第55話『ティリア様の秘密』
ティリア達と離れたバアル達は、門扉の前で待機していた。
腕を組むバアルにシトリは視線を向ける。
「良いのですかバアル殿。」
「何がだ。」
「我らが魔王ティリア様の事ですよ。
秘密、バレますよ?」
「…もしお嬢様と結ばれたいのなら、
結ぶのなら、いずれ知らねばなるまい。」
「バアル殿、知られるのを避けておいででしたよね。」
「教えるつもりが無かっただけだ。
それに守る物が近く、具体的になった坊ちゃんはもうお強い。」
「ご主人様ですね。」
シトリの返答に目を伏せたバアルはユムルを愛おしそうに見ていたティリアを思い出していた。
「ふ…よく似ている。」
「?」
「兎に角、真実を知っても問題は無いだろう。
オベロン様がどのように話すかだが。」
2人が話している間、話に興味が無いのか雅若は瞑想していた。
…
「ママとの関係…」
明かされる真実に緊張して唾を飲み込む。
オベロンの左右で違う色の瞳は真っ直ぐにアタシを捉えた。
「リフェル様…いえ、リフェルは…」
オベロンから紡がれる言葉一つ一つに心臓が大きく脈を打つ。
その次の言葉は…
「不倫相手です。」
「…は?ふり…ふりん?え?」
え?今何つった?
「すみません嘘です。」
「嘘かよ!!」
ユムルが居るのについ机を叩いて言葉遣いを崩してしまった。
お、落ち着きなさいアタシ!
オベロンはそんなアタシをクスクス笑う。
「すみません。緊張なさっていたので解して差し上げようかと思い…」
「もっと何かマシなもんあったでしょ…。」
「精一杯の冗談でした。」
「あっそ…ちゃんと話してよね。」
「えぇ。
リフェルは私の家族です。
彼女は私の妹なのですよ。」
「いもうと…」
ん?妖精王オベロンの妹って事は…
ママって…
「リフェルは妖精種です。」
アタシの言葉を代わりに言ったオベロン。
ママが妖精種?あれ?てことはアタシって…
「アタシって純粋な悪魔種じゃない…?」
「はい。
悪魔種と妖精種のハーフという事ですね。」
「…」
言葉が出ない。純粋な悪魔種が魔王の座に就くと言われていたからそう思っていた。
ユムルの夢の中での羅刹が言っていたのは本当だったんだ。
「信じられませんか?」
「そりゃ…」
「私の羽根を見て。
金粉が舞っているでしょう?」
確かにオベロンの薄い羽根から金の粉が舞ってキラキラ輝いている。
「これも妖精種の特徴です。」
「あ。」
そうだアタシ飛ぶとキラキラするのだったわ。
「まさかこれが…ママの…?」
「そうです。
つまり私は貴方の伯父ですね。」
「は、はくふ…」
理解はしたけど飲み込めないわ。
ママは妖精種で、オベロンの妹で…
つまり妖精種の王女で…??
「ヴェルメリド様は私の義理の弟ですね。」
パパが弟!??
万年一人っ子みたいなパパが弟!?
「待ってアタシもうキャパオーバーよ…」
頭から湯気出そう。
意味が分かるけど解らない。
「ティリア様…」
ユムルに心配かけちゃってる…。
頑張れティリア。
アタシは悪魔種と妖精種のハーフなの。
オベロンとも血縁関係だったの。
それだけ!
「大丈夫!ごめんね!」
「では何か聞きたいことはありますか?」
聞きたいこと…
パパとママの馴れ初めが1番気になるのだけど。
でもそれはオベロンに聞くことじゃない。
ママの事を聞こうかしら。
「ママってどんなだった?」
「どんな…ですか。
幼い時からずっと笑顔でしたね。
沢山の方々に好かれておりました。」
やっぱり…ママは変わらないわね。
「私よりもヤンチャしてましたがね。」
「えっ?」
「まだ羽根で飛べない頃、木によじ登って降りられなくなったり、大胆に転んだり。よく介抱しましたよ。」
そ、そうなんだ…。
ママは子供は遊ぶことがお仕事よってよく言ってくれてたわ。
服を汚してもいっぱい遊んだねって怒らなくて寧ろ褒めてくれた。
「…。」
「そんな子がよく彼のお眼鏡にかなったなぁと思いましたよ。」
「パパの見る目は確かみたいね。」
「他種族と結ばれるなどあってはならぬと周りの悪魔種とは揉めましたがね。」
「妖精種の方は?」
「魔王様に選ばれたのですよ。
実に名誉な事ですから、リフェルがヴェルメリド様と一緒にいたいならそうしなさいと言いました。」
言いました?
