辛辣な風味
ルビーの手を離してコノハに近づく。
『大丈夫か!』
倒れたコノハを抱えようと手を下に入れる。
不意にぞわりと嫌な予感がした。
なんだ、この普通じゃない感覚。
あるものがないような気がしてくる。
『退いて!』
シンスに押し飛ばされて考えが吹き飛ぶ。
「……」
「コノハだけでも帰ってきてくれてよかった、後で武勇伝聞かせて?」
言い聞かせるようにシンスは呟いて両手にコノハを持ち上げる。
カッカッと別室に消えていった。
「エム、怪我はないか」
「ないが……」
「どうした?」
「ちょっと考えてただけだ」
シンスが居ない間はここで匂いがしない酒を飲もう。
周りを見ると美女が椅子とコップを片手になにやら話をしている。
ちょうどいい所に一人で飲むクレアの姿が!
カゲを見習って後ろからコソリコソリと歩く。
『ふー』
口に含んだ酒でひと息つき、銀髪のツインテールをフラフラ揺らす。
『にゃあっ!』
動く物に目がないルビーが、サラサラと揺れた髪にパンチを繰り出してしまった!
「なに!?」
振り返ったクレアが俺を見てひと息。
「なんだ」
ひと息というより、ため息だった。
「隣、座ってもいいか?」
「いいけど」
ルビーをちょこんと座らせてみる。
「聞いてから他人を座らせる人、初めて見た」
「俺は立ってても良いからな!」
ちなみに、カゲはテーブルに座っている。
「酒も頂きたいな」
「はい、どうぞ」
素っ気なく伏せられていたコップを起こしたクレアは、優しいことに溢れそうなほど酒を注いでくれた。
「にゃー」
「ルビーも飲んでみるか」
先にルビーへコップを回してみる。
両手でコップを持つと酒を一口。
「うにゃあ……」
不味そうに舌を出した。
「賢いな」
というわけで残りを飲んでおく。
「仲良いね」
「そうか?」
「うん」
不思議な空気を感じる。
俺が、カゲが居ることを知っているからか?
カゲに触れようとテーブルに手を伸ばす。
この柔らかい部分は……太ももとカゲは耳元で囁いてくれた。
「……ねえ、暇だったりしない?」
不意にクレアが俺をじっと見た。
「急だな」
「クレスが足りないから取りに行きたいんだけど」
「白いやつか? それならあるぞ」
前にクレアとピッケルを担いだ時に、ゴロリと叩き出した大きなクレスを差し出す。
「それは大切な物でしょ?」
「俺は鉱石で剣を作れるわけじゃない」
「じゃあ貰う! 後悔しても遅いから!」
取り返すことはしないのに、クレアは大切そうに抱えた。
「後悔はしないが、酒を頼む」
「自分でしたら?」
「入れてもらった方が美味しい」
意外にもクレアは素直に注いでくれた。
「クレアにしてもらうと味が違うな」
『舌がタイミングよく壊れたんじゃない?』
この辛辣な風味も良い。
不意にガチャりとシンスが篭っていた部屋のドアが開く。
シンスがカツカツと出てきながら声を掛けた。
「カゲ、出てきて!」
パチパチと手が叩かれて呼ばれるカゲ。
片耳からカタンとテーブルから降りる音が聞こえた。




