敵の怪人は待っててくれるんだろうって話をしてたんだった。結構盛り上がっていたな~。……なんであの時の私はそんな話を長時間続けていたんだろう。
あの日以来、私が話しかけても無視してくるようになっちゃたんだよね。……本当にどうしたんだろう?
あっ、男子たちが桜木君に話しかけた。
「おい桜木っ! 俺たちとイス取りゲームしようぜ」
「え、僕? なんで僕なんかを……」
「そういうのいいから。さっさとやろうぜ」
「ちょっと、いきなりそんなことを言われても……」
どうしてこの男子たちは親しくない人を授業のレクみたいな遊びに誘いたがるんだろう。桜木君だって困ってるじゃん。
……そうか! 男子たちは桜木君を自分たちの仲間に入れたいんだ。いつも単独行動をとっている桜木君に仲間の楽しさを教えてあげたいんだね。
授業のレクみたいな遊びも、人見知りと仲良くなるためには最適なのかもしれない。会話が苦手な人間とも、簡単なゲームを通してなら仲良くなれるかもしれないもんね。
男子たちはしっかり考えているな。少し見直しちゃったかも。フレー! フレー! 男子たち♪ みんな仲良くなっちゃえ~
「ちょっと大塚さん? 突然両手をあげて激しく振ってどうしたの? ……普段はしっかりして頼りがいがあるのに、たまにそういうとこあるよね、大ちゃんは」
あ! 隣の席の月岡さん。やばい。ついつい手を振っちゃていた。……多くの人に見られてないといいけど。まあいいや。男子たち頑張って! 桜木君と仲良くなっちゃえ!
「ちぇっ、しけたやつだな桜木は」
「もういいぜ、あっちいって」
「じゃあな桜木」
ええ~っ! 男子たち、冷たっ。期待して損したよ。
「僕には別に、イス取りゲームをしたい相手が……」
「おっ、桜木にしては積極的だな。その相手は誰なんだ?」
「その相手は……」
!!!!! 桜木君に一緒に遊びたい相手が? 何それ何それ! めっちゃ気になる! へ~ 桜木君にも親しくなりたい人がいるんだ。どんな子達かな? やっぱり普段おっとりとしている月岡さんかな? もしくは岸渚? いったい誰なんだろう?」
「僕が一緒にイス取りゲームをしたい相手…………それは、大塚さんです」
「カゲカゲぇっ!?」
「桜木、おまえ、抜け駆けする気か?」
ええ……私かよ。
張りきった表情で桜木君がこっちに向かってくるんだけど。
「チカさん! 僕と一緒に、イス取りゲームしませんか?」
お前も略称で呼ぶんかいっ! というか呼び方がバラバラだよ! 何で派閥ごとに私のあだ名が違うの? それがクラスでの暗黙の了解なの? 誰も私の名前を正しく呼んでくれないの?
