第64話『思惑の輪郭』
多忙というのもあって遅筆という言葉がピッタリと合ってしまう…。
高評価やブクマ、いいねなどのアクションをして下さる方のお陰でやる気が出ます…!ありがとうございます!
「ただいま戻りました。」
客室の扉が開き、バアルが現れた。
ティリアは足を組み左手で頬杖をついてバアルを横目に見る。
「おかえりベル。
身なりが綺麗という事は戦ってないわね。」
「はい、天使種は居りませんでした。
シエル曰く、天使の梯子を降ろした者は
ツェルシア=ヴェッラレーベかと。」
名前を聞いた羅刹は
「久しいなその名前。
相変わらず言いづらい名前だな。」
と嫌そうに呟く。
「ツェルシア=ヴェッラレーベ…
天使種の中の希少種ですね。」
ブレイズに頷くティリアは窓の外を見る。
「所謂お偉いさんね。
あのシエルでも羽根は6枚なのにツェルシアは8枚。」
「レウも4枚だったな。
中々に骨が折れたわ、物理的にも。」
ちらりと羅刹に視線を送るティリア。
「羅刹でもボロボロだったらしいじゃない。」
「んぁー…アイツ強かったからなぁ。
殺せんかったのが痛いなぁ。
腕の1本でも喰ってやれたら良かったのに。」
「…戦いたくないわ、アタシ。
ユムルに怖い思いさせちゃうもの。皆も傷付く。」
バアルは無表情のままティリアに話しかける。
「坊ちゃん。」
「何?」
「私達の事は考えなくて良いです。
私達は駒、貴方様の使用人です。」
ティリアはその言葉で眉間に皺を寄せる。
「その考えが嫌いなのよ。
命は1つなの。大切にしてよ。」
「まぁまぁ小童、本人達が気にしてないと言うのだ。戦うというのは最後の手段として必ず使わなければならぬ手段なのだから良いではないか。」
羅刹が宥めるもティリアは不機嫌そうにそっぽを向く。
「ふんっ!
そもそもユムルを怖がらせたくないし!
アタシも痛いのやだし。」
「ウチももう若くはないからなぁ。
正直本気の出し方忘れた気がする。」
「ただ、天使種が話して手を引いてくれるわけが無いのよね。」
「それは確かにな。
まず、侵入されていることに関してだが…」
するとティリアは杖を顕現させ
「ルルに繋いでみるわ。」
と一振り。画面が空中に現れる。
画面に映ったものにティリア、バアル、ブレイズは驚愕する。
「ルル!?」
ルルメル=レヴィアタンの顔、
白の上着が血に染まっていた。
「あ、ティリア様。
今取り込み中なんですけど〜?」
血が付着している割には平気そうな声をしているルルメル。
「その血は一体…」
「あ〜」
呑気な声で俊敏な回し蹴りを見せるルルメル。
ティリアは溜息を吐き、羅刹を手招きする。
「ウチが聞き出せと。」
「えぇ、めんどくさいから頼んだわ。」
「えぇ〜…主のくせに…」
ブツブツ言いながらティリアの横へ移動した羅刹。
するとルルメルの表情が一変する。
「羅刹さまぁ!!」
「海蛇さん。舘ぶりだな。
ウチ、お主に聞きたいことがあってな。」
「ええ!何なりと!」
羅刹はキラキラと輝く笑顔を向けながら、
彼に向かってくる何かを殴りつけ、
蹴り飛ばしているルルメルを見据える。
「…今何している?」
「あぁ!さっきティリア様にご説明しようかと思ってたんですよ〜!元人間が設定弄ってて!!
天使種侵入時のみ警報も映像も切ってたんですよ!!」
「なに?誠か。」
「誠ですよ〜!やられましたほんと!
返り血浴びながら殺してる最中です!!」
だから血塗れなのか…
と思いながら誰も口にしない。
「海蛇さん、話を聞く為1人は残せよ?」
「えーーっ!!?
言うの遅いです羅刹様!!
