第51話『羅刹使用人、雅若現る』
優しい評価をして下さったお優しい方のお陰で舞い上がって元気が出た為長くなってしまったのでお時間有る時に是非ご覧下さい!(一息)
「ただいま戻りました。」
笑顔の仮面を付けたシエルさんは私を抱えてティリア様のお部屋へ戻ります。
ティリア様は椅子に座られたまま
「おかえり。」
と言ってくださる。
『グルルルル…』
シエルさんの足元にはワンコさん姿のシトリさんが唸っておいでです。
「ティリア様、ワンちゃん、ユムル様をお借りしました。」
私を優しく降ろして下さった瞬間、シトリさんは人型に戻って私を抱きしめます。
「はわっ」
「あぁっご主人様!ご無事で何より!」
するとティリア様が机を強く叩きながら立ち上がる。
「ちょっとシトリ!!
何ユムルに抱きついてるの離れなさい!!」
ティリア様の手が私とシトリさんの間に入り引き裂きました。
シトリさんは眉間に皺を寄せています。
「くっ…」
「はいユムル、むぎゅ〜っ」
「はわわわっ」
「ティリアさまぁ〜入って良いですかぁ〜?」
扉からのんびりしたお声が!
この声はウェパルさんです!
「ノック3回してから言いなさいよ!
入りなさい!」
良いのですね…!
「失礼しま〜す。」
扉が開いてウェパルさんが入室なさる。
え…ウェパルさん、全身ずぶ濡れです!
ティリア様は慌ててウェパルさんの肩を掴んで部屋から出します。
「ちょ、ちょっとウェパル!
濡れた格好で部屋に入らないで!」
「え〜?でもさっき入ってきていいって」
「濡れてるなんて思ってなかったからよ!」
「む〜…」
「部屋に入らず此処で要件を言って。」
「えっと〜…僕が噴水に浸かっていたらこれが飛んできましてぇ。」
彼は手に持っていた矢をティリア様に差し出します。矢の中心には紙が括りつけてあります。
「何これ。」
ティリア様はご存知無い様子…?
「僕も分かんないです。」
お、お伝えしなくては!
「あ、あの…ティリア様。」
「ん?何ユムル。」
「それは恐らく矢文かと…」
「やぶみ?」
「は、はい。
その括りつけてある紙はお手紙だと思います…よ?」
言ってて自信が無くなってきました…。
ティリア様は紙を解き、中身を確認なさる。
「えーと…?
“連絡手段として矢を放つ事、お許し願いたい。
羅刹様の命により其方へ向かいます。雅若”」
がじゃ…さん?
聞いた事ありません。どういった御方なのでしょう?
「あら、雅若が来るのね。」
「雅若殿ぉ〜?
何処か喰えない野郎なんですよねぇ。」
いつの間にか私の隣に居たシトリさんが嫌そうなお顔をなさる。
「羅刹使用人の中で1番話が通じるから好きよ、アイツ。喰えないけど。」
ティリア様もお認めになる御方…
ますます気になります!
するとウェパルさんの天骨にあるくるんと弧を描いたお髪がピンと立ちます。
「あ、水門に反応アリ〜!
多分雅若さんだと思いますよぉ。」
「ウェパルのアホ毛どうなってるのかしら。」
あれアホ毛と言うのですか…!
「シトリ、命令よ。ベルと共に迎えに行ってあの部屋へ連れてきなさい。」
「えぇ〜?ボクですかぁ?」
「ベル今機嫌悪いから貴方の理想に近いわよ?」
「行ってきまーすっ!!」
真っ黒もふもふな尻尾をブンブンと振りながら行ってしまわれた…。
「はぁ…我儘なんだから。」
あ、私どうすれば良いのでしょう。
何をしていれば…。
「ユムルさま?
ソワソワしてどうしたのです〜?」
「えっ」
ウェパルさんがキョトンと可愛らしいお顔で私を見ています!
「あ、えと…私はどうすれば良いか分からなくて…」
「あら、一緒に居てもらおうと思ったのだけど…ダメ?」
「ダメじゃないです!お供します!」
「えぇ、じゃあ行きましょう!」
ティリア様に手を引かれ、客室へと赴きました。
…
まだ中には誰も居ません。
「ユムル、あのソファーに座って。
アタシその横に座るから。」
「は、はい!」
前には無かったはずの高そうな赤と金の長椅子です!そこに座るなんて恐れ多い…。
「ちょっとユムル、何でそんなすみっこなの…っふふふ…」
「お、恐れ多いのです…。」
「しかもちっさくなって…っふふ!
