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第2話「ヒトは空を飛びません」①

 黄色がかった白熱電球。吊るされたペンダントライトのみが照明となる狭い店内。

 薄暗いポテト店内は、開け放たれた入り口から差し込む陽光を頼りに今日も営業している。


「どうしたの、青山君。」

「え?」

「何か探しているのかい?」

「ああ、いえ———」


 ジャンル分けも特にされず、雑多に置かれている玩具を掘り出すように物色しているところを綺麗な白髪のお爺さん——店長である大貫おおぬきに声を掛けられる。


 日は高く、だというのに今日も今日とて客はおらず、早いうちに一通りの仕事を終えた響。

 客入りの少なさゆえ、手持ち無沙汰になるとは皮肉である。


「店長、あの、以前やたらでかい家のおもちゃ入ってきませんでしたっけ?」

「家、かい?」

「ええ。えっと、”キルマフィアファミリー“でしたっけ。……タヌキのやつで。女児玩具にしては不謹慎極まりないあれですよ。」

「ああ、あの。」


 積み上げられたおもちゃの壁。

 ある種“穴蔵”的な雰囲気のその風景から、目当てのものひとつ探すのはさすがに骨が折れる。


「いや、覚えてないなぁ。似たようなおもちゃばかりだしねぇ。ほら、もう私もこんな歳だしねぇ。青山君に発注も任せてしまってるし。腰もダメにしたし、私にできることといえばレジ打ちだけだよ。」


 そう言って豪快に笑う大貫。

 今年でポテトは創業41年。自称元エリート営業マンの大貫は、結婚と同時に退社。地元の商店街で、かつての夢だったおもちゃ屋さんを開業したものの、数年前に妻は先に他界した。大貫自身も今年で御年80歳となる。

 滑舌や頭の回転は衰えてはいないものの、少し残った髪は白に染まり、ここ2年で腰を痛めて満足に動けなくなった。

 営業中は問題がない限り閉店までレジ前の椅子に座り、レジ横に置かれた小さいテレビを見ながら過ごしている。


「青山君がいなかったらもう店畳んでたかもねぇ。」

「ははは、いや、そんな。」


 実際、重たいものを容易に持ち運べなくなった老人が、小さな店構えとはいえ小売業を営むのは無理がある。

 バイトという立場ではあるが、響がいなければ店を畳まなければならなかったのは事実だろう。


「電話対応ぐらいはするけどね。ほんと、助かってるよ。」


 目を細めて柔らかに大貫は笑う。

 素直に、正直に感謝の意を述べるお手本のようなお爺さんに、響は照れ臭くなって何も言い返せず、ただ愛想笑いを返した。


「……ん、あれ。」


 入り口付近の一角を掘り起こしていたところ、目当てのシリーズ商品を掘り当てる。


「もしかして………。」


 目に止まったのが目当ての商品そのものではなかったものの、同シリーズのものであるのは間違いない。

 この付近に求めたものがきっとあるはずだ。


 そうしてしばらくその近場を物色していると、様々な玩具が乗った下敷きに、大きな箱が顔を出す。


「あったあった。って、このまま引っこ抜くわけにもいかんよな。」


 大きさからしてこれはきっとこの辺りの大黒柱となっている可能性がある。

 この箱のみを引っ張ると達磨落としよろしく、玩具が土砂のように降り注ぐのは自明の理。

 丁寧にひとつずつ取り除き、バランスを取りながら箱を取り出す。


「ふぅ、これで、よし。って、げ、嘘だろ。」


 色褪せて、古ぼけて、少し潰れた正方形の大きな箱。

 商品名“キルマフィアファミリーDX『洋館抗争編』”。パッケージ横には可愛らしい三匹のタヌキの人形が、マシンガンのような銃を持って洋館に立て篭もる写真が見本として掲載されている。

 女児玩具という事実にも驚きを隠すことはできないが、何よりもこのサイズ。幅1メートルはあるのではないかという迫力。内容はさることながら、そのスケールに文字通り“デラックス”を感じる。


