第71話『募る不安』
珍しくすぐに書き上がりました!
やったー!!
ただ少し明るくない話なのでアレですが…。
テオさんに頂いたバクさんを枕元に置くと、
扉から3回ノックが聞こえます。
「ブレイズ=ベルゼです。」
「ど、どうぞ!」
応えるとブレイズさんがスコーンと優しい香りのお茶をトレイに乗せて持ってきて下さいました。
「失礼致します。」
トレイを机に置くと、
ブレイズさんが膝を着いてしまいました。
「えっ!?」
「ユムル様。この度は大変なご迷惑、
御無礼を働き大変申し訳御座いませんでした。」
バアルさんも仰っておりましたが迷惑なんて何一つありません!
「ブレイズさんが謝られる事は何一つございません!」
「いいえ。」
そんな真っ直ぐ私を見ながら言われてしまうと困ってしまいます…。
「お、お願いですから…
謝らないで下さい。」
「…」
ブレイズさんは顔を顰めてしまい、
少し経ってから目を伏せて立ち上がりました。
「寛大な御心に感謝致します。」
「そんな…私は守って頂いた側です。」
「零蘭の我儘に付き合わせてしまったのは俺です。」
「それは私が勝手に」
「違います。
貴女が言い出した事では無い。」
「…」
「って違う違う!
俺は貴女にこんな事言わせる為に来たんじゃありません!」
慌てるように私の手を握るブレイズさん。
大きくて細くしなやかな手が温かい。
「天使の言う事はお忘れになって下さい。
貴女の大切な時間を無駄にしてしまうから。」
「はい…。」
「ユムル様、俺は頼ってもらいたい。
こう見えても俺はシエル君やバアルさん程では無いけど強いんですから。」
「…」
「俺はお世話係じゃないけど、
貴女の使用人なんですよ。我儘だってティリア様くらい仰って下さい。」
「で、でもそれは迷」
「迷惑じゃないよ。俺は嬉しい。」
私の言葉を先回りして受け止めてくださる。
あぁ、何とお優しいのでしょうか。
「ふふ、これ以上居ると零蘭が起きた時
怪しまれちゃうからそろそろ行きますね。」
「は、はい!」
「ゆっくり召し上がって頂いた後、
厨房へ起こし頂けますか?
まだメイドの役は続きがありますから。」
「分かりました!急ぎま」
「俺は、最初、何と言いましたか?」
突然ブレイズさんが黒い笑顔に!!
怖くて彼の言葉を復唱する。
「ゆ、ゆっくり…」
「素晴らしい!
よく聞いていて下さいましたね。
では、後ほど。」
そしてブレイズさんも音を立てず、
その場から消えてしまいました。
あ、圧が凄かったです…。
私の事を考えてちゃんと先に仰って下さったのですね…。
でも!私はブレイズさんの、皆様のお役に立ちたいので!ゆっくり、でも早めに!
「い、頂きます!」
…
「ご、ご馳走様でした!」
お皿とカップをトレイに乗せて厨房へ向かうと
ブレイズさんは目を丸くして固まってしまいました。
「…」
「…お、いしかったでしゅ。」
ブレイズさんがあまりにも固まって動かなくなってしまったことに動揺して噛んでしまいました。
しかも恥ずかしい噛み方で。
「………」
そして動いて下さらない…!!
顔が熱い…!!
「…」
あ、ゆっくりと近づいて下さっています。
まるで錻の人形のような硬い動きですが。
「…イヴちゃん。」
目の前に立った彼は零蘭さんに聞かれてしまう事を考慮し、そう仰っているのでしょう。
良いですか、ユムル。私はイヴですよ。
「はい。」
「君のゆっくりってどれくらい?」
「…………………エット…。」
これは…怒っていらっしゃる。
雰囲気は何も変わりませんが笑顔の圧が凄いです。
「俺のタイマーね、イヴちゃんが休憩に入って直ぐに押したの。勿論料理の仕込みの為に。」
「(コクコク)」
「見て、何分?」
「…」
長方形のシンプルな形の真ん中に大きく表示されている数字。
右の2桁は一番素早く動き、中心の1つである数字は秒を刻み、もう1つには”10”とあり、
一番左には”00”とありました。
つまり…
「じ、10分…」
「そう、10分。
瞬間移動無しで10分。そして君がそれを持ってここに来るまで最低でも1分掛かるはず。
つまり食事時間は?」
「き、9分…」
「うん、だから聞きたいの。急いだね?」
バレました…!!
まさかタイマーを使われているとは…。
「も、申し訳御座いません!」
「いや。君の性格上、俺が仕事がある事を言ってしまったからだね。これは俺が悪い。」
顔を背けられてしまいました。役に立ちたかっただけなのに寧ろ怒らせてしまいました。これだから私は…まるで昔のよう。最初の…
「イヴちゃん?顔上げて?」
「…」
顔を上げさせてもらってもお顔を見れません…。
何故でしょう、急に昔みたいな恐怖が襲って来ているような。あんなにもお優しいブレイズさんに対して失礼極まりない。
「…(何かおかしいな。)イヴちゃん?」
「っ申し訳御座いません!」
しまった!ブレイズさんの手を弾くように身を当ててしまった!
