第75話『ぬいぐるみの正体』
お久しぶりです。
中々筆が進まず長い時間があっという間に経ってしまいました。
毎日何方かのアクセスが有るのを見る度、頑張らねばと思い物語を進めました。
アクセスして下さった方、本当に有難うございます。
宜しければ再び、貴方のお時間を少し頂ければと思います。
あれから数日経った。
ユムルが夢で泣く事は無かった。
少なくともアタシの前では。
チュチュやアズ達にユムルの事を逐一報告して貰っているし今まで以上に神経尖らせて感情探ってるけど特に悲しいという思いは感じない。
アタシが一緒に居ることで悪夢を見ないのなら存在意義が有るという点においてとても嬉しい。
けどテオが渡したあのバクのぬいぐるみ…
あれから仄かに竜族の気配を感じ始めた。
神経を尖らせてから感じたという事はそれだけ微量な訳で、彼には竜族と何かしら個人的な関係があるのかもしれない。
双方の合意で問題が無いのならアタシから口を出すことは無い。
所謂ただの友達だとしたらその関係に口を出す権利は魔王にも無い。
ただ、このバクから感じる竜族の気配は。
微量でも隠しきれない存在感を放てるのはテオがただの友達と言える立場では無い者。
「王龍…」
やば、思わず名前言っちゃった。
口を手で塞ぐとベルが訝しげに見てきた。
「何故今に竜族長の名を出すのです。
私への嫌がらせですか?」
「何で名前言っただけで嫌がらせになるのよ。」
「シンプルに嫌いな方の名を聞くのは嫌です。」
「確かにねっ!!」
ベルが嫌うのも無理は無い。
自身が光っているかのような神々しさにたまに生じる感性のズレ。あれがまたしんどい。
「で?嫌がらせじゃないのなら何故あの御方の名が出たのです?」
ベルは気付いていないようね。
言うべきか言わぬべきか…
「ちょっと前に零蘭来たでしょ。
王龍から何かしらあってもおかしくないなーって思ったのよ。」
嘘では無いから自然と振る舞えたと思う。
ベルは眉間の皺をより一層深くして
「あの御方が動くのならばお嬢様目当てでしょうね。」
「ぜっっっったい渡さない、死守。」
「そのつもりです。
ルルメル=レヴィアタンが騒がしくなければ問題は無いでしょう。」
「そうね。」
ルルも竜族嫌いだし騒がない訳無いしそこは安心かしらね。
コンコンコン
「ブレイズ=ベルゼブブです。」
「入りなさい。」
ブレイズは手に籠を携えて部屋に入ってきた。
「軽食とこちらを預かりました。」
「預かりました?」
どういう事かと首を傾げるとブレイズは小さな長方形型のサンドイッチが入った籠を置く。
そしてそれとは別に折り畳まれた紙を手渡しされる。
チラリと彼を見るとニッコリと微笑むだけ。
見た方が早いか。
紙を広げると可愛らしいピンクの便箋に
“てぃりあさまへ
おしごとがんばってください
ゆむる”
真ん中にたどたどしい字でそう書かれていた。
「これって…」
「ユムル様、アズ君と魔界の文字をお勉強なさっているんです。その成果ですね。」
自身の世界の文字ならとても丁寧に書くであろうあの子の幼いような文字…嗚呼、なんて可愛いのっ!!!!
「ユムルぅ…愛してるぅっ…」
「軽食を作られたのもユムル様ですよ。
俺はいつものように指示しただけと言うか見ているだけになったと言うか。」
「おいひい…」
「もう召し上がってる…」
ブレイズの呆れなんて知らない。
可愛い愛してるわユムル。
アタシの為に作ってくれてありがとう。
「アタシも手紙書く!
ベル、便箋取って!」
「……………はぁ。」
「返事を溜息ですんじゃないわよ!」
嫌々なベルから貰った便箋に早速気持ちを書く。
1枚じゃ足りないけどユムルに解読の時間を取らせちゃうから簡潔に。
最後に愛してるっと。
2回畳んでブレイズに差し出す。
「ブレイズ、これユムルに。」
「畏まりました。」
ユムル、喜んでくれるかしら!
…
「という訳でとても喜ばれていましたよ。
こちら、お返事です。」
ブレイズさんが私に紙を渡してくれました。
「お、お返事ですか…!?」
まさかお返事を頂けるとは…!
胸の高鳴りを抑えながら紙を広げると書きなれた大きさが揃っている文字がビッシリと紡がれていました。
とても綺麗な字…
頑張って読まなければ…!