たった今全員殺っちゃいましたよ!!」
誰しもが予想していた返答で一同は驚く事はなく、呆れていた。
「あー…だろうな、海蛇さんだし。」
「ま、最初から話を聞かずに全員殺ると思ってたわ。
ルルだし。」
「そうですね。………。」
「バアルさん俺を見ないで下さい。
首が落ちる夢見そう。反省してますって。」
「そんな訳でティリア様!
増員お願いしまーす♪」
「…」
ティリアは無言で杖を振り通信を切った。
「やっぱ何かしてたのは元人間ね。」
「そうだな。ま、所詮は人間だからなぁ。
たかが知れてる。」
左手の小指で耳を掻く羅刹の返答に息を吐き、バアルへ問いかける。
「ベル、城の方は?」
「ブレイズとシエル、私が既に手を回しました。
…全員、ね。」
含みのある語尾にティリアは呆れる。
「やっぱりそうなのね。
アレでしょ、ユムルに殺意を持ってた奴ら。」
「流石坊ちゃんお気付きでしたか。
そうです。お嬢様が寝ている間に動きました。」
「元人間達はユムルがあまり認知していない奴らのはず。ユムルが悲しまないから不幸中の幸いかしらね。」
「そうですね。」
バアルの無感情の返答を聞いた直後、
ティリアは思い出したように勢いよく机に手を置いて立ち上がる。
「ユムル!!そう、ユムル!!
天使種が居ないなら良いわ!
早く会いに行ってあげないと!!
怖かったでしょうから!!」
「おいおいおいウチを置いてけぼりにする気か小童!?話の途中だぞ!?」
「ぐぬっ!!でもユムルが!!」
扉に向かおうとしたティリアの前に急いで立ち塞がるブレイズ。
「ティリア様!
既に手は打ってあります!」
「手ですって?」
「そろそろ約束の時間なので!
大丈夫です!ユムル様の心が落ち着くように御用意しておいた物をチュチュちゃんに託してます!」
「……」
勢いを無くしたティリアを宥めるようにバアルは溜息を吐きながら話す。
「それに坊ちゃん。
貴方様の事ですから加護の魔法の1つや2つ既に掛けてるでしょう。」
「…えぇ、まぁ。」
「今はお嬢様を守る為の、
貴方様方にしか出来ない話です。」
「…………分かったわ。チュチュに託す。」
不服そうに呟き、長椅子へと戻ったティリア。
ブレイズ、羅刹はほっと一息吐いた。
ちらりと外を見た雅若は視界に入ったものを見て微笑む。
「ふふ、本当だ。
橙色の少女が紅茶の用意を持っていますね。」
雅若の目撃情報に安心したブレイズ。
「あ、良かった転けてないなら。」
「何度も転けそうになってます。
ふふ、面白いですね彼女。」
「チュチュは見世物じゃないっての。
…ありがとうブレイズ。
でも何でチュチュに託したの?」
「彼女ならユムル様も安心するかと思って!