「えっ!?
ご、ごめん言い方悪かった!!」
「あっそのっ…あっ…えっと」
言葉が出てこない!!
早く謝れユムル!!迷惑になっている事が分からないのですかこの身体は!!
早く早く早く!!
でも喉が締まって声が出ない…!!
「あ…う…」
「イヴちゃん!!」
腕を引かれふわりと全身が包まれるように温かくなる。これは…抱きしめられてます!?
「ごめん、本当にごめん。
君自身の事を大切にして欲しくて!
ちょっと怒っちゃっただけ!」
「え…」
「君は自分を犠牲にする癖がある。
俺はそれを少しでも和らげて欲しかったんだ。」
「…」
「昔から俺は大切な者に限って言葉を上手く扱えない。キツくてごめんね。」
背中をさすって私を落ち着けて下さる。
何で私は気を遣わせてしまうのだろう。
「…すみません。」
「ううん。俺もごめん。
じゃあお手伝いしてもらって良いかな?」
「わ、私で良ければ!」
少しでもお役に立つために!
「ありがとう。
御礼に俺が教えれることは伝えるよ。」
ブレイズさんの料理の秘訣が知れるかもしれません!
「宜しくお願い致します!」
…
「うわぁ…!!美味しそ〜!!」
零蘭さんの前にお料理が並ぶ。
ブレイズさんのご指導によりお料理出来ました。
前にお料理したのはクッキー以来だったので包丁が懐かしく感じました。
ブレイズさんの教えが的確で学ぶことが沢山あって嬉しかったです。
「…(ユムル様の手際が良すぎて付け入る隙が正直無かった。やる事先回りされて俺殆ど指示しただけ…。)」
零蘭さんはとても大きなお肉を豪快に食べています。尖った歯で食いちぎられるお肉は彼のお口に吸い込まれるように無くなっていきます。
「ん〜!!うんまぁい!!」
「それは良かった。
が、もう少しお行儀よく出来ないの?」
とブレイズさんが仰るものの
「君の料理が美味しいから仕方なーい!」
と。大きな溜息を吐くブレイズさん。
「俺、今回はあまり手を出していないよ。
イヴちゃんが殆どさ。」
すると零蘭さんの黄金の瞳が私に移る。
「えっ君が作ったの!?
みーーんな美味しいよ!!凄い凄い!!」
笑顔でそう仰った。
「あ、有難う御座います。」
その言葉が嬉しくて胸がじーんと暖かくなるような、心地の良い気分です。
ブレイズさんをちらりと見るとウインクをして下さった。嬉しい。
『ぴっ』
私の正体がバレないようにセレネさんが呼んでくださったぴーちゃんさんもまるで良かったねと言ってくれているように聞こえます。
安心しました。
「ねーえ?イヴちゃん。
僕のとこにおいでよー!
ずっと近くでご飯作って〜!」
「えぇ?」
「零蘭。」
ブレイズさんが諭すようにお名前を呼ぶもむくれる零蘭さん。
「だってお城にはブレイズくん居るじゃーん。ブレイズくんと同じくらい美味しい料理作れる子はそうそういないもーん!」
「あのねぇ、褒めてくれるのは嬉しいけど
イヴちゃんはウチのメンバーだしバアルさんのメイドなの。」
「僕のメイドさんでいーじゃん!」
「何がだよ。絶対ダメ。」
フッと私の隣に現れ、ブレイズさんと言い合いになる零蘭さんを酷く冷たい目で見るバアルさん。
私が睨まれた訳でもありませんが凄く怖い。
彼から冷気が出ているような感覚です。
「何をしているんだあの馬鹿達は。」
「えーっと…あはは。」
私の事が関与してると言える訳がありません…。
バアルさんは溜息を吐き、杖をコンッと床に当てる。それだけでお2人が口喧嘩を止めて背筋を伸ばす。
「時と場所を考えろ。食事中だぞ。」
「「すみません!!」」
零蘭さんは残りのお料理をかき入れ、
もぎゅもぎゅとリスさんのように頬張り召し上がる。失礼ですが少し可愛らしい。
「ご馳走様〜!!美味しかったぁ!!」
「食べるのホント早いよねぇ。」
「人型は量が少なくてもお腹いっぱいになるからいいね!」
縦に長いテーブルいっぱいにあったあの品目数を少ないと…?
「では零蘭殿、我儘を聞いてあげました。」
出ていけと言わんばかりにお声をかけるバアルさんに苦笑する零蘭さんは立ち上がる。
「怖いなぁ。すぐ出てくよ。」
「ブレイズ、見届けろ。」
「は。」
ブレイズさんが扉を開け、零蘭さんを通すと彼が途中で止まって私の方を向く。
「イヴちゃん。
メイドさんの話、本気だから。
ばいばい!またね!」
私の返答を待たずに行ってしまわれた。
バアルさんは私を見下げます。
「部屋へ。」
「は、はい。」
言葉少なく向かうお部屋。
それは私のお部屋を指していました。
「ここならアイツでも声は聞こえないでしょう。
お疲れ様でございました。」
「い、いえ!有難う御座いました。」
「おかしな人ですね。
危険な目に遭ったと言うのに。」
「皆様が守ってくださったので。」
バアルさんは無表情のまま
「そうですか。」
と一言。そして扉の方を見やると面倒だと
言うように眉間に皺を寄せました。
「お嬢様、坊ちゃんが来ます。
衝撃に備えてくださいまし。」
「え?衝撃?」
言った途端に右からくる衝撃。
そして遅れて聞こえる
「ユムルぅううぅうっ!!」
というお声。
「ティリア様!」
ティリア様は私に目線を合わせ肩を優しく掴みます。
「何処も怪我してない?怖い思いしていない?
