ミスディレクション
広場で朝まで精神統一をした俺に隙はなかった。
『頭が冴えている』
「そ、そう? なんかごめん、寒空だったのに」
「寒さも大切ということだ」
早く宿に戻らないとカゲが怒る。
早歩きでタッタッと進んでく。
「待てよ? 俺はまた真理に気づいたぞ」
「何を見て言ってんの?」
「クエストワークにいつも置かれている看板を見て、だ」
「しょーもなー!」
リドルはそう言いつつ、内容が気になるらしい。
「常識になれば気にもならん」
「確かに思うことはないよね」
「だから最初からあの宿に足を踏み入れなければ何も言わなくなるに違いない」
「そうだけど、それはまずい」
リドルが珍しく否定的な意見。
「そうなのか?」
「ヤヴァイからやめた方がいいよ」
今回は戻ることにした。
タンザとルビーはもう起きている。
「早いな」
『あなたほどではありません』
仕事熱心なのは良いことだ。
『……にゃあ』
ルビーがボツりと俺を見て鳴く。
「にゃあ!」
俺に抱きつくとそのまま離れなくなった。
「タンザのお手伝いしないと、ダメだぞ」
「うにゃうにゃ」
あの子は一人でも生きていける。そんな感じの言い訳が。
「そんなわけないだろ」
「にゃあ……」
遊びたそうに瞳をキラつかせてたまにタンザを振り返る。
「良いですよ、ルビー」
「にゃ!」
「でもお昼ご飯の前にはギルドに来て欲しいです」
ルビーはこくこく頷く。
「では、頼みます」
「ああ」
タンザは静かに去っていく。
「にゃー!」
猫耳をパタパタさせるルビーに遠慮はない。
「よし、猫耳を触らせるんだ」
俺も遠慮をするつもりはない。
「にゃ!?」
「抵抗は無駄だ」
「う、うぅ……」
脇を締めて目を閉じたルビーは覚悟ができているようだ。
「いつ見ても不思議だな」
耳を手のひらで包んで丸まった三角を親指で触れる。
「自分にはない部分は面白い」
「にゃうぅ」
いつも耳はひんやりしているが、ルビーの息は生暖かい。
寒いとかそういうわけではないというのに。
「にゃああ」
ルビーの耳をありがたく堪能していると。
『にゃー』
後ろから猫の声が聞こえて振り返る。
「なんだ、カゲか」
「なんだとはなんだ! しっかり耳はある」
髪の毛の耳は用意されている。
「……ルビーでいい」
「る、る、ルビーが可哀想だろう!」
猫耳は手放すとパタパタ白旗をあげていた。
「まあ強引にするのは良くないからな」
「そうだ、カゲなら好きにしてもよい!」
「肯定的なのもちょっと」
「わ、わがままめ……触るなっ」
カゲはわざとらしく髪の毛を抑えた。
なんとなくカゲの耳たぶに触れてみる。
「っ……」
親指と人差し指の側面で揉む。程々の感触が返る。
「そ、そこは触るなあ……」
左手でも触ってみたくて手を伸ばす。
じっと見つめられて諦める。
「赤いな」
「誰のせいだと……」
「これはカゲが悪い」
ルビーに委ねるとうにゃうにゃ頷く。
「どう考えてもエムだ!」
「ルビーもカゲって言ってる」
「ひ、ひどいぞ、触ってきたくせにぃ……」
カゲは不満そうに唇を開けて閉じた歯を見せる。
「分かった、触らないって」
妥協も必要。
「そういったことを望んでいるわけでは」
「にゃあ」
ルビーがカゲの髪を撫でる。
「にゃ、にゃ」
ドンマイ。とでも言いたげなリズム。
「猫女めっ!」
今にも飛びかかりそうなカゲ。
「とりあえず外に出たら機嫌は良くなる」
「ならん!」
「じゃあ置いていこう」
「ついていく!」
交渉成立。
「ルビー」
左手の平を見せるとルビーはピトリと手を乗せた。
「にゃあ」




