第27話『他人の為の我儘』
これを書く時、蹲ってしまうほどの腹痛が急に襲ってきて死を覚悟しました…けれど30分くらい戦ったら病院に行かなくても大丈夫になったので安心しました…。本当に痛いと吐きそうになるんですね…。皆さんもお気をつけて…
「まさかユムルがアタシに嘘を吐くなんてね。」
「う、嘘じゃ…」
な、何故バレたのでしょう…自分で言うのもアレですが、そこまで下手な嘘ではなかったはずです。
なのに何故…?
ティリア様は手を離して私の顔を覗き込むように首を傾げました。
「困惑してる?お忘れかしら、ユムルの前のお家に辿り着いた方法を。」
私の前の家に…?確かティリア様は想いを辿れると仰っておりました。想い?
まさか嘘も思想に入るのでしょうか。
それとも嘘を吐くときに焦ったからでしょうか。
「アタシはね、正直に言って欲しいの。
ネシャが貴女に何かしたんじゃないの?」
もう一度そっと優しく私の頬に触れるティリア様。
黒い革手袋が頬と手の間に挟まれるだけで温もりを
感じません。だから少しの恐怖が鼻筋を冷やします。
「ち、違います…!
ネシャさんは何も、何もしてません!
全て、全て私が悪いのです!」
そう、私が悪いのはいつもの事。
それに、ネシャさんが嫌がらせをしようとした原因だって元を辿れば私です。嘘は吐いてません!
ティリア様はやがて呆れ顔になり、私の頬に触れていた手の親指にほんの少しだけ力を入れては離してを素早く繰り返し始めます。
…つまり、頬をふにふにされてます。
「もう…ユムルって他人の事になると一生懸命になるのね。そこから出る優しい嘘もあるものねぇ。」
手を離した後、ネシャさんに向き直るティリア様は腕を組み彼女を冷たい視線で見下げます。
「ネシャ、
ユムルが嘘吐いてまで貴女を庇っているのだけど。」
「ぁ…」
ば、バレてます…完全にバレてます…。
ど、どうして?
「ゆむるさま…てぃりあさまは、
ふれたまぞくのきおくをみることができるのです。」
ミコさんがこっそりと耳打ちしてくださる。
触れた魔族の記憶を見ることが出来る…!?
ティリア様はネシャさんの口を塞いでおりました。
という事は私の嘘が全てバレたのも元々ティリア様はご存知だったから…!
「ネシャ、答えなさい。パーティーで言ったはずよ。
返答次第では…分かってるわね?」
「ぁ…ぅ…」
ティリア様、ネシャさんにとてもお怒りです。
たかが水だけ、そしてぬるま湯!嫌がらせだとは思いませんでした!なのにどうしましょう…!ネシャさんの記憶を見られているなんて!
これじゃ何を言っても…
ユムルちゃんの言葉なら従うだろう。
ふと羅刹様と夢の中での会話が頭に浮かびました。
従うという言葉は嫌ですが…このままではネシャさんが危ない。無礼にも程がありますが後でお許し頂けるまでお詫び申し上げましょう。
今は聞いていただくことが最優先です!
「ティリア様!!」
私は勢いをつけてティリア様に抱きついた。
「ユムル、アタシはぁあ!?」
流石魔王様、飛びついたと言えるほどに勢いよく抱きついたはずですがバランスを崩すどころか足が1歩も
動いていません。
「ちょ、ちょっとユムル!?
嬉しいけど今はそれどころじゃ…」
ティリア様へ回した手にぎゅっと力を込めて首を横に振る。
「ダメ!ダメです!
ネシャさんと私はお友達になるんです!お願いです、ネシャさんに酷いことしないで下さいっ!」
「「と、友達!?」」
ティリア様だけでなく、ネシャさんも驚いて声をあげました。ティリア様は私を簡単に引き剥がして目線を合わせてくださる。
「ネシャは使用人なのよ!
それに友達以前の問題を今起こして…」
「私は嫌じゃありませんでした!」
「「え」」
…今シトリさんのような事を口走った気がします。
「あ、えと…シトリさんみたいに嬉しいとかそういう訳ではなく…!い、嫌がらせだと感じませんでした!お水はぬるま湯でしたし、乾かしてもくださいました!」
「ユムル、嫌がらせだと感じるかそうじゃないかじゃなくてね?」
これでもダメならもう一押し…!
「ティリア様、ネシャさんをお許し下さい!
お願い致します!!もしお許し頂けないのなら私は…
お城から出て行きます!!」
「ネシャ、特別に1回だけ許すわ。」
「「…え。」」
そ、即答すぎてつい驚いてしまいました…!!
ネシャさんも呆気に取られて固まっています…!
そんな彼女にティリア様は屈んで目線を合わせました。
「ユムルなら本当に出て行きかねないから本当に特別ね。ただ、ごめんなさいを言いなさい。
アタシの好きなネシャなら言えるわよね?」
ネシャさんはスカートの裾を握りしめ、大粒の涙を
零しながら頷いて、俯きながら私の前に立った。
「ご…ごべんなさいっ…!」
「全く気にしてませんよ。」
ティリア様も「ちゃんと言えたわね」と優しく頭を撫でます。
それで尚のこと涙が溢れ、ミコさんも背中を摩りました。
やっぱりネシャさんは悪い人じゃありません。
ティリア様もミコさんも心配なさっているのですから。
そんな彼女についお友達になりたいと言ってしまいました。私なんかが失礼なことを…。
お友達なんて生まれてこの方小さい頃にいただいた
ぬいぐるみだけでしたし…よく分からないのに言うものではありませんよね。
でももしチュチュさんやアズィールさん、シトリさんともお友達になれたら楽しいだろうな、と思いました。
私は使用人の方々にとって本当の主ではないわけですし…許していただけないのでしょうか。
「ユムル、ゆーむーるー?」
「!」
自分の思考に入り浸り、ティリア様に見つめられながらお声を掛けていただいて我に返る。
「大丈夫?ボーッとしちゃって。」
「あ、す、すみません…!それに色々と失礼なことをしてしまって申し訳ございませんでした!!」
「失礼なこと?何かした?」
「え?」
ティリア様はきょとんとなさる。
え?え?私、嘘に続いて我儘まで言ったのに…!
