第77話『竜族の郷』
早いものでもう年明けから1ヶ月経ちました…!
今年もこの物語を見て頂けたらと思います!
「あぁあぁぁ…アタシの可愛いユムルが…
嫌な目に遭ってないかしら!
泣いていないかしら…!」
ユムルが出て直ぐからずっと呟きながら部屋中を歩き回っているティリアにバアルはため息混じりに注意を促す。
「坊ちゃん、ウロウロしてもお嬢様は戻って来ません。いい加減座りなさい。」
バアルが何を言っても反抗的なティリアは相も変わらず、否、いつもよりも不機嫌に怒る。
「うっさいわね!!
やっぱり魔王権限でどうにか」
「なるんです?」
「…ぐっぬぬぬぬぬぬぅ…」
冷静に言われた事、そしてどうにもならない事だった為唸るしかなくなったティリア。
バアルはそんな彼を見てやれやれと言わんばかりの大きな溜息を吐く。
「はぁ、大丈夫ですから。
私も保険をかけましたので。」
「ベルが保険ん〜??」
…
【ねぇ、ブレイズ。1個聞いてもいい?】
空を泳ぐ様に飛ぶ龍の姿のケルツァさんはお顔の横を飛んでいるブレイズさんに目を向けます。
「何?」
【イヴちゃん、めちゃくちゃ大事にされてる感じだけど…連れてきて大丈夫だった?】
「あ…ケルツァの感知能力がズバ抜けてたの忘れてた。だから直ぐに人間だって分かったのか。」
【かもね。魔王様とバアルさんの魔力の僅かな綻びから人間って感じ取れた…と思う。
普通じゃ無理だよ。】
「もしかすると君には知っておいてもらった方が良かったからかもね。」
【魔王様は分からないけどバアルさんがわざと魔力に綻びを作っていた感じだからそうかも。嵌められたなこりゃ。】
「流石バアルさん、抜かりないな。」
何をお話されているのでしょう。
風がごうごうと耳元で唸っているので何も聞こえません。
いえ、そもそも盗み聞きになるような真似は良くありませんよね。
「イヴ殿が可愛いと言うお話ですって。」
背後からシエルさんが耳元で仰る。
…それは嘘だと私の直感が言います。
チラリとシエルさんを見ると仮面の笑みでしたので確信しました。
「それは…」
けれど返しに困ります!
どうしましょう…
「ははは、嘘だとバレましたか。」
「えっ」
先程もですが口にしていないはずなのに…顔に出てたのでしょうか?
「御安心を。
貴女の顔は美しく可憐なままでしたよ。」
また心を読まれました!
…この際、聞いてもよろしいでしょうか。
「私が考えた事を何故お分かりに…?」
恐る恐る聞くとシエルさんは首を傾げました。
「何故?うーむ。
元が元なので私、そういうのに敏感なんです。」
シエルさんは元天使種さんです。
天使種の方々は嘘に敏感なのか、シエルさんが特別なのか。
ご自身の事を中々お話にならないシエルさんが“私”と仰った事を考えると恐らく後者なのでしょう。あくまで憶測に過ぎませんが…。
「ふふ、そんな考えないで下さいませ。
貴女が私の事をお考えだなんて照れちゃいます。」
シエルさんにそのような感情があったとは。
少しの驚きです。
「このような感情は貴女だからですよ。」
「ですから!何故!心を!読むのですかっ!」
「おぉ…イヴの嬢ちゃんが声を荒らげるとは珍しいのう。」
「はははっ怒られてしまいました!初めてですねぇ!」
成長しましたね、などの言葉を口になさるフレリアさんとシエルさん。
シエルさんが凄すぎて思わず怒ってしまいました。
「すみません…。」
「いえいえ!もっと怒って良いのですよ!」
そんなのいけません!
【仲良しだねぇ】
「いいなぁ…。」
【心の声ダダ漏れだよブレイズ君。】
「ハッ忘れて!」
【ど〜しよっかなぁ〜?】
「忘れてくれないとその目ん玉にナイフを刺さなきゃいけなくなる!」
【いけなくなる!?】
ブレイズさんとケルツァさん、楽しそうです。
「お2人は長いこと友人らしいのです。」
「そうなのですね。ご友人…」
シエルさんが教えてくださった。
友人という存在が少し羨ましい、なんて。
「貴女にはネシャ殿が居るでしょう?」
「っ!…はい!」
私の一方的な思いですがシエルさんの言葉に頷きたかった。すみません、ネシャさん。
「え、ユムル様居ないの?!」
「ネシャちゃん聞いてなかったの?
