第82話『天使の脅し』
もう11月ですね!
あと1ヶ月で年を越すなんて考えが追いつきません。
でも寒いので脳裏には過ぎります。
ついこの間まで半袖だったのに服に困りますね!!
自分は後遺症で3ヶ月以上咳が治りませんので皆様は十分にお気をつけて…!!
私を恨んでいた目の前の竜族さんの首が落ちてしまいました。
私、まだ謝れていないのに。
濁った目はどこを見ているか分かりません。
「…おいケルツァよ、何じゃ此奴は。
妾の大切な子の心に傷を付けたのかや。」
いつの間にか目の前には血が滴る薙刀のような武器をお持ちのフレリアさんのお姿があり、
彼女の右足の下には首が落ちてしまった彼の身体が。
彼女の服は無数の切り傷が目立ちます。
「ごめん、フレリアさん。
僕の力不足でイヴちゃんを…」
「此奴が恨むべきは血族をも守れぬ己じゃろうて。
何故何も悪うないこの子のせいに出来る?
竜族にはこんな輩が居るのかや。」
「違うのです、フレリアさん。
彼の言う通り悪いのは私なんです。」
そう言うと彼女は見開いていた目をそのまま私に向けました。
「何を根拠に?」
いつもの愛らしい笑顔は無い。
間違いなく、怒っていらっしゃる。
それも私の為に。
「嬢ちゃんが悪い?何を理由に?
真実を憶測もなく述べれるか?」
いつも私を見上げていた可愛らしく潤んだ大きな瞳は今、震える私を見下げています。
「私の」
「一千万歩以上譲って仮に嬢ちゃんが天使種に目をつけられたしよう。
しかし此処に誘ったのは王龍殿ぞ。」
私への質問はお怒りで返答させてくださいません。
「お主の正体を知っている竜族の長である者が嬢ちゃんを誘い、それに応えただけの嬢ちゃんが何故悪者になるのかや。」
「それは…」
「イヴちゃん、僕も君は悪くないと伝えたい。」
ケルツァさんは優しく私の両肩に手を置き、
目線を合わせるため屈んでくださる。
「君が悪いことなんて無いよ。
悪いのは天使種だ。」
「…(ケルツァめ、ナチュラルに王龍まで除外をしよったな…。)」
「王龍様の指示を守らない奴が居るなんて思わなかった。君の心を深く傷付けてしまった。」
ごめんね、と呟いて私を優しく抱き寄せてくださる。
ケルツァさんの優しい香りに思わず瞳が潤む。
「君は誰も殺してない。」
「…」
ここは頷かないといけない。
納得は出来ませんがゆっくりと頷くと、フレリアさんはいつものような明るい笑みを見せてくださった。
「嬢ちゃんが無事で良かったわい。
妾、あの黒龍に喰われそうだったぞよ〜!!
怖かったのじゃあ〜!!」
ぴーっと言いながら私に抱きついてくださるフレリアさん。少し血の匂いがします。
「ではあの首無天使の大群の中にいらっしゃっていたのは…」
「妾じゃ。お主を探す為に飛行したおったら囲まれてしもうての。お主の…というかバアルの気配を感じて飛んできたわけじゃ。」
今でも戦っている最中の零蘭さんはケルツァさんとの約束通り全てを喰らおうと大きな口を開けて灰色の大群を飲み込んでいます。
彼の元へ行くべく、ケルツァさんは翼を広げました。
「じゃあお嬢ちゃんは貴女に」
「いや、お前に頼むケルツァ。
妾はあの黒龍の元へ行く。」
「え、何で?」
首を傾げたケルツァさんにではなく、私に目線を合わせて下さるフレリアさん。
彼女は私を安心させようと微笑んでくださる。
「イヴの嬢ちゃんとよく分からんその石を守るには地の利を理解している者の方が良かろう。」
「僕が怪我を負わせると思わないのかい?」
「お前はブレイズの友であろう。
嬢ちゃんの秘密も口外していない。」
フレリアさんが向けた瞳に肩をすくめるケルツァさん。
「…買い被りすぎだねって言うとブレイズを否定してしまう事になる。意地悪だね。」
「もしも本当に嬢ちゃんに怪我を負わせたのなら妾が…いや、魔王様とブレイズを始めとした使用人達がお前を永劫の苦しみへ誘うだろう。」
「赦されないね。
大丈夫、僕は王龍様の命令を守るよ。」
フレリアさんは彼に頷き、私の頭を撫でた後でふわりと浮かび上がり零蘭さんの元へ向かいました。
「随分持ち上げられちゃった。
イヴちゃん、一先ず隠れようか。」
私だけ…?
でも皆様が…。
「あ、あの!