オベロンが言ったのかしら。
「もうその時には両親は亡くなり、
妖精王は私でしたから。」
「ぁ…」
オベロンも御両親を…ママもか。
「ヴェルメリド様が周りをどのように説得なさったのかは気になりますが何やかんやで結ばれました。」
パパの側近はシエルなのよね。
もしかすると揉めたヤツら片っ端から潰して行った可能性あるわね。
するとオベロンは笑みを絶やした。
「ヴェルメリド様の前例があります故、
ティリア様の進む道も茨の道でしょう。」
それはユムルと結ばれるのが、と言う話よね。
ちらりとユムルを見ると、こてんと小首を傾げる。
あぁっ可愛いっ!
「ティリアさまー?」
あ、いけない。
ユムルの可愛さに悶えていたわ。
「問題ないわ、続けて。」
「はい。
リフェルもヴェルメリド様も茨の道を選び、共に歩みました。」
共に、か。
「茨の正体は薔薇です。
辛く険しい道のりでも、その先はきっと輝かしいものが待っていることでしょう。」
「…。」
オベロンは自らの手と手をきゅっと組んだ。
「リフェルもヴェルメリド様も共に茨で傷付きながらもその手を絶対に離さず、歩みを止めなかった。
だから貴方という光に会えた。」
「ひかり…?」
パパ、そんな感じ一切しなかったけど…
疑問に思うとオベロンは苦笑いを浮かべた。
「これ言うと本気で怒られると思いますが…
うん、リフェルに庇ってもらおう。」
「?」
「実はティリア様が生まれる際、ヴェルメリド様は公務で身動きが取れず私がリフェルの傍におりました。」
「うん。」
「そしてティリア様が生まれ、産声を上げたその時、ヴェルメリド様が息を切らしながらいらしたのです。」
「パパが息を…?」
そんなの見たことない…。
「そしてゆっくりとティリア様に近づくと
静かに涙を流されましたよ。」
「……は?あのパパが?」
有り得ない。アタシの記憶にあるパパはアタシを1度も褒めなかった。
貶しはするけど笑ってもくれなかった。
息を切らしている姿だって泣いたところだって知らない。
「彼が泣いた姿や笑った姿も初めて見ました。
リフェルも驚いていたくらいです。」
「笑った…」
「えぇ。実はティリア様を抱っこなさった時に1度、
口角を上げたのです。
それはそれは優しいお顔でした。」
「…」
オベロンから嘘の気配はしない。
本当…なのよね。
アタシ、1度も抱っこされた記憶無いのだけど。
羅刹にはおんぶも抱っこも肩車もしてもらった沢山の記憶はある。
父親らしいことなんてしてもらった事ない。
基本無口で忙しくて話す機会もなくて唯一のコミュニケーションである稽古では一方的に殴られまくったし…羅刹の方が父親らしかった。
パパ…何を考えていたのかしら。
アタシに愛を持って接してくれてたのかしら。
分からない。分からないわ。
「ヴェルメリド様はティリア様が大好きなのですね…!」
急にユムルが可愛らしい笑顔でそう言った。
「そうかしら…」
ユムルの言葉でもそれは飲み込めない。
でもユムルは小さな口を一生懸命動かして言葉を紡ぐ。
「オベロン様のお話を聞いて思いました…!
ティリア様を愛しているのだと!」
愛している…?
アタシに嫌な思いしか与えなかった彼がアタシを愛しているって?
人間で言う加虐嗜好だとでも言うのかしら。
「笑えるわね。」
イライラしてしまい、鼻で笑ってしまった。
「ぁぅ…ティリアさま…」
だって、だって!
…
アタシのパパは魔王様。
世のため魔族のために動く君臨者。
幼い頃、ベルと2人で城の廊下を歩いている時にすれ違ったことが何度もある。
その度にパパに笑って欲しくて、勇気を出して声をかけた。
「ぱ、ぱぱ…」
「…」
でもパパはアタシを一瞥してシエルと歩いていった。シエルはアタシに頭を下げてパパの左斜め後ろを歩く。
思えば何で実の父親へ声をかける際に勇気が必要だったのかしら。もうおかしい。
ベルはその事に触れず、
「行きますよ、坊ちゃん」とだけ言ってアタシの手を引いて歩くの。
その後、シエルの声が聞こえたけど何を言ってるかまでは聞き取れなかった。
ずっとこんな感じで、アタシはいつしか声をかけなくなった。
声をかけたって返事が来るはずないのだから。
稽古では手加減が一切なく、気を失うこともよくある事だった。
「次期魔王がこの程度とは片腹痛い。」
「この程度すらも出来ぬと?
