淡々故
『エムは暖かい』
ぴったりと離れないカゲ。
「当たり前だな、この服は専用の素材で熱が逃げ――」
「そ、そうではない……」
背中の感触が離れていく。
「そうなのか?」
「嫌いだ、エムなんか」
よく分からないが、嫌われてしまった。
「ルビー、寒くないか?」
片手で荷物を持ちながら、ルビーの手の甲に触れる。
「にゃー」
そんなに冷たい訳ではなく、ほっと息をつく。
俺のは防寒性能がないやつだから、ルビーが冷えてるんじゃないかと。
寒がられたら冷たさが気持ちいいと思った自分を殴る必要があった。
「よかった」
「カゲは良くない」
確かに、カゲは寒そうな服装だ。
「仕方ないな」
ルビーに荷物を持ってもらい、上の服を脱ぐ。
赤くて暖かい羽織りをカゲの肩に掛けた。
「これでいいか?」
「ありがとう……」
草原は強い風が吹き、陽が落ちた夜は寒い。
俺はこの冷たさが気持ちいいが。
「ルビー、荷物くれ」
「にゃー」
薄い服から染みる寒さを受けながら、街に戻った。
建物で風が減る街中はいつも暖かい。
明るいのもあるからだろうか。
「エム、これは返そう」
「ああ」
服を着直して実感するこの性能。
追い剥ぎは正義かもしれないな!
「皮を売ったら何か食べて宿に戻ろう」
ソランが心配だからな。
「それは、構わない」
道具屋でいつものように売り捌く。
『鮮度が良い肉か、干して売ってみよう』
相手は人差し指でトントンと物事を考える。
『纏めて10000ヘルなら買ってもいい』
「助かる」
取引成立。
報酬を受け取ってその場を後に。
「均等にって言いたい所だが」
俺はサボってしまい、そこまで権限がなかった。
「カゲが好きにしてくれ」
ルビーは猫耳族になんとかって感じだからな。
「では、全額頂く」
金の袋を譲り、先頭に立ったカゲの後を追う。
「にゃーん……」
お腹を撫でるルビーは悲しそうな声を出した。
「腹減ってるのか」
肉が良くなかったか。
「カゲが好きなところに案内しよう」
「行ってみたいな」
カゲに釣られて来たことがない場所に着いた。
周囲に人影はないし、建物にも気配はない。
「ここは、どこなんだ?」
「誰も居ないと思うだろう?」
「居るのか?」
「盗賊が必ず居る、気をつけよ」
盗賊が居るとなれば、誰もこの辺に近づかないか。
『ここが入り口』
カゲが地面の四角い枠に手を伸ばす。
床に触れた手が上がるだけで四角い枠が浮いた。
「ここから先があるのか……」
頷いたカゲはその中に入り、カタンと着地する。
「怖くはない、入れ」
見上げて呼び掛けるカゲに従って入った。
中はランプの光で洞窟みたいになっている。
「にゃー」
「ルビー、頑張れ!」
招くと両手を着きながら降りてくれた。
「良くやったな!」
「にゃー!」
上の扉は自動的にパタンと閉まった。
「エム、この先がカゲのおすすめだ」
「案内してくれ」
「このドアの先だと言っている」
カゲがドアに近づいて手を引くと、普通に開いた。
「この辺は仕掛けとかないんだな……」
「最初の時点で、人は選ばれる」
中に入るとさっきまで聞こえなかった声が聞こえてくる。
『行くぞ! これで勝負だ!』
『な、なにいい!?』
音を通さない加工をドアに施していたのか、目の前にはガヤガヤと沢山の人が動いていた。
「違う世界に来たみたいだ……」
「エムもそう思うか」
カウンターに酒棚を背に構える綺麗な女性にカゲが近づいていく。
「いつもの部屋は?」
「ええ、空いています」
「使ってもいいか?」
「構いません、酒はいつも通りで?」
「今回は頂きたい」
深く頷いた女性は手を右のドア先に向けた。
カゲの後ろに立っていた俺達はドアに向かうカゲについて行く。
いつもに増して無言だ、本当は色々聞いてみたいんだが。
この空間について、この先について。
静かな部屋が好きだとしたらカゲっぽい。
「……」
何も言わずにドアを開けて入っていく。
「にゃー?」
「ルビーも不思議だよな」
閉じられる前にドアを開け、手で招く。
「先に入っていいぞ」
「にゃ」
ルビーが中に入ってからドアを閉めた。
中はさっきと変わらない。
代わりに静かで広い空間だった。
「個室じゃないのか」
「人数が制限されている特級のルームだ」
「どういうことだ」
「カゲは盗賊、故にホウセンカには属していない」
「そうなのか」
「能力を買われて新規加入者の監視と潜入報告をシンス様にしている」
淡々と語るカゲ。
「そんなことより、楽しく食べてほしい」
近くのカウンターには美人な女性が。
『どんなものでも作らせていただきます』
『私は飲み物を、彼女は食べ物を』
ここは女性じゃないとカウンターに立てないルールがあるんだろうか。
「エム、好きなものを言って欲しい」
そうだな。
『この子が好きそうな料理を作ってくれないか?』
俺はルビーの猫耳を撫でた。
「にゃ、にゃー……?」