王龍様やシエルさん、ブレイズさんが…」
「皆強いから大丈夫だと思うけど見に行ってみる?」
私の我儘に嫌な顔1つせず提案をして下さったケルツァさんに力強く頷く。
彼は私をお姫様抱っこしてくださり、シエルさんの元へ。
私が落ちた崖を翼で軽々と上がり見下ろすと、円形の土地、埋め込まれた石畳の上に広がった鮮血溜まりの中心でシエルさんが立ち尽くしていました。
少し離れた所で着地して私を降ろしてくださるケルツァさん。
「シエルさ」
「待って。」
駆け寄ろうとするとケルツァさんの手で止められました。
何故…?
「ふふっ…ふふ…」
シエルさんの笑い声でしょうか。
彼は顔を下に向けていて表情を読ませてくれません。
その代わりに肩が小さく揺れています。
「はははっ…ひひっ…あはは…」
怖い。
どうしてか身体が彼に近付くことを拒んで足が動きません。
今駆け寄ると殺されてしまうと思うのです。
もしも私が死んだらシエルさんは仮面が張り付いたままで心から笑えなくなってしまうかもしれません。
まだ彼の仮面をご自身から取ってもらっていません。
だから、待つと決めた私が彼の手で殺されてはなりません。
「あっはははははははッ!!!
嗚呼、天使の悲鳴はなんと心地が良い…ッ!!」
勢いよく顔を上げ先程のラストさんのような恍惚とした笑みを浮かべた彼の周りには首無天使の残骸となったものと人型だったものの山が複数個積み上がっていました。
ラストさんの姿はどこにも見当たりません。
その代わりにシエルさんの足元の大きな血溜まりに抜け落ちたであろう白い羽根が沢山落ちて朱に染まっていました。
「あ〜…っははははははは…ふふっ…ひひっ」
「やべぇ、アイツ今ハイになってイカれてるわ。」
呟いたケルツァさんは私の肩へ置いていた手に力を込めました。
「今のシエル君は大丈夫だけど危険だから場所を変えよう。」
「は、はい。」
シエルさんどうしちゃったのでしょう。
大丈夫でしょうか。
「取り敢えずブレイズに会うには彼の背にある扉を潜らないといけない。サッと通ろう。」
「はい。」
シエルさんは元に戻ってからお話を伺いましょう。
ブレイズさん、ご無事でしょうか。
ケルツァさんはシエルさんの高笑い中の隙を突き扉を開けて塔の中に潜ります。
その後に飛び込んできた光景に思考が停止してしまう。
「…ブ、レイズさん…?」
「ブレイズッ!!」
シエルさんの周りにあったものよりも遥かに大量の首無天使の山が塔の壁に沿うように積み上がっていました。
凄い量です。
しかしブレイズさんはシエルさんのように円状の模様の中心にいたものの、切り傷などでボロボロになって倒れてしまっていました。
御髪を結んでいた黒いリボンが切れてしまって解けています。
一目散に駆け寄るケルツァさんに続きますが、現状を理解出来ていません。
ブレイズさんが倒れてる…?
ケルツァさんが彼を抱き上げ、声をかけます。
「ブレイズ!!ブレイズしっかり!!」
「ブレイズさんっ!!起きて下さい!!」
お願いします!!目を開けて!!
「っ…イ、ヴちゃ…ケルツァ…」
良かった!!
薄らですが目を開けてくださいました!!
「ごめ…ちょっと…寝たら…すぐ立つから…。」
「まるで死ぬみたいだね!?
寝たらいけないよブレイズ!?」
ケルツァさんが焦ってブレイズさんを揺すります。
「頼む…だいじょ…から…少しだけ…ほっておいて…」
ブレイズさんは本当に疲れていらっしゃいます。
無理に起こしてはいけません。
「ケルツァさん、ブレイズさんを寝かせて頂けませんか?」
「ええっ!?」
「ブレイズさんが大丈夫と仰いました。
ですから大丈夫です。」
ケルツァさんは迷った瞳で私とブレイズさんを交互に見た後、頷いてくださる。
「…分かった。」
「此処…冷たくて…気持ちいから…置いて…。」
ブレイズさんの要望通り、ブレイズさんをその場に寝かせました。
すると彼は小さく口角を上げました。
「ありがと…。ごめ、イヴちゃんを…」
「うん、塔で凌いでくれていた君の代わりに僕が護るよ。」
「…ん。」
ブレイズさんはその後、スヤスヤと寝息を立て始めました。
「ホントに寝ちゃった。
余程疲れたんだろうね、こんな量だし。」
ケルツァさんはブレイズさんを抱え、首無天使が積み重なっているところを足で無理やり退かして彼を寝かせました。
「こんなブレイズ、あんま見たことないや。」
「そうなのですか?」
「うん。ブレイズは食に関してだけ煩くてね、
他は割と無頓着で本気にならなかったはずだ。」
ケルツァさんは過去を思い出しているのか少し表情が柔らかくなりました。
「そんな彼がこんなになってまで戦うなんて。
余程君が大事らしい。」
私は関係しているのでしょうか…?
