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第90話『料理人の過去』

もう90話になりました。

とてつもなく遅いスピードで90話です。

ブクマを付けたままにしてくださっている方、読んでくださっている貴方に心から感謝いたします。

どうか、まだ見捨てないで頂けると嬉しいです!


「まず俺の名をお呼びください。」


「ブレイズ=ベルゼ…さん?」


ユムルが名を口にすると、ブレイズは申し訳なさそうに目を伏せた。


「はい。

しかし俺は貴女に真名をお伝えしておりません。

俺の名はブレイズ=ベルゼブブと申します。」


そういえば…とユムルは記憶を辿る。

帰城前、忠誠を誓った際にブレイズの名に違和感があった事を思い出した。

ブレイズはその後、ユムルと目を合わせようとしなかった。


「貴女に俺を知られるのが怖かったのです。

昔の俺の話がどのように貴女のお耳に入るか分からなかったから。

書物に残されている可能性も高かった。」


名前を偽ることで別者だと言う保険をかけた、と眉を下げ笑みを浮かべながら話す彼にユムルはかける言葉を探していた。

その間ブレイズ=ベルゼブブは自らを嘲るように語る。

守りたいと願う少女へ己の過去の行いを知らせるために。


「何百年も前の話なんだ。

若気の至りと思って嗤ってほしいのです。」


これは彼の過去である。


昔の俺は物事の大半に興味を持たなかった。

その理由は1つの欲に飢えていたからだろう。


俺が生きているのは


食欲を満たすため。


食欲は無限に溢れてくる。

それを満たす一瞬こそ至高だった。


食欲はただ食べるだけでは満たされない。

如何に美味となるかで満足度に雲泥の差が生まれる。


その過程である料理。


至高の食事を作り上げる為に一切の手を抜きたくなかった。


食材、道具、調味料、調理法。

全てにおいてだ。


最高の食材を目の前にして適当に調理するなど言語道断、愚の骨頂。

最高の調味料で味付けして、寸分狂いの無い的確な調理法で最高に手入れした道具を駆使して仕上げる。


嗚呼…思い出すだけで涎が垂れそうだ。

人間の魂で作った至高の料理の美味たること…。


そう、最高の食材とは勿論

人間の魂。


色んな種族を食べてきたけど、人間に勝るものは無かった。


しかし魂の中でも味に優劣が有る。

折角の魂なのに不味いものもあるのだ。

例えば欲のない人間。

あれは全く味がしなかった。

形のある空気を食べているようだった。


そして特に成金と呼ばれる者や他者の大金にふんぞり返る怠惰な者。

アレは本当に最低ランク、驚くほど不味かった。

例えるなら味の無い油まみれのギトギトした肉塊を生で食べているような感覚だった。


回数を重ね、不味かった理由はある程度の金と人間を使って欲望を満たしていたからと結論づけた。

1度でも薄汚い手を使って欲を叶えた事のある、成功例を持つ魂は味が劣化していた事に気付いたからだ。


人間の魂にありつくのは簡単なことでは無い。


手をかけた挙句不味くて、腹が立って、その人間と周りも殺した。

親族全員不味かった。

使用人の魂は割と悪くなかったけれど。


それからの俺は人間を選定するようになった。

裕福な者は見てすぐに分かる。

欲望を1度でも叶えた事のある者は言葉を使えば確認できる。

契約の為に俺を呼び、魂が不味くなる条件に当てはまる人間は即殺した。

早く食欲を満たしたいのに時間の無駄になったからだ。


そんな奴らに構っているより美味しい物の為に時間を使いたい。


憎悪、嫉妬、殺意、絶望…等。


それらを抱えて俺を呼ぶ人間は何処だ。

絶対に応えてあげる。叶えてあげる!

俺を呼んででも達成したい、負の感情の先にある幸福を望んでいる者は何処だ!


負の感情こそ至高のスパイス!!


それを抱えている魂が美味に近づく!!

平穏よりも己の欲への渇望を!!

無垢には純粋な殺意を!!


