第20話『妖種頭領』
題名の通り、お偉いさん現る!!
ティリア様と再び客室へと戻って参りました。
…この服で…。
「よいせっ」と仰いながら椅子に座るティリア様は私を見ました。
「ユムル、今から妖種の頭領?が来るわ。
貴女を狙ってるの。」
「頭領様が私を…?」
だから瑀璢さんも私を追いかけて来られたのですね。
「アイツったら昔っから怖いくらい勘が良くてね。
絶対に誤魔化せないから正直に貴女の存在を話そうと思うのだけど良い?」
「も、勿論です。」
「ありがとう。悪いんだけどベルとアズが着いたら貴女はベルの隣に立ちなさい。
それで猫のアズを抱っこしていて。」
「?わ、分かりました。」
頷くとティリア様は黒い手袋を付けていても分かるくらいしなやかで綺麗な指を組みました。
「変な話持ち掛けて来ないでしょうね…。」
ティリア様、難しいお顔です。でも私じゃ力になれません。言う事はちゃんと聞きましょう。
そう決心したすぐにドアからノックが3回聞こえました。ノックしたのはバアルさんです。
「魔王様、お客様がお見えです。」
「通して。」
「畏まりました。」
バアルさんがドアを開けた途端に怪しい空気が辺りを迸ります。
「っ…!」
私が空気に飲まれてしまったのか、辺りが暗くなり、紫色の光の玉が数個だけ周りを照らして見えます。
「おやおや、思った以上に別嬪さんだこと。」
私を目にしてそう口にしたのは美人という言葉が似合う綺麗なお方。薄い金色の長く細やかで艶やかな髪…あ、よく見たら後ろの方で軽く結ばれてます。
瑀璢さんよりも豪華な着物、歩く姿、気配から上の方だとすぐに分かります。
「よく来てくれたわね。」
「呼んだのはそちらでしょうに。
ウチの使用人の不祥事を収めるのも主の役目。
ましてや魔王様となれば来なければ殺されかねませんから。」
「そうね、座りなさい。アタシは怒ってるの。」
人差し指で向かい側の椅子を指すと頭領様は滑るようにその椅子へ向かい
「おぉ怖、失礼致します。」
微塵も思っていなさそうな顔で腰掛けました。
するとバアルさんがお2人に紅茶を注いだ後で
「ユムル。」
と私を名前で呼び、手招きしています。
「は、はい!」
ちょっと驚きました…!早足にバアルさんの隣であるティリア様の右隣へ向かうと耳打ちされました。
「お嬢様、御無礼をお許し下さい。
メイド服の貴女をお嬢様と呼ぶ訳にはいかないので。」
「あ、お気になさらず!」
「ありがとうございます。」
『ふにゃあ〜』
む、足に冷ややかなふわふわの感触が。
下を見ると赤猫さんが私の足にスリスリしています。
「あずぃっ…アズさん。抱っこしますね。」
『うーにゃ!』
抱っこしやすいように立って下さいました。
「よいしょ。」
うーん、ふかふかです。気持ちいいです…。
「んんっ…今回のこと、ウルから聞いてるかしら?」
私達のやりとりが終わる時を待っていて下さったティリア様は咳払いして頭領様を見ます。
「えぇ、その節は誠に申し訳ございません魔王様。
あの子、私のことになるとどうも周りが見えなくなってしまうようで…そこが可愛らしいのですけどね。」
クスクスと笑っている頭領様とは対照的にムスッとして頬杖をつくティリア様。
「その可愛らしさのせいでアタシの使用人が怪我したのよ。」
「それは失敬。今あの子には仕置きしてますので堪忍してくださいまし。」
「ちゃんとしてよね。
ウルったらアタシの城で暴れようとしたのよ?」
「それはフリですよフリ。脅せばそちらの可愛い子が来てくれると思ったのですよ。」
「…この子は、ユムルは絶対に館へ連れていかせない。アタシの大切な子なの。」
「おやおや、あのティリア様が…っふふふ…お年頃になられましたなぁ。前会った時はこーんなに小さくて可愛らしかったのに。」
頭領様は両手で小さく幅を作ります。
え、小さいです。10cmくらいしかありません…。
「そんなに小さくないわよ!!」
「はははっ!いやぁ若いとは素晴らしいですねぇ。」
「と、兎に角ユムルは諦めてちょうだい!」
「嫌だと言ったら?」
瞬きの後、鋭い視線に変わる頭領様。途端に先程までの空気が一気に凍った気分です…!怖い方です…。
「貴方を殺す。」
ティリア様まで…。
『うにゃ…』
アズさんが肉球で私の手をぽんぽんして下さいます。アズさんの温かさが無ければ私は腰が抜けていたことでしょう。
「「…。」」
お互い睨み合った後、
最初に口を開いたのは頭領様でした。
「いやぁーん怖いですわぁ。
そんで、そろそろ猫かぶり解いて宜しいか?」
猫かぶり?
