第44話『儂からの褒美』
バアルは厨房に足を運び、主に頼まれた軽食を作っている彼に声を掛けた。
「ブレイズ。」
「ひぇっ!?」
肩を震わせ弾かれたように顔を向けられたバアルは溜息を吐き呆れ顔になる。
「心外ですね。
声を掛けただけで驚かないで下さい。」
「音も気配も無いのに料理で集中してる時に急に話しかけて来るからですよ!」
ブレイズの手元にあるサンドイッチをちらりと見て
「おや、それはそれは悪うございました。」
と無表情で告げる。
「(絶対思ってない…。)で、俺に敬語って事はあまり聞きたくないタイプのお話ですね。」
「流石、話が早くて助かります。
作業の手は止めなくて結構。
この話をするのは1部の者です。」
「シエル君とか?」
「アイツに話すつもりはありません。
隠してもどうせ聞きつけてくるでしょうから。」
「あはは…。シエル君に話を聞かれる前提ならやっぱり天使種で?」
ブレイズの問に咳払いをしてからバアルは答える。
「……そうだ。
僅かな可能性にも保険を掛けるのが私だからな。
ブレイズには夜間に城の警備をしてもらう。」
「え、見張りの面子替えですか?」
「いや、イレギュラーだ。
それは貴様も分かっているだろう。」
すると目を逸らしたブレイズが頭を掻きながら
「ん〜…まぁ、ね。銀食器大丈夫かなぁ。」
と心配していた。
「ふん、ヴィランローズ王家の銀食器は逸品だ。
問題あるはずが無い。」
腕を組んで言い張るバアルにブレイズは笑みを返す。
「そうですね、愚問でした。
これで心置き無く銀食器で饗せる訳だ。」
「全く…私の苦労も考えてくれ。坊ちゃんのご命令だから許可しているがご命令が無ければシメて解雇を宣告している程だ。」
「わぁーご命令があって助かったぞー…。
いやぁすみません、どうしても銀食器じゃないと嫌なんです。俺の矜恃なのでこればかりは譲れません。」
「分かっている、お前が食に関してだけ口煩いのはな。我儘な悪魔め。」
「ふふ、食事は大切ですからね。永遠に必要なその作業が罪とされるその時まで楽しむべきものですよ。」
そう言いながら彼は手を洗い、黒いシェフコートの腰にあるリボンと自分の茶髪を纏めている黒いリボンを結び直した。
「貴様の部屋に置いておく。頼んだぞブレイズ。」
バアルは背を向け退出し、ブレイズは頭を下げた。
「分かりました。
このブレイズ=ベルゼブブにお任せを。」
…
全然あのお2人が見つかりません。
レンブランジェさんとフレリアさんにお話を聞きたいのに…。
「お城って広いですね…。」
「魔界で1番大きな建物ですからね!」
そうですよね、魔王様が住まわれるわけですもの。
当たり前のことを言ってしまいました。
「あら〜?ユムル様、お元気になられたの〜?」
背後からフワフワするお声が!
振り返るとセレネさんがいらっしゃった。
お礼を言わねば!
「セレネさん!
あ、あの昨日はありがとうございました!」
「いえ〜!お元気になられたようで良かったですわぁ〜!それでチュチュちゃんとどうなされたの〜?」
私はチュチュさんと一緒に双子さんを見ていないかを伺った。
「お2人〜?うーん…
ごめんなさいね、見てないわぁ〜。」
「そうですか…分かりました、ありがとうございます!行きましょうチュチュさん!」
「はいっ!」
お部屋を沢山探しましたが見つからず、ケルベロスさんのいる檻の元へと足を運んでいました。何となく足音をなるべく立たせないように歩いてしまう。
「あれ、誰か居ますよ!」
チュチュさんの指の先にはほんとうに誰かがいらした。薄暗いこの空間でも目立つ黄緑色の御髪…あ。
「みっ…」
あれ、今はどなたでしょうか。
ミコさんじゃなさそうですが…
「あ!テオ君!」
チュチュさんが彼に向かって走っていきました。
お分かりなのですね…!
「チュチュちゃん!僕に何か御用?」
「ユムル様とねぇ、レンブランジェさんとフレリアさんと鬼ごっこしてて探してるの!
でも全然居なくて…テオ君は見ていない?」
テオさんは私を見て「ホントだ。」と呟いて顎に手を当てました。
「うーん…見てないなぁ。
他の奴らも知らないって。」
「そんなぁ…」
落胆するチュチュさんに微笑みかけたテオさんは後ろを指差しました。そして小声で話しかけます。
「もし僕が逃げる側だったら鬼の背後に付くね。行動読めるしヘマしなきゃ見つからないし。帰るフリしてあの柱2本の後ろに向かってみて。僕ならあそこに隠れる。」
チュチュさんと目配せして頷き、帰るフリをしてみることに。
「テオさん、ありがとうございました。
違うところも探してみます。」
「またねテオ君!」
「うん、またね。
困ったら此処に来るといいよ。」
「はい、ありがとうございます。」
頭を下げて扉を目指す…そして2本の柱の横へ。
チュチュさんは左、私は右を向きました。
「「あ!」」
「「あ。」」
み、見つけました!本当にいらした!!