 ただ、デラックスであるのはそれらだけではなく。

 パッケージ正面の右下。価格のついたラベルシールに、薄れたインクで『¥11000』と書かれていた。


「一万円って……いや高すぎだろ。さすがに無理だよなぁ。」


 財布の中身の内容を思い出す。

 昨晩両替に走り、恥を忍んだ記憶があるので鮮明に思い出すことができる。

 一万円。なくはないような気もするが、生活に影響がありすぎる値段だ。

 昨日五千円の手痛い出費があったからなおさらだ。


「見つけたのかい?おや、ずいぶんおおきいねぇ。誰かにプレゼントするのかい?」


 レジ奥からお茶を汲みに行っていた大貫がひょっこりと顔を出しこちらを覗く。


「え?ああ、いや……うん、そんなところです。わがままな奴がひとり今家にいましてね。」

「へぇ、そう。」


 大貫は姪っ子でも訪ねてきているのだろうと楽しそうに笑う。

 まさかその対象がペットボトルサイズとは思うまい。


「それ、色褪せてボロボロに見えるけど。いつ頃入荷した商品だったかなぁ。」

「ええっと、確かこれ俺が入った時ぐらいにきた商品だったと思うんですけど……。」


 商品を裏返して製造年数を確認すると、やはり今から四年前の年数が印字されている。


「ああ、やっぱり四年前ですね。一個だけ入荷してた覚えありますよ。まぁ、これが何個も入荷されても困りますけど。」

「結構前だね。それ、あれでしょ。人気シリーズの。」

「ちょっと違いますけど……似たようなものです。でも、こうして埋もれてしまってるのを見ると評判はよろしくなかったみたいですね。何てったってマフィアですから。子供受けがいいはずもないですね。」


 潰れた箱の上面に積もった埃を手で払う。

 しかし、埃は湿気等でこべりついて何度払ってもザラついた触感は拭うことができなかった。


「で、それいくら?」

「11000円ですね。買おうと思ってましたけど、ちょっと手が出ないですねぇ。まぁ、他のものにしますよ。」

「ふーん………。」


 大貫が杖をつきながらお茶の入ったコップを片手に歩み寄って、響の手に持った商品を眺める。


「ありゃあ、箱も潰れちまって。商品にもならないね、これは。いいよ、このまま持って帰りな。」


 お茶をすすりながら大貫はそんなことを言った。


「え、いいんですか!?いやいや、高すぎますよこれ。無料だなんてそんな……!」


 言いつつも、少しにやける口を隠すことができない。

 無料とまではいかないものの、割引を期待していなかったといえば嘘になる。

 響はそんな人間だった。


「いいよ、いいよ。どうせここに置いてたってもっとボロボロになるだけさ。今更誰か買ってくれるとも思えないしねぇ。だったら、必要とする人がいるならさ、その内に譲る方がいいさな。それに、それが青山君って話ならなおさらよ。今まで、この老いぼれによくしてくれてる礼とでも思ってくれ。」

「……そこまで言ってくださるのなら、まぁ。断りすぎても失礼となりますし、まぁ。ありがたくいただきます。」


 箱を持ったまま頭を下げる。

 「いいよいいよ」となおも笑う大貫を他所に、響きの右手は小さくガッツポーズを取っていた。


「いや、でも本当助かります。これ買った上で、エサも買って帰らないといけなかったんで。」

「エサ?青山君、何か動物でも飼ってたのかい?」

「ああ———ええ、ゴリラを一匹。」

「……ゴリラ?」


 キョトンと目を丸くする大貫。

 数秒の間があって、冗談なのかと大きく大貫は笑った。


(それが、冗談じゃあないんだよな………。)


