第39話『鬼の館』
妖怪って沢山いますよね。鬼も種類がありますし、調べてみると面白いですよ!
扉が閉まり、目線を前に向けると橙色の灯りが少ししか無い仄暗い空間に居ました。
今居る足場は石畳で、奥に僅かな段差があるのを見ると靴を脱ぐ必要がありそうです。
「待ってるとか言って誰も出てこないじゃないの!
どーすりゃ良いのよ!勝手に上がるわよ!?」
ティリア様がプンプン怒るとぺたぺたと足音が聞こえてきました。
ぺたぺた…ぺったぺったぺたたた…
…?足取りが覚束無いような音です。
ドゴォッ
どう聞いても壁に衝突した音がします…!
「「「…」」」
「ヒック…」
誰かのしゃっくり?
「ベルしゃっくり?」
「いえ?」
「ヒック…あー…あ、本当にいやがった。」
声の方に目を向けると左側の額から立派な黒い角が1本生えている男の人が壁に右腕を付いて項垂れていました。
「アンタは…」
ティリア様が問うと男性は顔をゆっくりと上げる。
そのお顔は…
真っ赤で酔っ払っていらっしゃるお顔です。
はわっ!き、着物がはだけて鍛え抜かれたお身体が見えてらっしゃって目のやり場に困ってしまいます…!
「俺は酒羅。ヒック…ティリア様御一行を案内しろとの事で馳せ参じましたぁ。」
馳せ参じるとは大急ぎで来るという意味があったはずですが!
バアルさんは呆れではなく怒りを向けて睨みつけました。
「酒羅とやら、この御方を誰と心得る。
羅刹殿よりも目上の魔王様であるぞ。
無礼にも程がある…。」
こ、怖い…!圧が凄いです!
流石に酒羅さんもおっかなびっくりしているはず…
「そう言われても俺の主は羅刹様だけだし。
ヒック!」
な、なんと平然としたお顔をしながら小指でお耳を
掻いています!
「貴様…」
バアルさんがお怒りになりそうな瞬間、
「ふべぇえっ!!」
肆季さんが空中に現れ酒羅さんの後頭部を押さえつけ床に叩きつけてしまいました…。
肆季さんは重力を感じさせないような軽やかな動きでフワリと着地なさった。
「(音が全く無かった事は疎かここまで来るのに気配もまるで無かった。コイツ…瑀璢殿よりも頭脳がある分坊ちゃんの敵に回すと面倒臭いな。)」
「(肆季って人当たりの良いベルみたいね。)」
肆季さんは倒れて痙攣している酒羅さんの横で正座して手を揃え深々と頭を下げられました。
「短時間で数多く起こした酒羅の無礼、この肆季が
代わってお詫び申し上げます。
誠に申し訳御座いませんでした。
酒羅も早く謝罪しろ。」
「ズビバゼンデジダ…」
床に叩きつけられているせいでお声が嗄れてしまってます。
「どうされますか坊ちゃん。」
バアルさんに問われ腕を組むティリア様はお怒りのお顔ではなく、気にしていないお顔をなさってました。
「…アタシは愛されたいからそんなに怒らないわ。
けれど羅刹には言うからね。」
「痛み入ります。」
酒羅さんが抵抗しようと手を伸ばしたのに気付き、
肆季さんは酒羅さんの頭をもっと床へと押し付ける。
「うぎゅっ!」
「この酒呑みが…。
履物を脱いでこれを履いてくださいね。
酒羅は玄関マットとして扱って下さって構いませんよ。」
し、肆季さん笑っていらっしゃいますが笑顔が真っ黒です!!怖いです!
「お嬢様、失礼致しますよ。」
バアルさんは抱えたまましゃがんで私の靴を脱がし、肆季さんが出して下さったスリッパを履かせて下さる。
「ありがとうございます。」
お礼を言うと目を伏せて
「えぇ。」
と返してくださった。
ティリア様もバアルさんもスリッパに変えて上がる際に酒羅さんを踏みつけていきます。
「ぐえっ!」
「あら、此処の玄関マット喋るじゃない。」
ティリア様、悪いお顔です…!
肆季さんも悪いお顔をしながら振り向かれた。
「ははは、面白いでしょう?
