第14話『本性の探り合い』
ティリア様と手を繋ぎ、薄暗く広い通路を歩く。
すると歩きながら何かを思い出したように少し顔を上げたティリア様。
「あ、そうだユムル。
カロに会う前に言いたいことが。」
「?」
「カロってね、とぉーっても変な子なの。
アタシの使用人ってほぼ全員変な子なんだけど、カロはそれの結構上の方なの。」
「上…」
度を越した不思議さん、ということでしょうか?
「でもカロは良い子よ。大丈夫…なんだけど、ケルベロスはアタシ以外には中々懐かなくてちょっと困ったちゃんなのよ。」
「ティリア様が大好きなのですね。
ケルベロスさんは。」
「だ…大好き?…あ、ケルベロスがね。」
ティリア様が頬を赤らめて私を見る。
どうなさったのでしょう?
「ユムル、こっちよ。」
「はい。」
ティリア様が左を指差し、そちらへ行くと…
巨大な檻が目の前に聳え立っていました。
床から高く薄暗い天井にかけて伸びる鉄格子に圧倒され
「……。」
言葉が出ません。
「まだ驚くのは早いわよ。」
ティリア様が微笑み指笛を鳴らすと、ドシンッと重たい足音のような音が響き渡る。
その音と振動が段々と大きくなり、少し荒い呼吸の音が聞こえてきました。
「グルルル…」
檻をよく見るとギョロギョロと動く怪しげな黄色い瞳が6個。…か、顔が…3つ…ある…黒く巨大なワンコさん…です。
「紹介するわね。これがケルベロス、
アタシの可愛いペット!こう見えてとってもお利口さんなの!おすわり!」
ティリア様が床を人差し指で示すと
「きゃん!」
と可愛く鳴いてその場に座った。
よく見ると尻尾がブンブンと揺れてます!
「おまわり!」
「わふ」
くるくるとその場を回ってます!
「ごろーん!」
「きゃうーん」
寝そべってお、お腹が丸見えです…何という無防備…。
「ね、いい子でしょ?」
自慢げに微笑むティリア様に私は何回も頷いた。
「は、はい!お利口さんです!」
「んふ、やったわねケルベロス〜!
ユムルが褒めてくれたわよぉ〜!」
檻のギリギリまで近付けた3つの顔を撫でてあげるティリア様。ケルベロスさんも嬉しそうです。
「ユムルも触る?気持ちいいわよ?」
「あ、で、でも…ケルベロスさんティリア様に撫でてもらいたそうですし…」
「そんな事ないわよ。ね、ケルベロス?
ユムルにも撫でて貰いたいわよねー?」
「ガルルル…ッ」
唸ってます…!
するとティリア様はケルベロスさんの鼻を順番に素早く叩いた。ケルベロスさんは小さく「きゃうんっ」と鳴いていました。
「ほら、撫でてもらいたいって言ってるわ!遠慮しないで!」
「え、えぇ…?よ、宜しいのですか?」
「勿論よ!ね、ケルベロス?」
「あうん…」
元気がありません…。一瞬、一瞬ですから…!
「し、失礼します…!」
檻の間から手を入れてフカフカな毛並みに
触れる。…わ、フワフワです…!
「……」
あれ?ケルベロスさんがスリッと顔を近づけてくださったような。
「(ユムルに噛み付いたら明日は無いと思いなさい?)」
ん?ティリア様から少し怖い気配が…
チラッ
「ん?どうしたのユムル。」
あれ?普段のティリア様です。
ですから先程のは私の気の所為ですね。
「ケルベロスさんフカフカで気持ちいいです!」
「ふふ、でしょ?存分にモフりなさい!」
「よ、宜しいですか?ケルベロスさん。」
許可を取ろうとすると「わふ」と答えてくれました。
「ありがとうございます!」
ケルベロスさんを撫でているとティリア様が私の隣に屈んだ。
「ちなみにケルベロスは魔族の中の魔獣種と呼ばれる分類よ。城にいるアタシ達は全員悪魔種。
それ以外にも妖種や植物種とか沢山居るの。」
細かい分類で分けていらっしゃるのですね。
他の種族の方…ちょっと気になります。
「アタシは魔族と悪魔種のトップだけど種別の代表の人達も案外居るのよ。」
「へぇ…」
「野生、というか理性のない魔獣種は食べられる奴も居るのよ。」
「……ヘェ…。」
あまり聞きたくない情報でした…。
「〜っ!!」
?ケルベロスさんから声が…
「ティリア様、
何かケルベロスさんから聞こえます。」
「え?……あ!カロの事をすっかり忘れてたわ!