「えぇ、良いわよ。正直貴方のその話し方は総毛立つほど気色悪いわ。キモイ。」
「え、2回も言う?ウチ傷付くぞ。まぁ良い、瑀璢の詫びに本来は饅頭を持ってこようと思ったのだが…
お主は食いもんを口にせんからコレをやろう。」
口調を崩した頭領様が指を鳴らすと、机の上にとても綺麗な光沢のある紙…?のリボンのような形の髪飾りが置かれました。金やピンクでとても高そうです。
「これをそちらの嬢ちゃんにあげとくれ。
年寄りのセンスで申し訳ないがな。」
「…………くっ…結構良いじゃないの。」
何故悔しそうなのでしょう…。
ティリア様の表情を見て頭領様はにんまりと笑います。
「魔王様のお気に召したようで何より。
なぁ、嬢ちゃん。お主の声を聞かせてくれ。
お主の名は?」
「あ…」
「知ってんだから言わなくていいわよ。」
「あ、いけず。知っとるか嬢ちゃん。
ウサギってな…寂しいと死んじゃうのだぞ。ぐす…」
う、ウサギさん??涙目でこちらを見ている頭領様はウサギさんなのですかね??
「騙されないでユムル。
コイツ今は嘘しか吐かないから。」
えぇ…?
「えっと…頭領様…」
震えた声で話しかけると頭領様は一瞬?マークを浮かべ、すぐに閃いたお顔になります。
「む、そうか。名を伝えておらんかったな。
皆も意図的に名前呼んでくれんかったしなぁ。」
意図的に…?全く気づきませんでした。
頭領様は私を真っ直ぐ見てくださる。
「ウチは魔族妖種の頭領、名を羅刹。
以後お見知り置きを。ユムルちゃん?」
ら、羅刹様…。
「鬼と呼ばれる者よ。アタシが居る時は良いけどなるべく怒らせないようにね、面倒臭いから。」
「そんな訳ない。
ウチはどっかの若造と違って温厚なのだから。」
「どっかの若造とはアタシを指しているんじゃないでしょーね…!」
「誰もお前さんの事とは言っとらん。
自意識過剰め…。なぁユムルちゃん。」
え、私…?
「ウチの館へ遊びにおいで。
この城ほどでは無いが広いし風情があるぞ。」
「ちょっと羅刹!!貴方ねぇ、話聞いてた!?」
「聞いとったわ!そこまで耳は悪くなっとらん!!
別に取ってやろうなど考えとらんし!」
怒る羅刹様は静かに見定める視線を私に向けます。
「まぁこのくらいの娘は実に美味だが…
最近のウチは可愛らしい子を殺すことはせんよ。
ウチは近くで愛でたいタイプなのだ!」
羅刹様、ぷんすかと音を立て怒っておりますが…
娘が美味だと仰ったような…。
『フシャーーッ!!』
アズさんが威嚇を!
「アズさん、どうどう!」
「猫さんは元気だなぁ。ユムルちゃん、どうだ?
遊びに来んか?ただ饗すだけだ。
此処とはまた違う料理が食えるぞ!」
ち、違う料理…!?気になります…!
「ユムル、釣られない。」
「は、はい!すみません!」
胸躍らせたのがバレてバアルさんから一喝されました…。
「むぅ…蜘蛛さんもいけずだなぁ…。
酒羅が用意する美酒もあるぞ?
そんな顰めっ面しとらんとぉ。」
「酒は好みません。何度言えばお分かりですか、
それとも加齢で何度もお忘れなのですか?羅刹殿。」
「む!お主ら2人はウチに対していつも口が悪いな!!