お望みとあらばお帰りの際も敷いておきますよ。」
「考えておくわ、随分な悪趣味だし。」
「おや、これは手厳しい。」
怖い会話と笑い声が暗い廊下に響き渡ります。
壁側は襖ばかりです。
「此方で御座います。」
肆季さんが中心の襖の前で正座し、ゆっくりと開けて下さる。バアルさんが警戒しながら入ると…
とても広い空間へ出てきました。
床は畳、お部屋の真ん中には様々なお料理が並べられている縦に長い机。そして私達の右側に
「いらっしゃいティリア様、蜘蛛さん、ユムルちゃん。ようこそ夜桜理想郷へ、待っておったぞ。」
笑みを浮かべる羅刹様が胡座をかいて座っていらした。羅刹様は畳が1段せり上がって、後ろに黄金の屏風がある場所にいらっしゃいます。
「魔王のアタシを歩かせるのはアンタくらいよ。」
ティリア様が不機嫌そうに羅刹様へ口を開くと羅刹様はニコニコしていました。
「だってぇ〜仕掛けの解き方忘れたって言ったし。
それでも了承して来てくれたんは其方だろう?
兎に角座れ。使用人だろうが蜘蛛さんもだぞ。」
一際豪華な座布団が3つ縦に並んでいました。
バアルさんは私を降ろし、前からティリア様、私、
バアルさんの順番で座りました。
バアルさんはお料理をじっと見つめています。
そして見つめながら口を開きました。
「羅刹殿。」
「ん?」
「何故料理を作られたのです?
坊ちゃんが食べないことは貴方も分かっているはず。」
た、確かに…私お料理に釣られてしまいましたが
ティリア様は毒の危険性があるので食べられないのをご存知なのに…。
羅刹様は右肘で頬杖をついてクスクスと笑っていらっしゃる。
「簡単な事だ。毒なぞ入れておらんからさ。
親友の息子を殺してウチに何の利益がある?」
「魔王に1番近い力を持つのは貴方だ。」
バアルさんの怒りを孕んだ声に目をパチパチさせる羅刹様は頬杖をやめ、ケラケラ笑う。
「っははは!これは驚いた。
蜘蛛さんがウチの事を持ち上げてくれようとは!」
笑って出た涙を人差し指で拭った羅刹様は目を開けました。その瞬間まるで別人のような雰囲気に変わり、
バアルさんでなくティリア様を見据えられた。
「そんな小童なぞ毒なんて回りくどい事せずともその気になれば簡単に殺せるさ。」
ヒュッと喉が鳴りました。低い声、気配、威圧全てが私を押し潰してくるような感覚に喉が必死に呼吸しようとしたのでしょう。
怖いどころの話じゃない。
羅刹様が凄い方だと私でも分かるほどの御方。
ティリア様…大丈夫でしょうか。
「え?そんなこと知ってるけど。
ベルが怒っても食べるつもりよ。いただきまーす。」
「「え。」」
先程の威圧をまるで聞いていないような素振りに私とバアルさんは固まってしまいました。
羅刹様はコロッと戻り嬉しそうにしています。
「おぉ流石小童!たんとお食べ!」
「坊ちゃん!!」
焦るバアルさんをよそにお魚料理にフォークを伸ばすティリア様は溜息混じりに
「羅刹ったらユムルと会ってから嘘を吐いていないの。ユムルが来るまでは怪しい想いがいっぱいだったけど。」
と仰ってお料理を口に運ぶ。
「んー!おいひー!」
「そうかそうか!口に合ったようで良かったわ!
ほれ、ユムルちゃんも蜘蛛さんもお食べ。」
こんな豪華なお料理を作ってくださったのに食べないのは勿体ないし失礼ですものね。
「い、頂きます!」
「お嬢様!」
「だ、大丈夫ですバアルさん!
私の自己責任なので!」
心配そうなバアルさんと自分自身に言い聞かせていざ…!
「はむっ……!うん、おいひぃです…!」
こんなに脂の乗った切り身を食べたこと無いです!
美味しい…!
「はぁあ…もうどうなっても知りませんよ。」
バアルさん、召し上がらないようです。
「蜘蛛さん?お主も食べよ。
ウチは使用人と食べとるぞ。」
「私の主はティリア様とユムル様です。
お2人と同じ席に居ること事態無礼だと言うのに
これ以上無礼を重ねる訳にはいきません。」
そんな事ないと思うのですが…無理強いは良くありませんよね。ティリア様も何も仰いません。
「蜘蛛さん相当な堅物よなぁ〜。
まるでヴェルが分裂したようだ。」
「羅刹。」
「んぁ?」
ティリア様がフォークを置かれました。
私も置きましょう。
「ユムルとベルが天使種の幻影に会った。」
呟くようにと仰ると羅刹様は目を見開き姿勢を正された。
「…蜘蛛さん、誰だった?」
「私はあの戦いの最中に頭を打ったせいで記憶がうっすらとしかありませんので誰かは分かりません。
お嬢様の後ろにいつの間にか立っていました。」
「蜘蛛さんでも気付かなんだか。」
私、ただ聞くことしか出来ません。
俯くと胸ポケットが微妙に光っているような…?
