第36話『お出掛け準備』
カウントが0になりそうな次の瞬間、ユムルの目がカッと開いた。
「「…え?」」
「「…」」
思考が数秒止まる。事を理解するのにも数秒かかり、理解した瞬間
「「わあぁあーーーーっ!!??」」
と叫んで勢いよく身体を反らす。あ、謝らないと!
謝らないと!
「ごごごごごごめんなさいユムル!!
貴女の寝顔が可愛くてつい!!?」
「い、いいいいえ!!!?」
顔が熱いわ!熱すぎるわ!!こんな顔ユムルに見せられない!!後ろを向いて話しましょう!
「ゆ、ユムル?体の具合はどうかしら!?」
「と、とても良いです!!元気です!!」
無理してないかしら…!!
深呼吸をして普段通りに振る舞うスイッチを入れて振り返る。するとユムルの枕元に置いてあったクマのぬいぐるみの矢が緑色の光を帯びていた。
あれは双子の…
「ユムル、おでこ出して。アタシの手で確かめる。」
「は、はい。」
手袋を外してユムルの額に手を付ける。
…熱くない。
「あ、熱くないわ。」
「か、身体も平気です。元気なのです。」
双子の治療の矢が効いたのかしらね。
「良かった…本当に。」
「ご心配とご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。」
深々と頭を下げるユムルの頭を撫でる。
「謝らないの。それに、悔しいことにアタシは何も出来てないの。お礼をベル、ブレイズ、シトリ、チュチュ、レージェとフレリア…そしてネシャに言いなさい。」
「レージェさんとフレリアさん…
それに…ネシャさん?」
ユムルは双子に会ったこと無さそうね。
説明しないと。
「レージェ…レンブランジェ=レラジェと
フレリア=レラジェ。小さな男の子と女の子の格好をしている双子の使用人でこの城1番の年寄りよ。」
「それでも小さい子の見た目をしているのですね…。
分かりました。それでネシャさんは…」
「罰が終わったすぐに貴女を看病していたのよ。
何も食べずに。」
聞いたユムルは目を大きくする。
「そ、そんな…わ、私のせいで…!」
「大丈夫、あの子が進んでやったことだから。それに今お風呂とご飯を済ませている最中のはずよ。」
「そうですか…皆さんにお礼言わないと…。」
ユムルは俯いてしまった。
アタシはユムルの笑顔が見たい。辛そうな顔は嫌。
「どうしたら笑ってくれる?」
「え…?」
あ、声が出ちゃった。全部言ってしまおう。
「アタシ、ユムルが何も悪い事してないのに悲しそうな顔をするの嫌だわ。笑って、謝罪じゃなくて感謝を言って。」
言い方キツくなっちゃった?
言葉選んだつもりなのだけど…
「ティリア様…わ、私…その…えっと…」
!この想いは…ユムルがアタシを恐れている…
ま、まさか怒ってると思われた!??
「やーねユムル!アタシ怒ってなんかいないわよ!?純粋な気持ちなの!伝えたいが故に言い方キツくなってごめんね?」
彼女の手を掬って謝罪をするとユムルはホッとしたように笑った。
「よ、良かったです…ティリア様を怒らせるような事をしてしまったのだと思ったので…」
「ユムルが自らの命を粗末に扱わない限り怒らないわよ。」
「ダメですよ。他にもダメなことは怒って下さい。」
「良い子の貴女に怒る必要ないでしょう?
それに、怒るアタシは美しさが欠けるから嫌よ。」
「…ふふっ」
愛らしく笑ったユムルは
「ティリア様はいつでもお綺麗です。
お美しいです。」
と言ってくれる。あーー浄化されそう。
「ユムルぅ〜!」
「わ、わ〜!」
ユムルになら浄化されても良いわ〜!!
ついむぎゅっとしているとユムルが思い出したように声を出す。
「あ、ティリア様。羅刹様が夢の中で」
「羅刹ですって?」
アイツいつも邪魔ねぇ…。
「は、はい。
羅刹様がティリア様に伝えて欲しいって仰ってて…
“今日来るだろう?というか来い。”との事でした。」
アイツめ…ユムルを使って伝言って…文句言ってやる!!