 これからのことを考えると頭が痛くなる。

 自宅に巣食う“アレ”のことを思い出すとため息が出そうになる。


 君の冗談なんて初めて聞いた気がする。

 そう言って笑う大貫を前に、響は引きつった笑顔しか返すことができなかった。





 日は落ち、本日の仕事を終えて帰路につく。

 響は大荷物を抱えていつもの順路を巡り、今日は寄り道をせずに買うべきものだけを購入して急ぎ足で自宅へと帰る。


 自宅、自室。家族ならまだしも、プライベートな空間に自分以外の誰かが、ましてや正体不明の物体Aを残したまま仕事をするのは内心気が気ではなかった。


「た、ただいま……。」


 自宅の扉とはこんなに重いものだっただろうか。

 無意識にある緊張は腕を伝ってドアノブを握る力を鈍らせる。帰ってきたというのに他人の家に訪問するような、そんな気がして恐る恐る慎重に体は動いた。


 まるで別世界。そう、異世界にでも赴くような心持ちで。

 ひとりでに意思を持って動く人形——自称ゴリラと名乗る少々々々女。今朝の光景を思い返すと、それは無理のないことだった。未だに現実とも受け入れ難い。

 しかし、入らずともドア横の窓から漏れる室内からの灯りが、それが現実だったのだと響に訴えかけている。


 いるのだ、中に。

 飲み込んだ空気が喉に貼りつく。半開きの扉のドアノブを握る手と、額にいつのまにか浮かんでいた冷や汗が冬風に吹かれて冷たい。

 この再度の邂逅が、どのようなものを自分にもたらすのか全く想像がつかない。

 思考はまとまらず、ただ乾いた下唇を噛む。

 そうして数秒、それでも帰る場所はここにしかないのだと両頬を軽く叩くと、響は自宅内へと侵入かえっていった。


「あっ!響さんお帰りなさい。ただ、ただ、ちょっと待っていただきたい!これ、ほらこれ、見てください。苦節4時間弱。あとは最上段を残すのみなのです!」


 今朝よりも格段に散らかった室内。

 棚という棚は引き出され、ひっくり返されて床に散らばっている。

 封印されたように引越し後開けられることのなくなった押し入れも開け放たれ、入れっぱなしになっていたダンボールすら開けられてどれがどこに入っていたものか判別できない。

 低めのタンスの上に綺麗に並べてあったはずの響の“コレクション”ですら、そのタンス上でごちゃ混ぜに散らばっていた。

 響は潔癖、綺麗好きというわけではないので元々適度に散らかってはいた。しかし、これほどのゴミ屋敷予備軍のような様相は、到底許せるものではない。


 そんな室内の中心のテーブル。覚えのある人形が、背後から横に伸びる二本の機械バーニアから噴出する青色の炎でふわふわと宙を浮きながら、両手に二枚のカードを抱えてトランプタワーの最上段を今まさに積み上げようとしていた。

 そこに元々あったものは床へと投げ飛ばされ、それぞれが表も裏もなく無造作に転がっている。


「おい。」

「ああ、言わずとも分かります!このような繊細かつ綿密な作業。ここまで積み上げられたことに言葉もなく感動しているのでしょう!振り返らずとも涙しているのが分かります!拍手喝采を浴びせ、私を褒めちぎりたいのも分かりますが少々我慢を!これで、これでようやく最後なのです!」


 そういうことではない。そういうことではないが、確かにやっていることが難しいことは響にも分かる。

 ジョーカーを入れた全54枚で一組の普通のトランプ。そこから出来る5段のトランプタワー。

 一度は響も小さい頃に挑戦したことがあるが、完成したことはなかった。


 求められるのは技術もさることながら、何より忍耐力と集中力。そしてやり続ける精神力。

 何の気なしにできるのではないかと軽い気持ちで挑戦した者も少なくないだろうが、これが中々に難しい。


「集中……集中……。」


 だから、言いたいことはあるがひとまず。ボソボソと何かに取り憑かれたように呟きながら血走った目で最後を飾ろうとするそれを、遮ることなく響は荷物も降ろさずに無言で背後から見守った。