ポケットを弄ると、中に白く光るカードが入っていました。いつの間に…
「ユムルちゃん?それは一体…」
「いつの間にか入っていました…」
カードに金色の文字で【Leu=blanche♡】と書いてありました。
「れう…ぶらんしゅ?」
文字を読むと羅刹様は嫌そうなお顔になりました。
「レウ=ブランシュだと?
アイツまだ生きておったか!
確実に仕留めたと思ったのだがなぁ。」
??
「貴方が覚えてるなんて…驚きだわ。」
ティリア様がそう言うと羅刹様は顔を引き攣らせました。
「腹立つがやんちゃしてた頃のウチと張り合った程の力だったからな。天使種の中でも強い部類だろうに嫌でも覚えたわあの腹立つ顔と名前を…」
羅刹様が本当に怒っていらっしゃる…!
やんちゃしてた頃とはどういう意味でしょうか。
「ん?
ユムルちゃん、ウチの若かりし頃が気になるか?」
何故皆さん私の視線で心を読めるのでしょうか!
「は、はい…。」
「ユムルちゃんになら教えてやろう。
若かりしウチは今の酒羅みたいだったのだ!主に服がな!きゃっ言っちゃった!」
服…今の羅刹様ははだけるどころか肆季さんのようにぴっしりしている着物を身につけていらっしゃいますが…。
「流石にジジイが酒羅のような格好しているのもどうかと思ってな、丸くなったのだ。えっへん!」
「自分で言うな年寄り。その話はまた後でして。
天使種の幻影が居たと言うのにルルから何も連絡が
来ていないの。」
ぁぅ、私のせいで話を逸らしてしまいました。
ティリア様は私の頭を撫でながら羅刹様に話しかけました。羅刹様も顎に手を当て考えていらっしゃいます。
「ふむ、あの海蛇さんがか。考えられるのは…
ルルメル=レヴィアタンが連絡不能となる事態が起きている。もしくは気付いていないか。」
「あのルルがそんなになるまで連絡を寄越さないとは考えられないわ。
もうこんな仕事やりたくないーとか言うわよ。」
「では気付いて無いのだろう。
連絡取ったらどうだ?」
ティリア様は頷いて杖を振りました。
すると電子映像が目の前に広がった。
「ん?あっれー?ティリア様じゃないですか。」
わ!目の前にルルさんのお顔が大きく映っています!怪我もなされていないようですね。
「ルル、1つ聞きたいの。」
「何ですかー?
スリーサイズはやめてくださいねぇ。」
お話中にチョコレートが掛かったドーナツを頬張るルルさんに苛立ちを隠せないティリア様。
「興味無いわよ。ねぇ、天使種の幻影が街に居たの。気付いていない?」
「んぇ天使種?そんな反応別に無いですけど…」
「どうやら幻影は反応しないような仕組みかもしれんな。」
羅刹様が呟くとルルさんが反応なさる。
「その声は羅刹様では!?」
「うむ、ウチだぞ。久しいな海蛇さん。」
羅刹様がティリア様の後ろへ移動なさるとルルさんの視界に入ったのか嬉しそうになさる。
「私海竜なのですけどー!
羅刹様なら何でもいいですー!」
両手を頬に添えて満面の笑みです…!
「ルル、命令よ。
天使種の幻影が入った時を探りなさい。」
「はーい。因みに誰でした?」
「レウ=ブランシュ。
羅刹の相手をした奴よ。」
名前を聞くとルルさんは「ははーん」と言って真顔になりました。
「分かりました。
ま、反応無かったので期待はしないで下さいね。」
ではまたー。と一方的に切ってしまいました。
「相変わらず羅刹が好きなのねぇ。」
ティリア様が視線を羅刹様に向けると
「若かりしウチが、だろうけどな。」
羅刹様は苦笑なされた。
「お主の使用人達は皆ヴェルの方が好きだったから物好きだとは思っておったわ。
それこそ、今のティリア様のようにな。」
「どーゆー意味よ!……。」
ティリア様はぷんすこと怒りましたが、直ぐに思い詰めた表情を綺麗な顔に浮かべました。
何か言葉を紡ごうとした途端に私の視界が変わる。
何かに引っ張られて…
「???」
「ユムルちゃんとーった♡」
動きが止まったと思ったら羅刹様の綺麗なお顔が真上に…あれ?これはもしや抱えられてます?
「なっ…ユムルを離しなさい!!」
「やだっ!しかし安心せい、殺さないから。
けれどウチも本物を愛でる!!
返して欲しくばウチの言う通りにせよ小童!」
「…え…はぁああぁあっ!??」