ユムルってば本当に面白いわねぇ〜もー!」
ティリア様は私の肩を抱き寄せて真ん中へと動かしました。ひぇ。
その後、扉から3回ノックが聞こえてきました。
「坊ちゃん、雅若殿をお連れ致しました。」
バアルさんです!
「ご苦労様、入りなさい。」
「失礼します。」
知らない声と共に扉が開き、御髪が黒色で毛先にかけて紫がかった白黒の和服姿の男性が入室なさる。
目を合わせようとするも、彼の目は閉じていました。
「おや、可憐なお嬢もご一緒なのですね。」
わ、私の事でしょうか?
というか見えているのですね…!
「良いでしょ〜!あげないわよ?」
ティリア様は私を抱き寄せてお顔を乗せます。
「それは残念ですねぇ。」
全く思ってない顔です。
ティリア様も気にせず目の前にある机の向こう側の椅子を指さしました。
「そこに座りなさい。」
「は、失礼致します。」
和服なのに音も立てず座られました。
「で?話って何?」
ティリア様が伺うと彼は私に顔を向けます。
「お嬢がこの場にいらっしゃるとは思いませんでしたので大変困惑しております。」
私が居るとお話ししづらいのでしょうか。
なら席を外して…
立ち上がろうとするとティリア様が私の肩に置いてある手に力を込めます。
「ユムル、大丈夫。
貴女が良いならここに居て。」
「ティリア様が仰るのなら…。」
やりとりを見ていらした彼は私に向かって頭を下げます。
「では挨拶をば。
私は雅若という者。羅刹様の使用人です。」
「がじゃさん…」
やはり雅若さんでした。私もご挨拶せねば。
「は、初めまして。ユムルと申します。」
「ご丁寧にどうも。
お嬢は先程から私の目が気になっているご様子。」
「えっ」
「私、目が良過ぎるもので。
ご安心を。ちゃんと見えておりますよ。」
にっこり微笑まれる雅若さんを見るに本当に見えていらっしゃるのですね…!
「雅若、アタシからユムルとの時間を奪っている自覚を持ちなさい。ユムルに色目使わないでっ!」
色目…??
「これは失敬。では単刀直入に。
羅生門の前に死体が置かれていました。」
死体、ですか。
「その類の話ね。
ユムル、大丈夫そう?」
「はい、大丈夫です!」
心配して下さったティリア様は私に微笑んだ後、
雅若さんに視線を戻されます。
「死体って?妖種じゃないってことよね。」
「えぇ、悪魔種でした。
私達妖種は貴方様の配下ですが事後処理役ではありませんよ。」
雅若さん、表情を変えませんが怒っていらっしゃる…。
「何?アンタはアタシがそんな美しくないことやると本気で思ってるの?」
ティリア様もでした…。
「何も魔王様が、とは言ってませんよ。」
「よく言うわ。
アタシの使用人達だって同じ事よ。」
少しお互いを見た後、
雅若さんが小さく息を吐きました。
「貴方様を信じます。
御無礼をお許し下さい。」
頭を下げられました。
ティリア様は頬杖をつき
「2度目はないわ。」
と仰った。
「肝に銘じます。
して、その死体なのですが…
切断遺体でした。」
「!」
シトリさんがほんの少し反応なさいました。
バアルさんはそれを見逃しません。
「シトリ。」
「エッ?」
「シトリ=グラシャラボラス。
よもや狗の貴様が私の声を拾えないのか?」
「キコエテマストモ…。」
カタコトです。
「知っている事を全て吐け。」
「ア〜…エーット…」
歯切れが悪いシトリさん。
すると呆れ顔のバアルさんが私を見ます。
「お嬢様。」
あ、コレは何か言えということですね。
「し、シトリさん。私聞きたいです。」
「ご主人様が仰るのならば畏まりました!」
変わり身が早い…!
「実は私が鋏で殺モガモガッ」
バアルさんがシトリさんのお口を手で塞ぎます!
