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第89話『打ち明ける勇気』

もう9月ですね!!!

割と夜が暑くなくなってきたような気がします。

ピカピカ首輪のわんちゃんが楽しそうに歩いているのを見て嬉しくなる今日この頃です。

そんなワンちゃんのつぶらな瞳と目が合うと話早く書けって言われている気分でした。すみません。

天使種の襲撃を受けた竜族の郷から帰還したユムル達。

亜空間を抜けた先に居たのは揉めあっているアズィールとシトリと傍で慌てふためくチュチュだった。

先に気づいたチュチュはパッと笑顔を見せる。


「あ!皆様お帰りなさいませ!!」


笑みを浮かべるチュチュの声でティリアの帰還に気付き手を止めるアズィールとシトリ。

チュチュに微笑んだユムルとティリア。


「チュチュさん、皆様、ただいま戻りました。」


「チュチュ、ただいま。

…で、何してんのアンタら。」


お互い胸ぐらを掴みあっている2人へ冷ややかな視線を向けるティリア。

艶やかな黒髪を乱したシトリは主から目を背けた。


「ご主人様を最初にお迎えするのはボクだと言っただけでバカ猫が逆上してきたのですよ。」


ボサボサの赤髪のままシトリの胸ぐらを掴んだ手に再び力を込めて反抗するアズィールは声を荒らげた。


「あぁ!?

それを許容する訳ねぇだろうが!!」


「バカの相手は疲れますねぇ!!

地面に埋まりますくぁ〜?」


「ちょっと2人とも主様とユムル様の御前なのに〜!」


チュチュが止めるため2人の手を離そうとしているがビクともせず、レンブランジェは何も言わずフレリアを運ぶ為離れてしまい、ティリアから溜息が出る。


「…ベル。」


「は。」


ティリアに頭を下げ、アズィール達に視線を向ける為に上げる瞬間、紅い瞳から3人が震え上がるほど強い殺気を放つ。


「「「ヒィッ!!」」」


「主の御前と弁えられぬのか馬鹿共。

まだ躾が足りぬか?」


バアルの恐ろしさに手を離しカタカタと震えるアズィール。

瞳には涙がじわりと滲んでいる。


「イヤ…ソノ…お前のせいで怒られたじゃねぇか…!!」


「あっはぁっ♡

嗚呼その殺気…ッ!!惚れ惚れ致しますぅ〜ッ!!」


アズィールが小突くもシトリは顔に手を添えて恍惚とした表情を浮かべていた。

呆れたティリアはユムルの手を引き立ち去ろうとする。


「ベルに躾は任せるわ。

ユムル、行くわよ。」


「あ、えと…ですが…」


ユムルは足を中々動かさない。

心配とアズィールとチュチュの涙目に何か出来ることがあるか考えていたのだ。

バアルはそれを分かっており、珍しく微笑んだ。


「お任せ下さいませお嬢様。

お嬢様にはお見せ出来ぬような事ですのでこれ以上踏み込まないように。

良いですね?」


「はい」と言わせるために圧をかけるも、ユムルは頷かなかった。


「ぇと…で、ですがお二人の喧嘩の理由が」


以前ならば引いたはずなのに…と思わず目を丸くするが悟られぬよう直ぐに口を挟む。


「これは、このバアル=アラクネリアからのお願いです。

良いですね?」


声色を1つ低くし問うも、ユムルは恐怖と戦って頷かない。


「っ…う…」


中々動かないユムルにティリアが声を掛けようとした時、ブレイズが彼女の肩に傷だらけの手を置いた。


「今回はシンプルにあの二人が120%悪い。

これは止めちゃいけませんよ?」


「…」


「その通りよ、ユムル。

貴女のその優しさがだぁい好きだけど今回は庇う必要全く無し!」


そのままティリアはユムルを連れ彼女の自室へ戻った。



ティリア様は私の部屋に着くと寂しそうに眉を下げました。


「嗚呼ユムル。

貴女ともっと沢山居たいのに魔王の立場が邪魔をするの。」


頬に触れてくださる手が大きくて優しくて、許されるのならずっと触れていたいですがそれは我儘に他なりません。

それに私は謝らなければならない。


「魔王様はティリア様でないといけません。

私の不注意で執務を妨害してしまい大変申し訳ございませんでした。」


頭を下げようとするとティリア様に顎を持たれ下げることが出来ません。

直ぐに抱きしめてくださり、暫くして温もりが離れる。


「貴女のせいじゃないのに何故そんなこと言うの?