お腹減ってない?何も無かった?」
「は、えと、はい。大丈夫です。」
「でもまだメイド服着てたの?」
「零蘭さんの前ではメイドさんなので!」
「ふーん…」
ティリア様の目線は私が抱っこしている
ぴーちゃんさんに。
「セレネの使い魔じゃない。
成程ね、ベルの指示でしょ。」
「えぇ。私やブレイズの傍に居て不都合の無いようにする為です。」
「ユムルったら何でも似合うからね〜!
メイド姿も素敵よ。」
「あ、有難う御座います。」
御礼を言うとティリア様は私の顔を覗きこみます。
「ユムル、少し元気ない?」
「え?」
「疲れちゃったかしら。
少し横になったら?」
ティリア様にそう思わせてしまうなんて…
顔に出ていたのでしょうか。
「…はい。そうさせて頂きます。」
「えぇ、今日はお疲れ様。
夕飯まで時間あるでしょうし少し寝なさいな。」
「はい。」
「ベル、行くわよ。」
「は。」
後でねと手を振って下さり退出なさるティリア様と一礼して扉を閉めたバアルさんを見送り、椅子ではなくベッドに浅く腰掛ける。
いけない。お着替えしないと服 お洋服に皺が付いてしまいます。
ティリア様に頂いたメイド服はとても着心地が良くて大好きです。
でも、私は頂いてばかりで何もお返しが出来ていない。
本当に私はお城の穀潰しです。
皆様がお優しいから甘えて、
何も返せていなくて。
だからこそ、何か出来ないか探らなければ。
迷惑にならないように。
…こんな考えばかり浮かぶなんて確かに疲れているのかもしれません。
お着替えしましたし、ティリア様に言われたように少し仮眠しましょう。
…
「わ〜!暗い!星が見えるねぇ〜!」
「そうだね。
零蘭のとこのが綺麗に見えそうだけど。」
「ブレイズ君、
今日は月がとても大きいね。」
「(聞いてないな。)それが?」
「こういう日って何か不思議な事が起こりそうだよね!」
「零蘭が言うと本当になりそうでやだ。
撤回して。」
「しなーい。
じゃあブレイズ君、メイドちゃんに宜しく。」
「そっちもイツァム達に宜しく。」
「うん!ばいばーい!」
笑顔を向けて零蘭が黒龍となり空を翔ぶ。
やっと終わった。
早く戻ってお2人の料理を作らないと。
ユムル様、大丈夫かな。
…
「信じられない!!
何でアンタがまだ生きているの!!」
突然の耳を劈く罵倒。
母に髪を強く引っ張られ、顔を殴られる。
「何で出来ないわけ!?」
「す、すみま」
「口答えしないで!!」
姉も来てしまった。
謝ろうとしただけなのに。
あぁ、痛い。酷い時は道具を使って殴られ、
狭く埃っぽい倉庫に押し込められる。
暫くして雑に出されたと思えば炊事、洗濯、掃除をしろと言う。
誰も私を心配してくれない。
誰も私を褒めてくれない。
誰も私を家族だと思ってくれない。
私は何のために生きているのだろう。
どうして生きているのだろう。
「早く死ねばいいのに。」
よく言われていた言葉。
自分でもそう思う。
でも痛みに慣れないこの身体が死を拒む。
お願いします。誰か助けて。
「ティリアさま…。」
「まぁ!何て愚かしいの!
さも当然のように助けを乞うなんて!」
目の前にはリゼットさんが腕を組んで私を睨んでいた。母と姉はいなくなっていた。
「ティリア様が何で助けてくれると思うの?
迷惑も甚だしいわ。」
「めい、わく…」
「分からないの?
皆アンタに気を遣ってるだけ!
誰もアンタの事なんて好きじゃない!」
「!」
「皆建前で優しい言葉を言ってるだけ。
ティリア様だってあそこでアンタが野垂れ死にしてしまったら目覚めが悪くなってしまうから拾っただけ。」
「…」
「あのお方の隣に居れると本気で思ってるの?あの美しいお方の隣に?
何も出来ないアンタみたいな奴が?」
「……」
「あのお方の隣は私こそが最良!
アンタは本来此処に居ちゃいけない存在なの、
自分が一番分かってるでしょ?」
「………はい。」
「ほら、さっさと起きて出ていきなさいよ。
私が起こしてあげる。」
リゼットさんは私に近づいて、
暴力を振るうように手を振りかぶった。