…まぁ本当はセレネちゃんに頼もうと思ったんですけど厨房手伝ってもらってるんで…。」
人手が減ったからかと察したティリアは
「ふーん」
と言い置いてある紅茶を口にする。
「お主の優しさが裏目に出たな。」
少し棘のある言い方をする羅刹に視線を移しながらカップを置いた。
「……こればかりはそうね。」
「時に、ヴェルの冷酷さを見習わなければならんぞ。
お主はこの世界の頂点なのだから。」
「パパ、ね…人間殲滅部隊とかかしら。」
「んー…まぁそれ含め性格を、だ。」
「立ち回り方ならまだしも性格は無理だわ。
羅刹も知ってるくせに言わないで。」
静かに、確かに怒っているティリア。
羅刹は苦笑し謝る。
「それはすまなんだ。
しかしユムルちゃんを守る為の冷酷さは必要だぞ。」
「…分かってるわよ。」
「ん?人間殲滅部隊…?なぁ小童。」
羅刹の驚いた顔につられて驚くティリアは少し身構える。
「ヴェルは…戦争前から天使種に対して手を打っていたかもしれんぞ。」
「どういう事よ。」
「人間殲滅部隊だ。人間を殺す為の部隊。
彼奴は人間が嫌いだから殺すと言っていたが…
それだけなら彼奴は動かん。」
「成程、天使種の駒を減らそうとしたと。」
肆季に頷く羅刹。
「ウチにも人間殲滅部隊の事は何も言わんかった。
存在理由が謎だったのだ。
彼奴は好き嫌いだけで動くような軽い腰ではない。」
ティリアは話を聞くべく、ある人物の名を呼ぶ。
「シエル。」
「シエル=エリゴマルコシアス、此処に。」
一瞬で現れたシエルに問いかける。
「人間殲滅部隊って…何を考えていたの?」
「人間を殺すという事です!」
「いやまぁそうだろうけど。
天使種に対抗する為ってのもあるの?」
「おや、よくお気付きで。
ヴェルメリド様はそうお考えでした。
勿論、人間が嫌いとも仰ってましたが!」
「やはりか。
人間を殺していき、死体も灰燼と帰せば手駒も消え失せるものな。」
「と言いましてもこれを知っているのは私とルルのみですが。」
「他の奴らに言ってなかったのか!」
驚く羅刹に頷くシエルは
「大勢に言えば広まってしまいますから。」
と笑顔で言った。
「シエルとルルは信じていたってことね。」
「………さぁ、それはどうでしょうか。」
「シエル?」
シエルの本心に触れたのかと焦ったティリアはつい名前を呼ぶ。
「はい!」
いつもの笑みを向けられたので追求をやめた。
「……アタシが人間殲滅部隊無くしたの、嫌だった?」
「いいえ?微塵も思いません。
既に戦争は幕を下ろし、条約が出来ておりました。
異議なぞありません。」
「そう…。いいわ、ありがと。
下がって頂戴。」
「は。」
シエルが居なくなり、小さく溜息を吐くティリア。
羅刹も難しい顔をする。
「流石ヴェルというかなんと言うか…」
「そうね…。現時点、人間は多いまま。
天使種の駒は増え続けてるわ。」
「人間界の動向を見ているのは誰だ?」
「それは買出し班…よ…」
ふと気付き、バアルを見る。
バアルも気付き、頷いた。
「天使種は人間界を訪れた時、
元人間の使用人を誑かした可能性がありますね。」
何か言いたげだったティリアだったが、言葉を飲み込み、羅刹を見る。
「……取り敢えずアタシは防御に徹する。」
「ではウチらが目になろう。
ウチらの使用人が情報を得てこよう。」
「お願い。
妖精種にも伝えなきゃ。
必要になるなら他種族にも。」
「万が一に備えご用意致します。」
「ありがとベル。
ブレイズ、貴方はユムルのアフターケア。」
「畏まりました。」
話を終わらせるかのように手を叩くティリアが勢いよく立ち上がった。
察した羅刹はゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう羅刹!
モヤモヤが少しハッキリしたわ。」
「力になれたなら何よりだ。
ただ、分からない点が多い。
今回もあくまで推測の話も有る。」
「推測のが多いわね。」
「ははは!そうだな。
では、ユムルちゃんに宜しくな。」
「…今回ばかりは良いわ。
ベル、ブレイズ、門前まで送りなさい。」
「「は。」」
「ではの小童!また近いうちに。」
「えぇ、肆季も雅若もね。」
「「はい。」」
全員が部屋から退出したのを確認し、
ティリアはボスンと音を立てて座る。
「はーーーーーっ…
どうりで使用人が減ったと思った…。」
もんもんと考えるティリア。
彼の頭には返り血を浴びたルルメルの笑顔や元人間の話をしたバアルの嫌そうな顔が浮かぶ。
「人間ってそんなに悪いヤツだったかしら。
ユムルと一緒に居たいだけなのに。
……ユムル以外はどーでもいいのに。」
ティリアさまと乏しい表情筋で微笑むユムルを
思い浮かべ自然と笑顔になるティリアは立ち上がり、
「考えるよりも前にユムル充電しないと!」
と杖を振った。