きっと疲れたのでしょう。

お部屋でゆっくりお休み。」


「はい。ありがとうございます。」


額にキスしてくださった後、ティリア様はフッとその場から静かに消えてしまいました。

申し訳ない気持ちを抱えたまま自室へ戻り、椅子に座り額を机に付けてしまう。


瞼を閉じると王龍様や竜族の皆様の顔が浮かぶ。

そして日常を壊しに来た天使種さんも。


“郷がこんなになってしまったのは…

この方のせいではありませんかっ!?”


ずっと頭の中で駆け巡る殺意が籠ったお言葉。


私のせいじゃないとフレリアさんもケルツァさんも…皆様が気を遣って仰ってくださる。

気休めなのは分かっています。

本当に私のせいだとしたらどう償えば…


「ユムルさまぁー!」


暗くジメジメとした心に太陽の木漏れ日と思える明るい声が聞こえました。

この声はチュチュさんです。


「い、今開けます!」


慌ててドアを開けると、きっちりと畳まれたお洋服をお持ちのチュチュさんが煌めく瞳で私を見上げておりました。


「新たなお召し物をお持ちしました!

お着替えしましょー!」


チュチュさんの眩しい笑顔に絆され、私は頷いた。

心が光射す方へ向かうような安心感があります。

自分で動きつつチュチュさんも着替えを手伝ってくださる。


「ユムル様、先程はアズ君達が失礼致しました。」


「いえ、ただお二人は今…」


確認したくて言葉を濁すとチュチュさんは困ったように微笑みました。


「お察しの通り、バアルさんからお説教タイムです。」


アズィールさんとシトリさん、大丈夫でしょうか…。



ティリアとユムルが部屋へ戻った直後の事。


ティリアとユムルの姿が見えなくなるまでバアルはひたすらに無言の圧をかけており、漸く口を開いた。


「もう少しマシに誤魔化す事が出来ないのですか。」


バアルの大きな溜息を聞いて彼の呆れ顔を見る事が出来ないアズィールとチュチュ。

シトリは大きく黒い尻尾を振っている。

アズィールは震える声で返答した。


「う…も、申し訳ございません。

(分かってたならあんな殺気放たなくてもいーじゃん!?)」


「ご主人様はお優しいのできちんとボクが御迎えしないと御心配なさってしまいますから!

本心でしたのにバカ猫が邪魔してきただけです。」


「だから喧嘩の振りでその身形を誤魔化そうとしたと。

余計に心配をかけましたね。」


眉を下げるアズィールとシトリ。

チュチュもどうして良いか分からずオロオロしており、助けを求めるようにバアルの後ろにいるブレイズやシエルに目を向け驚いた。


「ブレイズさんもシエルさんも酷い怪我です!

手当しないと!」


シエルは彼女に破れた外套を取るように言われ、


「お構いなく。こうなったらもう廃棄するので」


笑顔をチュチュに向けるもそれでも洗濯するからと言われボロボロになったそれを畳んで渡した。


「お洗濯急がないと!