これは蜘蛛さん自身の教育の問題だぞ!」
頬を膨らませる羅刹様をクスクスと上品に笑うバアルさん。
「っふふ…それはすみません。ですが貴方の側近程ではございませんよ?あんな他所様に迷惑を掛けるような教育はしておりません。」
え、笑顔です…!怖いです…!
「それは…一理あるな。重ね重ね瑀璢が済まなかった。お許し頂けるかな?ティリア様よ。」
「…二度とユムルを危ない目に遭わせないで。
もしまた何かあればアタシが直接手を下します。
宜しいかしら?妖種頭領、羅刹。」
「えぇ、承知致しました。羅刹の名にかけて。
そしてユムルちゃん。」
「は、はい。」
「瑀璢、本当は良い子なんだ。
だから許してやってほしい。」
「そ、それは勿論!」
悪い人な感じでは全く無かったので分かります!
羅刹様はフッと微笑まれた。
「ありがとう。さて、謝った事だしウチも帰ろうかねぇ。ユムルちゃん、ウチはいつでも大歓迎だよ。
気が向いたら遊びにおいで、食べやしないから。」
「は、はぁ…。」
私の曖昧な返事にも笑顔で応えてくださった羅刹様は「よっこいしょ」と言いながら席を立ちました。
バアルさんが先に扉まで歩き、退出なさる羅刹様の為に開けます。
「じゃあの、若造共、ユムルちゃん。
またすぐ来るでな。」
「すぐには来なくて良いわよ。」
素っ気ないティリア様に再び頬を膨らませる羅刹さん。
「これ、遠慮するでない。
正直ウチがユムルちゃんに会いたいだけだけども。」
「はぁ!?」
「きゃーこわーい。」
ティリア様がお怒りになると察知したのか、早足でバアルさんが待つ扉を目指す羅刹様。バアルさんの隣に着いた時、壁に手を置き少しだけ顔を私に向けました。
「ユムルちゃん、ウサギが寂しいと死んじゃうと言うのは本当だぞ?…ではな♪」
「エントランスホールまでお連れ致します。」
「うむ♪頼むぞ蜘蛛さん。」
パタンとドアが閉まる音と同時にティリア様が大きな溜息を吐きました。
「はぁあぁ…。」
「お疲れ様でございます、ティリア様。」
「ユムルもご苦労さま。アズもありがとう。」
『いえいえ。人型より楽チンで助かりましたよ。』
笑顔のアズさんの頭を撫でながら
「ほーんと、趣味悪いわァ。」
と頬杖をついて口を尖らせるティリア様。
趣味悪いとは…?
「何がでしょう?」
「ユムルは気にならなかったかしら。
頭領ともあろう者が誰一人側近を連れてなかったことに。」
「謝りに来られるという事でしたので…」
「それは違うのよ。アズは気付いた?」
『へ?』
「……」
気の抜けた返事が癪に障ったのか彼の顔を両手で雑に撫で回すティリア様。
『うぎゃ!折角の毛並みがぁ!!』
「全く…アタシの使用人なら気付いて当たり前なのよ?いつ瑀璢じゃない側近の姿を隠して連れて来たのよ。しかも2人も。予想はしていたけどね。」
お2人も…?全然気付きませんでした。
「多分羅刹のことだから返答次第でユムルを無理矢理連れて行こうとしたのよ。」
え、私を無理やりですか?
「だからベルの隣に立ってアズを抱っこしてもらっていたの。何かあっても対処出来るようにね。」
『にゃるほどー!』
「な、なるほど…凄いですティリア様!」
「羅刹って何考えてるか分からないのが苦手なのよねぇ。良い奴に見えたら大間違いよ。」
害を加えようとしていたようにはお見受けできませんでしたが…
「全員を引き連れて人間界で百鬼夜行を楽しんだと言ってたんだけど血の匂いが凄かったから。」
百鬼夜行…?
血の匂い…人間を食べていたのでしょうか。
「お願いだから本っ当に何かあった時以外は羅刹の館へ行かないで。勿論アタシが助けるけどそれまでに苦しい思いをするかもしれないから。」
私の手をきゅっと握るティリア様は心底心配そうな目で私を見つめてくださる。私は力強く頷いた。
「分かりました、気を付けます。」
「お願いね。アズ、ユムルを安全に部屋へ連れていきなさい。アタシまだ仕事終わってないから。」
『畏まりました!』
「えっ」
「?どしたのユムル。」
「ティリア様…
お仕事の途中なのに助けて下さったのですか?」
「当たり前じゃない。仕事なんかより貴女の方が大切なのは。アタシは自分よりも貴女が大事なのよ。」
自分よりも…?それは…
「ダメです。」
「え?」
「ティリア様は御自身を1番大切になさって下さい。
お願い致します、私なんかよりも大切にすべきです。皆さん達の為にも…。」
自分の思ったことを告げるとティリア様は頬を膨らませた。
「ユムル、貴女の為は?