「ティリア様?」
ユムルに呼ばれ我に返った。
ユムルを御粧し出来るし丁度良いか。
「ユムル、今日羅刹の館へ行くのだけど…」
彼女の目がキラキラと輝く。…何で?
「ほ、本当ですか!是非お供させて下さい!」
しかも珍しく自ら言うなんて…。
夢の中で何か言われたのかしら。やだ嫉妬してる。
「な、何でそんな目を輝かせているのかしら?」
「お料理が楽しみなのです!」
あちゃー…ユムルのそれが出たぁー。
「そ、そう。じゃあご飯食べて行きましょうか!」
「はい!」
…羅刹に負けた感じがする…。
…
「「ご馳走様でした!」」
「はい、完食ですね!嬉しいです!」
いつものように笑って食器を片付けようとするブレイズを見るユムル。
「ユムル様?」
視線に気付いたブレイズは首を傾げ、ユムルは口を開いた。
「あの、昨日はありがとうございました!」
「俺は当たり前のことをしたまでですよ。
ユムル様の風邪が治って俺も嬉しいです。」
良く出来た男ねぇコイツ。買い出しの時女性が寄ってきて困ってるって言ってたけど納得したわ。
全部アイツが悪い。
「バアルさんもありがとうございました!」
「いえ。」
短っ。愛想無いわねぇ…。別に良いけど。
「じゃあユムル、アタシの部屋へおいで。
ベルも用意しておいてね。」
「畏まりました。」
「ブレイズ、後は頼んだわよ。」
「はい!」
ユムルの手を引いて部屋へ移動した。
ユムルを椅子に座らせハンガーに掛けられた大量の服を探る。
「さてユムル。これから羅刹の元へ行くのだけどその為には街を通らなきゃいけないの。」
「そうなのですね。いつもの瞬間移動は…」
「使いたいんだけど街中を歩かないと辿り着かない仕掛けがあるのよ。めんどくさい。」
ほんと、どんな仕掛けであぁなるんだか。
前に仕掛けを解けと言ったら返答が
“昔に仕掛けたから解き方忘れた”よ。
頭領ともあろう奴が忘れるなんて!
羅刹への不満を溜めているとユムルの困惑している視線を感じた。
「あっごめんなさいねユムル。ほら見てこれ!」
アタシは大きなフードが付いているピンクのローブをユムルに見せた。幼い頃、ママが無理矢理アタシにって着せた服。取っておいて良かった。
「わぁ…素敵ですね!猫さんですか?」
「ねこ…」
そう、フードにはファーと大きめな獣耳が付いている。けどこれ猫かしら。狼とかそんな感じだとは思うけど。
「え、えぇ可愛いでしょ?街中に行くから見た目も魔族のフリをしないと!試しに羽織ってみて!」
ユムルを促しローブを着せる。
「お、大きいですね…!どうでしょう?」
ケモ耳ユムル…と、とっても可愛い!
それにも、萌え袖じゃない!!こ、これは…
「最高…」
「え?」
「あぇっ!?と、とっても可愛いわ!猫ユムル!」
どうせなら完璧に猫スタイルに変えてしまおうかしら。
「そこ動かないで!」
杖を振りかざし、フードのファーを大きくして首元に金色の鈴と赤いリボン、靴は猫のようにふわっふわなブーツで極めつけはローブの後ろの尻尾よ!
「やーん!ユムル可愛い〜っ!!」
「め、目立ちませんか…?」
「…目立つわね。ま、自慢したいから良いわ。」
「えー…?」
困った顔しちゃって、かーわいっ!
さて、自分も用意しないと。
「じゃあアタシはメイクするからユムルも寛いでて?」
「わ、分かりました。」
と言っても1人だと寂しい想いさせちゃうだろうからユムルの目の前でやればいっか。
「…」
なーんかユムルの視線が…
鏡からユムルへ視線を動かすと目が合った。
「あっすみません!」
「良いわよ減るものじゃないし。」
そっか、ユムルも興味があるのね。
ならメイクしてあげましょう。
うんと可愛くしちゃおっと!
