第23話『微かな想い』
あの女の子、何方でしょう。
お名前聞きそびれてしまいました。
でも今はティリア様です。
この部屋に誰も入れませんよ!
服が汚れてしまいますので立ってないと。
うーん…何もしていない、というのはムズムズします。何かお掃除道具は…あ、窓の近くに雑巾が!
勝手にお借りして窓拭きしましょう!
お部屋から少し離れていないと気配を感じてしまいますものね。服を汚さない程度に!
「おや、新しいお召し物ですか?お嬢様。」
いつの間にか横にバアルさんがいらっしゃいました。
「バアルさん!
はい、ティリア様が仕立ててくださりました!」
「そうですか、よくお似合いですよ。
お嬢様、女性に聞くのは申し訳ありませんがこのくらいの小さな蜘蛛を見かけませんでしたか?」
親指と人差し指を曲げて小さな幅を作るバアルさん。その大きさは…爪の大きさくらいでしょうか。
蜘蛛さんは残念ながら見てません。
「すみません、見ておりません。
居なくなってしまったのですか?」
「えぇ、その子はお恥ずかしながら私の言うことを聞かない子でして。
何度踏み潰そうかと思うくらいに腹は立ててます。」
真顔なので踏み潰そうかと言われると冗談のはずなのに信じそうになります。
「も、もし見かけたらご連絡致しますね。
蜘蛛さんにお名前などございますか?」
「名前…?いえ、特に。
必要性がないので付けておりません。」
「え、判別出来るのですか?」
「はい。私の使い魔なので使い魔自身、自分に言われていると分かっているはずですよ。」
「す、凄いです…。
動物さんと意思疎通が出来るのですね!」
本心で言ったのですがバアルさんは少しムッとして腕を組みます。
「…蜘蛛だけですがね。
ではあの子が潰される前に探してまいります。」
「お、お気を付けて!」
バアルさんは私の横を通り過ぎ、直ぐに止まり振り向きました。
「そうそう、お伝えし忘れるところでした。
シトリ=グラシャラボラスですが…」
シトリさん?
「自分の為、又は主の為に平気で同族をも殺す狗です。貴女がバアルを殺せと言えば殺しに行く主人の命令には逆らわない忠犬のはずですが取り扱いには十分気をつけるように。」
「こ、殺すなんてそんな…」
そんな物騒で危険な思想を持つ事はありえません。
「正直、私はアイツを相手にしたくないのでよろしくお願いしますよ。」
私に耳を傾けずバアルさんは白いコートを翻し歩き出してしまいました。
シトリさん、やっぱり怖い方なのですね…。
でも、私がそんなことさせません。シトリさんといえばアズィールさんもチュチュさんも中々戻られません。
今は有難いのですが少し不安です。
大丈夫でしょうか。
ガチャッ
扉の開く音!ティリア様!
「ユムル…気を遣って外に出てくれたところ悪いのだけど寂しいの、隣に居て。」
扉は少しだけ開いており、隙間から泣き腫らした目で申し訳なさそうになさるティリア様。
「は、はいただいま!」
服に埃は付いて…ませんね。
よし、ティリア様の元へ!
「し、失礼致します…。」
「ごめんね、ユムルのお部屋なのに…。」
「本当にお気になさらず!
大きく言えば此処はティリア様のお城ですから。」
「ゆむるぅ…ぎゅっとして…」
潤む瞳からポロポロと硝子玉のような涙を流すティリア様。私ができる事はしたい。
「はい、ティリア様。失礼致します。」
手を伸ばした直後、後頭部と背中を大きな手で押され、今までで1番強く抱きしめられました。
「貴女のお陰で心が軽くなったわ。ありがとう。」
「いえ、私は何も…」
「ユムル〜……ん?」
「ティリアさ」
「い、いやぁああああああぁぁぁっ!!!」
耳が、耳がキーンとします!!
女性のように高いお声なのですね!
ではなく!ティリア様の悲鳴は余程の事でしょう!
「くっくくく蜘蛛!!蜘蛛よ!!
どうしましょう!?」
え?蜘蛛さんですか?
「てぃ、ティリア様!