…だから1回、試したことがある。


1人の女の子を操って小さな村の人間の秘密を大勢の前で喋らせた。

話された者はたまったもんじゃないだろう。

人間って簡単だから、最後に俺の名前を出して願いを叶えてあげると伝えたら蟻の行列みたいに契約者が現れた。

勿論全員と契約を結んだ。

その何人もがその女の子を殺せと言う。

自分でやらない臆病者共め、だからこそ美味い魂となるのだ。

願われたけれど契約内容に“実行する日を翌日以降に定める”と前もって伝えておいた事を忘れたとは言わせない。

その間で殺意が満ちる時を待つんだ。

嗚呼待ち遠しい。

時間をかけることにより契約者から俺への敵対心が芽生えたって構わない。

それもスパイスの1つなのだから。

そうして焦らしてから望みを叶えてあげた。

沢山の魂が一気に手に入った嬉しさは今でも忘れられない。


俺を呼ぶ儀式に必要なのは牛、豚、羊の頭1つずつの計3つ。


契約せず条件下の相手を殺し、頭3つ放置する事なんてほぼ毎日だ。

それに契約者の魂だけが欲しくていらなくなった外側を放置していたら全てに使い魔ではない蝿が集ったようで、俺はいつしか


『蝿の王』


と呼ばれ、人間や他種族から恐れられる事となった。


呼び名なんてどうでも良い。


美味しく魂を食べられればそれで構わない。


俺を畏怖し、嫌悪し、戦く事がスパイスになるのならもっと名を広めれば良い物にありつけるだろう。


それはさておき。


最高の調理法の話をしよう。

俺の導き出した魂の最高の調理法は


“人生の最高到達点を迎える事”


つまり、俺が契約者の願いを叶える事だ。


俺を呼びたい程に恨み、憎みを持つ者が復讐を遂げたまさにその瞬間。

魂はこの上ないほど満たされる。

鮮度が命だ、死を怖がらせないようにという建前を使って直ぐに回収した。


嗚呼…あの晩餐は今でも忘れられない…ッ!

自分の為だけのフルコースを作ったほどだ。

あんな贅沢、二度と出来ないかもしれないと思うほど美味だったんだ。


しかし俺も人間くらい欲深く、二度目を味わうべく契約を求めた。

それが転機だったのかもしれない。




「やぁ、人間くん。僕を呼んだね。」


僕、と一人称を変えるだけでこの時代の人間は無意識なのか少し下に見てくる。


「嗚呼!

本当においでなすった蝿の王ベルゼブブ様!」


魔法陣から出た俺を迎えたのは小太りで服がどう見ても金をかけたであろう物だった男。

その瞬間、俺は落胆し時間の無駄だと認識した。

だから早急に殺した。

またある時は噂が広まったのか身なりをわざと貧しくする奴も出てきた。

こういう奴は話せばボロが出る。


「僕と契約して何がしたいんだい?」


「殺したい奴がいるんだ!」


「へぇ、何で僕に頼るんだい?

君って周りに使える人間が沢山居るだろう。」


「あんな役立たずは塵芥も同然だ!」


あ、この男はプライド高いな。

簡単にボロが出るぞ。


「あら、裏切られた側なの?

なんとまぁ可哀想だ。

よしよししてあげようか?」


「違う!!私がアイツらを捨てたんだ!!」


私、ねぇ。

興奮し始めた男を見下げるのは気分が…別に良くはない。


「捨てられた理由があるのだろう。

見返りが粗悪品だったんじゃない?」


「そんな訳あるか!!

この私が用意した物だぞッ!!」


唾を飛ばして汚いな。

距離を保って正解だった。

さて、あと一押しだろう。


「盗品じゃないの?」


「私の手が汚れているとでも!?

