第49話『天使潜入』
新年明けましておめでとうございます!
これからもどうぞよろしくお願い致します!
「それでねユムル、ベルったらこのアタシを叩き起こしたのよ!?美しき魔王のこのアタシを!」
「あらら…」
プンプンしながらお食事なさるティリア様への言葉に迷ってバアルさんを見ると、
ふいっと顔を逸らしてツーンとなさっていました…。
「あぁそれと、ユムルのお世話係にシエルが自ら名乗り出たらしいじゃない。大丈夫?変なことされてない?」
「あ、はい!本当に大丈夫です!」
「アイツ、笑顔の仮面が剥がれないから何考えているのか分かりにくいの。
少しでも違和感を感じたらアタシを呼びなさい。
いいわね?」
「は、はい!分かりました!」
「よろしい。
(本当にアイツの想いが読めない。
ベルならもしかすると読めるかもという期待が僅かに有るのに、シエルに至ってはそれが皆無だし。)」
ティリア様が何か考えていらっしゃるのか少し怖いお顔です…。
「ティリア様…?」
お名前を呼ぶとティリア様は優しく微笑み
「ん?なぁにユムル。」
と首を傾げる。
「あ、いえ…何も…すみません。」
「?変なユムルね。あぁそうだ、まだ話してない事があったの思い出したわ!」
「き、聞きたいです…!」
…
城の主達が話に花を咲かせている中、
真っ白な人物は既に城の敷地内へと侵入していた。
「まず聞くのは女の子の名前だね。
あの子、僕よりは劣るけど可愛かったし普通に名前聞きたいな。その為にはまず…」
真っ白な人物は後ろから隠しきれない殺気を感じ、
両手を小さく挙げる。
「やぁ、結構久し振りなのに随分な歓迎じゃないか。可愛い僕の後頭部に剣先を突きつけられるのは羅刹かキミくらいだよ。ねぇ?」
手を挙げたまま、話しながらゆっくりと振り返る。
「そうだろう?
シエルくーん。」
名前を呼ぶと同時に剣を突きつけているシエルと目が合う。
「シエルきゅん笑ってんのな。薄気味悪ぃ〜。」
「貴方だってそうではありませんか。」
お互い口を閉じてしまった。
するとシエルが肩を震わせ始めた。
「ふふふふ…っ!
嗚呼、誰よりも会いたかった!
あの戦争以降もう会えないと思っていましたから!」
「アレは相手が悪かったよ。
だって全盛期の悪鬼羅刹だよ?
可愛い四肢が破損してないだけ褒めて欲しいね。」
次の瞬間、
あのシエルから笑みが消えた。
「私の力を奪って負けるなど笑止千万。」
「落ち着けよ。ニコニコ仮面剥がれてんぞ〜。」
「おや、失礼。」
笑顔を取り繕うシエルを見て彼は煽るような笑みを浮べ舌を出す。
「まだ取り繕えるくらい穏やかなんだねぇ。
本当は僕を殺したくて仕方ないくせに!!」
シエルはゆっくりと口角を上げ、禍々しい笑みを浮かべる。
「えぇ、えぇ!その通りです!
今、とうの昔に仕舞い込んだはずの懐かしき殺意と
憤怒が込み上がって来ているのです!」
「うわぁマジじゃーん。」
「あははっ!さぁ、あの時のように遊びましょう!
レウ=ブランシュ!!」
「あーもう…
今日は挨拶しに来ただけなんだけどなぁ!」
…
「それがもうほんっとにおかしくって!」
「ふふっ!」
「っ!坊ちゃん!」 「ユムル様!」
「「!?」」
急にバアルさんとブレイズさんが私達を引き寄せます!それによりティリア様はプンプンです。
「何すんのよベル!」
「まだお嬢様に浮かれてんのですか!
これに気付かないならば魔王辞めなさい!」
「はぁっ!??…えっ!?何この気配!」
「ぁはは、やっとお気付きですかぁ。」
ブレイズさんまで呆れていらっしゃる。
何かの気配を感じ慌ただしくなるティリア様とは違い、私には何が何だか分かりません。
「ユムル様、失礼致しますね!!」
ブレイズさんが私を強く抱きしめくるりと180度回転しました!ブレイズさんの背中が窓の方へ。
次の瞬間、沢山の窓が割れる音が響き、部屋で強風が吹き荒れる。
「っ!」
ブレイズさんは私の身体全てが彼より出ないようぎゅっと抱きしめます。
な、何が起こっているのでしょうか!?
それにブレイズさんの服や肌が飛んできた硝子の破片で切れてしまっています!
「ぶ、ブレイズさん!」
「大丈夫、大丈夫ですよ!俺…ぅっ…
こんなんじゃやられませんので!」
笑っている彼のお顔には汗が滲んでいました。
暫くすると風が止み、金属が激しくぶつかる音が聞こえてきます。その前にブレイズさんです!
