物は言いよう
店の中は木で囲まれた普通の酒場だった。
クレアがカウンターに置かれた椅子に座ると。
『はやく』
隣の空いている椅子をトントン叩いた。
来いってことらしい、従うとしよう。
「ますたー、いつもの」
かっこよくキメているおっさんの眉がピクリ。
『マスター? お前いつも――』
「あー! 聞こえなーい!」
渋いおっさんの声を掻き消すようにクレアは声を重ねた。
「で、そいつは誰なんだ」
「リュウキって言うんだって」
おっさんがじーっと見てくる。
「この店の主をやってる、ブランドだ」
俺もよろしくと頭を下げた。
「小娘より、気品のある態度だな」
「小娘じゃない! クレア!」
「それより、いつもはおじさん呼ばわりのお前がマスターと呼んだのは何故だ?」
「な、なんで言うの!? 黙ってろじじい!」
「これで許せ」
ブランドは、クレアにコップ一杯の白い液体を出した。
なんだこれ?
「ミルクか?」
「あんた、バカにしてんの?」
ギロりと睨まれる。
どうやら違うらしく、クレアは一口含んで黙ってしまった。
『ホウセンカのエスカレードを知らないだと?』
クレアがふうっと一息。
「ギルドに来たばっかなの」
ブランドを見ながら言った。
「男だぞ、正気か?」
俺に飲み物をくれないって、みんな優しいな。
「知らない」
クレアは言葉を切って飲み物を味わい始めた。
「すまん、忘れてたな」
ブランドがカウンターに隠れるとクレアと同じ飲み物を持って現れる。
「これはお詫びだ」
白い液体が揺れるコップが俺に向けて押し出された。
もう少し焦らされても良かったが。
「助かる」
受け取ることにした。
「礼が言える男か、お前とまるで違うな」
「一番の金づるに文句言う店主だなんて」
一口飲んでみると深い甘さが広がった。
スッと消えていく甘さで、濃いのにしつこくない。
うまいな!
『できるときに感謝はした方がいいぞ』
「感謝くらいしてるし」
「最後に礼を言ったのは?」
「…………」
最後の一口を楽しんで息を吐いてみた。
吐いた息まで満足できるとは、素晴らしいな。
「こんな小娘を追いかけなきゃ行けない下っ端は辛いな」
もっと荷物もたせてくれないかな。
どうすれば、もっとキツくなるんだろうか。
「それは、否定、しないけど」
「自覚してるだけマシだな」
ブランドが席を外したところで、俺達の間に沈黙が走った。
『……ねえ』
先に沈黙を破ったのはクレア。
「私がお金捨てちゃったから、ピッケルが壊れるまで鉱石を探してくれたんだよね」
普通にカンカンし過ぎて壊れただけなんだが。
「気持ち良かっただけ」
少しの時間を置いて。
『ありがとう』
「ああ」
とりあえず頷くことにした。
「あ、あんたからはなんかある?」
「そうだな」
もっと使い倒して欲しい!
「もう少し、男の俺を頼ってくれ」
「頼ってるじゃない」
「もっとだ」
「なんなの、きも」
きもいはやめて頂きたい。
「報酬は必ず半分で、手柄も簡単に譲る、これで充分じゃないの?」
「何が言いたい」
「自分から苦しんでいくなんて、おかしいってこと」
クレアは「そんなんじゃホウセンカで生きていけない」と言い加えた。
『そもそも生きていくつもりなんてない』
「は、はあ?」
『誰かの為に命を張った瞬間が好きなんだ』
「変なの」
自覚はしている。
「まあな」
それからブランドが戻ってきて、一通りの酒を勧められた。
異国から伝わるオニクイという酒を頂くことにした。
「……酒が大好きでたまらないとか?」
「この味を知りたい、それだけだ」
届いたオニクイは甘みの後に不思議な苦味を残していく。
悪くない。
「そろそろ失礼する」
「早くない?」
「酒は怖いんだ」
席を立ってブランドにお礼を言うと「また来てくれ」と言ってくれた。
「じゃあ、夜は宿取るよね」
「取らない」
「とにかく、取ってて!」
よく分からないが、多分取らないな。
この場を後にした俺は夜まで情報を集める事にした。
剣士の亡霊が草原に出るって話を何度か聞いたが、ただの噂に過ぎない。
死んだやつは居るらしい、こういうのは嘘だと相場で決まっている。
「……ふう」
夜まで待った俺は宿屋を横切ってクエストワークに向かった。
部屋なら、借りたと嘘をつけばいい。
『ホウセンカのひっつき虫さんじゃないですか』
入った瞬間から悪口を言われた。
この街で男の地位は低いらしい。
「……報酬が一番良い依頼はないか」
「良いというか、野郎共が好きそうなものなら」
受付の人が差し出した紙の依頼書。
やけに汚い文字で読みにくい。
パパがおそとで怪我しちゃいました。パパは草原の亡霊に会ってきたぞってガハハと笑ってたけど、わたしは亡霊に謝って欲しいです。
「男が好きだと思うか?」
「報酬提示見てください」
いつもの癖で報酬は度外視だった。
仕返ししてくれたら、パパのへそくり。
連れてきてくれたら、わたしが色々がんばります!
「好きそうだな」
「個人的に亡霊が気になるので、行ってきてくれませんか」
「ああ、そうしよう」
紙を仕舞って道具屋に寄ってみる。
『なんじゃ』
「飲み薬を頂こう」
「1000ヘルじゃ」
怪我したらやばいからな!
「助かる」
受け取って草原に向かってみた。
魔物を斬り裂いてお金稼ぎ。
大トカゲだと尻尾だけ価値がある。
今回倒したのは獣。
剣で毛皮だけ取るか。
したくもない処理をしていると、不意に視線を感じた。
振り返ると間合いを保った騎士がポツリ。
鎧は錆びれ、兜が血で汚れている。
「誰だ」
短剣をクルクルと逆手に持つと。
『…………』
鎧をチャラチャラ鳴らしながら突っ込んできた。