一度でもそんな真似するか!!」


俺を呼び出すだけでもう汚れてるだろ。

ただ、贅肉が目立つあの手を見るにどうやら本当に自分自身は手を汚していないな。

儀式の道具も盗品ではないだろう。

これはもう確定だな。殺す準備をしよう。


「気高きお貴族様じゃないと満足させられないでしょ、食糧でないと。

みすぼらしくて可哀想な君みたいなのが用意出来るとは到底」


「アイツらに渡したのは貴重なぶどう酒だぞッ!!」


ほら見た事か。

ぶどう酒はこの時代、貴族しか手に入れられない。盗品でないのなら答えは1つ。


「やっぱり貴族か。俺を騙したな。」


時間の無駄だった。

最近はこんな人間ばかりだ。

美味しい魂に早くあり着きたいよ。

その為には努力も惜しまないのに。


そんな時だった。


「やぁ、僕を呼んだかい?」


沢山契約前の人を殺しているのに俺を呼ぶ声は止まらない。

自分は大丈夫だ、なんて思っているんだな。

なんて愚かしいのだと嘲笑していた時、俺を呼んだのはやせ細り、服であろうボロボロの長い布1枚しか身にまとっていない子供だった。

身体は限界だろうに目は復讐しか見ていないように思えた。

やっとの当たりだろう、面白そうだ。


「小さい子なんて初めてだなぁ。

よく儀式の道具を揃えたね。

家畜の頭3つ、自分が食べたかったんじゃない?」


「そんなのどうでもいい。」


わぁ、可愛くない。

食欲を抑えられるなんて。


「蝿の王、オレの願いを叶えてくれ。

何でも払うから…!」


蝿の王、ね。

こんな子供にまで知れ渡っているんだ。

噂が届いている証拠だ。

俺が怖くないのだろうか。


「はいはい、この蝿の王に聞かせてご覧?

君は何がしたいんだい?」


「アイツらの…

上流階級の人間の考えを改めさせたい!」


「考えを改めさせる?」


驚いた。

殺しではない願いを持つ子供の目ではなかったはずだ。


「アイツらが仕事とか、金とか、飯とかくれたら平和になるんだ!

アイツらが全部奪っていくからオレたちは術が無い!!

そのうち皆が死んじまうッ!!」


成程ね。

そいつらを殺しても貯まった財産がこの子達に流れてくることは無いだろうしな。

だから殺すとは言わないのか。


「このままじゃダメだ…けどオレには武器も、

武器を持つ力も、学も無い…。」


だから俺を頼るんだ。

盗みが唯一どうにか出来る方法だから。


「ふぅん、事情は分かったよ。」


「ほんと!?」


年相応の笑顔に頷いてみせる。

そんな顔出来るんだ。


「うん。

でも1つ聞きたいんだけど、この道具は君1人で集めたの?」


少年は目を見開いた後に俯き、頷いた。

…俺に嘘を吐いたな。


「協力してくれた奴はしくじって貴族に殺されちゃったから…」


今は1人、か。

じゃあこの嘘は許容してあげようかな。


「でも君やその協力者だけが頑張ったのに、

自分達だけの利益にしなくて良いの?」


少年は俯いたまま首を横に振る。


「オレには母ちゃんと妹と弟もいるから。

オレだけ幸せになるのはダメなんだ。」


自分だけ代償で必ず何かしら不幸になるのに?

幸福を他人に与えて自分だけ不利益までも被るなんて理解できないな。

しなくて良いけど。

でも考えを改めさせるだけでは魂まで取れない。

だから俺は彼に提案を持ちかけた。


「じゃあ英雄になるのはどうだい?」


「英雄…?」


食いつくかな?相手は子供、これは賭けだ。


「君が言う考えを改めさせる為にさ、

数人殺しちゃわない?」


「は…?」


正直、考えを改めさせるという願いの契約なのだから殺人をする必要なんて全く無い。

洗脳して終わる願いだ。

でも洗脳なんて人間だって出来ることだ。

悪魔種の契約の力を使うならば人間では不可能な事に使うべきだろう。

疑うな、気付くな、飛びつけ。


「数人だけ殺して考えを改めさせるの。

貴族なんてそうでもしないと考え改めないよ。」


「お、オレは殺したいわけじゃ…」


ケーキみたいに甘いなぁ。

胸焼けしちゃう。


「協力者は殺されたんでしょ。」


「!」


いいね、動揺してる。

もう少しだ…!

この子の魂は絶ッ対美味しいと直感が言っている。逃がさない…!


「君達は今まで生きる為に死と隣り合わせ。

貴族なんて悠長に毎日満腹を味わっている。」


「…」


少年の手に力が籠る。


「今までの皆の恨みを晴らせる且つ考えを改めさせることが出来るの。

たった数人殺すだけでだよ!?」


「たった…数人…」


少年の黄色の瞳が揺れる。


「断言しよう。

それで君は皆から感謝されて晴れて英雄だ。」


「…それの代償は?」


「君の命。」


代償に関しては契約上嘘を吐けない。

だから話に食いつけ…!


