第17話『貴女のため』
この物語はティリア様とユムルちゃんのほんわか話がメインですが使用人もよろしくお願いします!
「それでね、ウェパルったら人間界でクラゲとメンダコ?っていう生物にハマっちゃってねぇ。
海まで捕まえに行っちゃったことがあるの!」
「凄いですね!メンダコさん…。
それ程までに魅力がおありなのですね…!」
「そうみたい。泳いでる姿は確かに可愛かったわ。
耳がピコピコーってしてるのよ。」
「へぇ…!気になります!」
「後で見せてもらいましょうか!」
「はい!」
微笑んだティリア様が紅茶を啜り、ソーサーに戻して私を見る。
「そうだユムル。1つ言っておくわ。」
「?」
「もし何かあってアタシが付き添えない時に外に出たら、頭から足まで真っ白な奴とは話しちゃダメよ。
そいつはアタシの敵なの。ユムルを取られたくないわ。」
「敵、ですか?」
「えぇ。ルルの目を掻い潜って偶に現れるのよ。
アタシですら気付かないほどに厄介な奴なの。
いつもチュチュとかアズとか使用人を1人以上連れていくこと、これだけは約束して。」
「わ、分かりました。」
「呼び鈴鳴らせばアズとチュチュは駆けつけるし良いとは思うんだけどね。ベルはアタシの側近だからずっとは離れられなくて…ごめんなさいね。」
「そ、そんな!大丈夫です!
それに極力お城の外には出ませんので!」
「なら良いのだけど。念には念をってね。
アタシが一緒の時は2人きりのお出掛け気分で居ましょうね!」
でもティリア様は魔王様…この世界の人達のトップですよね…。
「め、目立ちませんか?」
「大丈夫よ。
ユムルと出会った時みたいな感じで変装するから!」
出会った時…というとフード付きのローブを召していたはずです。
綺麗なお顔が思った以上に見えてましたけど…。
「案外バレないのよアレ。不思議でしょう?
あ、でもよく皆がサービスしてくれるわ。
安くしてくれたり物をくれたり。」
それってバレてるのでは…?
「食べ物をくれる人には申し訳ないけどね。」
「え?どういうことですか…?」
「毒が入ってるかもしれないから。
魔王のアタシに効く毒ならって話だけど。
アタシが口にするのは信頼している人の料理だけなのよ。」
毒…そういえばティリア様は命を狙う同族が居るというお話をされていました。まさかそういう…?
「折角ユムルと会えたんだもの。毒なんかで死んでたまるかってね。ユムルは特に差し出されても食べ物は食べちゃダメよ。分かった?」
「は、はい!気をつけます!」
するとティリア様は私をじっと見つめる。
「…不謹慎な事聞いても良いかしら?」
不謹慎なこと…?
「わ、私が答えられるものならばなんなりと!」
「ユムルは前の家族が憎いとか殺したいとか思わなかったの?お料理してたならいくらでも機会はあったわよね?」
「…」
憎い、殺意…正直覚えてません。
心を無にするのに一生懸命だったから。
私の覚えている感情はそれよりも…
「私は…確かに辛かったですが…憎いとかよりも悲しかったです。ティリア様の優しさに触れたおかげで今までの空っぽだった心が満たされていてとても幸せです。」
思ったまま伝えるとティリア様の瞳に涙が溜まっていく。
「ゆむる〜…っ!
あぁ、ぎゅってしたい。こっちへ来なさい。」
椅子に座ったまま手を広げるティリア様に困惑してしまう。まだタルトを食べきってないのに席を立つなんて…。
「ユムル、今この場にはアタシしか居ないわ。
作法とか礼儀なんて気にしないで。ほら早く!」
「は、はい。失礼致します。」
お待たせする訳にはいかないと思い、私は椅子から
離れティリア様にそっと抱きついた。
ティリア様もぎゅっとして下さる。温かい…。
「うーーっ可愛いっ!可愛すぎるっ!!
貴女は誰にも渡さない!永遠にアタシのものよ!」
「はい、ご自由にお使い下さい。」
「何かちがーう!!」
「え??」
私の両肩を掴んで引き剥がすティリア様。
何か間違った事言ってしまったのでしょうか…?
