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第29話『間違えた選択』

休みが…あと1日しかないっっ!!!

という絶望感が…

「はぁあぁぁ…」


まっっっっったく仕事が進まない。

というか手につかない。

ペンが進まないし頭も働かない。


「大きな溜息ですこと。」


ベルがアタシの何とか終わらせた書類に目を通しながら呟いた。


「魔王でも溜息の1つや2つ出るわよ。」


だってだって!!


「ユムルについ大好きって言っちゃったのよ!

心のブレーキ壊れちゃってたのに気づかないで!

恥ずかしいったらありゃしないわ!」


「ざまぁ。」


「何か言ったかしら!?」


「いえ何も?」


ベルの書類見るスピードが変わらない…!

アタシの話を聞いていないんだわ!

むきーっ!アタシがこんなに悩んでいるのに!アタシは今向き合っている書類をどかして頬杖をついた。


「あ〜ぁ…

1部の記憶を消す都合の良い薬とか無いかしら。」


独り言のつもりだったけれどベルがふとアタシを見た。


「記憶操作ならば坊ちゃんがやれば良いではありませんか。」


ベルが言っているのはアタシの能力の1つである記憶を消す力の事かしら。


「アレはダメよ。人間に使ったこと無いし、消す記憶は全てですもの。範囲指定出来ないの。

…ってアンタ知ってるわよね。」


何で説明させたのよ。と思いベルを睨みつけると、

彼は再び見ていた書類から目を離し、首を傾げる。


「えぇ。ですからお嬢様の全ての記憶を消し、洗脳すれば終わることでは?」


「…ん?」


どういうこと?


「お嬢様の辛い記憶も全て消してからお嬢様を貴方様の妻に…つまり魔族の王の妃だと刷り込むのですよ。辛い記憶も忘れられて最高ではありませんか。」


ユムルの辛い記憶まで消す…?

確かに、それはありかもしれない。

だって辛い記憶が無ければユムルはもっと幸せになれるんじゃないの?それにきっききき妃だなんて…!!

まだ告白もしていないのよ!!

で、でも…それでも…。

考えているとベルが付け足しをするように言葉を紡ぐ。


「人間の快楽はそれぞれ。

辛い過去の忘却もまた、その1つです。」


「…それは貴方が使()()()()()()の話?」


「さてね、書物の知識かもしれません。」


「ふぅーん…」


アタシが生まれる前からベルはパパに仕えていたらしいけど…彼、昔の事を今でも話してくれないのよね。記憶見てやろうと思っても何故か全て避けるし。

ホント、パーティーの時に羽交い締めされたついでに見てやれば良かった。


…でも、誰にでも詮索されたくない過去はあるものね。やっぱベルはベルのままで良いわ。


「何ですかニヤニヤして。気持ち悪うございます。」


はーーっムカつく!!


「うっさいわね!!

今からユムルの記憶消してこようかしら!」


アタシが足早に扉へ向かい、取っ手へ手を掛けた瞬間に背後にベルの恐ろしい気配を感じた。


「待ちなさい。ちゃんと仕事を終わらせてからじゃないと許しません。私の()()()使()()()をこの場で出しますよ。」


「そっそれは嫌!!分かった、ちゃんとやるわよ!!だからアレはやめてよね!!」


アレ出されたら気持ち悪すぎて失神する!!

嫌だからちゃんと仕事をする事にした。

ユムルの記憶を消す、か。

それは果たして正解なのかしら。


アタシにとっても、ユムルにとっても。


 …


「ユムル様、本当に手際が素晴らしいことで…。」


型抜きに無い形にしたくて生地を包丁で切っている私にブレイズさんは感嘆の声をかけて下さる。


「そんな、ブレイズさんのご指導あってこそです。」


「いえ、俺は作業工程しかお伝えしてませんよ。

(あんなお淑やかに微笑んでいるのに手先が止まらない…。出来上がった形、型抜きより綺麗だぞ…。)」


ブレイズさんは切った生地を凝視しています。

そのうちの1つを指しました。


「これ、バアルさん用ですか?」


「は、はい。お砂糖控えめの蜘蛛さんです。

今は現物を見ることが不可能なので丸を意識しつつ切ったものですから歪かもしれませんが…」


「そんなことありません。デフォルメされて可愛らしい。これは…猫、犬、蝶々…凄い!全部分かりますよ!」


猫さんと蝶々さんは型抜き使いました、とは言えず…ありがとうございますとお礼を言った。

そして真っ平らな生地に目を移すとふと思う事が。


「チュチュさんは…何の悪魔さんなのでしょう?」


呟き程度でしたがブレイズさんが聞き取っていて教えて下さる。


「チュチュちゃんは何だったかな。

あ、そうだ牛の悪魔…って言ってたかな。」


牛さん…ですか!