「はぁっ、はぁ—————」


 小さな口から吐き出される荒い息が、震える細いふたつの腕が、聴こえもしないはずの彼女の鼓動の音を耳に運ぶ。


 ———慎重に、慎重に。

 見ているこちらも唾を飲むようなその瞬間。アハ体験の如くゆっくりと動いていた彼女の手から、二枚のカードが山の形であるべき場所へと当てはまる。

 

 左右対称。美しい三角形。

 解かれた緊張が次第に少女の瞳に輝きをもたらす。


「———やった。」


 空中でほんの少し後退する。全貌を見てため息が出る。

 呟いたその言葉が、取り繕うことなく出たたった三文字が、達成感となって全身を満たしていくのが分かる。


 成し遂げた。成し遂げたのだ。

 努力があった。苦労があった。だからこその喜びがある。


 分かち合いたい。この喜びを、少しだけでも。

 幸い、自分にはそれが出来る相手がいる。最後を目撃した唯一一人が。

 彼は、今どんな顔をしているだろうか。泣いているだろうか、笑っているだろうか。それとも。


 共有したい。共有して欲しい、この感動を。

 少女は胸に手を当てて目尻に涙を溜めながら、しかし晴れやかな笑顔で背後の青年の名前を呼びながら振り返った。


「み、見て下さい響さ———」

「はいドーーーーーン!」


 振り返った時には彼の姿はなかった。それもそのはず、振り返りざまに死角からすれ違ったのだ。

 そしてその瞬間背後から聞こえる落下音。まさしく自分の作品のあるテーブルにすぐさま再び振り返ると、あったはずの姿はなくテーブルの上には大きな箱が置かれ、数枚のトランプが宙を舞っていた。


「アァァァァァァァアアアア!!!何してくれてんですかァ!?私の、私のトランプタワー!」


 叫び声、もしくは悲鳴の音程が語尾になるにつれ次第に高くなる。

 吐き気がし、視界の焦点が定まらない。

 数時間を経て完成した自分の作品が一瞬にして箱の下敷きに。努力の結晶がこうも簡単に叩き潰されただなんて信じることができなかった。


「うるせぇ!」

「あなたに、あなたに人の心はないんですか!?これ、もうこれ……あぁかわいそうに!私の子!」


 少女はわなわなと震える肩を両腕で抱くようにしながら響の眼前まで浮上する。


「こうまでするのにどれだけ苦労したと思ってるんですか!?このッ……人殺しッ…!」

「誰が人殺しだ、誰が!人聞きの悪い!たかがトランプだろうが気持ち悪りぃな!」

「くっ……人の心をなくしたモンスターめ……!そうやってモノを区別するから差別がなくならないんだ……!」

「はぁ?何言ってんだお前。」

「お前じゃありません〜!ゴリラです〜!」


 そう言って“ゴリラ”は小さな指で響の鼻先を弾く。


「痛って!何すんだお前!」

「あ、またお前って言いましたね!?何度言えば分かるのですか!今朝も名乗ったでしょう。私の名前は“ゴリラ”。正式名称“ゴリラ46号機”。“ラ・フィドゥキアース”を創造した女神“ライラ”と神獣“ゴロォド”、その偉大なる二神の名から繁栄を願ってつけられたその名を!愛を持ってゴリちゃんと呼んでくださいと…!」

「いや、聞いたことないフレーズばっかで頭パンクしそうだわ。それになんだ、ゴリちゃんって……。呼べるわけないだろ、さすがに。」

「なんでですか!」


 人形とはいえ感情があり、意思があり、表情豊かな少女をゴリラと呼ぶのには些か抵抗があった。

 彼女にそう呼んで欲しいと、そう頼まれても理性が邪魔をした。


(だって、ゴリちゃんって…なぁ……?)


 人形の小さな腕に胸ぐらを掴まれ頭を揺らされながらも響は目を逸らす。

 どう懇願されたって、頭にあの動物が思い浮かぶ以上、その名称で真っ当に呼ぶことはできないだろうと響は思った。

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