「ものって言ったけどそうじゃないの!
ユムルは物じゃないの!
言葉のあやというか何と言うか!」
言葉のあや?
「とにかく使うとか言うのはやめて!
貴女は生きてるの!意思があるの!
お人形でも駒でも無いの!分かった?」
「は、はい…すみません…。」
「ならばよしっ!…。」
ティリア様のお顔が暗く…?
「さてと、ユムルをぎゅっと出来た事だし!
残りのタルトを食べましょ!まだ話し足りないわ!!
ねぇ聞いてユムル!」
「はい、ティリア様!」
すぐに笑顔になられました。
私の気のせい…ですかね?
ティリア様の楽しいお話を聞いていると扉からノックが3回聞こえる。
「バアル=アラクネリアです。坊ちゃん、お嬢様、
そろそろお時間よろしいでしょうか。」
お時間…ってあれ!?もう2時間経ってます!!
「あらま、もうこんな時間なの!?もー…楽しい時間はあっという間ね。ユムル、アタシこれからちょっと魔王様してくるからお部屋で待ってて。」
「は、はい。」
「ゆーむるっさまーお迎えに上がりましたー!」
アズィールさんがバアルさんの後ろから現れました。
「また後でねユムル。行くわよベル。」
「畏まりました。」
私に手を振った後、背を向けて部屋を退出なされたティリア様。バアルさんも後に続きます。
「じゃあユムル様、お部屋に戻りましょ!」
「あ、アズィールさん待ってください。
お片付けがまだ」
「後で俺らがやっておきます!気にしないで下さい!」
「そんな…申し訳ないです!」
「何も悪くありません。ユムル様はゆっくりして下さい!さぁさ、お部屋へゴーゴー!」
背を押され部屋を退出させられました。
…片付けますのに…。動かないと落ち着きません。
自分の部屋に戻ったあと、アズィールさんがゆっくり扉を閉めた。そして私を見て首を傾げる。
「ユムル様、
先程からソワソワしてますけどどしたのですか?」
「え…?あ、あの……お片付けとかお掃除とか…していただくのが申し訳なくて落ち着かなくて…。」
「へぇ??」
「私も置いていただいている身、なのでティリア様だけでなく皆さんのお役に立ちたいのです。
やっぱり片付けを私が…」
「お気持ちだけで十分ですよ!嬉しいですけどユムル様を働かせちゃうと俺らが若様に怒られちゃうんですよぉ…。」
「あ…」
そ、そうですよね。勝手な行動しちゃダメですよね…。それこそ迷惑かけてしまう。でも…!
「……すみません。…あの、せめてお掃除道具を貸していただけないでしょうか。いつでも自分のお部屋を綺麗に出来るようにしておきたいのです。」
「え?それも俺らが…」
「ぷ、プライバシー的なアレです!誰にも踏み込まれたくないと言いますかあのそのえっと」
あぁあ嘘下手です私!全く言葉が出ませんです!!
「…………分かりました。」
「ふぇ…?」
「バアルさんに内緒で掃除道具をくすねて来ます。
でも自分のお部屋にだけお使いくださいね?」
右目を閉じて人差し指を口に当てるアズィールさん。何と優しいお方なのでしょう…!
「アズィールさん…!ありがとうございます!
とっても嬉しいです!」
「…!っへへ、じゃあ行ってきますね。」
「何処へぇ?」
なんとアズィールさんが扉を開けた目の前に何かを抱えたウェパルさんが。
「う、ウェパル!?いつからそこに!?」
「さっきぃ。ティリア様がねぇ、ユムル様にメンダコ君見せてあげてって仰ったからお部屋にお邪魔しようと思ったところ〜。」
ウェパルさんが抱えている物、よく見たら少し大きな円柱の水槽ですね。
「……会話、聞いてた?」
「何のことぉ?」
?マークを浮かべるウェパルさんに安堵したアズィールさんは私に手を振り
「いや、聞いてないなら良いんだ。
じゃ、ユムル様行ってまいりまーす。」
とお部屋を出ていかれた。
「あ、お気を付けて!」
「僕入っていいですかー?」
「あ、どうぞ!」
「お邪魔しまぁす。ひろーい。」
ゆっくりと歩かれるウェパルさんは赤いよく分からない生物を入れた水槽を机の上に置きます。
そして椅子に座りました。水槽の中のこの子は…?