「全くそんな感じしませんので分からなかったです…。」


ブレイズさん、腕を組んで唸りました。


「うーん、俺も見たこと無いんですよ。

チュチュちゃんが変身しているところ。」


「え?そうなのですか?」


「えぇ。“だって人型の方が便利ですから!”って言ってたのを聞いたことがあります。

実際見たことある奴居るのかなぁ。

ティリア様やバアルさんくらいじゃないですかね。」


い、意外です…。もし、私が話したら見せて下さるのでしょうか。牛さん、あまり上手に切れる気がないのでチュチュさんにはハート型にしましょう。


「あと、セレネちゃんは首が長い鳥ですよ。

ネシャちゃんは黒い鳥です。」


「お二人共、鳥さんですか!分かりました!

…あとミコさんは…」


するとブレイズさんは困ったように笑います。


「彼は…いや、彼らは動物の悪魔という事ではないのです。というか本性を誰も知らないので真実もあやふやなんですよ。」


…?つまり最初から人型、ということでしょうか?


「ミコ君はあぁ見えて頭が良いですよ。

あの4()()()()()は皆、本が好きなようです。」


4人…?私が会ったのはカロさん、テオさん、ミコさんの3名だけですが…まだお1人いらっしゃるのですね。クッキーは本の形にしましょう。

これでティリア様、バアルさん、チュチュさん、

セレネさん、シトリさん、アズィールさん、ミコさんの分が出来ました。

あとウェパルさんの分は…あ、悪魔と関係ありませんがメンダコさんにしましょう。

形は覚えていますから。


「何ですか?それ。」


案外上手に切れたメンダコさんのクッキー生地を訝しげに見やるブレイズさん。


「メンダコさんです。

ウェパルさん、お気に入りみたいなので…」


「魔物じゃないのですね…。へぇ…」


うん、我ながら良いと思える出来栄えです!


「あとはブレイズさんだけです。ブレイズさんは…」


聞いた瞬間、肩を震わせ視線を泳がすブレイズさん。


「お、おお俺はミコ君と一緒でずっと人型なんですよ!丸でも十分嬉しいですよ!」


それはシンプルすぎて嫌です。

うーん…あ、そうだ。包丁の形にしましょう!


「それは…包丁、ですか?」


「はい!」


「…(遠回しの殺害予告とか死刑宣告とかじゃないよな…?)」


あれ?生地を見ていたブレイズさんの顔色が宜しくないです。


「も、もしや包丁は嫌でしたか!?」


「いやいやいや数に入れて下さるだけで十分です!」


両手と首をブンブン振って全力で否定して下さる。

それならば良いのですが…。

少しの不安を持ちながらオーブンで沢山ある中の1部のクッキーを焼き始めることに。ブレイズさんと作ったので美味しいのは間違いありません!

皆さん、喜んで下さいますかね…!


 …


「お、終わった…」


「お疲れ様です。」


1番しんどかったわ…全然進まなかった…。

頭の中が全部ユムルの事でいっぱいだもの!

ベルは書類の山の上に手を置いた。


「ユムルお嬢様に熱が入るのは分かりますが…

貴方の阿呆でこの世界が傾く可能性があるのですから

しっかりして下さい。」


言い方ムカつく!

憎まれ口しか叩けないのかしらこの蜘蛛。


「分かってるわよ…。だからちゃんとやったじゃない。時間かかったけど。」


「えぇ、今までで1番遅かったですね。

チュチュよりも遅いのでは?」


薄ら笑いを浮かべるベルに反抗したくて視線を逸らした。


「自覚はあるわよ。」


 コンコンコンッ


扉…ん?この気配はまさか…


「ティリア様、ユムルです。」


扉越しに可愛らしい声が聞こえた。

やっぱりユムルだわっ!!あわわ…!平常心平常心!


「いいわ、入りなさい。」


「失礼致します。」


ブレイズが扉を開けてメイド服姿のユムルが甘い匂いと共に入室した。甘い匂いの正体は彼女の手元にある

2つの小さなバスケットに入ったクッキーね。

バスケットの1つは袋詰めにされている?