少し離して下さい!私が対処します!」
「ふぇ?」
簡単に離して下さったティリア様から離れ、床を見渡す。よく見ると小さな蜘蛛さんが迷子なのかアワアワと慌てているように見えます。
蜘蛛さんと言えばバアルさんが探していらしたはず。
「蜘蛛さん、蜘蛛さんはバアルさんの蜘蛛さんですか?」
小さいので屈んで顔を近づけながら聞いてみると、
蜘蛛さんは数回頷いたように見えます。
「良かった、バアルさんが探してみえましたよ。
私の手に乗って下さい。一緒にバアルさんを待ちましょう?」
『!』
右手を差し出すと蜘蛛さんは右足をちょんと乗せただけ。害は無いと言う意味で口角を上げると蜘蛛さんは安心したようにいそいそと乗ってくださいました。
良かった、蜘蛛さんも反省しているようです。
ふふ、少し可愛らしいですね。
「バアルさんの言うこと聞かないとダメですよ?」
『(´・ω・`)』
「ゆむ、く、くも…て、くも…」
顔面蒼白なティリア様は私と距離を取り震える手で蜘蛛さんを指さしました。
「ティリア様、この子バアルさんの蜘蛛さんです。
おひとり居ないとお探しになっておりましたのでお呼び頂けますか?」
「アッ、ウン。ワカッタワ。」
異空間から取り出した白銀の呼び鈴を鳴らして下さるティリア様。するとバアルさんが跪く体勢でいきなり現れました。
「バアル=アラクネリア、此処に。」
「ベル、ユムルガヨンデル。」
バアルさんはカタコトのティリア様に疑問を持ちつつ、私を指さしている手を追って目が合います。
「?お嬢様…あ。」
「はい、蜘蛛さん見つけました。
この子ですよね、居なくなってしまった子は。」
私から手を近づけ、バアルさんも手を出したところで蜘蛛さんを彼の手に乗るように催促しました。
「えぇ、私の蜘蛛です。…ったく、お嬢様の部屋に
侵入するとは何事ですか。
私の言うことを聞かないのならやはり踏み潰して…」
「あ、あの…その子も反省しているようなのでその辺にしてあげて下さいませんか。」
「え?」
目を丸くするバアルさんは蜘蛛さんを見る。
『(´・ω・`)』
蜘蛛さんは反省していると言うように元気なさそうに縮こまっていました。
「…お嬢様の言う通りのようですね。
どうやら反省しているようなのでお嬢様に免じて見逃してあげましょう。但し次は無い。
フライにして坊ちゃんに食わせてやる。」
『Σ( ´・ω・`)』
「はぁあっ!??」
元に戻ったティリア様の怒号を聞いて悪戯っぽく微笑むバアルさん。
「ふ、では戻りなさい。」
『(`・ω・)ゞ』
蜘蛛さんはその指示に従ってバアルさんの手首に這って行きました。手を下ろしたバアルさんはいつもの
無表情に戻ってしまっています。
「しかし蜘蛛を平気だとは。私の記憶だと人間は小さな蜘蛛の生成する毒ですら死に至る脆い弱者だからこそ蜘蛛を嫌う者がほとんどだとあるのですが…それに、どんな種族でも蜘蛛に縁が無い女性は悲鳴をあげますのに。」
「うーん…私は平気ですね、蜘蛛さん。
前の家では私の部屋は蜘蛛さん達のお部屋にお邪魔しているようなものですから…大きい子はびっくりしちゃいますけど…慣れました。(他の人間さんは多分毒が云々ではなく見た目が…)」
「それはそれは…。っふふ…坊ちゃん、いや魔王様、思わぬ収集ですよ。お嬢様、蜘蛛平気ですって。
貴方が苦手な蜘蛛が。」
「うっさい!!態々魔王で呼ばないでちょうだい!!
苦手なもんは苦手なのよ!!」
あわわ…バアルさんがティリア様を揶揄ってます!
お怒りのティリア様に尻込みもせず言葉に出来るのはバアルさんだけな気がします。彼はわざとらしく数回頷いた後、シトリさんのように右頬へ手を当てます。
「…そのうち、坊ちゃんが守られるかもしれませんね。…では御夕食のお時間です。
お嬢様、拗ねた坊ちゃんを引き摺って来て下さいね。」
「は、はい!」
バアルさんが退出なされた後、
ティリア様は腕を組んでいらした。
「ティリア様?」
「ユムル凄いのね、ベルの蜘蛛平気なんて。
アタシどうも苦手なの。あの足とか胴体とか。」
「近くに蜘蛛さんがいてバアルさんが直ぐに来れない場合、私がお助け致します!
それくらいなら私でも力になれます!」
「ユムル…!で、でもアタシ魔王だし男よ。
人間の女の子であるユムルに守られちゃ…」
「使用人さん達はティリア様を支え、守る立場ですよね。チュチュさんやセレネさんだって。
なら私もその一員になりたいです。」
「うぅ〜…ごめんね。
あまり皆に蜘蛛苦手だって言わないでね。」
「勿論です!
