サボり剣術
しっかり噛むと確かな甘みと塩気が広がった。
『全部食べる必要はなかっただろう……?』
透明な包みを握り潰したカゲにそっと親指を立てる。
「にゃすかる」
カゲは鞘に手を添え始め、謝ると許してくれた。
「ふん」
貸していた剣をついでと言わんばかりに返される。
不機嫌そうにカチャンと腰に付けてくれた。
「まだあるだろ? 怒る必要あるか?」
「存ぜぬエムが嫌い」
そう言って箱の握り飯を強奪していく。
何も言わずにモサモサ食べ始めた。
歩きながら食べれるって便利だな。
「にゃー」
食べ終えた抜け殻をルビーから受け取り、交換するように新たな握り飯を手渡す。
美味しそうに食べるルビーを見ながら歩く。
金がないと金は集まらない。
小さな金を集めて、そこから始める必要がある。
そういう訳で街を出て数分、木々が並ぶ草原に来た。
空っぽになった木の箱は物を入れれるので保持している。
「エム、何をする?」
「三人、だ」
「意味がわからない」
「三人で獣を狩りまくるぞ」
ウルフファングの毛皮が高いことは、クレアから聞いている。
猫耳族のルビー、透明になれるカゲ。
特に何もない俺。
「エムが言うなら」
「自由に動いていいからな」
「今から動こう」
透明になるとスタスタという足音を残して進んでいった。
「ルビーは……」
「にゃー?」
俺から離れたがらないって聞いたな。
もし離れても、獣を倒して高値の皮を取ることはまだできないか。
僅かに効率が悪い。
「剣術を教えてやろう」
ルビーの腰に剣を付けてみる、俺の服だから問題はなかった。
「にゃ?」
「この動きを真似するんだぞ」
少し離れて、左手を鞘に添えて右手で抜く動作をする。
「……にゃー?」
伝わらなかった。
「こうするんだ」
ルビーの背後から、ルビーの手を取りながら。
動きを教えていく。
「この手はここ、そして握る」
「にゃぎる!」
白い右手が剣を握りしめた。
「そうだ! そして抜く!」
「にゃく!」
ルビーの手を掴み、抜く動作を手伝うとスラリと細い剣が抜けた。
赤い模様はいつ見てもキラキラ美しい。
「にゃー!」
嬉しいのか剣を上下左右に動かす。
「待て、危ないから」
「にゃーにゃー!」
「本当に危ない」
言うことを聞いてくれないルビーの手を抑える。
本当にミスったらどうなるか、教えておかないと行けない。
「見てろよ」
細い剣の側面を手のひらで撫でる。
ツーッと切れた部分は切れ目を残し、赤い血が滲んだ。
「にゃあ!!」
剣を投げ捨てたルビーが傷ついた手を引き寄せる。
「こうなるから、大切に扱ってくれ」
「にゃあ、にゃあ」
顔を近づけたルビーの舌が傷を撫でる。
次第に血が消え、唾液を纏った傷は塞がろうとしていた。
「ああ、助かった」
「にゃ……」
剣を拾い直したルビーはさっきよりも静かに動き始めた。
「良い剣士になれそうだ」
近くの木を拾ってルビーと並ぶ。
「素振りが大事だぞ」
上げた剣を振り下ろす簡単な動作。
「にゃー」
ルビーは俺から数歩下がって動きをまねた。
ヒュッヒュッと風を切りながら振ることを覚え、それから独特な構えを取り始めた。
対象に対して横を向き、顔と右手の剣だけは確かに狙いを定めている自己流の形。
「それがしやすいなら、俺は良いと思うが」
騎士のような存在が教えるとしたら、この形を否定する。
非合理的で欠陥があるかもしれないからだ。
「にゃー!」
俺は騎士じゃないからルビーの構えを尊重したいな。
「偉いぞ」
「にゃーん!」
誇らしげな姿を信じて試してみよう。
「勝負するか」
俺は木を拾い直して構える。
「ルビー、勝負だ」
「にゃ!?」
「来い」
「にゃあ、にゃあ、にゃあ!」
首を横に振ったルビーは教えてもいないのに剣を上手に鞘に収めると。
近くの木を拾った。
「優しいな」
斬られるのも悪くなかったんだが。
横を向いて顔と木の棒が俺を睨む。
「手加減してやるからかかってこい」
「にゃー!」
足をしならせて簡単に飛び込んで来るルビーの攻撃を受け止める。
止まらない加速と一緒に振られた一撃。
カンッ。
「良い音だ」
猫耳族という肉体的な優位が生きた戦い方。
跳ねるように側転して離れる軽やかな動きが目立った。
俺にできる芸当ではない。
「にゃー!」
飛び跳ねたルビーは俺の真上で木を何度も振る。
コンコンコン。
その間に俺の背後に着地したルビーは軽やかな動きを見せた。
右に踏み込みながら斜めに切り上げ、繋がった攻撃と一緒に左側へ逃げていく。
人間じゃない速さと移動量。
拳を握った時とは別人、いや、別猫だな!
「最高だぞ」
振られた一撃を弾き返してルビーの木を空に打ち上げ。
「にゃ!?」
俺も木を捨てて終わりの合図を見せると木を追う手が下がった。
「にゃー!」
手を広げて飛び込むルビーを受け止めて褒める。
「よかったぞ」
手がジンジンして気持ちが良い。
強い攻撃力と軽やかな動き。
本人に凄さを教えてやりたいが、ルビーに俺の言葉は分からず、撫でることしかできなかった。
「にゃーあ」
ふと前を見ると数体の獣を引っ張るカゲが見えた。
『エム、カゲを外す遊びは楽しいか?』
「そ、それはだな、違うぞ?」
「違う? 何が?」
ルビーが俺から離れ、風に揺れる白い花に近づく。
「にゃ! にゃ!」
揺れる度にシュッシュとパンチを繰り出していた。
『カゲはエムが真剣だと信じて……』
獣の死体と一緒に姿を消すカゲ。
カゲは手放したのか、獣がドサリと姿を見せた。