「ユムル、アタシの膝の上においで。」
「えぇっ!?いや、わ、私は…」
「来なさい。」
「ぁぅ…」
少し強めに言うとユムルは俯きながらとてとてと歩いてきてくれた。か、可愛すぎる…。
「んんっ…アタシのメイクが終わったらユムルの番よ。とびっきり可愛くしてあげる!」
「え…私もですか?」
「えぇ!だから膝の上で待ってて?」
アイシャドウは…んー…何にしようかしら。
ユムルとお揃いが良いからー…ピンク…は、だめ、アタシの服に合わないわ。あ、そうだ羅刹のところみたいに紅色を差しちゃおう。
郷に入っては何とやらよね!
アタシ羅刹さえも統べる魔王だけど!
「…」
ユムルのフードで鏡が見えない。
でもユムルを降ろしたくない。
「ユムル、鏡持って頭の上に置いてくれる?」
「は、はい!」
「ありがとう。」
何でも可愛いわね本当に。
ユムルの腕が疲れる前に終わらせないと。
「でーきたっと!次はユムルよ。
アタシ立つからフード取ってそこ座って?」
「は、はい!」
さぁて、どんな感じにしようかしらーっと…。
まずは前髪をピンで留めて…
待って可愛い。語彙が無くなるほどに可愛い。
んーユムルのおでこ狭いわぁ。可愛いわぁ。
化粧水やら何やら塗りたくってー
下地はアタシのお気に入りをっと♪
ユムルをアタシの手で可愛くするのが楽しくなり、あれやこれやと試したくなる。けど我慢よティリア。
帰ったらで良いじゃない。
ユムルの目元は涙袋らへんに赤みを足すと良いかも。お揃いって感じ!
あー可愛い!流石アタシ!最後にリップ塗ってっと…
「ユムル、少しだけ口開けて。」
「はい。」
やだ、ユムルったらコーラルピンク超似合うじゃない!でも唇が荒れてるわ。
「ユムル、口元のケアもちゃんとね。
乾燥は美の敵よ!
このリップはケアも出来て可愛くて一石二鳥なの!」
「そうなのですね!」
この色アタシのお気に入りで良かったぁ……
コーラルピンク…リップ…りっぷ?
ユムルに使ったのはアタシが使ったやつ…
「!!!!」
これって…かっかかかかっ
間接キスじゃないっ!??
「ティリア様?」
幸いユムルは気付いてなさそう!平常心よティリア。ユムルの前ではカッコよくて美しい魔王でありなさい!
「な、何でもないわ!ほら、鏡よユムル!」
手鏡を渡すとユムルはマジマジと自分の顔を見ていた。おめめまん丸ね。
「ティリア様の魔法…凄いです!」
「ま、魔法?」
これは技術だけども…
「私、自分の顔を見るのは好きでは無かったのですが今の顔は好きです。ティリア様のお陰です。」
ユムルは柔らかい笑みを浮かべてアタシを見る。
「ユムル…」
初めて会った時のユムルの顔は傷が目立っていたからね…そう言ってもらえると嬉しいわね。
「もっと笑ってユムル。貴女は笑顔が1番よ。
さ、出かけましょう!」
「はい!」
服を羅刹のような和服に変え、顔を隠す為のローブを羽織ってユムルと手を繋いで扉を開けるとベルとシトリが居た。ベルは無表情で
「終わりましたか坊ちゃん。」
と腕を組む。その横に居たシトリが膝をつきユムルの空いている手を取る。
「ご主人様っ!とても愛らしい狼になられて…
シトリ感激です!」
「狼じゃなくて猫よ。」
アタシが訂正するとシトリは固まる。
「ね…こ…」
「ね、猫さんです。」
ユムルが鈴付きリボンを持つ動きでシトリは悲しそうな顔に変わった。
「ね、猫であろうがご主人様はご主人様です!
同類じゃなくとも!えぇ!」
無理してるわね。
「そ、そうだシトリさん。
昨日はありがとうございました!」
ユムルが頭をぺこりと下げる。
シトリは少し驚いた顔をしたけれど直ぐに微笑む。
「いえいえ当然の事をしたまでです!それに動くなという縛りプレイも堪能出来ましたし!」
「んんっ」
ベルが態とらしい咳払いでシトリは話を止めて立ち上がる。
「では参りましょうか。悪鬼羅刹の元へ。」




