聞く耳持たず
カゲが待つ場所に戻るとカゲは消えていた。
『入っても、よろしいのでしょうか?』
「構わない」
「ありがとうございます!」
腰を下ろした受付の人はピチャリと足を浸けて振り返る。
「これ、報酬です、とにかく入りたかったので持ってきました」
袋にはそれなりの金が入ってそうだ。
「助かる」
受け取って周りを見てみる。
月明かりに照らされ、何もないのに影る場所。
近づいてイメージする。
この辺かと手を上げて、髪に触れた。
『見つけたぞ』
「見つけ、られた」
途中でルビーが両手に靴を持って戻ってくる。
「にゃーにゃー」
「履き方知らないのか」
靴を受け取ってしゃがんだ俺は一足ずつ、丁寧に履かせてあげた。
触ってみると猫耳族の足というのは柔らかい。
「にゃっ!」
ルビーは靴で地面をカタカタ鳴らして喜んでくれた。
「カゲにも靴を……」
姿を見せたカゲの足元を見ると、かかとを潰していることに気づく。
「これはダメだぞ」
「エム、直して」
ルビーの時と同じようにしゃがんで直した。
「踏むことが癖になるからな」
「満足、した」
「返事は?」
「もう踏まぬ」
「ならいい」
ちょっとしか寝ていないルビーが眠そうに目尻を人差し指でゴシゴシ。
「まさか、何か食ったのか!」
「いつも食っている」
「そうなのか?」
「今回も、先を越された」
よく分からないが、ルビーは間食をしているらしい!
「悪い子だな!」
「にゃ!?」
猫耳が両手を振るようにバサバサ揺れているが、耳だけに聞く耳は持っていない。
宿に戻って寝てもらうことにした。
「うにゃー」
ベッドでごろごろをキメたルビーは寝返りを打つ前に夢の中。
「エム、暇だ」
「そうか?」
「この時間は有意義に使うべき」
カゲの提案を聞いてみることにした。
「…………」
うーむと考えるカゲ。
「遊んだことがない故に、分からない」
「俺もあんまりないな」
「では、有意義にただ過ごそう」
カゲはそう言って俺に近づいてくる。
「エム、ハグは知っている?」
「知ってる」
「カゲはそれがしたい」
手を伸ばせば届く距離なのにカゲは手を回してこない。
「……どうした?」
「したい、でもできない」
「仕方ないな」
できないなら、してあげるしかない。
カゲの小さな背中に手を回して引き寄せる。
『エム、とても落ち着く』
「そうか」
『こんなに幸せなら、もっと早くしてみたかった』
冷えた手が俺の背中に触れた。
「遅れは、いくらでも取り戻せる」
「……取り戻したい」
「付き合うぞ」
そのまま、朝までカゲは離れなかった。