「取り敢えずブレイズなら大丈夫…だと思うから次に行こう。王龍様の元へ。」
「はい。」
ブレイズさん、今はゆっくりお休みください。
私は…どうにかして天使種さん達を止めたい。
やれるべきことを見つけなくては。
…
「…ケルツァは一言余計なんだよ…。」
床に突っ伏していたブレイズは2人の足音が遠くなったことを確認してから目を開けた。
「あ〜…身体重すぎてマジで暫く動けない…。」
ボーッと遥か高い天井を見つめる。
動かなければならないと分かっているが難しく、身体が言うことを聞かない。
「レウ…次は必ず殺してやる…。」
一時間ほど前。
「くそっ!!量が多すぎる!!」
視界を埋め尽くすほど大量の首無天使が渦を巻くようにブレイズを取り囲む。
使い魔の大量の蟲達を動かしているものの、自身は銀のナイフで分が悪すぎた為、魔法で異空間から槍を取り出した。
「まさかこれをまた振ることになるとはね!
早く来いレウ=ブランシュ!!」
悉く飛んでくる矢や剣先を全て避け、切り刻んでいくがレウはまだ現れない。
「チッ!だんまりとかウザ。
こんな雑魚狩りを前哨戦とでも言うつもりかい?」
ユムルが居ない為、気を付けるべき言動を無くす。
「聞こえているだろうレウ=ブランシュ!!
お前のことだよソロモンの傀儡!!
だからこそ俺はお前を壊したくてしょうがない!!」
言葉にして余計に怒りが溜まったブレイズは自身の周りを取り囲むように黄緑色の魔法陣を展開した。
その魔法陣全てから大量の使い魔で出来たキラキラと輝く黒い巨大竜巻が発生し、首無天使を巻き込み四方八方へ吹き飛ばす。
視界が開けるほど減った首無天使だが、残りの少数を的確に切り裂いていく。
最後の一体を槍で穿った時、視界の隅で白い光を感じ取った。
顔を上げるとレウ=ブランシュがそこに居た。
「…ハッ…やっとお出ましかい、勿体ぶるね。」
「そりゃあ可愛い僕が虫まみれになるなんて有り得ないでしょ〜?
ねぇ?ブレイズ=ベルゼブブ。」
睨み合う両者は笑みを浮かべたまま会話を進める。
「ソロモン様に勝ったことの無い哀れな悪魔がぁ、
僕に勝てる訳ないじゃんこの身の程知らずぅ〜。」
「ソロモンに勝ったことのある奴なんて居ないし、
彼相手に戦う権利すら許されたことが無い傀儡に言われてもねぇ。」
「昔、人間に呼ばれてたんでしょ?
蝿の王って。凄いよねぇ。
気持ち悪すぎて逆に関心しちゃあう。」
「仲間の羽根を千切って自分のモノにした性悪が何か言ってるよ。
それでも負けてるくせに惨めによく言うよね。」
「…」
「…」
お互い顔に青筋が立ち、構えた。
既に笑みは無い。
無言で駆け出し、レウの手と槍がぶつかり合う衝撃で突風が吹き荒れる。
レウの後ろに蟲を動かし、巨大な黒い壁を作り範囲を狭める。
レウはブレイズの槍を光を纏った手で捌いている。
何度も自分を確実に穿とうとする一閃を反らす為にレウは口を開く。
「ねぇねぇ!人間の魂って美味しいの?
どんな味?」
「君の方が知ってるでしょ!」
額を目掛けた矛先を腰を逸らして避けると同時に厭らしく口角を上げる。
「あはっ!うん、知ってる!
人間に対する君の残忍な性格を!」
「それはどうも!」
勢いよく振り下ろされた槍を軽く避け、
ブレイズの耳元で囁いた。
「あの女の子が知ったらどう思うかな?」
「ッ」
僅かな動揺を的確に突き、ブレイズの槍を蹴り上げた。
「やっぱ隠してる!今の魔王様にもでしょ!
薄汚い本性を隠して振舞ってるんだ!
あははっ!バラしてやろうか!!」
「ッ好きにすれば」
「じゃあお望み通り契約者の魂を選り好みして貪り喰う悪魔種って噂だけじゃなく、お前の過去の行いもバラしてやるよ!」
その言葉を皮切りに先程の攻撃を容易く上回るほど速度の上がる攻撃に陶器肌から汗が一筋垂れるレウ。
「何だよ!好きにしろって言ったのに!
そんなにバラされたくないんだぁ?!」
十分な距離をとって後ろで腕を組み挑発的な笑みで首を傾げた。
「…自分の事は自分で喋る。」
「そんな勇気無いくせに口だけ達者だねぇ。」
所詮レウは口先だけだ、そう心に言い聞かせて槍を振るう。
「アハハッ!!
動揺してるぅ?軸がブレブレだよっ!」
「ぐ…っ!?」
再び槍を蹴り上げられ、胴体に蹴りを入れられてしまったブレイズは吹っ飛び床を転がる。
「僕、口だけじゃないよ?
その証拠に戦いながら答え合わせしようか。」
レウは咳き込むブレイズの隣にしゃがみこみ、嘲笑うように見下し勝手に話し始めるのだった。