「お嬢様の前で率直に言うな…!遠回しに話せ!」
バアルさん怒っていますが小声で分かりません。
シトリさんは何回かコクコクと頷き、解放されました。
「えー…それボクが追っていた物です。
一旦姿を消したのでてっきり天使種が駒にする為に
攫ったのかと。」
「しかし駒にはなっていないですね。
死体がバラバラすぎてやめたのかもしれません。
それに悪魔種を駒にするなぞ聞いた事もありません。」
「…ね〜。」
シトリさんの笑顔が引き攣ってしまっています…。
ティリア様はそんなシトリさんを横目に咳払いを1つ。
「んんっ…
実は今朝、天使種が敷地内に侵入してきたの。」
「あぁ、戦闘なさってましたね。
確か…シエル殿とレウ=ブランシュが。」
その言葉でティリア様、バアルさん、シトリさんが驚いた表情で雅若さんを見ます。
雅若さん、何故ご存知なのでしょう。
まさかあの場に居たとか?
「見たのね…。」
見た、ですか。
何処からか見ていらしたという事ですね。
ティリア様の質問に雅若さんは小さく頷きました。
「えぇ、食料調達の際に偶然見えまして。」
「偶然、ねぇ。」
そういえば雅若さんは目が良いと仰っていましたね。
「アンタが狩場から見えたってことはウルが動けるようになったのねぇ。」
「流石魔王様。
その節は大変申し訳御座いませんでした。」
再び深々と頭を下げる雅若さんにティリア様は呆れ顔を向けます。
「もう良いわよ。羅刹にも謝られたし。」
「重ね重ねすみません。」
良かった。
瑀璢さん、お元気になったようで安心しました。
雅若さんは口角を上に上げてティリア様に問いかけます。
「魔王様、死体を置いたのは天使種と睨みますか?」
「えぇ、逆に思いつかないわよそんな陰気臭いやり方する奴なんて。」
「…(悪魔種はやりかねんと思いますが)そうですね。
私が死体を発見したのは帰還直後。
レウ=ブランシュには無理でしょうね。」
雅若さん少し間がありましたけど…。
「つまり、レウ以外の天使種が居たかもってことね。」
「私はそう思いました。」
「ルルは何も言ってこなかったわ。」
雅若さんは顎に手を当て考えます。
「ルル…あぁ、ルルメル=レヴィアタン殿。
彼は確証が無いと言いたくないとか言う方でしたね。」
「えぇ。はぁ…何でパパはルルをゲートの見張り番にしたのやら…。」
「お強いからでは?」
「見張りには向いていないわ。」
「それは確かに。」
「うっ」
項垂れていらしたティリア様に雅若さんは容赦がありません。
その後、雅若さんは小さく咳払いをしました。
「話が逸れました。
羅生門でも姿を捉えきれないほどの速さを持つ者なら天使種以外も居ます。それは…」
「妖精種ね。」
ようせい…?
「お嬢、妖精種をご存知無いのですね。」
「ふぇっ」
な、何故分かったのでしょう…!!
雅若さんは柔らかく微笑んでくださる。
「では、私から説明致しましょう。」
「お、お願い致します!」
「あ。(アタシの役目が!)」
「魔界には沢山の種族が暮らしております。
それを1つに纏めているのが魔王様です。」
「は、はい。」
ちらりとティリア様をご覧になるので私もつい視線を追ってしまう。視線…目は閉じていらっしゃるのですが。
「そしてその沢山の種族の1つに妖精種があります。」
沢山の種族さんとは一体どれほどいらっしゃるのでしょうか…?
「沢山の種族の話は今にも悔しそうな魔王様にお伺い下さいまし。」
またもや思考を読まれました!
「はいっ」
「別に悔しくないし。」
「?」
ティリア様が何か仰ったような。
あ、雅若さんのお話をきちんと聞かなくては。
「妖精種のテリトリーは森。
心穏やかで、まるでお嬢のような性格の者が沢山おります。」
「わ、私…。」
少し恥ずかしいです…。
「彼らは花の生気を吸い、夢を吸い生きる者。
故に弱い。」
「弱い…?」
「我々妖種や悪魔種と違って命を狩る術を持たぬのです。」
お花を糧にするのならば狩猟はしなくても生きていけるから…ですね。
「その分足が速く、その速さは魔王様をも凌駕するでしょう。」
「そんなに…」
ティリア様を見るとムスッとした表情で
「えぇ、子供の頃とはいえオベロンと追いかけっこして一瞬で見失ったことあるわ。」
と話して下さる。おべろん…?