…では御夕食を頂きましょう、ティリア様。」
「えぇ、ユムル。手を繋ぎましょ!」
「は、はい!」
…
実はティリアが悲鳴をあげた直後…部屋の外の扉に
耳を当てる1人の金髪少女が居た。
「悲鳴!女のような甲高い声!
つまりユムル!?あんな煩い大声出るのね。
それに…く、も?…蜘蛛!あの子蜘蛛苦手なんだわ!!
流石にバアルさんの蜘蛛は借りれないから森で取ってこよう!待ってなさいユムル…あたしがアンタを追い出すんだから!!」
その少女は残念な事に勘違いをした。
…
「「ご馳走様でした!」」
ティリア様と声を揃えて手を合わせると、
ブレイズさんが
「良い食べっぷりで嬉しかったです。」
と微笑みました。そして続けて
「お嬢様、俺考えたのですけど…
お嬢様がもし、ティリア様にお料理を作りたいとご要望でしたら俺にお伝え願えますか?そうすれば食事メニューも変えずその時に使う材料で何とか出来ますので!」
笑顔で仰った。
考えていて下さったのですね。
「わ、分かりました。
その時は宜しくお願い致します。」
「はいっ!」
「ブレイズ、貴方が居るなら安心だわ。
期待してる。」
わ、ブレイズさんの顔がもっと眩しく!
エメラルドの瞳がもっと輝いてます!
「はい!お任せ下さい!では片付けますね!」
「えぇ。じゃあユムル、行きましょ。」
「は、はい…でもお片付けを手伝っ」
「いいえ!
お嬢様はティリア様とゆっくりしていて下さい!」
全てのお皿を両手に持ったブレイズさんに遮られてしまいました。
「ですって。甘えましょ?」
「は、はい…。すみません。」
「お気になさらず!」
本当に良い方達です…。
ティリア様と少しお話した後、チュチュさんに呼ばれお風呂へ。今、頭を洗っていただいています。
気持ち良いですが申し訳ない…。
チュチュさんは大きな瞳を私に向け、口角を上げた。
「ユムル様、何か…明るくなられましたね!」
「え?」
つい聞き返すとチュチュさんは「えへへ」と笑って
「今日、お帰りになられた時に少し思ったのですが
やっぱり間違いじゃありませんでした!」
私、明るくなれてますか?
「瑀璢様に追われた時はどうしようかと思いましたがご無事ですし安心しました!」
「アズィールさんのお陰です。」
アズィールさんが守ってくださったから今此処に居られるのです。
「此処に居たくないと言われたらどうしようとも思ったのですが良かった!チュチュの勘違いでした!」
と仰った。居たくないなんて思ったこと無いです。
…追い出されるかもしれませんが…。
「ユムル様?」
「あ、すみません。居たくないなんて1度も思ったことありません。もっとチュチュさん達と一緒に居たいです。…我儘でしょうか。」
「そんなのが我儘なもんですか!そう仰っていただけてとっても嬉しいです!!チュチュ、ユムル様とお揃いの服着たいから頑張りますよ!!」
私の不安をかき消してくださる明るいお声。
彼女の声は私を救ってくださる。
「チュチュさん…ありがとうございます。」
「はい!…あれれ?中々泡がたたない…。
なんでぇ?」
確かに泡の音がしませんね。あ、もしかして
「それシャンプーですかね?」
「え?シャンプーですよ?
だってちゃんと確認…ぴゃーっ!!?
トリートメントでしたぁ!!」
「ふふ、やっぱりですか。」
可愛らしい、なんて思ったら失礼でしょうか。
「あ、ユムル様笑ってくださいました!
んふふ、嬉しいです!
あ、間違えたこと謝りますすみません!」
「いえ、私も昔よくやりましたから分かります。」
チュチュさんの驚いたり笑ったり表情が変わるのを
見るとつい嬉しくって…なんて恥ずかしくて言えませんけど…。
「次は大丈夫です!
痒いところありましたらお伝え下さいね!」
「は、はい!」
…
ふぅ…さっぱりしました。出てから新しい服を着て、髪を乾かして頂いて歯を磨いた後、チュチュさんは「主様が入られるのでそれまでに床のお水を拭いていきますから湯冷めする前にお部屋へお戻りください」と言われて先に戻ることに。
あれ?何か忘れているような…
「…ん?そういえばシトリさんと」
「ご主人様!ボクを呼びましたか!?」
「きゃあ!!」
一瞬すぎて何処から現れたのか分かりませんでしたが今目の前に満面の笑みのシトリさんが!