「ブレイズさんっ!」
「はは…大丈夫ですよ。
ちょこっと硝子が刺さっただけですから。」
ブレイズさんの後ろへ素早く回り込むと、
背中に小さな硝子の破片が沢山刺さっていました。
「なんてこと…!ブレイズさん直ぐに手当を!」
「だ、大丈夫です!ほら、血は出てないでしょう?
この服のお陰で助かりましたよ。」
確かに血は出ていませんけど…!
「ベル!アタシが結界張ろうとしたのに何で邪魔したのよ!!」
ティリア様の怒号が!
「使用人が居るのに貴方が魔力を減らしてどうします!それに外を見なさい!」
バアルさんに言われ、ティリア様は彼の手を振り払って割れた窓から外を見やる。
「!シエルと…レウ=ブランシュ!?」
シエルさん!?
それにレウ=ブランシュさんって…
あの時の真っ白な天使種さん?
気になって私もティリア様のお傍へ近寄ろうとしたらブレイズさんが優しく私の手を掴みました。
「いいですかユムル様、
絶対に外へ身を乗り出してはなりませんよ。」
「え…?」
「この音で分かる通り、
相手はあのシエル君と互角の天使種なんです。
貴女を護る為には見つからないことが1番なんです。」
「そんな…」
「(シエル君はまだ本気を出していないだろうけど…
それは時間の問題だろうしなぁ。)」
割れた窓を見つめるブレイズさん。
するとバアルさんが杖を構えました。
「坊ちゃんはお嬢様と自室に居なさい。
至急シトリとアズィールを向かわせます。」
「っ…分かったわ。ユムル、おいで。」
「は、はい。」
ティリア様が差し伸べて下さった手をとると、
一瞬でティリア様のお部屋に移動しました。
「ふぅー…。まさかこんな朝っぱらから来るなんて
なんて非常識なのかしら!」
「ティリア様、シエルさんは…」
「アイツなら大丈夫よ。
まだ本気出していないし。」
な、何故分かるのでしょう…?
「シエルが本気出したらね、力が凄すぎて城の1部が簡単に崩落するのよ。まだどこも壊れてないでしょ?」
「は、はい…。」
それは確かに…って窓は良いのでしょうか…。
「それに…いえ、これは本人から話した方が良いでしょう。ユムル、シエルの正体を知りなさい。」
「シエルさんの…?」
ティリア様は頷き苦笑なさる。
「彼は訳ありでね。
ユムルはこれからお城にずっと居てくれるでしょ?」
「お、置いて頂けるのならば!」
「勿論よ。
それに彼がお世話係になってるからこそ知るべきよ。」
「わ、分かりました。」
「ただ、踏み込みすぎないようにね。
誰しもにある地雷ってヤツよ。」
「地雷…」
地雷って踏むと作動する爆弾ですよね。
人の心にも地雷、つまり触れてほしくない部分があるということですね。
「勿論アタシにもある。
でもね、アタシ…ユムルにちゃんと話せるようになるから待ってて欲しいの。」
「はい、ずっと待ってます。」
「ありがと。
じゃあユムル、アタシをむぎゅってして。」
「え?」
ティリア様、手を広げて待っていらっしゃる。
えっと…むぎゅって抱きつけば良いのですよね…?
「し、失礼致します…。」
あぁ恐れ多い…。
「んっふふ〜!ユムル、ぎゅ〜〜っ!!」
「はわわーっ!」
大きなお身体に包まれました!
ティリア様、温かいです。
優しく頭を撫でてくださって何だか落ち着きます。
あれ?
熟睡したはずなのに段々と眠くなって…
「ごめんねユムル。少し待っててね。」
その言葉を最後に私は意識を手放してしまった。
自分のベッドにユムルを寝かせ、扉の向こうに居る2人に声を掛ける。
「シトリ、アズ、入って来て。」
「「失礼致します。」」
「ユムルが起きないように見張っていて。
今から魔王するから。」
「「畏まりました。」」
2人は犬と猫の姿になりユムルの枕元へ移動した。
さてと。
「此処からの威圧で止まるといいけど。」
自分の力を解放する為に手袋を外し頭から角を生やし魔力を増幅させる。嗚呼、今のアタシ醜いわ。
「結界術式展開!」
右足を踏み鳴らし城に薄紫色の結界を張った。
シエルは普段感情や想いが分からないけれど、前にレウの話になると殺意が微かに現れていたから少し心配。信頼はあまりしていないけれどね。
…
「っははは!
レウ、あの時と全く変わっていないな!」
「ぅっさい!!」
レウの背中には4枚の純白の翼が生えていた。
対するシエルの背中には何も無い。
「天使種も堕ちたものですね!