「えいっ!」
むぎゅっと抱きつき確保完了です!
「うわー捕まったでおじゃー!!」
おじゃ?
「あー!待ってくださーい!」
「チュチュさん!」
チュチュさんが捕らえきれないほど身軽に動いていらっしゃいます!
「フレリア〜頑張るのじゃあ〜
儂はもうダメじゃあー!」
「む、お主捕まったのかレンブランジェ。
任せよ、逃げてやろう!捕まえて見るが良い!」
逃げていらっしゃるのがフレリアさん…
ならこちらはレンブランジェさんですね。
「待て待てー!です!」
チュチュさんが先に走って行ってしまいました…。
「テオの入れ知恵じゃなぁあ〜?」
レンブランジェさんはいつの間にか私の後ろにいた彼を睨みます。
「いや〜?僕は別に何も。
ただケルベロスがソワソワしていたから気にはなってましたが。」
「よく言うわ…。さてユムル様よ、見事儂を捕まえた褒美に教えてやろう。何が知りたい?」
私が知りたいこと…
「ティリア様とお父様…
ヴェルメリド様の関係についてを聞きたい…です。」
レンブランジェさんは頷いて下さった。
「ふむ、分かった。先代の世話係だった儂が話してやろう。歩きながらで良いか?」
「は、はい!」
「では行くぞ。テオ、邪魔したのう。」
「ううん、大丈夫です。ごゆっくり〜!」
レンブランジェさんは「ん。」と言って左手を差し出してきました。
「?」
「手!手を繋ぐのじゃ!儂、幼子ぞ!
歩くとよく転けるゆえ支えてくんろ!」
「は、はい!」
浮いてしまえば問題無いのでは…という疑問は飲み込み急いで手を握る。レンブランジェさんも黒い手袋をなされていて手が冷たい。
「ん〜ユムル様は温かいのう!幼子な証明じゃ。」
「あ、あはは…。」
見た目はレンブランジェさんの方が幼い子ですが…。
レンブランジェさんと歩いて居るからかお掃除中の使用人さん達がよく振り返って驚いたお顔をなされていました。チュチュさんの時は無かったのに…?
「ユムル様、何故坊達のことを知りたい?」
「えっ」
レンブランジェさんはこちらをじぃっと見ています。
「や、約束しました。シエルさんと。
ヴェルメリド様は愛のあるお方でしたがティリア様はそれをご存知でないと。」
「ほう…?」
「その愛に触れる機会を作って欲しいと…」
「それは約束ではなくシエルの一方的な願いじゃのう。うん、成程。」
レンブランジェさんは何か小さく呟かれたのですが私には聞き取れませんでした。
私の視線に気付いた彼は、にぱっと笑い
「シエルの言う通りじゃ。ヴェル坊ちゃんは嫁と1人息子を誰よりも大切にしておった。
しかしぶっきらぼうのせいでティリア坊ちゃんは勘違いしてしまっている。」
と教えて下さった。
「そんな…悲しいです…。」
「そうじゃのう。だがヴェル坊ちゃんには余裕が無かったのじゃ。人間との対立、天使種との争い。
何もかも大変じゃった。」
「争いばかりですね…。」
「うむ。自分はいつ死んでもおかしくない、と1回だけあの方の口から聞いたことがあった。
それくらい切羽詰まった状態だったのだ。」
「…」
言葉が出ません。どれだけ辛いか分からない私が適当な言葉を紡ぐ訳にはいきません。
「だからこそ急いてしまったのだろう。
ティリア坊ちゃんを強くし、自分が居なくなっても良いように。勿論そんなこと言ってないがの。」
「で、でも…ティリア様ならヴェルメリド様の想いを読めたのでは…?」
レンブランジェさんは首を横に振りました。
「それが出来るようになったのは正式に魔王の座に就いた時だった。つまりヴェル坊ちゃんが亡くなった後の話なのじゃ。」
「想いが届かなかったのですか…。」
「うむ。ヴェル坊ちゃんはティリア坊ちゃんに対して厳しく当たっていた。
笑いもせず、褒めもせず、剣術も魔法も教える際に容赦が無かった。」
「…」
「ティリア坊ちゃんは毎日綺麗な顔に傷を作っていたが偶に意識不明になって戻ってきたわ。儂から見てもアレはやりすぎじゃと思っていたくらいに。」
急いで強くする為…
ですがもっと他にあったのでは、と思ってしまう。
事の大変さを上辺だけでしか理解出来ていない私なんかが思うのも申し訳ありませんが…
「だから、シエルの願いも分かる。
儂とてヴェル坊ちゃんの傍に居たのじゃから。
ユムル様、儂…レンブランジェ=レラジェからも頼む。」
悲しそうに笑っていらっしゃる。
ヴェルメリド様…私なんかが想いを繋いでも宜しいでしょうか。
「…はい。」
「あ、そうじゃユムル様。
ちょいと付き合っておくれ。」
「?」
すると前からアズィールさんがいらっしゃいました。
「あれっユムル様にレンブランジェさん!」
「アズィールさん!」
「丁度良い。アズィール、お主も来い。」
「んぇ?よく分からないですがあいあいさー!」
な、何をなさるのでしょう??