……でも、桜木君に仲間と一緒にいることの楽しさを伝えたい。よし! ゲームを通して桜木君と楽しさを分かち合おう。
「うん。い……」
「マジか桜木……お前……」
「ちょっと桜木さん? 大ちゃんに変なことさせないでよ。もしかして……スケベ?」
「アイツむっつりした表情してるからな……」
「ちょっ、マジ?」
ヤバイ! このままじゃ桜木君がクラスの変態扱いになっちゃう。
……今まで単独行動をしてきた桜木君。高校一年生のこの時期が彼にとって重要。変態だと思われたまま過ごしてしまったら、一生仲間の喜びを感じなくなってしまう可能性もある。
私は恥をかいても全然問題ない。けど、繊細な桜木君の心は傷つけたら戻らなくなってしまうかも。……この状況、何としてでもごまかさなきゃ
「いす! 椅子! チェアー! ……チェアースティール!!」
「え? うわぁっ。だ、大ちゃん?」
「……(ごめん、月岡さん)」
私は隣の席の月岡さんの椅子を引き、空いているスペースに軽く放り投げる。当然椅子を失った月岡さんはバランスを崩してしまう。
……私の体形は、男子と比べてもがっしりしている。普通の女子高生ならがっしりとした体は嫌に感じるかもしれない。けれど私は不思議と自分の体形を気に入っている。
ギュッ。
倒れた月岡さんの体を必死に支える。……月岡さんの身長は見たところ160cm。そこまで太っているようには見えない。おそらく60kg以下。体を十分に鍛えた普通の女子高生なら余裕で支えることが出来るだろう。
……重い。何だこの重さは? 90、いや、100kgはある。何故だ? 体形は明らかに普通のはずなのに。この重さはマズイ。女子高生が支えていいような重さじゃない。けど、落としてしまったら後遺症の残る大けがをさせてしまう可能性もある。非常に、危険。
……この異常な体重、どこかにおかしい所があるはず。
髪型は私より短い茶色のストレートヘアー。ほんのりとした周りを和ませる表情。制服は改造されておらず、スカートの長さもデフォルトの状態だ。両手両足にリストバンドがあり、動きやすそうな靴を履いている。
……両手両足にリストバンド? 何でそんなことを……おっとりとした月岡さんらしい可愛いピンクのリストバンド。「10」と記されていてお洒落である。
……まさか、これ全部重り? 「10」という数字はただのデザインではなく、重さを記していたという事? 月岡さんは両手両足に10kgの重りをつけて学校に来ていたの?
両手両足に10kgの重りをつけていたなんて、完全に予想外!
……私じゃなかったら月岡さんを支えきれずに落としていたかも。
「だ、大ちゃん? 今の私、100kg以上あるんだけれど……」
「流石に落としたら事故になるからね。予想よりはるかに重い可能性も想定しておいた。……200kgまでだけど」
お姫様抱っこの形で私は月岡さんを支えている。椅子を抜いた瞬間に彼女を抱くことが出来たので、怖い思いはさせてないはず。
……ミッションはまだ完了してない。この場をうまくごまかさないと。
「私の腕の中で眠るがいい。麗しきお嬢さん」
(絶対にマネをしないでください。重大な事故につながる恐れがあります)
そして一日後の朝
「チカさん。昨日は本当にありがとうございました。……そして、申し訳ありません。僕のせいで、チカさんが悪目立ちしてしまう事になって……」
桜木君が私のところにやってきてお礼と謝罪をする。……事件が起きた昨日ではなくて今日。彼にも心の準備が必要だったのかもしれない。
「いいや、気にしなくていいよ。私が勝手にやったことだし。桜木君が変態扱いされなくて、本当に良かった」
「……ごめんなさい。僕がイス取りゲームしようなんて言わなければ。……知らなかったんです。イス取りゲームがイケナイ遊びだったなんて」
「桜木君……」
「僕は昔から会話が苦手で、誰ともうまく話すことが出来なかったんです。でも、心の底では誰かと話したいと感じていて…… やり方の分からないゲームをチカさんと一緒にやることで、ルールを教わりながら楽しくゲームをしたいと思ってしまって……」
彼の話で一つ疑問に思うことがある。……どうして私と仲良くなろうと思ったのか?
「桜木君、私がクラスの自己紹介の時、なんていったか覚えてる?」
「とても印象的でしたので。忘れるはずがありません」
そうか…… それならなぜ……
「愚かな一般人ども。私はお前らと関わろうと思わないし、関わろうと思わせない。だが、醜さを私に見せることだけはしないでくれ……ですよね」
「そう。……私の中では桜木君も愚かな一般人なの。自ら交友を手に入れるチャンスを逃し、寂しい思いをしている。……とっても愚か」
「……チカさんになら、愚かだと思われても構いません」
「……そう」
人の心なんて、私には全然分からない。誰が誰を好きになるかも私には予想できない。
私以外の人たちは愚かな存在。積極的に関わる必要もないと思っている。
けど、桜木君の言葉に私は救われた気がした。