バアルさんのお話があるので少し怖い…
けれど優しいお方のはずなので大丈夫、大丈夫…。
「し、シトリさん…今までどちらに…?」
「はい、ご説明致します。」
どうやら本で気絶させられた後、本当に噴水に投げ込まれてしまったようです。シトリさんは水嫌いのようで目が覚めた瞬間にさっさと出てきたとか。
犬の姿に変わって服を回収、その後自室へ戻りご自分と服を乾かしていたらしいです。
「ご主人様の前では常に完璧でありたいので!」
確かに噴水に投げ込まれたとは思えないほどぴっしりといつも通りのスタイリングです。
「それとこちらを。」
私の手を優しく掴んで手のひらに何か乗せてくださる。
これは…黒い呼び鈴です。
小さな鋏と縄のような模様があります。
「渡しそびれたボクのベルです。ほら、光に当たるとそこが紫に光るのです。綺麗でしょう?」
あ、本当です。
細かいラメ状でキラキラ輝いて見えます。
黒い見た目で紫に光る呼び鈴…綺麗です。
「何も無くても遠慮なく、お申し付け下さいね。
お部屋までお戻りなのでしょう?お供致します。」
「あ、ありがとうございます…
あ、あの、アズィールさんは?」
アズィールさんの名前を出すとぷいっとそっぽを向いてしまいました。
「アズィールですか?
グルルルッ…知りませんね、覚えがありません。
何せボクは気絶中に噴水へ投げられたので。」
ふ、不機嫌極まりない唸り声とお顔です。
だ、大丈夫でしょうかアズィールさん…。
「む…もうお部屋ですね。名残惜しいですが我慢します、ボクは忠犬なので。」
忠犬…?
「ではおやすみなさいませ、ご主人様。良い夢を。」
「お、おやすみなさい、シトリさん。」
本当にシトリさんでしょうか。なんと言うか、今までよりも落ち着き過ぎて怖かったです。
噴水に投げ込まれて頭が冷えたのでしょうか。
取り敢えずベッドへ入りましょう。
あ、お薬塗らなきゃ。
…今日は濃厚な1日でした。
ルルメルさんに瑀璢さんに羅刹様。
それにシトリさん。皆さん、少し怖い方でした。
でもアズィールさん、チュチュさん、バアルさん…それにティリア様が守って下さった。
この傷だらけの身体を初めて守っていただいた。
誰かに守られるのは申し訳なさと同時に感謝が芽生えますね。
私も何かお力添えを…
あれ、急に眠たくなってきました。
…お薬を塗るには背中が少し難しいけれどどなたもお呼びするようなことでは無いですね。
塗れる所にお薬塗りましたし今日はもう寝ましょう…。おやすみなさい。
…
「ぜぇー…ぜぇー…っ…く、蜘蛛結構取ったどー!!
それに嫌がらせの内容も考えた!」
夜の森に少女の声が響きわたり、寝ている魔物達は迷惑そうに目を背ける。
「明日、覚悟なさい!!あ、でもこの蜘蛛達に毒が無いか調べなきゃ。毒があったらあの子人間だし大変だもんね。バアルさんに聞けば1発だけど即アウトだし図鑑図鑑ー…っと。」
忘れ去られていることも知らずに謎の気遣いを見せる泥や葉っぱまみれな少女の姿がそこにあった。
…
夜、執務室にて。
「ベル、気付いた?」
「何がでしょう?」
「使用人の誰かが微かに悪意を持っているの。」
苦虫を噛み潰したような顔をするティリアに首を傾げるバアル。
「想い、ですか?」
「えぇ。ただ不思議な事に変な感じなのよねぇ…
何なのかしら。」
「坊ちゃんが感じているものは私には感じませんし、分からないものは分かりませんよ。」
無表情で告げるバアルにティリアは頬杖をついた。
「ほんっと貴方ってカンジ悪いわね!んもう…」
「様子見しますか?」
「えぇ、アタシに向けてなら構わないけどユムルに向けてなら許さない。そして悟られたくない。」
頬杖をやめ、バアルを指すティリアは自信満々の笑みを浮かべていた。
「ユムルの隣にいるアタシは美しくてカンジの良い魔王様で居たいから!」
「…感じ悪くてすみませんね。」
「別に貴方の事を言ってんじゃないのよ?
でも…ふーん、自覚あるんだー?」
ニヤニヤと笑うティリアにイラつき思わず呟く。
「チッ…クソガキめ…」
「何か言った?」
「いいえ?坊ちゃんの幻聴でしょう。」
「…あっそ。
(絶対何か言ったわねコイツ…。)」
バアルはティリア様の話でムカついた時、こっそり中指を立てています。