「…分かった。」


来たッ!!


「じゃあ君にその力をあげよう。」


「その前に別のお願いがある。」


「え?」


俺は契約を結ぶ前に手を引かれ、暗い地下から出たらある場所へ連れていかれた。

道端で死を待つだけの痩せ細った人間たちしか居ないスラム街だった。

何なんだよもう、魂早く欲しいんだけど。


「もう、なぁに?」


「お願いって1個?」


「いや、別に代償さえあれば複数可能だけど…」


え?ほんと何させるの?


「じゃあ皆にお腹いっぱい食べさせたい!」


「は?」


「最終的にオレの魂さえあれば良いでしょ?

なら他の部位でどうにかならない?」


コイツ…死ぬのが怖くないのか?

しかも他の部位って…どうせ死ぬからとか思っているのか?


「ねぇってば!」


あの顔…まだまだ子供だな。

代償の意味分かってる?

まぁ魂の為だ、やってあげよう。


「…分かったよ。

じゃあこの人数なら…目玉1つで良いよ。」


「分かった!どうぞ!」


二つ返事!?割と重めの条件にしたのに!?

本当に分かってんの!?

調子狂うなぁもう…


「はいはい…じゃあ契約ね。」


こんな契約は初めてだった。

…何回もあってたまるか。


少年の左目を頂いて俺はお望み通り食事を魔法で振舞った。

彼から一緒にいてと言われたから人間の振りをすることになっちゃったけど。

貴族の人間に酷い目に遭わされたのか、少年の言う皆は食事をしなければ死んでしまいそうなのに飛びつかない。

訝しげな目を向けてくる者達は綺麗な身なりの俺が貴族の人間で、少年が騙されていると思っているのだろう。


あぁ、許せない。

俺が用意した食事を疑われることが。


今ここで全員殺しても良いんだけど…我慢しなきゃ。

魔法で道具を取り出し、目の前で作ってやると少年は目を輝かせた。

そんなに驚く事?

俺の料理を1番に食べたのは少年だった。

彼は一度肉料理を口に入れ、ゆっくりと味わい目を見開いた。

そして弾かれたように俺に顔を向けて


「美味しいッ!!

こんな美味しいの初めて食べたよッ!!」


と言ってくれた。


速度を増していく少年の食事姿に我慢出来ず、

1人、また1人と食事を口に運び目を輝かせた。

口々に「美味しい」と俺に言う。


「皆が…皆が笑ってる!」


少年はそう言って片方しか無くなった瞳を潤ませていた。


「ありがとう、本当にありがとう!」


何を言っているんだ。

君が左目を無くして、他人が五体満足なのに幸福を手に入れているんだぞ。

…とは言えなかった。


「別に、そういう契約でしょ。」


本当によく分からない少年だ。

代償を払った幸福に感謝をするなんて。


でも俺の料理を美味しいと言ってくれたのは…

人間だとしても…


正直嬉しかった。

美味しい料理を食べた時くらいに。


だから彼の家族には魔法で彼の左目は生まれた時から欠けていた事にした。

不安にさせたくないと言っていたから。

この騒ぎを聞きつけた貴族の使用人を媒介として記憶操作を仕掛け、当事者以外知らない秘密の時間にした。

あの幸せな時間を無知の者はもう一度欲しがったが、代償を払えと言うと手を引く。

そんなもんなのに、彼は変わっている。


俺は魂が早く欲しいのに、3日くらい引き延ばされた。

少年は家族との時間を過ごし、盗みを働き食を繋いでいたけれど3日目に片腕を代償に周りへバレないよう家族内だけに俺の料理を振る舞った。

彼は泣きそうな顔で美味しそうに頬張る家族を見つめていた。

家族が寝静まった後、外に出て小声で俺に話しかけた。


「これで最後。

明日、最後の願いを叶えて欲しい。」


夜空の輝く星々を見ながら告げる。


「やっと?もうホントに待ち望んでいたよ。」


「…ごめん、中々覚悟が決まらなくて。」


あんなに体の一部を平気で差し出してきたのに魂は怖いんだな。

こんなに延ばしたのは死ぬのが怖いからか。


「オレ、家族が好き。

どんな酷い目に遭っても家族がいたから頑張れたんだ。」


「…」


「でもこのままじゃ皆死んじゃうから。」


確かに、この3日間で1日1人ずつ死んだ。

貴族はふんぞり返り、格下である近くに居た人間を痛めつけて帰って行った。

醜いよなぁ。


「ご飯ありがとう。

蝿の王って人間を殺しまくってるって聞いたから怖かったんだけど、良い奴で良かった。」


良い奴…?