「軽食も美味しいと仰ってました。
流石はユムル様。」
「いえ!それはブレイズさんのお陰なのです。」
「俺は文字通りただ突っ立っていただけなので本当に…全てユムル様が作ったのですから誇って下さい。」
「……はい、ありがとうございます。」
「真実ですから。
では俺は失礼致します。」
そう言ってブレイズさんはその場から消えてしまいました。
いつもならもう少しお話して下さいますのに…
多分、私に気を遣って下さったのでしょう。
ティリア様のお返事、何が書かれているのでしょうか。
アズィールさんに作って頂いた文字表を机に広げて椅子に座る。
早く読みたいが為、急いで目を通す。
えっと…
“ユムルへ
お手紙とサンドイッチありがとう。
とても嬉しかったわ。
文字の勉強、頑張ってて偉いわね。
お手紙をまた書いてくれると嬉しいわ。
ユムルのくれた宝物が増えるから。
アタシもきちんと返事を書くからさ。
改めてありがとう。
世界で一番、貴女を愛してるわ。
ティリア”
「ティリア様…」
胸がじんわりと温かくなります。
お手紙とはこうも嬉しいものなのですね。
普段お話させて頂いていますが、これはまた違う形で嬉しい。
何より形に残る事が嬉しい。
ティリア様のお手紙を保管出来る物が欲しい。
出来れば、可愛い缶で。
どうすれば良いでしょうか…。
コンコンコンッ
「ユムル様!チュチュです!」
「ど、どうぞ!」
チュチュさんはピンクの可愛らしい箱を持って入室なさる。
「ブレイズさんに言われて、チュチュが思う可愛い箱を持ってきました!」
満面の笑みで箱を差し出してくださる。
フリルとリボンが付いた長方形の可愛らしい箱。
「ブレイズさんにですか?」
「はい!
ユムル様が大切な物を保管出来るようにって!」
何とお優しい…でもコレはチュチュさんの物なのでは?
「コレはチュチュさんの物ですか?」
「いえ!主様がお好きなお紅茶の箱です!
いっぱいあって俺には分からないからってブレイズさんの代わりに選んだんです!」
「そうなのですね…!」
「すっごく迷ったのですがユムル様にはコレだとキュピーンと来た訳です!」
折角選んで下さったのです。
頂かねば逆に失礼になってしまう。
「すっごく可愛らしいです。
ありがとうございます、チュチュさん。」
「えへへ!喜んで頂けたなら嬉しいです!」
「ブレイズさんにも御礼を…」
「あ、今はちょっと忙しそうです。
仕込みがどうのって言ってました。」
「そうですか…。
ではまた改めて御礼を言わなければ。」
チュチュさんから受け取った箱。
このように可愛らしい箱に入ったお紅茶…
ティリア様は見た目もお気に召したのでしょうか。
でもブレイズさんが箱を所有していたとなるとやっぱりお味?
箱を開けると仄かにお紅茶の匂いが鼻を掠めました。
「あ、拭いたけど完全には取れなかったから匂いが付いてしまうかもってブレイズさん言ってました。」
「問題御座いません。嬉しいです。」
「チュチュ、他に何かする事ありますか?」
「今のところは大丈夫です。
有難うございます。」
「分かりました!
じゃあまた御用の際はお呼びくださいね!」
にこやかに退出なさるチュチュさんを見送る。
そして頂いた箱にティリア様からのお手紙を入れて机に置く。
さて、私がやるべき事は…
視線を移したその時でした。
枕元近くのテオさんに頂いたバクさんのぬいぐるみが突然白く光り始めました。
「えっ!?」
どういうことでしょう?
『す…め…娘よ。我の元へ…。』
低くて艶のあるお声…男性です。
バクさんがお声の主様でしょうか。
小さな足からぷきゅぷきゅと可愛らしい足音をたてながら正面を向く彼を警戒しなければならないはずなのに、その声にティリア様と同じような優しさを感じて身体が言う事を聞いてしまう。
『従順で良い。其方、名は何と言う?』
「ゆ、ユムルと申します…?」
『ユムル?……そうか…。』
静かに、それでいて何処か寂しそうなお声。
暫くしてバクさんはこちらへ視線を向けました。
『良い名だ。我が名は』
まるでその声を遮るかのように、ティリア様が突然私の元へいらっしゃいました。
「ちょっと!!
アタシの大切な子に何してんのよ!!」
と私を抱き寄せて下さる。
『ふむ…想定より早かったな。
まだ名も伝えておらぬ。』
「それは良かったわ!
この子に向かって勝手に何してくれてんのよって聞いてんの!」
『疚しいことは無い。
ただ純粋に対話を望んだ。』
「はぁ〜?
そんなぬいぐるみを介さないと話せない訳ぇ?」
『そのような事は決して。
だが本来の姿で会うと息の根を止めてしまう恐れがある。』
息の根…?
「びっくりさせるって事でしょ!
変な言い方やめてよね!」
『む。人間とは驚くと心の臓が止まるのだろう?
