飲まれた
街に戻ってもカゲは足元ばかり見ていた。
元々、明るいタイプじゃないが。
前を向いて歩いていただけに分かりやすかった。
『ドンマイ』
「カゲは、後悔している」
「盗みは悪いことだったな」
「違う」
「悪いことだろ」
「カゲだって、盗みたいわけじゃない」
ピタリとカゲが立ち止まる。
「今日から盗むな」
「盗まなければ、生きていくことは不可能」
「それは今日までだ」
消えたカゲの手を急いで握る。
「エムはシンスに就かなければいけない」
「不可能って言いたいのか? そんなわけないだろ」
過ぎ去った人間が消えた俺達の声に振り返る。
「俺が養ってやるよ」
「不可能」
「俺を誰だと思っている」
カゲは甘い人間だと皮肉ってきた。
「前のギルドで全メンバー分の朝食を作っていた過去がある」
胸を張って言える自慢。
「昼にはギルド交易を済ませて、夜は魔物狩りもしていた!」
一人を養うくらい、俺には簡単なことだ。
「アホエム」
「なんだと」
「……カゲは、もっとアホカゲ」
「二度と盗めない体にしてやる」
何も言わなくなったカゲに反撃する。
「さっきはよくもキスしてくれたな、お返しだ」
透明な状態でスッと唇で触れる。
『そこはカゲの頬だ……』
やり直しするのもダサい。
俺はカゲから離れた。
「ふふっ」
「笑いやがって」
「笑ってなど……」
「今日はヤケだ、飲みに行くぞ」
カゲを連れてブランドの酒場に入る。
カウンターの椅子に腰掛けるとカゲも隣に座った。
『クレアの奴はどうしている?』
気づいたブランドがコップを拭きながらやってきた。
「ドラゴンの戦いで怪我させてしまった」
「そうか、仕方ないことだ」
「ああ、しっかり謝る」
「必ずそうしてくれ」
飲みたいものを聞いてみる。
「カゲは、エスカレードを飲んでみたい」
ミルクみたいな白い飲み物か。
「おっさん、エスカレード二つ」
「おっさんではない」
届いたエスカレードをカゲはクイッと口元で傾ける。
俺も見習ってクイッと。
「エムはこれが好きなのか?」
「そうだ」
「エム、交換しよう」
置いていたコップをカゲが奪い取ると。
中身が多い方に交換された。
「少なくなるぞ」
「そんなことは気にしていない」
コップの端を回転させてカゲが口を付けた。
「飲んでくれ、エム」
「ああ」
甘い液体をゴクリと流し込む。
「カゲは満足している」
「そうか」
「他人と酒を交わしたのはシンス様以来だ」
「へえ? 気になるな」
「言うことは、できない」
言えないなら仕方ないな。
「……好きなの飲んでいいぞ」
「カゲは、あれを飲みたがっている……」
ブランドが指定された瓶を開け、トクトク注いだ。
カゲはエスカレードのように一息で流し込む。
「もう一杯」
「……そのような味わい方をする酒ではない」
静かにブランドが言った。
どうやらキツイ酒らしい。
カゲが「申し訳ない」と謝る。
「この一杯は、味わって飲んでくれ」
ブランドは酒を注ぎ終えると棚に戻した。
「エム、飲み方がわからない」
「分かるだろ」
「酒は数える程しかない、代わりにエムが実演してほしい」
スッとキツそうな酒が出される。
「仕方ないな」
酒を薄く口に含み、風味を楽しんで飲んだ。
「こうだ、舌で酒を転がす」
「把握」
カゲは、チビチビとコップの端を回しながら飲み進めた。
「……おいしい」
「そうだろう、この酒は対照的な味がしていいぞ」
ブランドが優しい声でカゲに次の酒を勧める。
「頂きたい」
「飲みすぎるのは良くない」
「……頼む」
真剣な顔に何も言えなくなった。
「この酒は、普通とは違う工程を挟んで――」
俺の方を向いていたカゲが、追加の酒に体を傾ける。
結果的にカゲはベロベロに酔い転がった。
そんなに飲んだことないやつが飲めるわけがない。
『エム、エム』
だから酒は怖い。
「はは、酔ってしまったか」
「笑いごとじゃないぞ」
「金はクレアのツケにしておこう」
俺に引っ付いて離れないカゲを歩かせることを試みた。
「カゲは必要ない、松葉など……」
何言ってるんだ?
面倒になった俺はカゲを両手で運んだ。
膝下に右手を入れ、肩を左手で寄せる。
「もう帰るぞ」
「あー」
一気に抱っこして宿屋に向かった。
「部屋を貸してくれ」
「一人部屋しか空いてませんが」
「それでいい」
なけなしの金を払って鍵を受け取り、部屋に繋がる階段を上がった。
「カゲは……」
「なんだ?」
「……」
そのまま寝てしまったらしい。
目的の部屋に入ってカゲをフカフカのシングルベッドに寝かせる。
俺はそろそろ夜の戦いをしなければ。
「待て……」
呼び止められて座り直す。
「シンス様の金袋に手を伸ばしたカゲは、バレて話を聞かされた」
「言いたくないんじゃないのか」
「どうでもいい」
これは酔ってるな。
色々喋るタイプの酔い方は本人にとって最悪だ。
「それで?」
しかし、聞きたいのも本音だ!
「酒を飲んでこのようになったのだろう、起きたら宿屋で目覚めた」
普通じゃねえか。
『シンス様に、何もかも奪われたに違いない……』
そう言って右目からツーっと大粒の涙が垂れた。
「そんなわけないだろ」
「カゲは、その時の記憶も取られた」
顔を隠すとシクシク泣き始めてしまった。
「服は?」
「乱れてなかった」
勘違いしてるだけじゃないか。
悪いがカゲ、二度と酒を飲まないでくれ。
「か、カゲを置いていかないで」
「……」
「カゲは、誰かのそばで寝てみたい」
手を伸ばしたまま目を閉じたカゲは、喋らなくなった。
「仕方ないな」
朝になるまで寄り添うことにした。
窓から光が差し込み、カゲが目を覚ます。
『え、エム!』
体を起こしたカゲが声を掛けてくる。
お礼なら、後にしてくれよな。
『カゲの大切な記憶を盗むとは、乱暴なこともしたのか!』
フッとカゲがベッドから消え。
気がついたらガツンと殴られていた。
……恩を仇で返されるとはこのことか。