この少年は何を言っているんだ。


「君が俺の契約条件に当てはまっていて、きちんと代償を払ったからね。

それ相応の対応しただけ。」


「…うん。」


「明日は君の命日で英雄になる日だ。

誇れる記念日に、革命の日さ。」


「…。」


彼が返事をしたかどうかは夜風に流されて分からなかった。



少年は次の日、最後の願いの為に俺が与えた力で貴族の屋敷に乗り込んで訴えた。

下民の不法侵入者に対して誰1人話を聞きやしない。

武器を持った使用人達が彼を取り囲んだ。


「蝿の王!」


「はいはーい。」


彼の影から出た俺に貴族達は震えた。

あの目、ここに居る奴らは俺の事を知っているようだ。

契約前の貴族を問答無用で殺していたんだ。

有名になるのも時間の問題だったしな。

魂を取る前に殺されちゃ困るから武器を斬り、使用人を殺した。


「蝿の王がした事はお前達が俺らにしてきた事だ!」


助かりたい一心でここぞとばかりに媚びへつらう貴族達。

少年はスラムの…家族の現状を伝え、力強く訴えた。

それを聞いて食い気味に貴族が金をやろう、食事をやろう、地位をやろうと言い出した。

その中でも謝るから許してくれと汚い顔で懇願してきた男。

アイツは3日間少年の仲間を痛めつけていた張本人だ。


「殺すのコイツにする?」


「うん、でも少し待って。」


「またぁ?!」


貴族達は助からないと分かると口々に罵詈雑言を浴びせる。

死んだ仲間や家族の事を悪く言われた瞬間、少年は震え上がっているが喋り続ける貴族達の元へ行き、1人ずつ順に顔面を握り拳で殴っていった。

最後の1人を数回殴った後、俺に頷いた。


「もう良いよ。」


「最高じゃん!英雄の誕生に称賛を。」


俺は黒いナイフを手渡した。

契約を果たす為の力で創った特別なナイフ。

契約の絶対的な力を果たす為に彼の魂から生まれた道具。

彼は男に馬乗りになり、大粒の涙を零しながら片手で振りかぶる。

誰も止めやしないその光景の動きがゆっくりに見えた。


「誰か1人にでも…

思いやる気持ちを持ってくれていたら…」


最期にそう言ったのが聞こえた。


彼は今までの恨みと、これから来る死への恐怖を叫び声へ変えてナイフを振り下ろした。


ナイフを胸に刺された男1人が一瞬で息を引き取った。

その勢いで獣のように4人殺した。


瞬間、少年も崩れるように倒れ、俺の手元に青白い霊魂が飛んできた。


彼の魂を手に入れたからもう用はない。


けれど彼が英雄になる瞬間を見たかったから、少しだけ留まる事にした。


「言っておくけど、少年の言ったことを本当に実行しなければ皆殺しっていう契約だから。」


あれ、俺何言ってるんだろ。

言わなくても良いこと言っちゃった。

魂は手に入れたから今日はやっぱかーえろ。



その後、少年はスラム街の英雄となった。



少年の命と引き換えに今を生きている者が幸せになった。


皆、俺の料理を食べた時のような笑顔だ。

俺の料理じゃないのに。

少年の家族だけは笑っていないのに。


「君が望んでいたのはコレ?

