意図
肉を食い終えた俺達は火の始末をして街に戻った。
クエストワークで依頼の薬草を届け、報酬を頂く。
『カゲは金などいらない』
報酬を渡そうとしたら、その前に拒否されてしまった。
俺を監視していただけあるな。
「受け取れ」
「取らぬ」
そう言って透明になった。
「……」
建物を出て街を歩くと、確かな足音が隣で鳴っている。
トッ、トッ、トッ。
カゲの身長を思い出し、肩の高さで手を伸ばす。
むにゅりと掴んだ柔らかい存在。
これは肩ではない。
「良い気分はしない」
「……悪かった」
手を離すと俺の手が透明じゃなくなった。
「カゲは嬉しそうに触られたい」
「最高だったぞ」
透明なカゲから返事はなかった。
気を取り直して道具屋で皮を売り、ピッケルを二本手に入れた。
いつもの洞窟に向かおうと街を出ると。
『エム、喜べ』
「なんだ?」
声がする方を見ているとカゲがピッケルを片手に現れた。
「道具屋から追加のピッケルをくすねてきた」
「……なにしてんだ」
「エムは不満か、そう思って――」
「分かってるのか、したことを」
カゲは誇らしげに盗んだアイテムをポケットから出してくる。
「盗み、それだけ」
「これ一つ無くなると商人は赤字になったりするんだぞ」
「他人不幸、関係ある人間のみ幸せ訪れるべき」
胸触ったことを根に持ってるのか、面倒事を増やしてくれたようだ。
ヤケにホクホク顔のカゲ。
「そんなことするくらいなら何もするな」
「エム、喜べ」
「喜べるか!」
「叫ぶでない、魔物に近づかれる」
そう言ってシッと人差し指を立てた。
「……シンス様は喜んでくれていた」
「盗みはもうやめてくれ」
「カゲは透明になることしかできない故に、悪事あり」
洞窟に入って最深部に向かう。
「カゲは、役立たず?」
俺が死にそうな時に手を伸ばしてくれたカゲは、運命を変える程度の力はある。
この程度で役立たずとは思えない。
「それは、これから分かることだ」
最深部に着いた俺は荷物を置いてピッケルを渡した。
「頼んだぞ」
「カゲは透明にならない頼みをこなせない」
ピッケルを握り、微動だにしないカゲ。
「したことないのか」
聞くと静かに頷いた。
「能力にすがって生きてきた身、すまない」
「そんな悲しい顔をするなよ」
「エムを怒らせてばかり、故に消えよう」
消えそうになるカゲに触れる。
「教えてやるから、消えようとするな」
『……お願い、します』
真剣なカゲに答えて効率の良い掘り方をレクチャーする。
「この壁、色が付いてるだろ」
赤、青、白。少しだけ見える鉱石の色。
「そこを掘って宝を掻き出す」
「このピッケルは、どう振る?」
「それすら知らないのか」
隣でピッケルを持ち、振り上げて下ろす一連の動作を見せた。
「こうだ」
「カゲの体に教えてくれ」
仕方なくピッケルを持つ小さな手を包んだ。
「この辺が、疲れないし勢いも出る角度だ」
「エムの説明は分かりやすい」
「本当は一息つかずにこうやって叩く」
いつものようにガンッとピッケルで壁を砕き、鉱石をゴロッと出した。
「エムは上手い」
「当たり前だろ、ずっとやったからな」
「カゲはもう少しだけエムに教えられたい」
「……仕方ないな」
カゲと一緒にピッケルを握って何度か振る。
「後は頑張れ」
「エムが休む間に、大きな物を」
「休まないぞ」
「では、勝負と参ろう」
ピッケルを振る単純な作業。
「エム、欲しい石などはあるか」
「全部に決まってるだろ、掘りまくれ」
不思議と今回は楽しく感じた。
ガンガン掘って、ピッケルをゴミにしてしまう。
「エムは強い男故、仕方なし」
なぜか褒めてくれた。
「確か、予備があったよな」
カゲが盗みやがった奴。
『……ない、あるわけがない』
「そうだったか?」
やる気が出てきてたのにな。
いつの間にか使い潰してしまったか?
「エム、このピッケルを」
「やってていいよ、練習しておけ」
「カゲは諸事情故、左手が使えない」
「大丈夫か! 飛んできた欠片で怪我したか!」
中途半端な握り拳を作るカゲの左手に近づく。
『じゅ、重大なことではない』
「洞窟はあまり良い場所じゃないからな……出るか」
「怪我ではない!」
カゲが不意に大きな声を出す。
「そうか……?」
「カゲと一緒に掘ってくれ、エム」
「仕方ないな」
カゲの後ろに立って綺麗な右手に俺の手を重ねる。
左手を添えて声をかける。
「上げるぞ」
「分かった」
「振るぞ」
カンッ。
「上げて、下げる」
カンッ。
またピッケルを上げて振る。
「……」
段々とタイミングだけで掘っていく。
カン、カン、カン。
カン、カン、バキ。
最後のピッケルが壊れてしまった。
「……脆いピッケルをカゲは嫌う」
「さっきまで振り方も知らなかっただろ」
「そういう意味ではない」
「撤退するぞ」
落ちた鉱石を拾ってカバンに詰めていく。
「エム、シンス様に沿う理由を聞かせてくれ」
最近は叩いてくれるようになってきた。
さすが最強ギルド、気持ち良さも違う。
「見返してやる、それだけだ」
……建前と本音は使い分けないとな!
鉱石を集め終え、二人で階段を上がった。
不意にカゲが立ち止まる。
「どうした?」
「エム、キスをご存知か?」
「知らない訳じゃない」
「消えて街を歩く時、冒険者同士の熱い絡みを何度も見せられた」
顔色一つ変えないカゲ。
「……そうだろうな」
「故にカゲは、エムとしてみたい」
フッとカゲが姿をくらませる。
少し遅れて口が柔らかい感触で塞がれる。
「…………」
洞窟の方でカランカランと音が鳴った。
振り向いた時には音が消え。
「何かしたのか?」
「……していない」
フッと離れて姿を見せたカゲ。
「しては、いない……」
声色は落ち込んでいた。