それにちょっと待って。

何でブレイズと一緒にいるの?


「ティリア様、お仕事お疲れ様でございます。」


ユムルは真っ直ぐアタシの机の前まで歩いて微笑んだ。あぁ…可愛いっ!


「あ、あの…ブレイズさんと共にティリア様にクッキーを作って参りました。

宜しければお召し上がりください。」


優しく机の上に1つのバスケットを乗せてくれた。

袋詰めされていない方ね。

手袋を外した手でクッキーを持つとまだほんのり

温かかった。あら?この形は…蝶々?


「ユムル、これ…」


形の事を聞きたくて言葉少なくユムルに問うとはにかみながら話してくれる。


「頂いた髪飾りの形を模してみました。

それにティリア様のように綺麗だと思ったので…」


何これ、何これ!嬉しい気持ちがもっと膨れ上がって嬉しいの最上級の気持ちになっているわ!

この感情なんて言うの?


「ティリア様、ユムル様がティリア様へお作りした物です。冷めないうちに召し上がって下さい。」


ブレイズに言われ、考えるのをやめて口に入れた。

うん…サクサクしてて程よい甘さ、とってもアタシ好み。


「うん!本当にとぉっても美味しいわユムル。

ありがとう。」


「よ、良かったです…!」


ユムルはパァッと明るい笑顔を向けてくれる。

初めて会った時よりも自然と上手に笑えてるじゃない。可愛い子ね。

あら、ベルの元へ行っちゃったわ。


「バアルさんも宜しければ召し上がって下さい。」


もう1つのバスケットの中に入っていた透明の袋に

紫リボンのラッピングがされた物をベルに渡した。


「おや、宜しいのですか?」


「はい。甘さも控えめです。」


「お気遣い痛み入ります。蜘蛛の形…ですね。」


袋の中のクッキーを興味深く見るベル。


「バアルさん、蜘蛛の悪魔と仰っていらしたので…」


「ありがとうございます、ユムルお嬢様。」


な、何かしらこの胸のモヤモヤ。ベルとユムルが話しているのが微笑ましいはずなのにモヤモヤするわ。

しかもいつもなら断るベルがすんなり受け取ったし!

あぁ嫌だ、これは嫉妬かしら。


「では私はお邪魔にならないように退室致します。

陰ながら応援しておりますね。」


だめ、ユムルが行っちゃう。

アタシは机を飛び越えてユムルの目の前に立った。


「きゃ!ティリア様…?」


「ユムル…」


記憶を消す…ユムルの記憶を…やるなら今しかない。

楽しい記憶が少ない今やれば…もっともっと楽しい記憶を刻めるの。だから、震えるほど怖くて辛い記憶ごと消すのは良い事。そう、良い事なの。

なんてここまでは綺麗事。

そう思い込ませる本当の理由は


ユムルを自分のモノにしたい。


ただそれだけ。嫉妬なんて醜い、分かっているのに…でも耐えきれそうにないから。

アタシは嫉妬で醜くなっちゃダメなの。

皆の前で美しくいたいの。


やるなら醜くなる前に早くやってしまおう。



アタシは片方の手袋も外し、ユムルの小さな顔に手を添えた。


「?」


「ユムル、今からすることを許してね。」


「え?」


ユムルの顔に添えた手へほんの少しだけ力を送る。


「ぅ…う?」


ユムルの顔が一瞬歪んでそのまま全身の力が抜け、アタシ向かって倒れ込む。


「坊ちゃん。」


眉を下げたベルとブレイズがこちらを見ていた。


「ティリア様、もしかして記憶を…?」


ブレイズの表情はごもっとも。アタシは私情だけでユムルの了承も得ず、あっさり記憶を消した。


勝手に消してしまった。


“私が生きる理由が欲しいのです…。”


ふと頭をよぎるユムルの言葉。

この子は1度も過去を無くしたいと言わなかった。

夢で魘されたり、辛かったけどとは言うものの消したいとは言っていない。

ユムルが望んだのはその過去を踏まえた生きる理由?


だとしたらアタシのした事は?

それに、今のユムルは?

アタシはあのユムルが好きなのに、記憶が無くなったらいなくなっちゃう?


アタシ、間違ってた…!?


「ユムル、起きなさいユムルっ!」


揺さぶると薄らと目を開いたユムル。

彼女はアタシを見て


「…えっと…?」


と言った。

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