「こ、これは…?」
「メンダコ君です〜。可愛いでしょー。」
こ、これがメンダコさん…。
小さなお耳でお水を漂う姿は確かに愛らしい。
「このピコピコしてるのは耳じゃなくてヒレなんだってぇ。可愛いですよねぇ。」
「は、はい。可愛いです。」
「陸に上がるとべちゃってしてブサイクになるよ〜。」
「え」
「あと食べられる〜。」
「えぇ…。」
た、食べられるのですか…。こんな愛らしいのに…。
「人間界の海ってとても面白いですねぇ。
魔物よりも変な生き物が多くて楽しい。
もっといっぱい捕まえたいなぁ〜…
それでティリア様とユムル様に見せるの〜!」
にぱっと笑う彼の笑顔が愛らしく、ついこちらも口角が緩む。
「それはとても楽しみです。」
「でもメンダコ君の所は寒くてちょっと苦手ぇ。
深海っていう海の底らへんに居るんだよ。」
深海?深海って物凄く水圧がかかる場所では…?
「ウェパルさん…深海にはどうやって…」
「この身一つだけですよ〜?深海に潜る時に入れ物持っていくとぺちゃんこになるから持ってけないし面倒〜。」
流石悪魔さん…。
丈夫とかそのような次元を超えています…。
「た、大変ですね…。」
「あ、そうだ〜。ユムル様にクラゲ君あげる〜。」
「クラゲ君、ですか?」
「うん、見ててとっても癒されるんですよ〜!
待っててねぇ。」
席を外し部屋を出るウェパルさん。彼と入れ違いでアズィールさんが掃除道具を持って入ってきた。
「アズィールさん!」
「ウェパルにバレてないと良いけどぉ…取り敢えず箒とちりとりとモップと雑巾とバケツを手に入れましたのでお使い下さい!新品ですよ!」
すごい!私が使っていた掃除道具全部です…!
「多分バアルさんにバレるんでそこのところ上手く
気をつけなければなりませんがね…。」
「…希望が無くともバアルさんに一応聞いてみようと思います。」
「…すごいですね。分かりました。
ですがお気をつけ下さい。バアルさんに怒られると
トラウマになるので!夢に出るので!」
「わ、分かりました!掃除道具の在り処を聞かれた
場合は私が欲しがったと正直にお伝え下さい。
その方が良いはずです。」
一応バレにくい所…あ、ベッドの横のカーテンの後ろならバレにくそうです。上手く隠してっと…
「ですね。ユムル様にも甘い事が分かりましたので
そうさせて頂きます!」
「はい、お願いします!」
「おや、甘いと思われているのですね。私は。
怯えさせないようにしておりましたので当然で御座いましょうが。」
…え?私の後ろから声が聞こえます。
ゆっくり振り返ると無表情なバアルさんの綺麗なお顔が私を見下していました。
肩をビクリと震わせて壁際まで光速で退くアズィールさんは震える指でバアルさんを指します。
「ばっバアルさんんっ!??どうして…」
怪訝な顔をしたバアルさんでしたが小さく鼻を鳴らして腕を組む。
「人に向けて指を差すな馬鹿者。
坊ちゃんがお嬢様の様子を見て来いとのご命令だったから来たまでだ。」
ティリア様が?
「それで?お嬢様。
坊ちゃんにお嬢様を働かせないで、と言われておりますが…そちらのアズィールが勝手に取ってきたであろう新品の掃除道具は如何なさいました?」
くすねたというのが既にバレてる…。
こうなったらユムル、頑張ってバアルさんにお願いするのです!
「えっと…バアルさん、お願いがあるのですが…!」
深海でメンダコを素手で取ったウェパルは陸に上がった時、メンダコの姿が変わったのに気付いて海に1回ぶん投げた事があります。海に投げ入れてメンダコの形に戻ったので確信して持って帰ったそうな。




