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全てを受け止めていたら最強になっていた。  作者: 無双五割、最強にかわいい美少女五割の作品
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準備不足









 はっと気がついて体を起こす。


 振った頭の頂点が遠心力で痛みを掻き集める。


『ぐ……』


 髪を掴んで痛みを堪え抑え、癒えるまで待った。


『大丈夫?』


「っはあ! マシになった」


 髪を離してリドルの声に答える。


「俺は酒を飲んで寝た、だよな」


「そうだねー」


 リドルに寝てからの話を聞いた。



「ソランが運んでくれたのか」


「頑張ってたよ、クレアは何もしなかったけど」


「妥当だな」


「変だったよ」


「前から変だろ、クレアは」


「いやあー? そういう意味じゃないかなあ」


 自分の熱が染みた寝床は熱苦しく。逃げるように暗闇の椅子に手を伸ばす。


 ぷにゅりと感じる感触。


「誰だ、これ」


「忘れてた! ミストが途中でソランを手伝って、『ミマモルヨ!』って言ったきりそのまま寝こけてたんだった!」


 ミストの太ももは意外にも柔らかかった。


「椅子で寝るって相当だな」


「その時はカゲちゃん寝てたし……」


 今はいないことに気づく。


「酒臭そうに出てったよ」


「やはり酒は怖いな、状況が分からなくなる」


「そうした方が、いい!」


 座りたい俺はミストには席を譲ってもらうことにした。


 ミストをベッドに寝かせる。ゴロンと寝返る。


『起きたのか!』


 トコトコ帰ってきたカゲにも応える。


「大丈夫か? 頭は痛まないか? カゲのことは好きか?」


「痛まないぞ」


「好きではない?」


 しんみりした様子で俺を覗き込む。


「……」


「偽物だ、こんなのエムではないっ」


 カゲの目尻が(うる)む。伸びた手がバシバシ俺を叩く。


「す、好きだぞ」


「そうか!」



 表情をコロリと変えて俺に座るカゲ。


 指を振って四拍子の指揮を()る。


「ふっふー、ふーん」



「良いことがあったのか?」


「夜はエムと過ごすことにした、見事に邪魔者は()らぬ」


 振り返ったカゲの唇が偶然を装って当たる。


『ここに! 居ますけどね! リドル様が!!』


 ヒュッと冷たい言葉が飛ぶ。


「ひゃっ」


 カゲにも届いたのか不思議そうに髪を梳かして不愉快だと目を細める。


「なんだ、今のは……」


「リドルが怒ってる」


「む、まだ居たのか」


 リドルから見えないように右側の頬をぷっくり膨らませるカゲ。


「エムはやらぬ!」


 そう言って俺に抱きついて自己主張する。


「ほ、欲しいわけじゃないし? 死んだ時に貰おうかなーーって? それくらいだから? 今のうちはあげますよ、ええ」


 俺は取り憑かれているのかもしれない。悪霊に。



「今のうちは許してくれるようだぞ」


「……ありがとう、リドル」


 カゲが素直にお礼を言うとは珍しい。


「そう言われると、まあ」


 言われた本人も満更でもないみたいだった。


 俺はカゲと朝まで一緒に過ごした。朝からまた始まる。


「そう言えば、タンザ達は?」


「ずっとギルドの部屋に篭っている」


「あの日からずっと?」


「ずっと」


 カゲは心配する素振りを見せない。


「様子、見とくか」


「カゲが寝た時間なら好きにしても()い」


 俺の膝を踏み台にして身を乗り出す。