ケルベロス、カロをペッしなさい!ペッ!」
ケルベロスさんは身体を起こし口からペッと何かを吐きました。ベシャッと音が鳴った所から何かが立ち上がります。
「いっ…てぇ…!!」
「カロ、思った以上に元気そうね。良かったわ。」
カロと呼ばれたその人は怪訝そうに檻に近づきました。
「来んの遅せぇよティリア様!
髪の毛少し溶けただろーがっ!!」
…ティリア様に向かっての口調が…凄いです。
カロさんは白っぽい黄緑の髪色で襟足や触覚であろうかくついた特に長い4本が腰の位置まである髪型です。
私から見てジャケットの右側、ズボンの左側が黒で、ジャケットの左側とズボンの右側が白い服装、黒いズボン側が白のロングブーツで白いズボン側が黒いショートブーツという色々逆なお方です。
雰囲気は少し怖い威圧感があります。
ティリア様はカロさんに向かって挑発するかのように首を傾げる。
「あら、アタシに謝れって言うの?」
「そんな訳ねぇですよ。来るのが遅せぇっていう不満をぶつけただけでーす。で?コイツ誰?」
ケルベロスさんの涎でベトベトなカロさんが私を訝しげに見ます。その視線を遮るようにティリア様が私の前に立たれました。
「口を慎みなさい。ユムルはアンタの第2の主なのよ。…昨日のパーティーの最中は誰だったの?」
「んぁー…多分テオ。」
「結構静かだったし、そうね。テオね。
じゃあテオが来なさい。」
ティリア様の謎の言動でカロさんの尖っていた4本の触角が緩やかな弧を描き、纏っていた雰囲気がガラッと変わりましたら。
「あれれ?ティリア様。どうしたんですか?ってうわ!僕ベタベタすぎ!またケルベロスに玩具にされたかぁ。」
身体中の涎を魔法で出したお水?で勢いよく流しているカロさんに向けてティリア様は腕を組みながら
「テオ、昨日のパーティーはアンタが居た?」
と聞く。今度はテオさん?テオさんと呼ばれた方は水で濡れた髪を掻き上げ
「はい、僕です。ユムル様の事も存じあげておりますとも。僕はテオ、テオ=ダンタリオン。
ケルベロスの世話係です。」
微笑んだ後、檻越しに挨拶をして下さった。
「ゆ、ユムルです…お世話になります…。」
テオ=ダンタリオンさん…。
では先程のは何方でしょう…?
「てかそっから早く出てきなさいよ。
ケルベロスがアンタから興味が逸れてるうちに。」
「そうします。」
テオさんはコツコツと足音を鳴らしながら遠くの扉から出てこられた。
「わはー!ユムル様って近くで見るとだいぶ可愛いですねぇ!」
ずいっと顔を目の前に近付けられ少したじろぐとティリア様がテオさんの顔面を押さえ私から離す。
「近いわよあんぽんたん!」
「いだぁいっ」
「ユムルに近づきすぎよ!男はアタシ以外だめっ!」
「えー…ティリア様のけちぃ。」
「ケチで結構よ。ユムルはアタシのモノなの。
テオからカロに言ってちょうだい?主に助けられる使用人はいかがなものかしら、とね。」
それを聞いてテオさんはしょんぼりと眉を下げた。
「伝えられたら伝えておきますー。
あ、そうだユムル様にこれあげます。」
「?」
テオさんは私に黄緑色の呼び鈴を渡してくださった。柄は……仮面?と菱形があります。
「僕の呼び鈴です。テオが来れるかは分かりませんが必ず僕の見た目をした誰かは来ますのでご安心を。」
「テオさんの見た目をした誰か、ですか?」
気になって聞き返すと満面の笑みで頷いたテオさん。
「はい、という訳で僕は失礼致します。
ふんふふーん♬︎」
軽やかなスキップで私達の前から去っていくテオさん。…不思議な方ですね…。
「ユムル、驚いた?」
「はい…ケルベロスさんがカロさん?