気を付けろとよく言われた。』
「誰によ!」
『ソロモンだ。』
「そろもっ…エッ?」
『聞こえなかったか?ソロモンだ。』
またソロモン…様。
このバクさんの方はソロモン様と交流がお在りなのですね。
『この娘は貴殿の娘か?』
「違うわよ!…ってちょっと待って。
アンタ何でユムルが人間だって分かったの…!?」
確かに。
私は人間だとは言ってません。
『む、誠に人間なのか。』
「はぁ!?」
『ソロモンにとても似ていた為に無意識に言っただけだ。知らなかったが故に確認をした。』
「あ”ぁ”あ”っ!!もうサイッアク!!」
墓穴掘った!と言いながらティリア様は綺麗な御髪をガシガシと乱してしまいました。
『落ち着くが良い。
我は口外なぞせぬ。』
「そうじゃなきゃ困るわッ!!
絶対よッ!!」
『ただ1つ。』
「あぁ!?」
『娘に、ユムルに会いたい。』
バクさんの円な黒い瞳と目が合う。
あのボタンの瞳から私の事が見えているのでしょうか?
「気安く呼び捨てすんじゃねぇわよ。
会いたいなら来れば?ね、ユムル。」
「は、はい。」
『いや、悪いが此方へ赴いてくれ。』
「何でよ!?」
『祭典の日が近づいている。
貴殿達も来るが良い。』
「祭典ん〜?」
訝しげなティリア様は顔をドアへ向ける。
視線の先にはなんと黒革の手帳を広げたバアルさんが立っていました。いつの間に…!
「確かに幻水蓮仙での祭典の日が間近ですね。」
『うむ、我の賓客として招待しよう。』
「う〜ん…べるぅ〜…」
助けを求めるようにバアルさんへ声を掛けるティリア様の行動が分かっていたかのように腕を組み、既に眉間の皺を刻んでいました。
「………坊ちゃんは行けません。」
「えぇええぇえっ!?何でぇ!?」
「まず魔王自体がよく思われていない事。」
「うっ」
そうなのですか?
魔界を統べる御方なのに…
竜族の方はティリア様の魅力をご存知ないのですね…。
「天使種の件もあります。
貴方が居るとかえって目立つ。
故に貴方は行ってはなりません。」
「でもっそれで万が一にもユムルに何かあったら…!!
それこそ」
『我の賓客に手は出させぬ。
竜族の長として断言しよう。』
可愛らしいバクさんとは真逆の凛としたお声にティリア様は私に回す手に力を込めました。
「…ユムルにかすり傷1つ付けてみなさい。
絶対に殺してやる。」
『うむ、そのような事は有り得ない。
約束しよう。』
バクさんを見た後、私を見るティリア様の瞳は揺れていました。
その後、意を決したように口を開きました。
「竜族の長、王龍にユムル死守を命じます。
アタシの命令は絶対よ!
断りは死を意味するわ!」
『拝命する。ユムルは我が護ろう。』
バクさんは王龍様と仰るのですね。
小さなお耳がパタパタと動いて可愛らしいですが、
実際はお声から感じるように高貴な御方なのでしょう。
するとバアルさんが私の前へ。
「王龍殿、ユムル嬢はイヴと言う名で私のメイドだと零蘭殿に伝えてあります。
情報に齟齬をきたしては困ります。」
あ、そういえばそうでした…。
『む、イヴとはお主の事だったのかユムル。
メイド…使用人の事だな。』
メイドが偉い方の賓客だなんて普通では有り得ない…からバアルさんがお話なさっているのですよね。
ティリア様にこれ以上ご心配をおかけしない為にも、話をよく聞かねばなりません。
『ふむ…零蘭が酷く気に入っていた。
故に招いたと言うだけで納得するだろう。』
そ、そんな簡単に…?
「でもそれが気に食わなくて楯突く奴が居たら?」
ティリア様のお言葉にフルフルと顔を横に動かすバクさん。
『そも、我の賓客に口出しする者は居ない。
長に招かれた者として接するのみだ。』
「ふぅ〜〜〜ん…?
信じるからね?」
『うむ。ただ、来るのはユムル1人とはいかぬだろう?』
「そりゃあユムルが道中でもそっちでも危険が無いようにね。」
『悪いがユムル以外は多くても3名にしてくれ。
流石に民衆が訝しむ。』
「さっ…!?3人だけ!?」
思わずたじろぐティリア様。
『私や零蘭も居る。
申し訳ないが要求は飲んで欲しい。』
「ぐっぬぬぬぬ…!」
「シエルとブレイズ、そしてフレリア殿に行かせよう。
坊ちゃん、良いですね?」
「…人選に問題は無いわ。
ユムル、良い?」
「はい、私は何も問題御座いません。」
私の存在のせいでティリア様にご迷惑とご心配をおかけしてしまっているのです。
ですから少しでもお役に立ちたい。
『決まりだな。
では明朝、使いの者を出す。』
「ぐっ…うぅう…分かったわ。
ユムルや皆をお願いね、王龍。」
『あぁ。』
明日の朝とは思ったよりすぐでした。
幻水蓮仙…どういった場所なのでしょう?
祭典も気になります。
必ず無事で帰ってきましょう。
ティリア様の元へ。