「もっとも、今はカゲのもの!」


 そう言って雪崩込むカゲを受ける。



「そうだな」


 途中でミストが起きてきた。


「む…………」


 カゲが不満そうに姿を消して俺から離れる。


「ど、どうしたんだ? ミスト」


 体を起こして目尻を擦ったまま。


「リュウキくんの匂いがする……」


「そうだろうな」


 違う匂いがしたら怖い。



「あっ」


 ミストは慌てた様子で下半身にかかった衣類を押さえつける。


「どうした?」


「で、出てって……」


「扱い的には俺の部屋なんだが」


「恥ずかしいもん」


 今までのミストを思い出した。そんなやつだった。


「ああ、分かった」


 ちょっとだけテントが見える。


「見ちゃダメっ!」


「苦労してるんだな」


 俺は部屋を出た。男として同情はする。


「カゲにもあれがあれば、合法的に……」


 俯いたカゲが、手を前後に揺らして大きさをイメージしている。


「ないものねだりだな」


「前よりは手に入った、それでもいっぱいほしい」


「充分魅力的だぞ、多分な」


「本当かっ」


 明るくなった笑顔に頷く。



「そう、例えば」


 周りを見てみる。


「む……」


「なんだよ」


『誰かと比べられるのは嬉しくない、前のカゲと今のカゲ、どっちが豊満か、そこが重要ではないのか……?』


「そんなに変わらない」


「重要だ!」


「今も前も豊満じゃないって話」


 カゲは静かにそうかって言葉を流す。


「か、体が全てってわけでもない、落ち込むな」


 露骨にテンションを下げられると困る。


「ということは!」


「相変わらず、凛々しい」



 カゲの唇がニヤつく。


「むふふ」



 上機嫌が手に取るように分かる。



 この瞬間は凛々しいにはとても程遠い。



「そろそろ動くぞ、途中で寝るなら一人で帰るんだぞ」


「えむ……」


 さすがにご機嫌でも釣れないようだ。


「分かった、その時は一緒に帰ろう」


「うむ」


 シンスに言われた仕事をこなした。途中でカゲをギルドに送った。


 今日はもうしなくてもいい。


 シンスはそれだけ言うと手元を急がせる。


 その忙しさは隣で見ていて俺より辛いだろうと思う。


 カゲはまだ寝ている。



 タンザの様子を見に行ってみるか。



 というわけでやってきた。あれから顔も見てない、心配だ。


 ギルドの一角に位置するここは静かで、ドアに耳を当ててタンザを探る。


 特に聞こえない。


『様子見てこよーか?』


 リドルの提案に首を振ってドアを叩く。


 コンコン。返しはなかった。


「入るぞー」


 ガチャガチャ。


「ん?」


 恐ろしいことに鍵がかけられている!


 盲点だった! 俺の部屋には鍵自体がないからな!


「開けてあげよっか?」


 提案にこんどこそ、頷く。


「ふっふっふっ」


 リドルはドアに手を突っ込んで揺れる。


「これかなー」


 ニヤニヤしながらカチンと鍵を開いてくれた。


「助かる」



 ドアノブを引いて部屋に入る。


 重厚で重みのある空気に迎えられる。


 古くて歳をとった空気。



「タンザ、元気……じゃないみたいだな」


 部屋の真ん中で膝を抱える少女の丸くなった背中。


「にゃー」


 その背中を撫でるルビーが俺の声に振り返った。


「にゃっ!?」


 驚いた素振りを見せつつ、俺に近寄ってジェスチャーを見せてくる。


「にゃ、にゃ、にゃ、にゃー」


「ほうほう」


 元気がない的な動き。



「にゃ!」


 なんとかして!