つまんないね。」


しかし、英雄は一瞬にして消えた。


俺を呼ぶ声が減ったから暇つぶしに行く末を見ていた。

金を手にした途端、人間は変わる。

スラム街は跡形もなくなっており、立派な家がいくつか建っていた。

彼を覚えているのは家族だけだった。

他の者はふんぞり返るような態度で、嫌っていた貴族と同じ道を辿っていたのだ。


彼が命を使った契約の上に立っているのに。


人間は本当に救いようのない愚かさを持っているね。

俺には関係ないしどうでもいいけど。


その景色を建物の上から見下ろし眺めながら待ち望んでいた彼の魂を食べた時、全く感動しなかった。

美味しいけどそれ以外を感じない味。

俺の見立てに間違いは無かったはず。


「おかしいな。

もっとこう……何か違う。」


もしかして今の仲間達を見て君は失望した?

絶望した?だから味が落ちた?

折角期待していたのに。

幸せな彼らを見せて魂が美味しくなるかの実験をしたのが、追熟するのを待ってたのが馬鹿だった。

魂を手に入れた途端食べればよかったんだ。

ホントありえない。

ムカついたから彼が仲間と言った存在を…貴族としてふんぞり返っている全員を殺した。

俺の折角の楽しみを奪ったのだから当然だ。

少しだけ後味が美味しくなった気がした。

君の家族だけはこれで幸せになるといいね。



しかしそこからずっと、手に入れた魂を食べても美味しい以外に感じることが無かった。

美味しいと感じられれば満足していたはずなのに俺はどうしちゃったんだろう。


魔界で答えを考えながら森を歩いていると


「もし…そこの…私を踏んでる方…」


踏んでしまった何かが喋った。

人型を成している何かは俺の足首をしっかりした力で握った。


「ちょっと何するの。

踏んじゃって悪かったけど離してくれない?」


「お、お腹が減って動けましぇん…」


はぁ?と言おうとしたその時、俺の声を遮るほどの大きなお腹の音が響いた。


「知らないよそんなこと」


「うぇえんっ!!だずげでぐだざい〜!!」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔面をブーツに擦り付けてきたッ!!


「あ〜〜っ!!もう!!分かったよ!!」


何で俺がこんなこと…


不満しかない状態で料理するなんて!

お腹が減って動けないというわりには調理道具も材料も魔法で用意しやがるし。

上質な素材や切れ味抜群すぎて感嘆の声をあげそうになる包丁…何者だ?コイツ。

黒髪で…身なりも顔も綺麗だ。


「ほら。」


魔法で出された机に作った料理をいくつか並べると、男は目を輝かせた。


「えぇ〜っ!!

すっごい!!何かキラキラしてる!!」


バッと顔を上げ期待の眼差しでこちらを見てくる。

あの時の少年のようだ。


「何も余計な事してないよ。

アンタが証人でしょ。」


「うん、君は魔法も何も使ってなかったね!

いただきまーす!」


はぁ、もう帰ろ…


「何これっ!?すっごい美味しい!!

こんなの初めて食べたよ!!」


思わず足を止め振り返ると、

目がおかしくなったのか彼が輝いてみえた。


「本当に凄いよ!!君、名前は!?」


「ブレイズ…ベルゼブブ…」


ハッ!?阿呆か!!

思わず名を喋ってしまった!!

慌てて口を塞ぐも手遅れだった。

彼はうんうんと頷いた後、はたと動きを止めた。


「ブレイズ=ベルゼブブ…べるぜぶぶ…

あっ!君がかの有名な蝿の王か!

会えて嬉しいよ!」


表情がコロコロと変わるヤツだな…。


「私はソロモン。

宜しくね、ブレイズ!」


「初対面で馴れ馴れしい。ウザい。」


「辛辣!!ごめんね!?」


ソロモン…コイツ何者だ?

…?待てよ、何か変だと思ったら


「お前、魔力を持ってるけど人間…!?」


「おやぁ…よく分かったね?

隠したかった訳じゃないけど。」


何故人間が魔力を持つ!?

それにどうやってここに来た!?

後ろへ飛び退き槍を構えるも、ソロモンは慌てる素振りもなく俺を宥めようとしてくる。


「まぁまぁ、落ち着いて。

私に戦う気は無いよ。」


「お前に無くても俺にはあるッ!!」


こんな奴は殺しておいた方が安全だ!!


戦闘に自信はあった。

それなのに…


「ッくそ!!ここから出せッ!!」


完璧な結界魔法に閉じ込められた。

こんな結界初めて見た。


障壁が硬すぎて攻撃は通らないし一瞬でこんな分厚くて高度な…そもそも魔力量が桁違いだ!!