これで貴方が最強?片腹痛い。」
シエルは目にも止まらぬ速さで剣を振り続け、レウの身動きを封じる。
「全盛期の羅刹殿は確かにとても強い。
しかし貴方は私の力を奪ってやっと同等ですよ?
っはは!仕方ないか。貴方、弱いですものね。」
「っ…いい加減…黙れやッ!!
未だ自分が最強だと思っているイタイ奴には言われたくねぇわ!!」
レウは翼をはためかせ宙へ舞う。
その後、両手に力を込めて間に光の球体を作り始める。
「チッ」
小さく舌打ちしたシエルは剣を下ろし、数歩下がる。
そして意を決したように足に力を入れ、レウに向かって地を駆ける。
「ふっ」
微かに漏れる吐息。
シエルが踏ん張って飛び上がった。
「地に堕ちよ、天使!」
剣先を突き出しレウの喉元を貫こうとした時、シエルの背中に何かがのしかかる。
「うぇっ」
「はいストーップ。シエル君、落ち着いて。」
優しい声色でシエルの両脇に手を入れて空中に浮かぶのは黒いシェフ。レウはその人物を見て声を出す。
「お前、ブレイズ=ベルゼブブ!」
「や、レウ=ブランシュ。生きていたんだね。」
「うわ!その話し方何!?きも!」
レウの反応につい青筋を立てるブレイズ。
「…ずっとこの話し方なんだけどな。
誰と間違えてるの。」
「あれ、そうだっけ。
もっとオラオラしてたような気がしたんだけど。」
「してないよ。
そういうのは表じゃなくて裏に忍ばせる物だろ?」
「うげぇ〜裏に忍ばせるとか醜いこと可愛い僕には
できなぁい!よく出来るねぇー。
よっ!流石は蝿の悪魔!」
「(殺していいです?)」
ブレイズは下に目線を送る。
目線の先にはバアルが立っていた。
「(ダメだ。)」
「チッ」
首を横に振ったバアルを見て思わず舌打ちが出るブレイズは不機嫌そうにレウへ問いかける。
「これ以上続けるのならシエル君プラス俺とバアルさんが相手をするけどどうする?君も本意じゃないだろ。」
「まぁね。今回は君達が匿っている女の子を探りに来ただけだし…続ける気は無いよ。」
「じゃあお引き取り願…」
ブレイズが言おうとした刹那、
シエルの背中から真っ黒な翼が生える。
「うわっ!?」
驚いて手の力を緩めたブレイズから抜け出し、身体を上へ捻り彼を空中の踏み台のように踏みつけて
飛び上がり、レウに向かって剣を振りかぶった。
「まずっ…!」
隙を突かれたレウは全身に力を込めることしか出来ず、刃にかかる…
「あれ?痛くない。」
中々来ない痛みに疑問を持ち目を開けると、既の所でシエルの剣を杖で受け止めているバアルの後ろ姿があった。
「何しているんですかバアル殿。
天使種を何故庇う?」
「此処でレウ=ブランシュを殺せば戦争の火種になる。貴様の私情だけで世界を殺すな。」
「…」
「そぉ〜らぁッ!!」
音も気配も無くシエルの背後に現れたのはブレイズ。彼は拳を限界まで引き、勢いよくシエルの首を殴りつけた。
「ガハッ…!?」
怒りで気付かなかったからか拳が綺麗に入ってしまい墜落したシエル。を、踏みつけるブレイズ。
「よくもこの俺を踏み台にしてくれたねぇ。
俺背中に硝子の破片あったんだけど。
刺さったんだけど。めっちゃ痛いんだけど。
俺珍しく怒ってんだけどねぇねぇねぇ。」
「…ねぇ、彼大丈夫?ヤバくない?」
「…ほっとけ。それより貴様だレウ=ブランシュ。」
「え、お…僕ぅ?」
身を翻し、レウと向き合うバアル。
「これ以上城に近付くのならばそちらが先に締結を破ったとし、それ相応の対応をさせて頂くが。」
「シエルも悪くなぁい?だって僕、喧嘩しに来たわけじゃないもん。仕掛けてきたのはあっちだよ。」
「城の敷地内に入ったのは貴様だ。
シエルは対処しただけだが。」
「うわ、痛いとこ突くね。
つまり先に仕掛けたのは僕だって言いたいんだ。」
「分かっているではないか。
さぁ、特別に選ばせてやる。」
バアルのセリフにレウは考える素振りも無く
「魔王様の結界が邪魔で入れないし今日は帰るよ。
お邪魔しやしたぁ。」
と手を振って羽根をはためかせた。
「今日は、ではなく二度と来るな。」
「えー。でも女の子に伝えておいてよ。
キミ、僕の次に可愛いね。今度迎えに行くから待っててよ。ってさ!ばいばーい!」
飛び去るレウの背中を見ていたバアルはボソッと
「誰が伝えるか愚か者めが。」
天に舞う天使を睨みつけながら呟いた。




