第12話『“ご”挨拶』
“ユムルちゃんの…旦那さん、ですか!?”
ですって…!!?
に、人間ったら彼氏とかそういう概念ないのかしら!?え?旦那ってアレでしょ?
結婚した夫婦の男を指す言葉でしょ!?
まさか人間は彼氏の事を旦那って呼ぶのかしら!?
……いや待って、夫婦じゃないって言ったらあの店員は少し残念そうにしたわ。
?マーク浮かべたり訂正して来なかったあたりやっぱりアタシの思った意味で間違いないわ。
はぁあ〜〜〜嘘でも「はいそうなんですー」とか言いたかったぁ!
アタシの意気地無し!バカバカバカ!
「てぃ、ティリア様!ご覧下さいこの布!
宇宙のような星空のような模様で綺麗です!」
ユムルが気を遣って話しかけてくれた。
あら?照れてないのかしら?
顔色そのままだわ。ちょっと残念。
でもユムルに気を遣わせるなんて魔王失格ね。
ちゃんとしないと。
「あら本当ね。ユムルに似合いそうだわ。」
「え?」
「え?」
な、何で疑問で返されたの??
アタシ間違った事言ったかしら??
「わ、私は…ティリア様がお似合いだと…思って…その…………えっと…」
何この可愛い生物は。
「アタシとユムルにお似合いなんてとっても素敵。
この布、買いましょ?」
「で、でもティリア様は魔法で…」
「しーっ!」
魔法は人間が使えることは無いとベルが言っていた。話を聞かれたら魔族ってバレちゃうかもしれない。
そう思って慌ててユムルの口を手で塞いだ。
「魔法は内緒。
また後で種明かしするから、ね?」
「ふがふが」
ユムルが頷いてくれたのを確認して手を離す。
取り敢えず普通にしなきゃね、ふつー。
「この布は…裏地が見えるようなデザインのスカートに良いかも。
あ、でもリボンとかも捨て難いわ。ほら…」
細く切り離されたサンプルを手に取ってユムルの耳元へ持っていく。
丁度耳の後ろで…髪を耳に掛けて…っと…
「あ、あのティリア様…」
あら?ユムルの耳が真っ赤だわ…!
「…」
顔は照れてる表情だけど赤くない。
けれど耳は赤い…。ま、まさか気を遣ってくれた時からずっと…?
「み、見ないで…下さい…っ」
あ、顔背けられちゃった。あぁ可愛いっ!
我慢ならないわ!
と、ついユムルを抱きしめてしまった。
「てぃ、ティリアさまっ!」
「んーっ猫邪魔。」
『ふにゃっ!?』
ユムルの肩に乗っていた赤猫を摘み投げ、ユムルだけをぎゅっとする。
まだ細い、小さい。もっと力を込めてぎゅーってしたいけど…それだとユムルが壊れちゃうかもしれないから我慢。今はこれで良い。
「ティリアさま…っ」
「んー?」
「お、お客さんが…私達をみ、見てまっ」
見て?ユムルの慌てようが気になり、
うずめていた顔を上げると
確かに他の人間たちが微笑ましそうにアタシ達を見ていた。
………。(思考停止中)
『ふにゃ。』
!!!(理解完了)
「ご、ごごごめんなさいっ!」
「い、いいいいえ!!」
「布買ってくるわっ!」
「つ、ついて行きます!」
はっっっずかしっ!!!
自重しなさいよアタシッ!!
「お買い上げ、ありがとうございまーす!
またいらしてくださいね、彼氏さん!」
「かれっ……」
この人っ…分かって言ってるわね…取り繕えアタシ!
「えぇ、ユムルとまた来ますね。行くよ。」
「は、はい!またお邪魔致しますね…!」
「ありがとうございましたー!」
左手で布が入った袋を持ち、右手でユムルの細く小さな左手を握って店を出た。
手を繋げるのなら手袋しなきゃ良かったわ。黒の革手袋だから熱が感じにくい。でも手汗を隠せるからいっか。今からユムルを辛い目に遭わせてしまうと思うと手汗が凄いの。
「ユムル…そろそろ行ける?」
「はい、問題ありません。」
嘘。悲しい想いが、辛い想いが溢れている。
それを辿ってユムルの家が分かるくらいだもの。
最初のお風呂での質問の時もそうだった。
好きか嫌いかと言われれば嫌いと言っていたけど嘘だった。あれは間違いなく大嫌いだという感情だった。
『ふにゃあ!』
赤猫がユムルの頭に鳴きながら乗った。
「猫さん…ありがとうございます。」
む…ユムルが笑顔になった。やだ、嫉妬なんて見苦しい…。さっと終わらせちゃいましょう。
「ユムル、アタシに掴まって。
一気に飛ぶわよ。」
「は、はい…。」
ユムルと路地裏に入り、誰も見ていないことを確認して杖を振った。そして…
「ここが…ユムルのお家ね。」
村のような場所に紺色の屋根に白い壁。
あまり広くはないわね。家の間隔が広いし…
これくらい広いと大声で罵倒されても外に聞こえないわね。それに今、不思議なことに誰一人外に出てない。長閑な、というより寂れた村ね。
「…」
ユムルもアタシから手を離さない。足も震えている。それほど嫌なのね…。まずどんなクソ野郎か見てみないと。アタシは少し遠くの植木を指さした。
「ユムル、ちょっと植木の影で待ってなさい。」
「え…でもティリア様は…?」
「アタシはね…こうするのよ。」
杖を振ってユムルに姿を変えた。視線低いわねぇ。
「どう?ちゃんとユムルしてる?」
「す、凄いです…わ、私です…!」
あら、凄い驚いてる可愛い。
「じゃあ行ってくるわ。
猫、ユムルを頼むわよ。」
『ふーにゃあ!』
「よし!」
ドアは3回ノックよね。
で、ユムルは少し猫背、怯えた表情で…
家出したからもっとビクビクとしてた方が
良いわね。
ガチャッと音がして扉が開く。
「はーい…ってアンタ!!?