ユムル様のお着替えもありますしチュチュは失礼致します!」


走っていく彼女の小さな背中を見つめるバアル達。

咳払いをして本題へ戻る。


「アズィール、シトリ、お前達のそれは誰にやられた?」


「分かりません。」


告げたのはシトリだった。

バアル、ブレイズ、シエルは目を丸くした。


「おや、ワンちゃんが珍しいですね。

それほどまで匂いが無かったのでしょうか?」


シエルの問にシトリは眉間の皺を深く刻む。


「いや、区別が出来なかったと言うべきか。

色んな魔族の匂いが1つになったような、そんな感じの…街の匂いともまた違うのです。」


「それに人型で戦闘能力も高かったです。

ローブに身を包んで顔も身体も見えませんでした。

ウェパルと俺とシトリで対応しましたが退けるだけでも精一杯で。」


報告で眉間の皺が深くなるバアルは二人を下がらせ、ブレイズとシエルへ身体を向けた。


「今日はご苦労だった。

これよりセレネの治療を受けた後、明日まで休暇とする。

坊ちゃんが特別に城内なら私服で動いて構わんとの事だ。」


思わぬ言葉に二人は静かに驚く。

ブレイズは異議を申し立てる為に手を挙げた。


「お気遣い痛み入りますがお食事の仕込みが」


「貴様に与える休暇は働けば殺すという意味だ。

理解したか?」


「……ハイ…」


紅い瞳に穿たれて返事をするしかなかったブレイズ。

シエルは他人事のようにニマニマしており、バアルが釘を刺すように睨みつける。


「シエル、貴様は城から出るな。

貴様の休暇は動いたら殺すという意味にしたいが譲歩してやっている。感謝しろ。」


「な、なんと。」


釘を刺された二人は顔を見合わせる。

その間にバアルは姿を消した。


「…シエル君はこれからどうする?」


ブレイズが何となく問うと彼は顎に指を添え、考え込む素振りを見せた。


「うーむ…私は常に動いていたい質なので困りました。

城内散歩して久し振りに剣の手入れでもしましょうかね。」


「俺も包丁研いで…あ、コレ仕事判定されるのかな。」


「料理に関わる事は行わない方が身のためかと。」


「だよね〜…どうしよ…。」


これといってしたい事など無く、何をするか考えていた所にのんびりとした声が響く。


「あらぁ〜!

ブレイズちゃん、シエルさん!見つけたわ〜!

お手当てしますわよ〜!」


笑みを浮かべたセレネだった。

やる事の無い二人はまず彼女に従うのだった。


空き部屋に入り暫くしてブレイズの悲鳴が響き渡る。


「痛だだだぁっ!?滲みる!!

めちゃくちゃ痛い!!!何これぇえっ!?」


セレネは笑顔で消毒液…のような何かをブレイズに塗りたくっている。

笑顔で服をひん剥いてきただけでも恐怖だというのにこの仕打ち。

ブレイズは涙と汗と鼻水を流していた。


「セレネちゃん!!魔法!!魔法は!?

何でこんな物理的なぁあぁ゛あ゛あ゛ッ!!!」


ブレイズの悲鳴が室内に響く。セレネは「うふふふ〜」と笑い、手を止めない。

身の危険を感じ取ったシエルは、 笑顔の仮面を貼り付けたまま真正面を向いた姿勢で横へ移動し、静かに部屋の扉を目指す。

背中が扉に触れたのを確認し、そっと指先でドアノブに触れる。

押し込もうとした、その瞬間


「開かないわよ〜」


セレネはブレイズの方を向いたまま、こちらを一切見ていないのに、シエルの行動を言い当てた。それよりも開かないと言われた事が気がかりで背を向けたまま、ドアノブを押し込むと


ゴッ


鈍い手応えとともにドアノブは動かず、扉はびくともしなかった。押しても、引いても、全く動かない。


「あらぁ〜?聞こえなかったかしら〜?」


セレネののんびりと、しかし圧が凝縮した声にギクリと肩を震わせる。

シエルの笑顔の仮面から珍しく汗が一筋垂れる。


「バアルさんがね〜貴方達がきちんと治療を受けるようにって魔法をかけたらしいのよ〜。

流石のシエルさんも難しいんじゃない〜?」


「…」


シエルの返答の前にブレイズが気付き、肩で息をしながらも昔ソロモンへ向けていたような目で睨みつける。


「シエルくん…ッもし俺を置いて出ていったらさぁ、割と本気で呪うからねぇ…っ」


「おやおやぁ…」


逃げられない事を悟ったシエル。

セレネはブレイズの治療を終えてしまい、変わらない笑みを向けてきた。


「さぁシエルさん〜!