色々あって幻水蓮仙に行かなきゃいけなくなったんだって〜。」
「チュチュが聞いててあたしが聞いてないなんて!流石に1人じゃないでしょうね!」
「うん、ブレイズさんとフレリアさんとシエルさんがついてくって!」
「何その強いメンツ…。
あたしが強ければついていけたのかな…」
「え?なんて?」
「何も言ってないわよ!
……ちょっと心配しただけ!」
「ネシャちゃん…んふふ!」
「何よ!」
「べっつに〜?」
「むきーっ!何そのうっざい顔!」
「へぷちっ!」
「おや、可愛らしいくしゃみですね。」
「すみません…。」
「なぬ!?今のくしゃみかえ!?
何と小さい!レンブランジェにも見習わせたいのう!」
レンブランジェさんのくしゃみは大きいのですね…。
【あ、見えてきたよ〜!】
ケルツァさんの視線の先を追う。
雲が段々と濃くなって霧のようになっている場所がありました。何かを守って居るような…。夜桜理想郷と似て非なる雰囲気です。
【イヴちゃ】
「ケルツァ!あまり彼女の名前を呼ばないでくれ!他の竜族にあまり名前を覚えさせたくない。」
【…そうだね。お嬢さん…は他人行儀だよね。
うーん…お嬢ちゃん?】
「変じゃなければ何でも良いけど…頼んだよ。」
【おっけー。
じゃあお嬢ちゃん!ちょっと掴まっててね。】
おじょ…私の事でしょうか?
「失礼しますね。」
シエルさんが耳元で囁き、私を背中から包むように手を回します。
狐さんを落とさないようにしないと。
途端にケルツァさんは上へと角度を変え雲のような霧へ入り高度を上げていきました。
シエルさんが背もたれになるように後ろに居てくださらなかったら落ちていました!
耳が…塞がる感じがして痛いです…。
【よいしょっと!】
角度が通常に戻りました。
「わぁ…!」
霧が晴れて古典的な街の景色が広がっています…!
ケルツァさんは高度をゆっくりと下げ、石畳の上に着地されました。
【到着〜!】
シエルさんは私から離れ、先に降りました。
「さ、こちらへ!」
手を広げて笑みを浮かべていらっしゃる。
飛べと…。
大きなライオンのアズィールさんから降りたあの感覚と一緒です…。
ケルツァさんを踏むなんて…。
【君は乗ってるかわかんないくらい軽いから踏んじゃうとか気にしなくて良いよ〜。】
この件で時間を取ってはいけませんね。
「申し訳御座いません…!」
意を決して飛ぶとシエルさんはしっかりと受け止めて下さいました。
「ナイスジャンプです!」
「あ、ありがとうございます…。」
人型に戻ったケルツァさんは私達の前へ移動し、手を広げました。
「ようこそ!幻水蓮仙へ!」
赤い壁に黒い屋根。
雲の様な形の窓の細工。所々にあしらわれた竹のような囲い。
いらっしゃる方々は訝しげに私達を見ます。
全員、薄手の衣を羽織ったお着物を召していらっしゃいます。
そして何よりあの目…。
零蘭さんのような鋭い爬虫類さんの目です。
その視線を遮るようにケルツァさんは私の前に立ってくださる。
「じゃあ早速王龍様に会いに行こう。」
「は、はい。」
頷き、1歩足を動かした時、
「あーっ!!」
大きな声が聞こえました。
この声は…
「零蘭さん!」
「イヴちゃん!来てくれたの!?」
キラキラと目を輝かせ、私の手をとり端正な顔を近づける彼の勢いに思わず背中が反れます。
「あ、えと、はい。お邪魔致します…。」
「邪魔だなんてとんでもない!
えへへ!嬉しいなぁ!」
「こら零蘭。
王龍様の所へ行くんだから邪魔しないでよ。」
ケルツァさんが言うと零蘭さんは狐さんを私の右手に持たせ、左手をサラサラ生地の黒い手袋を着けた大きな手で握りました。…何故?
「僕も一緒に行くー!」
「手を繋いじゃってまぁ…。
じゃあ行くよ。」
ケルツァさん、本当に行ってしまいました。
ご機嫌な零蘭さんに腕を大きく振られながら行くことに。
ただでさえ余所者なのに零蘭さんの鼻歌…いえ、存在に視線が集まります。
零蘭さんはバアルさん曰く竜族の上の方。
ケルツァさんのお言葉遣いからしてケルツァさんも同様でしょう。
「ちょっと3人とも殺気を感じ取れちゃうよ〜大丈夫食べないって。」
殺気…?