何処言ってたのよ!!」
煩い女が出てきたわ。
如何にも意地クソ悪そうね。
コイツを知るにはユムルの振りをしないと……あ、しまった。ユムルはコイツのことをなんて呼んでるかしら。取り敢えず怯えた振りを開始。
「あ…あの…えっと…」
すると女は口を開くや否や罵倒を始めた。
「ホントどういうつもり!??やるべき事放り出してさぁ!!誰のお陰で生きていけると思ってんのって言ったばっかよねぇ!!?それともまた痛めつけないと分からないのかしら!!?」
煩いし痛めつけるって言ったわね…!!
「早く来なさい!!!
やる事もやらずに出ていった罰よ!!!」
女はアタシの手ではなく髪の毛を掴もうとした。
迷いもせずそうするなんて余程やり慣れてるのね。
アタシはそのムカつく手を払う。
「いった!!何すんのよ!!
自分の立場分かってないわけ!??」
「あったまきた…!!
ユムルにいっつもこんなことしてるわけ?」
「…は??」
「そりゃアンタがブスな訳ね!
性格がブス過ぎて顔に表れてんじゃないの?
アンタは身も心もブスで救いようない人間ね!!」
あぁ、ダメだ。イライラして言葉が溢れてくる。
こんな奴のせいでユムルは家出を決意するほどの辛い日々を毎日…!
「誰のお陰で生きているかって言ったわねアンタ。
アンタこそユムルのお陰で生きてるくせによく言うわ!!」
ユムルが何故か止めようとしているのが視界の隅で見えるから一瞥した。
「その服ヨレヨレじゃない!着回してんの?
そんな歳でまともに洗濯も出来てないなんて!
どれだけユムルに頼っていたの?」
「な…っ…」
あースッキリした!
それに言葉無くしてる。ざまぁ見なさい!
「てぃ、ティリア様!!」
植木に隠れていたはずのユムルが抱きついてきた。
「あら、待ってなさいって言ったのに。」
「だ、だって…ティリア様が心配で…」
あー可愛い。ストレスが浄化される。
「まぁ、ありがとう。で、コイツ誰?」
「お、お姉様です…。」
「ふぅん…。」
お姉様ねぇ…。
様付けるほどじゃないし本当にユムルの姉妹かしら。顔が雲泥の差よ。いや、性格もか。
「ゆ…なん…2人…」
口をパクパクさせながらアタシとユムルを交互に指差す姿は滑稽だわ。声を荒らげすぎて家族と思わしき母、父も出てきた。
うーわ芋みたいな顔。え?そう考えるとユムル美人過ぎない?え?妖精かしら???
「おい、何の騒ぎ……だ……」
両親も驚いてやんの。じゃあ種明かしするか。
アタシはユムルの姿から自分の姿に戻った。
「どうも。ユムルの御家族さん?」
あらあら、揃いも揃って間抜け面。
美しさの欠片も無くて笑えないわ。
姉はアタシを見てイケメンと呟いた。
微塵も嬉しくない。
「な、何の用だ…!」
ユムル父?が目を見開いたまま口を開く。
いいわ、ストレートに答えてあげる。
「ご挨拶に伺いました。娘さんを僕に下さい。
ん?ちょっと違うか。めちゃくちゃ可愛くて出来の良い方の娘さんを貰います、返す気無いです。」
「そ、そんな子より私の方が宜しくなくて!?」
ここぞとばかりに媚びを売ってくるなんて…先程の事を忘れたのかしら。
「何処が?貴方の全てを見てもユムルと雲泥の差…いえ、それ以上差があると思います。」
分かりやすく言わないとダメージ入らないものね。
えーと…
「地面と星空の差ですかね。カラカラの罅割れ地面がアンタで、満天の星空がユムル。
そんな事も分からないなんて可哀想。」
「ティリアさまっ!?」
止めないでユムル。
言葉とイライラが溢れて止まらないから。
「あぁ、それとも性格がブスすぎる救いようのないアンタに向けて口を開く気すら起きねぇんだよ、と言った方が宜しかったですか?」
「んなっ!?」
あーやっぱりスッキリする。
「二度とユムルを傷付けさせない。
もう二度とアンタらに返さない。
ユムルが救いようのないクズ相手にどれほど頑張ったか、お前達がどれほど愚かだったかを痛感し、後悔しろ。」
「ティリア様っ!!」
「なぁにユムル。
コイツらにもう二度と用は無いわ。」
「ちょ、アンタ一体さっきから何なんだ!!