テオさん?を玩具として食べてしまったこともそうですが…雰囲気が急に変わったことが特に驚きました。」
雰囲気変わったと言った時、
ティリア様は小さく息を吐きました。
「あの子、よく分からないのよ。
多重人格者なのか演技なのかも分からないし、どれが本当なのかもアタシにすら分からないの。」
多重人格者または演技…。
ティリア様にすら分からないのならばご本人以外知ることは不可能だということですね。
「皆を揶揄うのが好きな子だし。
だから2人きりになる時は気を付けなさい。
なるべくアタシ、ベル、チュチュ、アズの誰かと一緒にいてちょうだい?良いわね?」
「は、はい…。気をつけます…。」
私の返事を聞いてティリア様は微笑み、私と手を繋いでくださる。
「えぇ!じゃあ戻ろっか!」
「は、はい!」
…
「ふぇえ…酷いです若様ぁ!!」
ホールに戻ってくると涙でぐちゃぐちゃのアズィールさんが駆け寄って来ました。
「あら、戻ってきたの。」
「ウェパルがクラゲと遊ぶからって入れてくれました。」
「門番がどんな理由よ…。そんなんだから…」
呆れたティリア様の視線が流れるように扉へ向けられる。私も視線を追うと扉がゆっくりと開かれた。
「面倒臭い奴が来ちゃうのよ!」
「面倒臭い奴は酷いなぁ。私があの凄く綺麗な水門を通り抜けれるの知ってるだろう?美味しそうな匂いを嗅ぎつけて来ちゃった!」
薄い黄色、薄いピンク、紫色のグラデーションの髪を持った女性のような出で立ちの男性が笑顔で手を振っています。
「ルル!その言い方は怒るわよ!」
ルルさん?は私に品定めするような視線を向ける。な、何でしょう…。彼は私の頭の先まで見るとニタッとした笑みを浮かべました。
「あぁいい匂いだぁ…!しかも可愛いねぇ。
初めまして、私はルルメル=レヴィアタン。
ティリア様と仲良しな魔族です。名前、伺っても?」
「は、はい。私はゆむぐぐ」
急に口を塞がれました!塞いだのは…
「ご無礼をお許し下さいお嬢様。」
バアルさんです…!てっきりアズィールさんかと思ったらいつの間に…
「アズィール、お嬢様を。」
「はいバアルさん!お嬢様、こちらへ。」
アズィールさんに背を押されティリア様と離れ離れになってしまいました。
「あのっティリアさま!」
「貴女に何しでかすか分からないからねこの馬鹿は。だから部屋に戻って待っていて?後でお茶しましょ!」
ルルメルさんから何か嫌な感じがします。
でもティリア様のご迷惑にはなりたくない…。
「…はい、お待ちしております…。」
「えぇ、聞き分けの良い子は特に好きよ。」
という言葉を聞いてアズィールさんと部屋に戻った。
「えぇー?あの子の名前聞いただけなのにそんな言います?まぁ良いや。お話しましょ、ティリア様。」
「知ってるでしょ?魔王様ってね、忙しいの。
アポも無しなのはお断りよ。
出てってもらえるかしら。」
「え、嫌ですよ。」
「「…。」」
「はぁ……アタシに何か用かしら。
アタシに用ならベルに伝えて頂戴。」
「いえいえ、言ったじゃないですか。美味しそうな匂い嗅ぎつけたって。何隠してるんですかぁ?それについて苦情のお話、宜しいですよね。」
「……。」
「坊ちゃん。」
「手短に聞くわ、こちらへいらっしゃい。」
「やったー♪」