零蘭さんは後ろを向きます。
普段の皆さんと表情に変わりはないように見えますがブレイズさんは呆れていました。
「目立つのはやめてよ零蘭。」
「はいはーい。」
返事をされましたが先程と何も変わらず。
「あんにゃろ…」
「ブレイズ、どうどう。
騒ぎは起こせぬぞ。」
周りのお家は二階建てのものが多く、三階以上の建物はあの大きい塔のような建物だけ。
殆どが二階建てか平屋です。
赤い提灯らしき小振りの明かりが可愛らしい。
「っ…はぁ…」
周りを見て少ししか歩いていないのに段々と息が上がってきました。
標高が高いからでしょうか。
「イヴちゃん?疲れちゃった?」
零蘭さんが心配そうに顔を覗かせます。
いけない、大丈夫だって言わないと。
「大丈夫です…。」
「大丈夫そうじゃないね!
僕が抱っこしてあげる!」
「え?きゃ!」
いとも容易く私をお姫様抱っこしてくださいました!なんと…!
「れいらんん〜…」
「きゃー!ブレイズ君が怒った〜!
逃げよーっと!」
わわわ!零蘭さん、足がお速いのですね!
ケルツァさんをも抜かしてしまいました…!
「あ、零蘭!」
皆様が走って追いかけて下さいます。
と、止めてください〜!
…
「着いたよイヴちゃん!」
そっと私を降ろしてくださる。
目の前には先程見た塔が聳え立っています。
夜桜理想郷と少し似ているような。
「わぁ…」
「此処に王龍様がいるよ!」
王龍様。
テオさんから頂いたバクさんのぬいぐるみを通じてお話をさせて頂きましたが…どのような御姿なのでしょう。
「緊張します…。」
「大丈夫!王龍様優しいから!」
「はい…。」
弱々しく返事をしてしまった為か、零蘭さんは私の額に額を当て、黒く艷めく長髪で外と遮られます。
「んふふ、イヴちゃん。
怖いなら僕がまた抱っこするよ?」
「あ、えと…」
返答に困ると零蘭さんはいきなり顔を上げました。
「!!」
ガチリと硬い金属音と何かが私の上を掠めたような…?
「ごめ〜ん。手が滑った。」
にこやかに黒いオーラを放つのはブレイズさん。
「危ないでしょ〜!?」
零蘭さんの滑舌が怪しいのは、彼のお口に銀色に輝くナイフが咥えられていました。
ブレイズさんのナイフをお口で…!?
「零蘭殿、ナイスキャッチです!」
私のすぐ後ろにはシエルさん。
彼の外套にすっぽりと覆われ、見えなくなりました。
「ウチのシェフの手癖が悪くてすまんのう?
お主もよく知るブレイズじゃから。」
フレリアさんのお声が聞こえます。
おそらく零蘭さんの後ろにいらっしゃる。
「今のは零蘭が悪いよ。
王龍様の賓客なんだから。」
「えー!?ごめんなさい!」
零蘭さんが気に召してくださったという事で賓客とさせて頂いているはずですが…謝ってしまいましたね…。
「零蘭!ケルツァ!」
知らぬ男性のお声です。
「あ!西蘭!」
せいらん…さん?
確かバアルさんのカードに書かれた白龍の方、です。
シエルさんが外套から出して下さり、視界が広がる。そこには色素の薄い方が立っていらっしゃいました。お召し物や装飾品は零蘭さんと色違いの白。そして真っ白な御髪は下の方で一つ縛りで纏まっていますが糸のように美しく長いです。その方の金色の瞳と目が合いました。綺麗な瞳とお顔です…。
「お初にお目にかかります。
私は白龍、名を西蘭と申します。」
バアルさんのように表情があまり変わらないお方です。
「は、初めまして。イヴと申します。」
会釈をしましたが彼の視線がずっと刺さります。
「貴女から魔王様とその側近…バアルの気配がしますね。」
視線は蜘蛛のブローチへ。
「こちらはバアルさんから頂いたものです。」
「ほう…あの蜘蛛が…。」
狐さんへ視線が移りました。
「…ではご案内致します。
零蘭、ナイフは洗って返すように。」
「えー?」
嫌そうな零蘭さんに鋭い睨みを送り、零蘭さんの背筋がピンと伸びました。
「はぁい!」
「こちらへどうぞ。」
西蘭さんに促され、塔の中へ。
王龍様の元に。