肝心の貴女が含まれてないわ。」
「あ、わ、私の為にも…!」
すると悪戯っぽくティリア様が笑った後、私に右手を伸ばす。その手は眉間を軽く弾いた。
「あいたっ」
痛くも無いのについ反射で口から…。
「ユムル、また私なんかって言ったわね。」
「あ。」
慌てて口を抑えると机に座っていたアズィールさんが尻尾をゆらゆら揺らしながら笑います。
『あにゃー…流石にまだ仰いますねぇ。』
「すみません…。」
「ふふっそろそろ着せ替え人形になるわね。仕事が終わったら知らせるわ。好きなことしてて、ユムル。」
「はい。お仕事頑張って下さい!」
「貴女の応援があればすぐに終わらせれるわ!
あとこれ持って!じゃ、頼んだわよアズ。」
ティリア様が私に羅刹様から頂いた髪飾りを渡して立ち上がると同時に、人型に戻ったアズィールさんは敬礼しました。
「ささっユムル様、行きましょー!」
「は、はい!」
あれ、ティリア様よりも先に出て宜しいのでしょうか…?
と疑問に思いつつアズィールさんと自室へ戻った。
…
ユムルが部屋から去った後、ティリア以外に居なくなった部屋から声が聞こえる。
「坊ちゃん。」
「あらベル。よく踏まれなかったわね。」
ティリアの視線の先にはドアの隙間を潜り抜けた小さな蜘蛛がいた。
「えぇ、床を這っていたのでアズィールに踏まれるかと肝を冷やしましたよ。
手のひらサイズくらいに戻りたいものです。」
「嫌よ気色悪いっ!!」
ティリアが両腕に手を置き摩る。
その動作を見てから人型に戻るバアルは呆れた顔をしていた。
「分かってますよ。坊ちゃんの我儘のせいで散々です。親指の爪くらい小さい蜘蛛状態だと踏み潰されたら死んでしまいますのに。」
「貴方なら死ぬ前に何とかするでしょ。」
「えぇ。私を踏み潰そうとする猛者が居れば敬意を
表して先に殺しますね。」
いつも無表情を貫くバアルの笑顔には寒気を覚えるティリアは話題を変えた。
「今回もそれで宜しくね。ユムルは?」
「アズィールが上手く部屋へ戻しました。
防音耐震問題ありません。」
「そう、良かった。
こんな醜い姿をユムルに見られたくないもの。」
魔王として魔力を大量に活用する際のティリアは瞳孔が金、白目が黒く染まり、2本の畝る角、獣のような鋭い爪を振るうために手も大きくなり本人曰く醜い姿となる。
「醜い?そうでしょうか。
アズィールはカッケェと言ってましたよ。」
「それが嫌なの!アタシはカッコよくよりも美しく
居たいの!それに…この姿はパパみたいじゃない。」
「今からやる事もそうですね。
ですがユムルお嬢様を守るのでしょう?」
ユムルの名前が出た瞬間、眉間に皺を寄せる。
バアルは気にせず話し続けた。
「そろそろ貴方の威圧を再度掛けた方が宜しいかと思い、本日最後の仕事としてコレを提案させて頂いたわけで。」
「今までベル任せだったものね。」
「アタシ、パパと違って生温いから他の種達にも嘗められてるものね。
羅刹みたいに分かってくれる奴の方が少ないもの。」
立ち上がり、手袋の端を伸ばし扉へ向かうティリア。
「そんな馬鹿達にはアタシが現魔王だと知らしめてあげる…!行くわよベル、カロの元へ!招かれざる客を潰しに…!」
「は。」
バアルは先代魔王が存命だった昔、タランチュラくらいの大きさの蜘蛛になって妖種など他種の情報収集、治安確認などしていましたが、ちびっ子ティリア様が泣き喚いてしまったせいで渋々ハエトリグモくらいの大きさになって行動するよう心がけています。