散々失礼なことをしていたのに!
「だ、だって私…嘘や我儘を…」
何と言えば良いのか分からず、言葉を濁すと察してくださったのか優しく微笑まれる。
「あぁ、そのこと。確かに、嘘には驚いたわ。
まさか貴女が嘘吐くなんてね。でも、悪い嘘じゃなくてネシャを守るための優しい嘘だったじゃない。」
そんな綺麗に解釈して頂くなんて…
「あと、我儘?の件だけど…嬉しかったの。」
「嬉しい、ですか?」
ティリア様の思考が分からず、ただ復唱すると口角を上げたまま困ったように眉を下げました。
「だってユムル、自分のための我儘言わなそうだから。実際、ユムルの言う我儘は全部他人の為じゃない。お掃除はアタシ達皆のため、さっきはネシャのため。ほらね?」
そう言われると確かに…でもお掃除は自分が落ち着かないからという邪な気持ちが混じってます。
「でもさっきの我儘は貴女がネシャと友達になりたいと言ったの。貴女がお願いと言った。
それが嬉しかったのよ、脅されたけど。」
腰に手を添えて小さく溜息を吐くティリア様はやはり呆れていらっしゃる。
「すみません…つい…」
「もっと言っていいのよ。ティリア様、アレしたい
コレしたいって。出来る限り叶えてあげるんだから!ほら、行くわよユムル!」
私の手をとり、軽やかなステップで部屋から退出なさろうとする。
「あ、でもお掃除…」
「アタシを待ってくれる為の暇潰しでもあったでしょう?じゃあもういいじゃない!」
「えっあの、ちょっ…あっ!」
ぐいっと引っ張られた次の瞬間、引っ張られていない方の私の指が机の上にあったネシャさんの宝箱に触れてしまった。
「あ、あたしの…!」
ネシャさんが声を出すと同時に宝箱が床に落ちて蓋が開く。そこから出てきたのは…
大量の……大きさが様々な蜘蛛さんでした。
流石に驚いて声が出ません…。
とても見せられるものでは…。
「どうしたのユム…る"っ」
足を止め振り返ることによって自由になった沢山の蜘蛛さん達を視界に入れてしまったティリア様はわなわなと震え、言葉にならない声を発した後、部屋中がビリビリするほどの悲鳴を響かせました。
「いぃいいやぁあぁああぁあッッ!!」
「坊ちゃん!!」
悲鳴を聞いてすぐ駆けつけたバアルさんが扉を蹴破って現れました!
「ご主人様!!」 「若様!!」
「シトリさん!アズィールさん!」
行方不明だったお2人も来てくださいました!
シトリさんが私に駆け寄り、バアルさん、アズィールさんが腰を抜かしたティリア様の元へ。
丁寧に磨かれたナイフを持っていたバアルさんは警戒しながら辺りを見回したあと、静かすぎるこの
光景に疑問を持ったのか訝しげにティリア様を見ます。
「…坊ちゃん?」
「べ、べる!!命令よ、あの蜘蛛どうにかしなさいっ!!いやぁー!こっちに来るーーっ!!」
バアルさんの足元にくっつくティリア様は歩みを止めない蜘蛛さんを指さしました。
バアルさんもアズィールさんもシトリさんも蜘蛛さんを見て首を傾げます。
「は?」
1文字で理解できるほどバアルさんはお怒りです…。
「ご、ご主人様?ティリア様と一体何が…」
聞いてきたシトリさんだけでなく、
バアルさんとアズィールさんにも説明をした。
説明後、まず最初に蜘蛛さんを全員回収したバアルさんの大きな溜息が漏れてしまう。
「はぁあ…坊ちゃんが悲鳴をあげるなんてしょっちゅうですが今回はおかしいと思って来てみれば敵襲ではなく、たかが蜘蛛だなんて。」
そしてティリア様に1発拳骨を振り下ろしました…。
「いだっ!」
「いやぁ…流石にこれはビビりますよ。俺なら失神してるかも。うへぇ思い出しただけで気色の悪い…」
アズィールさんは舌を出し嫌そうな顔をして頭の後ろで手を組みます。開いたまま落ちている宝箱に目をつけたバアルさんは拾い上げて
「コレは確か…ネシャの物だな?」
鋭い目でネシャさんを睨みつけます。
「あ、その、あの…ふ、ふぁい…」
凄い震え!!ミコさんも震えております!!
バアルさんが口を開いた瞬間、ティリア様がよろよろと立ち上がった。
「ねぇしゃああぁ…っ!!」
「ご、ごめんなさいぃいーーーっ!!!!」
その後、結局ネシャさんはティリア様や私を驚かした罰という事で広いお庭の雑草を全て取り除かなければご飯が貰えないというお仕置をバアルさんから言い渡されたのでした。