覚悟は良いかしら〜?」


綺麗な笑顔も今では残酷な笑みに見え、手に持っているブレイズが悲鳴をあげた道具の消毒液(仮)に目を向け口を引き攣らせる。


「せ、セレネ殿…その手にお持ちなのは一体…」


「コレ?コレは双子さんが前に特製じゃ!ってくれた消毒液よ〜!

色んな薬草とか色々混じっているけど濾過して透明になったとか〜!」


「薬草()()()()。」


明らかに不穏な消毒液に思わず反芻し笑顔の仮面が外れそうになる。

知ってはならない、シエルの身体に警鐘が鳴る。


「はい、じゃあシエルさん〜。

服脱いで〜?」


「いやぁ…

私の服は背中が大きく開いてます故そのま」


「何を言っているの〜?

腕や胸、お腹だって怪我してるでしょ〜?

隠すのは許さないわ〜。」


先程と同じ笑みのはずなのに恐ろしいほどの圧を感じ背筋が凍る。

声が全く違うのにバアルと同じ冷たさであった。

これ以上反抗すれば殺されると直感が働いたので服を自ら脱いだ。

シエルの引き締まった白い身体にある無数の傷跡。

セレネの笑顔が一際輝く。


「ほら綺麗なお身体がボロボロ〜!

さぁ、やりますわよ〜!」


消毒液の猛威に悲鳴をあげまいと、口を強く閉ざす。

だが痛みは容赦なく襲いかかり、喉の奥からは獣のような呻きが漏れた。



長く感じた治療が終わり、シエルとブレイズの二人は帰ってきた時よりも疲れ果て満身創痍だった。

今は上半身裸で虚ろな目を天井に向けている。


「はぁ…はぁ…」


「セレネちゃんじゃなかったら手が出るとこだった…。」


「うふふ〜私で良かったわぁ。

アズ君とかシトリ君が行うと2人が暴れるだろうからってバアルさんがね〜。」


見透かされていた事で肩を竦めるブレイズ。

シエルは漸く笑みを浮かべる余裕が出来た。


「流石バアル殿…

我等の事を十二分ににご理解なさっているようで…」


コンコンコンッ


突然聞こえたノックにセレネが答えると、扉の向こうに居たメイドから服を渡された。

ブレイズとシエルの服だ。

扉は外側からならば開くらしい。


「ありがと〜!」


メイドはセレネに一礼し、扉を閉めた。

折り畳まれた黒い服を持ったセレネはそれを2人に渡す。


「これ、ティリア様からよ〜!

これに着替えて、ユムルお嬢様が寂しくないようお相手をするようにって〜!」


受け取ったブレイズは首を傾げた。


「え、何で俺ら?

チュチュちゃんやセレネちゃんが1番良いんじゃ…」


「私はお食事の用意しなきゃだし〜、チュチュちゃんはお洗濯などなどあるから〜!」


「しかしこれは仕事になるのでは?」


ブレイズに続きシエルも首を傾げるとセレネは分かっていたかのように言葉を続ける。


「ティリア様曰く、それを仕事と捉えるかは自由よですって〜!