「オベロンとは妖精種を束ねる妖精王の名です。」
妖精王!凄い御方だとすぐに分かります。
「やっぱり雅若は可能性を潰したくてアタシと一緒に妖精の森へ行きたいってことね。」
雅若さんは頷きました。
「ご明察。よろしいでしょうか。」
「…はぁ、1日フリーが…ユムル、どうする?
貴女が嫌ならアタシ行かないわ。」
「い、行きましょう!
可能性…?を確認しに!」
「………。」
ティリア様、私を見て固まってしまいました。
私何か変な事言ってしまいましたか?
「…やっぱ行かない。」
「「えっ」」
ど、どうして…?
私の言葉でお気を悪くしてしまったのでしょうか!?
「魔王様、その理由とは…」
「だって…
今日はユムルと2人きりの時間にしようって思ってた。
雅若のお願いを聞く日じゃないわ。」
ティリア様…。
雅若さんも考え込んでしまう。
「うーむ…困りましたねぇ。」
「坊ちゃん。」
すかさずバアルさんが声をかけます。
ティリア様は返事をなさらず視線だけを向けました。
「まさかお嬢様が雅若殿の願いを優先なさったからと不貞腐れていらっしゃるのです?」
「え?」
バアルさんはクスクス笑い、
まるでティリア様を嘲るようです。
「……だったら何よ。
アタシ、ユムルの為に仕事終わらせたのよ。」
「そのお嬢様が行こうと仰っているのを無視するのもどうかと思いますがねぇ。」
「!」
わ、私は…雅若さんを助けたいと思って…ティリア様なら快く引き受けてくださると思っておりました。
そうでした、ティリア様は私の為に頑張って下さったのでした。
それなのに私は…
「お嬢様のお願いを無下になさるのなら、貴方様の言うお嬢様の為に頑張った、は嘘となりますね。」
「………」
「ティリア様…。あの、わたし…」
「雅若殿にお嬢様が盗られたとお思いなのでしょう?嫉妬なんて醜いですねぇ。」
醜いと発した瞬間、ティリア様は机に勢いよく手を
付き立ち上がりました。
そしてバアルさんの立っていた近くの扉がぐしゃりと歪み、廊下へと飛んでいきます。
硬そうな扉が紙を丸めるように潰れてしまいました!
「誰が…醜いですって?」
ティリア様?
「答えなさい、バアル=アラクネリア。」
「は。
嫉妬という虚空を睨みつける我が王です。」
え、言うのですか!??
「その言葉…いくらベルでも許さない。
そこに直れ、首を折る。」
はわわっティリア様がぷっちんしてます!
止めなくては!怖くても動いて、私の足!
「ティリア様っ!!」
バアルさんとティリア様の間に入るとティリア様の怖さが増します…!
「退きなさいユムル。」
「い、嫌ですっ!」
「嫌…?」
ティリア様の圧で息が詰まる…!
それでも言わなくては…!
「わ、私!ティリアさまとっも、もりへいきたくてっ!ティリアさまと、おでかけしたくてっ!
ティリアさまとだからっ!」
私、何を言えているのでしょう。
自分が何を言ったか覚えていません。
ティリア様はゆっくりと口を開きます。
「アタシとだから…行きたいの?」
「はいっ!」
ここで首が千切れても良い、そう思いながら首を縦に振ります。
「…」
「ならそう言って、ユムル。
アタシも貴女とならお出かけしたいわ。」
「てぃりあさま…。」
怖い雰囲気が無くなりました。
それに安心したら涙が出てきました。
ティリア様は手招きして私を抱き寄せてくださいます。
「ごめんね、怖がらせて。
ユムルの前なのにはしたなかったわ。」
「いえっ」
「雅若、ユムルの為に行ってあげるわ。
感謝なさい。」
「は。」
「行こっかユムル。妖精の森へ。」
「はい!」
いつものお優しいティリア様です。
涙を拭いて大きく細い手に私の手を繋がせて頂き、
いざ出発です。
そんな2人を見る使用人達。
「はぁ…まさか痴話喧嘩に巻き込まれるとは。
バアル殿も言い方ってものがあるでしょう。」
「あぁでも言わないと来ないですよウチの暴君は。
という訳で雅若殿、貸し1つです。」
「私個人にだけですからね。
しかし貴方が人間を信用なさっていたとは。」
「私が?人間を?」
「さっきはお嬢が庇ってくれる前提の啖呵ではありませんか。」
「言葉のストックはありましたよ。」
「そういう事にしておきましょうか。
ではあのお二人のお供といきましょう。」
「ふん…。」




