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第1話「あなたが私より優れているところはひとつもない」③

「朝ですよ!ほら、いつまで寝てるんですか!」


 深い眠りの中、耳に入る声。小さく揺らされ続ける体に睡眠から引き上げられて薄目を開ける。

 頭上に置いた目覚まし時計を確認すると時刻は午前7時前。自分が設定したアラームよりも一時間以上早い。


「………なんだよ。まだ7時にもなってないじゃねぇか。」


 かんかんと聞こえる声に鬱陶しく感じながらも、まだ一時間寝れる余裕があることに喜びを感じる。

 それに意識的には昨日目を瞑ったと思ったらもう今のこの時間だった。脳ではなく体が、まだ休みたいと訴えてきている気がした。

 少し乱れた掛け布団を横になったまま体全体を使って直し、深く被って改めて睡眠の準備を始める。


 暖房をつける金銭的な余裕など響にはなく、布団にこうしてくるまることだけがこの時期の寒さ対策だ。自分を騙しているようではあるが、ある意味エコといって差し支えないだろう。


「あっ、ちょっと!だーかーらー朝ですって!もうご飯もできてますよ!ほら、いい匂いしてるでしょう。ほらほら、早く顔を洗ってください響さん!」


 耳もとで聞こえる高音に響は顔をしかめる。

 まだ寝れるのにどうして起きなければならないのか。

 重労働ではないにしろ、限られた金銭で過ごすしかない貧乏生活において睡眠は最大の娯楽ともいえる。だというのにどうしてそれを遮られなければならないのか。


「……うるさいなぁ。」


 揺らされ続ける右肩。我慢の限界を越えた響はそれを軽く右手を動かして払うと、何か柔らかいものに当たった。


「ぎゃっ!」


 小さくぶつかるような音と、潰れたような声。

 その声を皮切りに響の脳は覚醒していく。


「———は?」


 自分は今、何を払った?

 手の甲に残る感触を左手でさする。


 一人暮らしの四畳半。誰かが毎日起こしに訪れてくれていることはなく、この部屋は事故物件でもなかったはずだ。

 鍵だって閉めた。だから当然、自分以外にこの部屋に存在するはずもない。

 早鐘を打つ鼓動。恐怖を全身に感じながらゆっくりと後方に頭を動かしていく。


「いっ———ったい!何するんですか、ほんとにもう!これは家庭内暴力ですよ!」


 聞き覚えのない———いや、どこかで聞き覚えのある女性の声。

 女性と言うよりも少女と言った方が的を射ているかもしれない。


 振り返った視線の先。そこで仰向けに倒れる何か。

 テーブルの足の前で見覚えのある薄ピンクがスカートから覗いている。


「え?……え?」


 後頭部を撫でながら起き上がる少女———改め人形。

 その魔法少女のような容姿は見間違えようもなく昨日手に入れた“ゴリラ”だった。


「な、なんなんだお前……!」


 全長はさほど大きくなかろうと、ト○ストーリーよろしく自由意志を持って動き回るそれを見ると、脳は危険信号を全身に送る。

 今までの常識の破壊。いや、それとも知らなかっただけで今までもそうであったのか。

 何の解決にもならない疑心暗鬼が響の頭を駆け巡った。


「……おや?ふふふ、そうです。」


 頭がパンクしそうで、とにかく布団を盾にして後ずさる響を見て、人形は邪悪に笑う。


「そう、それが“正しい”。恐れおののくがいいです。そうして私を敬うといいのです。」


 先ほどの状況とは一転して人形はふんぞり返る。


「青山響さん、こここそはあなたの城。そうですね?」

「し、城……?いや、っていうか俺の名前をどうやって———」

「あいや、皆まで言わずとも結構!私の超常的な能力に震え上がるのも仕方のないことです。」

「超常、的……?」


 どこからどこまでが超常的だというのか。

 響からすれば、今ここにある状況全てが超常に違いない。


「あなたのことは調べ済みです。それこそ隅から隅まで。この超常的頭脳によってねぇ!」


 人形は状況的に自分が相手にマウントを取っている立場だと理解すると、お構いなしに布団をその足で登ってくる。

 そうして響の目と鼻の先にたどり着くと、両手を腰にやり威張るような姿勢をとった。


「青山響、25歳。資格なし、フリーターで将来性のかけらもなく向上心もない。解析結果ではおかわいそうに、何の能力もないと出ています。ふふ、誰が見ようと、そうですね。あなたが私よりも優れているところはひとつもない。それは覆すことのできない事実なのですよ。」

「なっ————!」


 散々な言いようではあるが、言い返せる言葉もない。

 だが見ず知らずの人——もとい人形にそこまで言われる筋合いはないはずだ。


 何か、何か言い返さなければ。どうにか反論しようと響は首筋に力を入れて口を開く。

 しかし、その瞬間人形に伸ばされた右手の人差し指がこちらの発言を遮った。


「———ですが、喜びなさい“人間”。あなたはこの“ゴリラ”を使役する権利を得た。唯一無二。神と遜色ない絶対的な力。それらを持つ私の主人になったのです。」

「……使役?神?」

「ええ、そうです。無力だろうと無様だろうと、他の誰でもなく選ばれたのはあなた。そう、あなたはあなた以上の無数の有能を押しのけて、選ばれたのですよ。」


 言葉が出なかった。

 理解ができたかと問われれば当然そんなはずもなく。

 ただ、ただ自分が“特別”なのだと。選んだのではなく、誰かに選ばれたのだと。

 いや、“選んでくれた”のだと。


 自分になにをしろというのか。

 絞り出すように出た細い声で問うと、人形はニヤリと笑う。


「言うまでもないことです。私と一緒に世界を救いましょう。」


 返答はあまりにも壮大で、到底飲み込めなかったけれど。

 差しのべられる小さな手は、自分を蔑んだものではないと思った。



 自分の生に、何の意味も見出せなかった。

 尽くを失敗した自分は、逃げるように生きていくしかないと。


 思えば、全て偶然だった。

 コンビニで買い食いしなければ。事故現場を目撃しなかったら。寂れたスーパーに立ち寄らなかったら。あの時、ムキにならなかったら。

 きっとこんな出会いはなかった。


 だから、きっと今までの失敗全てにも意味があったのだ。

 現実逃避かもしれない。思い込みかもしれないけれど、胸に湧いたものは確信に変わって、恐怖を吹き飛ばす。


 導かれるように辿り着いた場所には、自分の思う“現実”はなかった。

 けれど、これこそが運命なのだと小さな“神”は告げた。


 現実と非現実が逆転した世界。

 バケツをひっくり返したような情報に理解が追いつかなくて溺れそうになるけれど。

 恐怖を振り払ったのに未だ高鳴る鼓動は、自分を誤魔化すことなどできなかった。

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