ハッ…惨めだな。」
「弱すぎる。」
この類の罵倒ばかり受けていた。
パパの剣技が早すぎて手も足も出なかった。
顔もお腹も構わず全身を打たれ、殴られ。
アタシの事、嫌いだからこんなことするんだとずっと思っていたの。
それくらい辛くて、長い時間だった。
結局、1度も勝てずにパパは死んじゃった。
アタシを痛めつけるだけ痛めつけて、
褒めもせず、笑いかけもせず、返事もしてくれなかったまま。
…
「絶対有り得ない。」
「「!」」
アタシは席を立って花束を2つ持ち、ユムルの手を引く。もう用は済んだわ。
「ありがとオベロン。
ママの話が聞けて嬉しかったわ。
また遊びに来るけどオベロンもいらっしゃい。」
「ぁ、え、えぇ…是非。」
「行くわよユムル。」
「…」
あれ、ユムルが俯いて動かない。
「ユムル?」
どうしたのかしら。具合悪くなっちゃった?
アタシは膝をつき、ユムルの顔を伺う。
「ユムルどうしたの?大丈夫?」
「…」
途端にユムルがアタシに抱きついた。
「わっ!?」
受け止めると今までで1番強い力でアタシを離さない。
「ゆ、ゆむ」
「私がティリア様へ愛をお渡しします!」
「??」
き、急にどうしたのかしら?!
「ヴェルメリド様の分まで、私がティリア様へ!
愛を届けます!」
「…」
なるほど、ユムルは優しいから気にしてるのね。
抱き締め返しちゃお。
「いいのよユムル。
あんなパパだから、貴女の愛だけ欲しいわ。」
「でも…」
「パパの愛があるならそれはパパの。
ユムルの愛はユムルだけの物なのよ。」
「!」
「くれるのならパパやママに勝るほどの貴女だけの愛をちょうだい。
アタシもユムルに貰った愛を倍にして返したい。」
「はいっ!」
あれ?この流れキスいけるのでは?
あわよくば告白まで持って行ける?
「ユムル。こっち向いて?」
「?」
潤んだまん丸おめめ可愛い…。
ユムルも何となく察しているような顔だし
やれティリア!アタシは出来る子!
ユムルの顎に人差し指と親指を添えて…
バアンッ!!
「坊ちゃん帰りますよー。」
「べ、ベルっ!??」
「ご主人さまぁ!かーえりーましょー!」
「し、シトリさん!」
突然扉が開き、ベルとシトリが現れた。
「お2人良いとこでしたのに…」
「っ!」
やっば!
オベロンが居たこと忘れてた…っ!!
「ご主人様、お耳が赤いですが?」
「ら、らいじょーぶれす!」
呂律が…可愛い…。
「残念でしたね、坊ちゃん?」
ベルが煽るような表情でアタシを見る。
残念でした?
「アンタまさか見ていたんじゃ…」
「見ていたのは雅若殿ですよ。
中、どうなってますかと聞いただけです。」
「が〜じゃあぁ…」
雅若は開いた門扉の隙間から顔を覗かせていた。
「バアル殿に頼まれたので。
お陰で羅刹様への土産話が出来ました。」
こ、コイツらぁ…!!
邪魔ばっかしやがって!!
「そこに直りなさい!首を斬ってやる!」
「あはは!賑やかですねぇ。
…またお墓参りに行くからね、リフェル。
君の息子は君によく似ている。
俺の自慢の甥っ子ですよ。」
オベロンが離れたところで空を見上げていた。
ママに何か伝えているのかしら。
こうしてアタシはシトリの首を締めたあと、妖精の森を出て城に帰った。
☆唐突にティリア様と人物紹介
シトリ=グラシャラボラス
ぱっつん黒髪ロングで黒目のユムルのお世話係。
極度のドMで暴力、罵倒をご褒美と捉えている。
ユムルの自己犠牲心を見習わねば(自分がやられたいだけ)と勝手にご主人様と呼んでいる自称忠実な狗。
前のご主人様はヴェルメリド。
ユムルの身長ほどある巨大な金色の鋏で色んな命を切り刻むのが好きな快楽殺人鬼でもあるとか。
好きな人の前では大好きオーラを全面的に出すが、
嫌いな人の前だと大嫌いオーラが全面的に出る。
「頭のネジぶっとんでんのよコイツ。
もう慣れたけど初めはドン引きしたわ。
ま、ユムルを大切に思うその心と、巨大な狗になった時のもふもふ感は好きよ。」