ウチの子を勝手に…
ウチの大切な子に何をするんだ!!」
「大切な…子…だと…!?」
久し振りに自分の堪忍袋の緒が切れたのが分かった。
「僕が初めて会った時のユムルの傷は…それはもう痛々しかった…更には髪が傷んで身体がとても細かった…。」
本当に驚いた。当事者じゃないアタシの心がズタズタになったほど痛ましかった。
「子供を大切にしてる奴がする事じゃないだろう!」
やばい、ユムルの辛そうな顔を思い出して泣きそうになっちゃった。ただでさえクズを視界に入れさせてしまって我慢させているのだからさっさと行こう。
「金輪際ユムルの事を口にするな。
もし口に出してみろ。来い!アズィール!」
『にゃあーん』
「ね、猫さん!?ダメですよ今出てきちゃ…って…えぇえ!!?」
ユムルの大声も無理はないわ。
アズィールは赤猫でずっとついていたのだから。
そしてアズィールの本当の姿は…
羽根を生やしたライオンの悪魔なのだから。
『グルルル…ッ』
「ユムルを乗せなさい。」
『ガァウッ』
「え、あの…ティリア様…!」
「アズに乗りなさいユムル。
今は言うこと聞いて。」
「…は、はい…。」
伏せたアズがユムルを乗せたのを確認して呆気にとられている家族…だった者達に視線を戻した。
「アンタらの家をこのペットのライオンと
燃やします。それとお前、さっき僕の事を聞きましたね?」
さっきから何なんだと言ってきた父だった者に人差し指を向ける。
本当は言いたくないけど致し方ない。
「僕はユムルに惚れた彼氏ですよ。職業は魔界を総べる魔王。では、永遠に会わないことを願って。」
最後は吐き捨てるように言ってユムルの前に座るようにアズに跨った。
「ユムル、アタシに掴まって。落ちちゃうわ。」
「は、はい…。」
お腹にユムルの手が回ったことを確認してアズの首元を撫でる。
「いいわ、アズ。行きなさい。」
『がう』
返事の後、羽ばたいて宙に浮かぶ。
「きゃあ!」
ユムルが驚いてアタシをぎゅってしてくれた。
んふふ、とっても嬉しい。あっという間に家が小さく見えるほどまで高く飛んでいる。
…もう人間なんてどうでも良い。
ユムルさえ居てくれればそれで良い。
ユムルに怖がられないよう人間と仲良くなりたいと言ったけどユムルだけで良い。もう知りたくない。
「もう思い残す事はなぁい??」
「…はい。ティリア様が私の為に…色々仰ってくださった時は驚いたのですけど、とてもスッキリした気がします…。少し罪悪感がありましたけど…。」
罪悪感!?あんな奴らに!?
「感じる必要のない物よそれは!」
「……はい、そうですね。…それにしても猫さんがアズィールさんだったなんて…私驚きました。」
「アタシに万が一があった時ユムルを守れるように来てもらったの。」
使用人は皆、アタシのペット…ではないけど似たようなものとして間違った事は言ってないわ。
「ちゃんとケルベロスっていうワンコが居るわよ。
後でモフる?」
「は、はい!是非!」
やっと声が明るくなった。
「やっと元気になったわね。
さ、アズ!さっさと行くわよ!」
『えぇー!?ずっとユムル様の護衛してましたよー?俺を褒めて下さっても良くないですー??』
急に喋ったと思ったら駄々こねてるわね。
「使用人として当然でしょ?」
『うぅー…つめたぁい。ねーユムルさまぁ!』
「え?えっと…アズィールさん、ありがとうございました。助かりました。」
『えっへへー!どういたしまして!!』
「ぐぬぬ…っ」
アズに嫉妬なんて醜い…っ!
我慢しなさいアタシ…っ!
「…………ティリア様。」
「なぁに?」
「…本当にありがとうございました。」
短いけど、
少し震えた声で言ったのが分かった。
「どういたしまして。これからは心置き無くアタシの隣に居てくれるかしら。」
「はい、ティリア様や皆様の御迷惑でなければ。」
『迷惑な訳無いですよっ!』
「そうよ。ユムルの生きる意味を見つけなきゃなんだから。」
「…………はい。」
その言葉を交わした後、魔界の城に戻るまで何となくお互い口を閉じていた。