踏んだ時と大違いすぎる…

あの時わざと魔力を抑えていたな…!!


「出したら私殺されちゃうじゃん。」


こんな高度な結界魔法張ったくせに倒れもしないし魔力切れもない…

コイツ口の形を3にしてなめてやがる…!!


「当たり前だろ!!

お前みたいな怪しいヤツ生かせるか!!」


「よく言われる!

此処に来るまでに全員からめちゃくちゃ言われたよ!」


全員…魔族複数を相手にしているのにまだこんな結界を張れるのか!?


「魔力減らしたらお腹減っちゃって。

君の美味しすぎるご飯食べたら元気になったよ。」


だから倒れていたのか!!

魔力を抑えていたんじゃなくて減っていた!?


「最ッ悪…」


それを俺が回復させてしまった…。


「魔界のご飯で魔力回復はあんまり出来なかったのだけど君のご飯は凄いね!

もう全快レベルだよ!」


ソロモンは障壁越しに手を重ね、俺の目の前に来た。


「ねぇ、私に結界魔法を使わせたブレイズ。

少しお話しようか?」


これが、後に初代魔王となるソロモンとの出会いだった。



「あの出会いから俺は段々と人間との契約を減らし、最終的にやめました。

今まで自分の食欲の為だけに沢山殺してきました。」


語り終えた瞬間、俺はユムル様の顔を見ることができなかった。

視線は自然と自分の掌へと落ちる。

軽蔑されたに違いない。

尊き命を愛し、慈しむお方が俺のような悪魔を受け入れるはずがない。

あぁどうしよう。

やっぱり話すんじゃなかった。

つまらない自分語りな上に困らせる内容だ。

今頃俺を傷つけないようにと言葉を選んでくださっている事だろう。

ぽたりと鼻筋を滑った汗が手に垂れる。

僅かな沈黙を破ったのはシエル君の無邪気な声だった。


「契約をやめたのは魂が美味しくなくなったからですか?」


「それも無くはないけど、気付いたんだ。


俺は自分で作った料理を心から美味しいって言って貰える方が満たされるって。」


「嗚呼、だから口元が綻んでいるのですね。」


「え」


弧を描くシエル君の口に彼自身の人差し指が触れる。

つられて自分で端に触れる。

何してるんだ、自分じゃ分からないよ。


「…とても。」


優しい声が正面から降りてくる。

思わず顔を上げると、彼女が微笑んでいた。


「今のお顔は…とてもお優しいお顔です。」


「え…」


信じられなかった。

軽蔑の眼差しではなく、穏やかな笑みがそこにあった。


「全て…真実なのですよ。

俺は嘘を吐かなかった。」


ユムル様はゆっくりと首を横に振る。


「真実をお話してくださったこと、とても嬉しく思います。

昔のブレイズさんは生命を多く狩っていらした事、あまり信じられません。」


あぁ、目を見るのが怖い。

次の言葉が怖い。

でも、彼女の感情を読み取りづらい真っ黒な瞳と優しさに吸い込まれそうになる。


「ですが、ブレイズさんが過ごしてきた時間について私が口を出すことなんて出来ません。」


「俺の事、怖いでしょう?」


何を言っているんだ。

折角気を遣って言葉をかけてくださっているのに。

何故彼女が返答に困るような嫌な質問ばかりする?

彼女に何か言って欲しいのか?

強欲だろう、それは。

答えなくて良いと言おうとしたその時だった。


「全く怖くないです。」


彼女の目が俺を真っ直ぐに見据える。

曇りなき真っ直ぐな声で。


「私は、今のブレイズさんしか存じ上げません。

すごく優しくて思いやりのある御方。」


花が彼女の周りで咲き乱れているように見える。

そこに嫌悪という言葉の居場所は無かった。


「まるで御伽噺を聞かせていただいたようでした。

先程も申し上げた通り、あまり信じられないと言いますか。」


疑心暗鬼の状態だろう?

何故俺に対してそんなに優しい顔が出来る…?

魔界での悪名が今も尚広がるブレイズ=ベルゼブブに対してなのに。

あぁそうか、彼女は知らないのか。

人間の魂が1番美味だと気付く前の俺の行動を。

人間だけじゃなく魔族も沢山殺していた…それも打ち明けるべきか?