お仕事と思うのならバアルさんを説得しておくとのことよ〜!」


「「…」」


思わず互いを見やる2人。

受け取った服に着替えたのを見てセレネはにこやかに退出した。

ブレイズは服のポケットをまさぐって肩を落とす。


「髪紐無かった…。」


「下ろされてる方が仕事っぽくなくて良いですよ。」


「まぁそれもそうか。」


2人はそのままユムルの部屋へ向かった。



ティリア様のご公務をお傍で支えられたら良かったのですが足でまといにしかなりません。

それに私は危機に瀕した竜族の郷で何も出来なかったから私だけ悠長に寝る訳にもいきません。

着替えても出来ること…私の頭ではお掃除しか考えつきませんね。

決心し椅子から立ち上がった瞬間でした。


コンコンコンッ


と扉越しに軽やかなノックが聞こえます。


「ユムル様!ブレイズとシエルです。」


そのお声に目を見開いてしまう。

慌てて扉に駆け寄り開ける。


「ど、どうぞ!」


あれ?

開いた先のお2人のお姿に言葉を失ってしまいました。


いつもの黒いシェフコートも、白い外套もないお2人。

お2人とも黒い服ですが襟が付いており、仕事着の美しさとは別の美しさを感じる装いは普段着に近いような。

いつもと違う柔らかな印象に少しドキドキします。

もしかして休暇を取られたのでしょうか。

あんなに大怪我を負ってしまったから…。


「このような格好で失礼致します。」


お2人は揃って部屋に入る前に一礼してから入室なさる。

私は急いでアズィールさんにご用意して頂いた予備の椅子をお2人へ並べる。

この動きを見たブレイズさんは慌てて止めようとなさる。


「ゆ、ユムル様は動かずに!」


「いえ!動きたいので!

どうぞお掛けください。絨毯は御遠慮ください!」


私が促すとお2人は申し訳なさそうな面持ちで、それでも対面に座ってくださる。


「申し訳ございません、お気遣い痛み入ります。」


頭を下げてしまったお2人。

顔を上げたシエルさんは心配そうに私を見てくださる。


「姫君、お怪我はございませんか?」


ひ、姫君…?

違和感を覚えつつ私は頷く。


「はい、皆様が守ってくださったお陰で何処も。」


お2人の表情から、ふっと張り詰めたものがほどけていくのが分かりました。

緊張が解けたように、そのお顔には安堵の色が浮かびます。

ブレイズさんは胸に手を当て、溜息にも似た息を吐きました。

それは疲労が滲んだものでもありました。


「はぁあ…良かったぁ〜…

もし貴女の身に何かあったらと思うと…」


胸を撫で下ろすブレイズさんに隣に居るシエルさんは目を伏せて頷きます。


「そうですね。

しかし我々は最初の王子からの御命令に背いてしまいました。」


“絶対命令よ。

ユムル死守、でも全員無傷で帰ってきなさい。”


ティリア様はそう仰っていました。

皆様が守ってくださったお陰で私だけが無事…。

そう、私だけが無傷なのです。

絶対命令…私のせいで皆様が傷付いて御命令に背いた形になってしまった。

私が何も言わず下を向いているからブレイズさんは言葉を紡いでくださる。


「ティリア様もこんな事が起こると予見なさっていた訳が無い。

ご存知ならユムル様を向かわせたりしないよ。」


「間違いありませんね。

恐らく王子は祭典を楽しむ姫君が転んだり、竜族に傷付けられぬよう御守りしろというニュアンスでしたし。」


そしてティリア様にまでご迷惑をおかけしてしまいました。

謝る為の言葉を探していると、ブレイズさんが眉を下げて私を見ました。

綺麗な翡翠色の瞳の奥には不安のようなものが伺えます。


「あの、ユムル様は俺と離れてからレウと接触しましたか?」


そう尋ねたブレイズさんの声は、いつもよりわずかに低く、張り詰めたものを感じさせました。


「はい。

ティリア様やバアルさん、レンブランジェさんにお会いした時に。」


私の返答を聞いたブレイズさんは、驚いたように目を大きくされました。

何故でしょう、動揺なさっているように見えます。

何かを恐れているような…。


「レ、レウは…な、何か言っていましたか?」


「何か、と仰いますと…」


思い出してみましょう。

確かレウさんは…


“どういうつもり?