「なるほどな」


「うにゃあー」


 タンザにゆっくり近づく。


「悲しいのは分かる、だがな、立たないと進まないぞ」


 肩に手を伸ばす。触れる。撫でる。


 言葉をかける。誰も答えない。


「シンスも落ち込んでた……あれだな」


 なんというか、救う機会はあったんだ。


「こんなに悲しまれるコノハが羨ましいな」


 たまに自分と他人の重さを考える。


 概念の重さ。


 投げ込まれる感謝と存在意義の差。


「俺が無理矢理でも突っ込んで庇った方が後先考えると良かったな」


『それはダメです』


 振り返ってくれたタンザ。目尻から下へ残る水跡。


「俺だったらこんなことになってないはずだぞ」


「確かになってないですね」


「やっぱりか」



『こうなる前に、死んじゃいます。』



「死ぬのは勘弁してくれ」


「あなたのおかげで今があるんです、あなたが居ない世界で生きるのは」


 タンザは目尻を拭う。


「奴隷として、失礼ですから」


「まあいいか、生きてるしな、それで少し元気になってくれたならいい」


「少しは……でも」


「でも?」


「寂しいです」


 ルビーでは補えない何かがあるんだろう。


「タンザ、いつ寝た?」


「恥ずかしながら、ついさっきまで」


「丁度やらなくちゃいけないことがあるんだが、タンザも来ないか?」


 本当はない。だが作ればいい。


「良いんですか!」


「もちろん、一丁前に水浴び施設もこの部屋にあるじゃないか」


 タンザは手元の服を寄せ集めてタオルを引っ張る。


「綺麗になって、出てこい」


「はい!」


 タッタっと駆けていくタンザ。


「にゃ〜」


 ルビーが俺の肩にスリスリ頬を擦る。


「にゃーあー」


「ああ、ルビーも綺麗になってくるんだぞ」


「にゃ!」


 部屋を出て待つ。その間に思うことがある。



「やっぱり、俺って嫌われてるのか」


「え? なに? 鬱が移ったの? うつだけに?」


 リドルのダジャレ。


「違う、俺の部屋には鍵もなければ汗を流す設備もないんだぞ、この差って」


 この差はカゲが苦労することにもなるのだ。


「それは擁護できないかも……どんま」


「……」




 タンザ達が部屋から出てきた。


「行きましょう!」


「にゃあ!」


 それからは昼まで一つこなす度にギルドに戻った!


『おかげで順調に生活が回ってる』


 シンスが珍しく他人を褒める。


「またまた、いつも褒めても変わりません!」


 ……そんなに珍しいことではないようだ。


 ホウセンカが元通りに返り咲くのは近いかもしれない。


「そろそろ、寝ますね」


「疲れたか? 寝た方がいいぞ」


 ルビーを呼び寄せるとタンザは手を繋いで部屋に戻っていく。


 夜はカゲと一緒に居る時間だったが、タンザと色々してしまった。


 途中でふて寝しに行ったのは想像がつく。


「おっと、あなたは返さない」


 肩にシンスの魔の手が。


「オーケー、なんだ」


「ミトラを連れていきなさい」


「ミトラ?」


 手を払いながら振り返る。シンスの表情は状況を問わない。


「ビジネスパートナーのソランに、ミトラを売りなさい」


「ほう……」


 ソランはここまで話を広げていたのか。


 凄まじい行動力だな!