いや…今度こそ今の表情が崩れるかもしれない。

などと思考を巡らせていると彼女は優しい声音のまま言葉を続けた。


「過去は変えられませんし、命は何をしようと生き返ることは出来ません。

あ、でも魔族の皆様は出来るのでしょうか?」


首を傾げる彼女に対して、静かだったシエル君が俺の代わりに答えてくれる。


「私が記憶している中では居ませんね。

王子ですら無理でしょう。

初代魔王で在られたソロモン様ならば或いは…」


「では、今はどなたも出来ませんね。」


彼女は俺の方へ視線を戻す。


「私はブレイズさんを始め厨房の皆様にお任せしてしまっている身なので恐縮ですが、私もお料理で命を頂いています。」


「!」


「私が生きていられるのは命のおかげなのです。

その命はもうお返しすることが出来ません。

ですから感謝を忘れないようにしています。」


後光が差しているように見える…。

人間が女神を崇める理由が分かってしまった気がする…。

でも彼女のそれと俺の過去のそれは別…


「それなのに私は希死念慮を持ってしまいました。

今は皆様のお陰でそれが消え去り、頂いた命を無駄にしないようにと思っています。」


「素晴らしいお考えですね、姫君!」


シエル君の茶々にはにかむ彼女が眩しくて涙が出そうだ。


「ブレイズさんも…

お揃いの考えだったら嬉しいなって。」


「俺を…拒絶しないのですか?」


「する訳がありません。

私が嫌われることがあっても、私は貴方を絶対に嫌いません。」


ふと胸の奥底にあった黒くてドロっとしたモノが何処かに溶けていく。

数回聞いたその言葉が光となって俺の内に染み込んでいく。


「俺だって…そう…です…。」


「では大丈夫ですね、なんて。

私はブレイズさんが今のブレイズさんで良かったです。」


そっと細く小さな手が俺の拳に触れる。

その薬指には控えめに飾られたダイヤモンドの指輪が嵌っている。

それを見た途端、ぐにゃりと視界が歪む。

瞬きすれば鼻筋を滑りぽたりと音を鳴らす。

次第に鼻がツンと刺激されてくる。


俺は最低だ。


今でも彼女の背後に彼を見ている気がする。

無意識に何度も。


そんな自分が情けなさすぎて右手で自分の右頬を強く叩いた。


「えっ!?ブレイズさん!?」


「おやぁ。」


「……ッた…」


自分で叩いた割に結構痛い。

先程で涙を流していなければこれで流していた。

しかしこれは戒めだ。


“もう少しだけ、お嬢として見てやると良い。”


レンブランジェさんに言われた事が頭をよぎる。

俺はユムル様にもソロモンにも失礼な事をしていた。

ソロモンはソロモン。

ユムル様はユムル様だ。

例え生まれ変わりだとしても俺が今仕えたいのは彼女。


立ち上がり、彼女の横で跪く。


「こんな俺ですが…

改めてお傍に置いて頂けますか?」


手を差し出すと、目を大きくしたけれど直ぐに左手を乗せてくださった。


「勿論です。

ですが、ブレイズさんが本当にお仕えするのはティリア様で私では」


「ティリア様にも、貴女様にも。

改めてこのブレイズ=ベルゼブブは忠誠を誓います。

魔界の全てが敵に回っても、俺は必ず御二人のお傍に。」


御身を否定しないで欲しいからと言葉を遮ってしまった。

乗せてくれた小さな手。

幾度の困難に立ち向かった華奢な手を、二度と傷付けさせない。


「ありがとうございます。

不束ですがよろしくお願い致します。」


先程と違いぎこちない笑顔だ。

大丈夫、それも全部守るから。


「はわわっ!?」


「あ。」


咎められたばかりだというのにまた手の甲に口付けてしまった。

彼女が顔を爆発させてしまった。

まずい!倒れてしまう!!


「ユムル様っ!!」


「やりましたねぇブレイズ殿〜!」


「わぁああっ!!ど、どうしよ!?

ユムル様!お気を確かに!!」


この後、バアルさんにこっぴどく怒られたのは言うまでもないだろう。

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