元々僕達の物を取り返しに来ただけだけど。”


“盗っただろ、僕達の主を。

ソロモン様の一部を、ソロモン様の欠片を。”


“悪魔種は関係ないでしょ。

これは竜族と天使種僕達の諍いだよ。”


と仰っていました。

ブレイズさんへそのままお伝えすると、


「俺の事は何か言っていましたか…?」


ブレイズさんのことは何も仰ってませんでした。


「いいえ、何も。

ですので心配でした。」


私は首を横に振り、正直に答えました。

するとブレイズさんはほっとされた様子もなく、かえって苦悩を滲ませた表情を浮かべました。

先程からブレイズさんのご様子がいつもと違います。

シエルさんは敢えて何も仰らないように感じます。


「ブレイズさん…?」


思わずお名前を呼んでしまいました。

ハッとなさった後、綺麗なお顔に影が落ちてしまいます。


「…ユムル様と別れた後、俺はレウと戦ったのです。」


ブレイズさんはお話してくれる覚悟を決めてくださったようです。

ぽつりぽつりとゆっくりお話を聞かせてくださる。


「…言われたのです、レウに。

…俺の過去をユムル様にバラすと。」


そのお言葉の調子から、ブレイズさんがご自身の過去を語ることに、相当な抵抗を感じていることが分かりました。


「私は何も伺っておりません。

大丈夫ですよ。」


ギリ…と強く手を握りしめる音が聞こえます。

その手は強く握られ、爪が皮膚に食い込んでしまいそうです。


「………俺、は…」


眉間に皺を寄せてしまっています。

綺麗なお顔が葛藤で歪んでしまっている。

そうまでして私にお話してくださらなくて良いのに。


「ブレイズさん、私は」


「俺はッ!…俺は…

…貴女に隠し事をしたくない…。

話したい…けど、知られたくない…。」


遮るように、苦しげな声が私の言葉を押し返しました。

強めに出た言葉が段々と消え入りそうになっています。

ジレンマ、というモノでしょうか。

話したいけど話したくない。

私にも覚えがあります。

ティリア様にお会いする前、私のことを心配してくださった手芸屋さんが話して欲しいと言ってくれた。

その時、打ち明けたかった。

でも迷惑をかけるだけだからと話せなかった。

心配かけてしまうことと、自分語りで嫌な気分にさせてしまうことが怖かったから。

今のブレイズさんはその時の私に似ているような気がします。


……ブレイズさんも、きっと、同じなのでしょう。


「でもレウは絶対に無いことまで真実のように言うんだ…。

分かってるんだ、アイツはそういう奴だって。

だから言わないと…」


「レウは良くも悪くも想像通りですよ。

真実から100倍は悪く語るでしょう。」


冷ややかな口調で、シエルさんがそう仰る。

それは皮肉でも怒りでもなく、淡々とした事実の確認のように聞こえました。

ブレイズさんのお言葉しか信じませんのに。


「私はどんなブレイズさんも好きですよ。」


「…うぅううぅう…ッ」


顔を両手で押さえてしまいました。

無理しないで欲しいのです。

どうしましょう…。


「何なら私が話しま」


シエルさんが冗談交じりにそうおっしゃった途端、ブレイズさんがまさに光の速さでシエルさんの襟を掴んでいました。


「フーッ…フー…ッ!」


荒く呼吸を整えるブレイズさんに対し、シエルさんはまるで何事もなかったかのように微笑んでいます。


「あはは〜やっぱりダメですよね〜。

ならお話なさらないと。

貴方自身の口で。」


その言葉にブレイズさんはゆっくりと手を離されました。

そして深く息を吐きながら、私の方を見つめてくださいます。


「……うん。

ユムル様、俺の話を聞いてくださいますか?」


「勿論です。」

今更ですがブクマを取らずにいてくださった方、たまたま見てくださった方、リアクションつけてくださった方、誠にありがとうございます!

ほんっとうに励みになります!!

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