「俺は詳しく聞いてない、どんな話が持ち込まれた?」


「水を凍らせてそれを砕いて売り物にするって聞いたかしら」


「むかし食べたヤツだな」


「食べたことがあるって?」


「一緒に旅してたときに、遠く暑くむさ苦しい砂漠の国でそれを食ったんだよ」


 せっかく水が限られるなら、より冷たい方がお得というわけだ。


「成功するかもね」


 シンスはフッと成功に一息かける。


「そうか?」


「ここも、色んな意味でクるしいから」


「気分転換の場になるといいな」


 ひとまずソランの待ち合わせ場所を聞いてギルドを出た。



 振り返ると話を聞いていたであろう、ミトラ。



『売られる……』


「意気投合するならそれも悪くない」


「物は試し?」


「そうだぞ」


 待ち合わせ場所は前みたいな店の中ではなく、普通の広場。


 枯れた噴水に座って周りを見ている。


「なぜ店の中じゃない?」


 俺は近づいて真っ先に疑問を投げた。


『動くものを沢山見る方が、インスピレーションが湧く』


 ソランの言い分。確かにと頷く。



「……あなたは?」


 ミトラに気づくと噴水から腰を上げる。


「売り物の、ミトラと言います……」


 ミトラは日差しに隠れる日陰のように俺を盾にする。


「う、売り物?」


「気にしないでくれ」


「私はソラン、よろしくね」


 静かに頭を下げるミトラにソランはうんうん頷く。


「手伝って欲しいことがあるのか?」


 俺は仕事の話を促した。


 時間は有限。できることが限られない今のうちに。


「そうそう! 崖にできる特殊なクレスが欲しい!」


「普通の石で豪快に砕く、それじゃダメなのか?」


「ダメダメ、雨水で叩き打たれたからこそ生まれる切れ味は氷も切れちゃう、らしい! その方がしっかり量を計れて見た目も涼しいに違いない!」


 身振り手振りでソランはこだわりを熱く語ってくれる。



「ちょっと危ないから、私も行く!」


「来なくていいぞ」


「……危ないから!」


 ソランもついていくということで、早速出発した。


 草原を歩くというのは何回もしたことだが、踏まれる草は何回も踏まれたことがあるわけでもない。


 いつもしていることが他にとってのいつもではない。


 どこかの森を超えると急な崖に気づく。


 そこから先、大地が欠落している。


「変な場所だ」


 ソランが言うにはその崖に目当てがある。


「日差しよし、うん、ありそう!」


「この崖に頼みの綱もなしに、か」


 準備不足だな。


「おお! あった!」


 そんなことを知らない普段通りのソランは崖を覗いて俺を見る。



「ああ、わかったわかった」


「あそこにも!」


 ソランが示す遠い側面にもキラキラ光るクレスがある。


「あそこのは取ってくるから、ここ……頼めない?」


 この崖はえげつない傾斜。


「ミトラがするぞ」


「ええ!?」


 驚く素振りを見せるミトラ。


「売り込むチャンスだぞ」


 無理無理と首を振られる。


「冗談だ、俺がする」


「任せたわ! リュウキ!」


 ソランはスタスタ去って遠い別の場所に取り掛かっていく。


 俺も端っこに手を置いて降りていった。


「ミトラ、外に出たくなかっただろうに、引っ張り出して悪かったな」


「……」


「さっさと終わらせよう」


「好きで、来た」


「そうか?」


 そろそろ端っこすら握れない領域。


 そんな俺を見下ろすミトラはどんな気持ちだろう。


「それに」


 そこから先の言葉が詰まった。


「なんだよ」


「気が散るのは良くないから、終わってから……」


「ああ」


 ガリッと足が落ちる。ガリガリッカランカラン。


「げっ」


 戻ろうとして伸ばした先の手が石ころを握って戻ってくる。


 やばい!


 鉄の爪を立てても垂直は食いこめない。下にある足場が消えている。


 最後に左手を伸ばして崖を掴みにいく。命を掴みに。


 見ずに振った手は何も引っかからない。


 落ちていく、死んでいく。そろそろ降下する頃。


 パチンと体が空中で止まる。


『あぶ、ない』


 見上げるとミトラが身を乗り出して俺を掴んでくれていた。


 助かった。


「……」


 でも助からない。ミトラの足腰は無理な体制で震えている。


「引き上げることはできるか」


 ピクリとも変わらない状況。一つだけ変わっていた。


 無駄に足掻いたせいで凹凸の壁はツルペタに変わっている。


「ミトラ、手を離せ」


 布に隠れた手は頑丈に俺を離さない。離れないのかもしれない。



 こんなアイテム、あげなければ自然に終わってた。



「離してくれ、死にたくはないだろ?」


「は、はなさない! ソランが来るまで!」


「外でてない時点で結果は分かってる、違うか」


 ミトラの手首を握って離そうと引く。その分力がギリギリ加わる。


「でも」


「下に木があるな、助かるかもしれないな」


 リドルも言っている。道連れは少ない方が良いと。


「離さないなら俺が離す」


 さらに手を引いて手を抜きにいく。



『何も、しないで!』



 ミトラは二本の指を口元に這わせると俺の手に触れた。



 ヌメリと湿りを帯びた感触が手の甲を撫でる。



「なにを、まさか」



 ビリビリと体内を駆け巡る力。暗闇を走る光がよぎる。



 吸われる意識に手がガックリ落ちる。



 (こうべ)を垂れる。瞼が下がる。




『……ごめん、なさい』







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